恭哉
授業中…だよな。
葉月の教室に来たは良いものの、授業中に入るのは駄目だよな。もう一度出直そうと、来た道を戻ろうとすると
「恭哉!」
教室のドアが勢いよく開いて葉月が出てきた。俺はびっくりして目を見開く。開いたドアから、クラスメイトが興味津々に覗き込んでいるのが丸見えだ。
『…鞄』
「うん、ありがとう」
『若葉、大丈夫だったから』
「うん、知ってる。窓から見てた」
恋する乙女とは、葉月のことを言うんだろうなと思う。俺のことを好きと言ってくれる葉月は、頬を少し赤らめており純粋に可愛いらしいと思う。
だけど…俺は若葉が好きなんだ。
その日、1日はずっと心ここに在らずの状態だった。
授業にも集中できない
屋上から昼ご飯を食べる若葉の姿をただ眺める
部活は気がつけば立ち止まっていた
「恭哉、何かあったのか?」
そんな様子をずっと見ていた渉が心配そうに言った。
今日1日、ずっと考えていたこと…
『もうふりを辞める。…俺、素直になるわ』
もう無理だった、この気持ちを隠し続けるのも限界だ。葉月を好きなふりをやめて、若葉を好きだと堂々と言いたい。
「そっか、それは良いことだなー!」
俺の決心を聞いた渉は自分のことのように喜んでくれ、応援をしてくれた。
次の日の朝、いつものように若葉を起こしに家を訪れた。若葉の部屋に行くと…いるはずの若葉がそこにはいなかった。訳がわからず、若葉の部屋で立ち尽くした。
「若葉は先に行ったわよ」
『…どういうことだ』
若葉がいないこの状況に苛立って声が低くなる。
「今日からは2人で行こう?」
『…どういうことかって聞いてる』
機嫌が悪い俺をお構いなしに、葉月は嬉しそうに微笑んでいる。葉月が若葉に何かしたんじゃないかと思って葉月を睨む。
「睨まないでよ。若葉がいないとそんなに嫌だ?…私とじゃ不満?」
『今はそんな話をしてない』
「してるわよ!若葉がそんなに大切かって聞いてるの!」
いつも堂々として気丈に振る舞っている葉月が感情に任せて怒鳴った。そして、目には涙を溜めている。
…何となくこの状況を察してしまった
若葉は葉月に頼まれて、先に登校したんだろうな…と。
『…葉月、話がある』
「嫌よ、聞かない」
『葉月聞いてくれ。俺は若葉が「嫌だって言ってるじゃない!」
途中で言葉を遮られた。葉月は拳を握りしめていて、頭に血が上っているのか全く俺の話を聞いてくれない。
「昨日、若葉がいなくなった途端、私を置いて探しに行った!…傷ついたの!!いつも2人でいる時も若葉のことばっかり気にして…こんなに恭哉のことが好きなのに、どうして私を見てくれないの?」
最後の方は声が小さく震えていた。こんなに弱々しく取り乱した葉月を見たことがない俺は、続けようと思っていた言葉を言うことができす黙り込んだ。
「散々利用しておいて、必要なくなったら捨てるの?…そんなの酷すぎるよ」
『…ごめん』
「絶対許さない!」
苦しそうに胸を押さえて、目からは決壊したように涙が溢れている。その姿を見て、俺が葉月をこんなに傷つけたんだと罪悪感が募った。俺が若葉のことしか考えていないせいで葉月を傷つけた。
…素直になるだなんて許される訳がなかった。
若葉に気持ちを伝えるそんな資格が俺にはない。
そんな虫の良い話があるわけなかった。
葉月の気持ちが落ち着いたところで家を出た。俺達に会話はなく、無言で学校までの道のりを歩く。葉月は俺の腕に自分の手を絡ませてきたが、俺はその手を優しく解き“ごめん”とだけ言う。気持ちに応えてあげることはできないから、期待させるようなことはしたくない。それから葉月がくっついて来ることはなかった。
頭では分かっているんだ。だけど、気がついたら俺は若葉の教室の前まで来ていた。自分を止めることができない。朝から会えなかった分、若葉に会いたいという気持ちが抑えきれない。
教室に入ると、みんなが注目してきた。そんなのお構いなしに俺は若葉の元に行く。若葉はこんな状況にも関わらず、気持ち良さそうに寝ている。その姿に安心したが、反面怒りすら湧いてくる。
…俺は若葉に会えなかっただけでこんなになるのに、お前は何ともないのかよ。
『若葉、起きろ!』
「はい!?」
俺の声に条件反射で若葉は起きた。飛び起きた若葉はクラスメイトがみんな注目しているからか、状況が掴めてなくて慌てた様子で視線を動かしている。
『若葉』
こっちを見ろよ…周りなんて見ずに俺だけを見ろよ。
「きょ、恭ちゃん?」
そこでやっと若葉は俺を視界に入れた。不安そうに揺れ動く瞳に、俺が写っている。それだけで俺の中の苛々が少し治った。
「ご、ごめん。起こしてくれてありがとう。何か忘れ物したの?」
俺が何も話さないで若葉を見ていると、おどおどとした様子でそう言ってきた。昨日、忘れ物を借りにきたからそう思ったんだろうけど…
今朝のこと、何とも思わないのかよ?
本当に俺と葉月が付き合ってもいいのか?
若葉は俺に興味すらないのか?
『ちょっと来い』
「っえ?ちょ、恭ちゃん?」
若葉の腕を掴んで無理矢理立たせて、そのまま教室を後にした。困惑している若葉だけど大人しく俺の後ろをついてくる。そんな姿に胸がつまり、握る手に力が入った。
…大切にしたいのに、ただそれだけなのに。
屋上に若葉を連れて行くと、俺は逃げられないようにドアの鍵を閉めた。
『朝のなに』
「お姉ちゃんと恭ちゃんから自立しなさいってお母さんに言われちゃった」
誤魔化すように笑う若葉に苛立つ。俺が不機嫌なのが分かったのか、若葉は笑うのをやめて視線を逸らした。
…何で本当のこと言わねぇんだよ。
葉月に頼まれたって言えばいいじゃねぇか、何で俺に本当のこと話してくれないんだ。嘘つくのが下手くその癖に、そんなバレバレの嘘が俺に通用するわけないだろ。
『それだけか』
「うん、それだけだよ。そろそろ私も自立しないとなって…」
『…チッ、自立なんてしなくていいだろ』
「へ?今何か言った?」
『別に』
思わず出てしまった本音は聞こえなかったみたいだ。俺は溜息を吐いて、ドアの前に腰を下ろした。そんな俺に、若葉はあからさまに戸惑っている。授業をサボるなんてこと若葉はしたことないから落ち着かないのだろう。
「きょ、恭ちゃん。1限目に遅刻しちゃうよ?」
『そーだな』
俺は自己中で我儘な男だ、若葉が困っているのを分かっている癖に、まだ一緒にいたいという自分勝手なことを思っている。
おどおどしている若葉をただ眺めて気がついた、俺がいつもしている三つ編みが綺麗に結ばれている。若葉がこんなに綺麗に結べるはずがないから、葉月がしたんだろうなと想像できた。
『若葉、おいで。髪の毛乱れてる』
「…さっき寝ちゃったからかな」
乱れているなんて、嘘。綺麗に結ばれているよ。
「お願いします」
『あぁ』
若葉は俺に背を向けて、ちょこんと大人しく近くに座った。これはただの独占欲。俺以外の人が若葉の髪を触ったことが嫌だった。…それが、例え姉の葉月でも。
若葉の髪の毛を解き、結び直した。何も疑わず俺を信用しきっている若葉、その背中を抱きしめたくて堪らなくなる。
…俺は若葉を愛しているよ
この思いを若葉に伝える日は来るのだろうか。
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