保健室

保健室に着いたけど先生はいないようだ。私は小坂くんにビビリすぎて、被されているジャージを外せないでいる。気持ち悪いとか不細工とか罵倒されるのかな、クラス中に私の顔で噂されちゃうのかな。

「ほら、こっち来て」

『えっと、あの…』

「ほーらー、早く!」

『はい!』

小坂くんが指差したソファに座るやいなや、ジャージを剥ぎ取られてしまった。私は前髪を手で押さえて必死に顔が見えないように隠す。なのに小坂くんは無理やり手を退けて、私の前髪を何処からか出したピンで留めてしまった。

「ッ見間違えじゃなかった」

『あ、あの…?』

「ごめん、こっちの話!やっぱり額が赤くなってるよ、これ当てて」

『…ありがとう…ございます』

よく分からないけど、小坂くんは本当に怪我の心配をしてくれているみたいだ。手際よく用意してくれたアイシングをボールがぶつかったおでこに当てられた。

…私の勘違いだったのかもしれない、小坂くんは優しい人なんだ。

「もう涙も落ち着いたみたいだな」

『はい…あれは違うことで泣いてて、ボールが当たって痛かったんじゃないです』

「あっ、そうなんだ?」

小坂くんはアハハッと豪快に笑った。その姿をついジッと見ていると、視線に気がついた小坂くんは目を逸らした。

「なに見てんの」

…ジロジロ見られたら誰でも嫌だよね。不快な思いをさせてしまったなと反省する。

『ごめんなさい、小坂くんは怖い人だと思ってたから…そんな風に笑うのに驚いて』

「えっ、俺が怖かったの?」

『はい』

「嘘でしょー…それはショック」

小坂くんは傷ついた様子でため息を吐いた。

『で、でも、今日で優しい人だと分かったんで…私の勘違いでした』

「俺も百井さんのこと勘違いしてたから、おあいこだね。折角同じクラスなんだしこれから宜しく」

『よ、宜しくお願いします!』

嬉しくて思わず大きな声が出てしまった。そんな私を見て、小坂くんがまた豪快に笑っていた。これは友達になれたと思っていいのかな。千枝ちゃん以外に初めてできた友達に私は心が浮かれた。

「ずっとそうしていればいいのに」

『えっ?何がですか?』

「前髪、そっちの方が顔が見えていいよ」

『これは見たらダメなんです!見ないでください!』

ピンで前髪を留められていることすっかり忘れていて、私は急いで額に当てていたアイシングで顔を隠した。

は、恥ずかしい…

「眼鏡もしない方が俺は好きだけど。眼鏡は仕方がないか、視力の問題だもんなー」

…小坂くんはとても優しい人だから、私に気を使って気持ち悪いとは言わないんだ。そう考え始めると、手の震えが止まらなくなる。

『怖いんです。姉と比べられて…気持ち悪いって言われることが。だから、伊達眼鏡をつけて前髪で顔を隠して…』

「はぁ!?全然そんなこと思わないから!」

『これだったら顔を見られなくてすむよって恭ちゃ……幼馴染がくれたんです』

ポケットに入れていた、レンズが割れた眼鏡を机の上に置いた。こんなのただの誤魔化しにしかならないって私も分かっている。どんなに隠しても隠れるものではない。

…ただ恭ちゃんがくれたから、これをつけていれば大丈夫だって思えるんだ。おまじないみたいなものだったんだ、それがなくなってしまった。

不安で不安で仕方がない。

眼鏡がないだけでこんな不安になってしまう自分が情けない。

収まっていたはずの涙がまた溢れ出てきた。小坂くんに泣いていることがバレてしまわないように息を殺して、涙がおさまるのを待つ。

しかし、顔を隠していたアイシングを取られてしまった。

「…また泣いてる」

『ッすみません、自分が情けなくて…』

泣いている不細工な顔を見られたくなくて、自分の手で顔を覆い隠した。

「〜っ泣くなよ!ほら、こっち向いて」

『いや…です』

「いいからこっち向けって!」

顔を隠している手を強引に剥ぎ取られ、顔を隠せるものがなくなってしまった。心配そうに覗き込む小坂くんと目が合う。小坂くんは目を見開き一瞬視線を逸らしたけど、また私と目を合わせた。

「これあげる、だから泣くな」

そう言って、黒縁のお洒落な伊達眼鏡を私にかけた。思いがけない小坂くんの行動についていけず、目を瞬きをする。

「…気に入らないの?」

『と、とんでもない…でも申し訳ないので貰えません!』

「いいの、俺が壊したお詫び」

『で、でも

「もう聞きませーん、あげたんだからそれは百井さんの物でーす」

…ありがとうございます』

受け取らないと言わないばかりに両手を後ろに組んで、子供のような発言をする小坂くんに思わず笑ってしまう。そして、私がお礼を言うと小坂くんは“ぉ、おぅ”と照れ臭そうに笑った。

恭ちゃんがくれたのは銀色のフレームの眼鏡。それに対して、小坂くんがくれたのはお洒落な人がかける黒縁の眼鏡。少し気分が落ち着かないけど、何もないよりは安心できた。



 ◆ ◆ ◆



千枝side

若葉がいなくなった体育館では、2人の後を追って出て行きそうな人物がいた。

『ちょっと、アンタが行ってどうするの?また若葉を傷つけるつもり?』

「は?…お前は若葉の友達か」

佐野恭哉は驚いた顔をしている。

『アンタが今行っても若葉は混乱するだけよ。若葉のこと大切ならそっとしておいてあげて』

「…チッ」

明からさまに不機嫌になった佐野は忠告を無視して保健室に行こうとするので、うちは前に立ちはだかる。身長の高い佐野を必然と見上げる形になる。全く怖くないと言ったら嘘になる。身長の高い男が睨みつけてくるんだ、怖くない筈がない。

『アンタは何がしたいの、若葉を困らせたいだけなら止めて』

ほんの少しカマをかけた。私の言葉に予想以上に分かりやすく反応をした佐野は、苦しそうに顔を顰めた。

…やっぱりね、話を聞いていてそうなんじゃないかと思ってた

佐野が本当に好きなのは若葉。

…分かりにくい男ね

『いつまでもそんなのだと若葉離れて行くわよ』

それだけ言い残し、うちは体育館に戻った。多分、佐野はもう若葉のところに行こうとはしないと思ったから。私の予想は当たっていて、佐野も大人しくバスケをしていた。だけど、先ほどまでとは打って変わり全然楽しそうではなく、集中できていない様子だった。

…若葉、凄くめんどくさい奴に惚れたのね。

素直になれない小学生みたいな男の子と、自分は不細工だと自信をなくしている鈍感な女の子。


そんな2人をうちはそっと見守ろうと思った。

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