恭哉

恭哉side

俺にはものごごろついた時には幼馴染が2人いた。家の前に住んでいる葉月と若葉。俺はいつも7時には自分の家を出て、幼馴染の家に勝手に入る。幼馴染の特権で合鍵を持たせてもらっているのは便利でいい。

まだ誰も起きていない時間帯だから、俺は物音を立てないように若葉の部屋に入った。若葉を起こす役目をしているのは小学生の頃から。気持ち良さそうに眠っている若葉の頭上には目覚まし時計が2つある。目覚まし時計では起きれないくせに律儀に毎日セットしているのを見ると、若葉らしくて笑みが溢れる。

俺は静かに手を伸ばして、時計のアラームをリセットした。

…これで俺が起こすまで、若葉は絶対に起きない。

まだ若葉を起こすまで20分以上時間がある。気持ち良さそうに眠っている若葉のベッドに腰掛け、起こさないように顔を隠している前髪をよけた。俺が唯一、若葉に優しくできる許された時間。

毎朝、この時間のために早く起きて家を出ている。


『おい、朝だ。起きろ』

「…ん?」

時間になり若葉を起こすが、人の気も知らず気持ち良さそうに寝返りを打った。

『若葉、いい加減に起きろ』

「あ…恭ちゃん、おはよ」

『チッ、早く用意しろ』

「はい!」

俺が声を低くして機嫌悪そうに言うと、若葉は飛び起きて部屋を出て行った。

…悪いくせだ。

若葉の前だと冷たく酷い言葉を投げつけてしまう。若葉の部屋に1人きりになったところで、後悔に襲われため息が出る。

「ご、ごめんなさい、遅くなっちゃった」

俺の顔色を伺うように、おどおどと若葉は部屋に入ってきた。俺は若葉をイスに座らせ手際よく髪の毛を三つ編みに結ぶ。これも小学生の頃からしている毎日のことだ。


三つ編みにするのも

伊達メガネをつけさせるのも

前髪を長く伸ばさせているのも

スカートを膝下の丈にさせているのも

…可愛い若葉を誰にも見せないため。


小学生の頃から毎日早起きをして、若葉の面倒を見てやっているようにしているが全ては俺のためだ。葉月が美人系なら、若葉は可愛い系だと思う。大きな目に、スーと筋の通った鼻、柔らかそうな唇。こんな姿を見たら男は放っておかないだろう。執着心の強い俺は若葉をダサくさしてみんなの視界に入らないようにしている。

性格が悪いとでも、腹黒とでも何とでも言え。

…若葉のことを知っているのは俺だけでいい


若葉の用意が終わり、玄関に向かうと既に葉月がいた。葉月は綺麗にメイクを施し、髪を巻いている。

「恭哉、行くわよ」

『あぁ』

これで、俺と若葉の時間は終わり。

俺は葉月の隣を歩き、少し離れた後ろを若葉が歩く。いつも自分の鞄を若葉に持たせる我儘な葉月に苛立ちがつのる。

…でも、俺は葉月に口答えはできない。

「これいつまで続けるの?私は別にいいんだけどね」

周りの生徒が俺と葉月に注目して噂話をしているのは知っている。2人はお似合いだの、付き合っているだの、若葉が邪魔だの、有ること無いないこを。

『若葉を傷つけたくない』

「私の気持ち知ってて酷い男ね」

…知っている、俺は最低な男だ。

若葉をダサくしたのは俺だ。しかし、そのせいで俺と若葉が一緒にいると妬む女が出てくるなんて想定外だった。影で若葉がいじめられていることを知った俺が考えたのがこれだった。葉月のことを好きなふりをすればいいって、そうすれば若葉に害を与るやつはいなくなる。葉月は誰もが認める美人だから、俺の隣にいても妬まれることはなかった。寧ろお似合いだと祝福する声が多かった。

ふりを始めたことで若葉に対してのいじめは無くなった。

…ただ誤算だったのが、葉月が俺を好きだったということ。

若葉のためとはいえ勘違いさせるような態度をとった俺が悪かった。包み隠さず若葉が好きで、若葉のためにふりをしたことを話した。あの強気な葉月が初めて泣いているのを見て、ただただ申し訳なくなり俺は謝ることしかできなかった。

”ふり続けていいよ。その代わり私も諦めないから。絶対惚れさせてみせるから”

だから、葉月からそう言われて、正直かなり迷った。葉月の気持ちを知っていて、若葉を守るために利用していいのかって…

でも、結局俺が好きなのは若葉だ、若葉を守るためなら何だって良かった。葉月との周りを欺くためのふりは中学を過ぎ、高校になった今でも続いている。

若葉は鈍臭いから、俺と葉月は両思いだと信じているだろう。その時点で俺の失恋は決定しているようなもの、若葉は俺を優しい幼馴染としか見ていない。


この状況を何とか変えたい、高校生になってからいつも考えている。でも、長年続いたこの関係を壊すのが怖い俺はなにもできないままだった。

「若葉、鞄。教室までついてこられたら恥ずかしい」

「あっ、うん。」

「今日はバイトだから晩ご飯いらはいから」

「うん、分かった」

そんな葉月と若葉の会話が聞こえてきた。若葉と2人になりたい俺は、この機会を逃したくなかった。

『今日、母親いねぇからお前の家でご飯食べる』

「あっ、お姉ちゃんバイトでいないみたいだよ?」

『葉月いないと行ったら駄目なのか』

若葉は気を使っただけなのについ苛立って口調が冷たくなる。俺と葉月を2人にしようと気を回すのも、邪魔しないように話に入ってこないのも苛つく。葉月とくっつけばいいと遠まわしに言われている気がして、その度に傷つく。

「そうじゃないけど…」

『部活終わったら行く』

若葉の返事を聞かず、俺は立ち去った。

…今晩は若葉と2人だ。

いつもより優しくできるといいなと、無理矢理こじつけた約束だけど気持ちは高ぶっていた。


教室に行くと机の周りに女が集まっていた。自分で言うのは嫌だが俺はもてる部類に入るのだろう。身長が180cmと高く、運動もそこそこできる。

…でも、若葉が俺を好きじゃないと意味がない。

寧ろ、嫉妬して若葉を傷つけるような女はいらない、邪魔になるだけだった。

「佐野くん、おはよ〜」

「今日ねクッキー作って見たの!良かったら食べて?」

「部活応援に行くね!」

席に座ると、待っていたと言わんばかりに周りに集まってきた。若葉とは違う綺麗に施されたメイクに、アレンジされた髪、甘い匂いの香水、それら全てに嫌悪感しかない。

『邪魔、退けろ』

「佐野くん酷い!」

「アハハッ」

冷たくあしらっても効果がない、深いため息が出るのは仕方がないだろう。

「こんな冷たい男なんて放って、俺においでよ!」

嫌気がさし、我慢の限界が近づいているとでかい声が聞こえた。

「はぁ?遠山調子乗らないでくれる?」

「朝からうさい」

「佐野くんとの時間なのに邪魔しないでよ!」

女から一気に批判されている男、遠山 《とおやま》 わたるは同じバスケ部に所属している唯一の友達だ。

「マユちゃん、恭哉が甘い物嫌いなの知ってるでしょ。代わりに俺が食べてやるよ!」

「はぁ?うざ、あげないし!」

渉が来たことで人集りがいなくなり、香水の匂いがマシになったところでようやく息をつくことができた。

『いつもありがとな』

「別にいいんだって!」

子犬のような人懐っこい眩しい笑顔、どうして俺より渉がもてないのか不思議でしかない。俺が女だったら愛想もない俺より、渉を選ぶと思う。

いつも女子が集まり身動きを取れなくなっていると渉は助けてくれ、俺が気を許している唯一の友達だ。

ホームルームが終わり、1限目の用意をしていると教科書がないことに気がついた。いつもだと他のクラスの友達に借りに行く。だけど、若葉に会って気持ちを落ち着かせたくなった俺は、何も考えず若葉の教室に借りに行った。

“キャー!!”と甲高い声が響き渡る。

…うるせぇ。

普通に考えたらこんな状況になることは容易に想像できたはず、若葉に会いたいしか考えていなかった俺は馬鹿だった。騒ぎに気づいた若葉と目が合った。だけど、すぐに逸らされ前に座っている吉田千枝と仲よさそうに話している。

…まさか自分に会いにきただなんて思っていないのだろう。

ただそれだけなのに、苛立ってしまう自分が嫌だ。俺が来ても嬉しくないのか、会いたいと思うのは俺だけなのかと若葉を責め立てたくなる。

『若葉!』

「は、はい!?」

そして、苛立ちを押さえきれず怒鳴ってしまった。急に呼ばれた若葉は声が裏返り、大きく肩を震わせながらも視線をこちらに向けた。

『数学の教科書忘れた。』

「あ、私持ってる!」

可愛くない言い方しかできないそんな俺に嫌な顔ひとつしないで、若葉は急いで教科書を机から探している。若葉の視界に俺が入る、たったそれだけの事が嬉しい。慌てて机の中を探している若葉を見て気持ちが和んでいると、知らない女が教科書を俺に渡してきた。

「佐野くん、私の貸してあげるよ」

…はぁ?

誰だよ、お前。誰もお前には頼んでないだろ。

その女はこのクラスのリーダー的な存在なのか自信ありげな顔で、媚を売るように話しかけてくる。

…癒されたくて来たのに、目障りで仕方がない

早く教科書持ってこないかなと若葉に視線を向けると、若葉は手に持った教科書を机の中に収めているところだった。そのまま席に着き、吉田千枝と再び話し始めた。

…なんでだよ

俺は目の前の女を無視して教室に入り、若葉の席まで行く。

『教科書』

「きょ、恭ちゃん?あれ、さっき他の子が…」

『知らない女の物は借りたくない。』

「えっ、あっ…」

若葉は不安そうに俺がさっきまでいた場所を見ている。そこには俺が無視した女が教科書を握り締め、若葉を睨みつけていた。イライラしすぎてなにも考えてなかった、若葉に嫉妬の先がいかないように変な芝居してんのに…意味がなくなる。

『ハァ…借りるからな』

徐々に冷静になった俺は早く引き上げた方がいいと思い、若葉の机から教科書を抜いて教室から立ち去った。

「恭哉どこ行ってたんだよ!」

『教科書借りに隣のクラス』

「そっか、優しくできたのか?」

渉は俺が若葉のことが好きなことを知っており、隣のクラスと言っただけで若葉だと察したみたいだ。俺が肩を落として首を左右に振ると、渉は何も言わないで慰めるようにと肩を叩いてきた。

…分かっている、俺の態度はかなり酷い。若葉が俺を嫌わないのが不思議なくらいだ。優しくしてあげれたらどんなに幸せかと思うが、長年染み付いたこれを変えるのは難しい。好きな子に意地悪をする、小学生の男子並みのかっこ悪さだ。


昼休憩になると、俺と渉は弁当を持って教室を出た。向かった先は禁止の張り紙が貼ってある学校の屋上。俺達は雨の日以外、毎日ここで食べている。

その理由は…

「いたいた、今日も吉田さんと一緒だね」

屋上から見下ろすと、若葉がいつも食べている裏庭が見えるから。楽しそうに吉田と話している姿は安心しきっていて俺には見せない笑顔をしている。俺といるとビクビクしたり、機嫌を伺ったりしているからな…こんなに安心しきった姿は見せてはくれない。

「恭哉の愛情ってかなり重いよな」

『…うっせぇ』

「若葉ちゃんの為にお姉さんの隣にいたり、他の男に惚れさせないようにダサくさせたり、姿見るためにこんな影から毎日見たり…重いわ!」

『自覚はある。』

俺がそう言うと、渉は複雑そうに苦笑いをした。

“好きだ”とその一言を言えることができればどんなに幸せかと思うが、俺にはそんな勇気がない。今の幼馴染という立場を失うことが何よりも怖い。

一度、好きだと言ってしまえばもう幼馴染という関係には戻れないから。

…若葉がそばにいなくなるなんて考えられない。

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