変化
昼休憩になって、千枝ちゃんと裏庭に移動した。これはいつものことで、静かなところでお弁当を食べたい千枝ちゃんが見つけてくれた場所だ。いつも2人でご飯を食べる。
「何があったー?」
『え?』
「浮かない顔してるよ、相談くらい乗るからさー」
千枝ちゃんが優しく聞いてくれて、私はゆっくりと先ほどのことを話した。迷子を助けたこと、お姉ちゃんの鞄を持ったままだったこと、それで恭ちゃんが怒ってしまったこと。
頭の中で整理ができていないので言葉が詰まると、千枝ちゃんはゆっくりでいいよと背中を撫でてくれた。
「そんなの若葉悪くないじゃん。大体さ荷物くらい自分で持てって話よ。それで若葉を責めるのは違うと思う。」
『2人の邪魔して一緒に登校してもらっているから、鞄くらい待たないと…』
「今更なんだけどさ、何であの2人と一緒に登校するの?」
何でかと言われると…
『私が朝起きれなくて、恭ちゃんに起こしてもらっているから…かな。
それに髪も結べないから恭ちゃんに…してもらってて』
あまりの情けなさに後半になるにつれて声が消え入るように小さくなってしまう。よくよく考えたら何もできない幼児と同じだ。
「えっ、まじか」
『まじです』
目を見開いて驚いている千枝ちゃん。千枝ちゃんもここまで私が何もできないと思っていなかったよね…と恥ずかしくなり私は俯いた。
「あっ、若葉が起きれないのも髪を結べないのも何となく察していたからそこは驚いてないよー」
『へ?』
さ、察していた?千枝ちゃん…凄い。
じゃあ、何に驚いたんだろ…不思議に思って首を傾げた。そんな私の行動で察したのか、千枝ちゃんは言葉を続けた。
「佐野がそんなに優しいと思わなかった。」
『恭ちゃんはとても優しいんだよ。この眼鏡だって私の顔を隠すのにプレゼントしてくれたの!」
「…嘘でしょ。」
『優しいんだよー!』
私は恭ちゃんの優しさを知って欲しくて自慢げに眼鏡を見せると、千枝ちゃんは何か考えて込んで“まさか…でも、若葉にならあり得なくなくもないか…”と、ブツブツ言っている。
どうしたんだろ?
「若葉は不細工じゃないよ、もっと自分に自信を持ちなってー」
『と、とんでもない…』
千枝ちゃんに急に褒められて驚いたけど、私は首を左右に振ってあり得ないと否定をする。千枝ちゃんは何か言いたそうな表情のまま、何も言わずに頭を撫でてくれた。
「若葉は若葉のままでいいよ。何かあったらいつでも相談してきな。」
『うん!いつもありがとう!』
朝のことで一杯一杯だったけど、千枝ちゃんに話せて気持ちが落ち着いた。
学校が終わって、家に帰る。鍵を開けて玄関に入ると、黒色のパンプスが玄関に並んであった。そして、バタバタと走ってくる足音。
「おかえりなさいー!私の可愛い若葉ー!!」
『お母さん!』
久しぶりに帰っていたお母さんは、玄関まで駆け寄ってくると強く抱きしめてきた。何ヶ月ぶりかのお母さんに私も抱きついた。香水のいい匂いがフワッと漂ってきた。お母さんはとても美人でお姉ちゃんそっくりで、スタイルもよくパンツスーツをかっこよく着こなしている。
『おかえりなさい』
「寂しい思いさせてごめんね。今日は腕によりかけてご飯作るからね〜!」
『私も手伝う!』
お母さんは優しく頭を撫でてくれた。いつも仕事の忙しいお母さんだけど、帰ってきたら必ず手料理を作ってくれる。私は少しでもお母さんの料理に近づきたくて、いつも隣で手伝いながらその姿を見ている。
「若葉は彼氏できた?」
『で、できないよ!』
お母さんがハンバーグを作っている隣で、お皿を洗っていると急にその話題になった。思わずお皿を落としそうになったけど、どうにか受け止めた。
「んー、若葉もお洒落に気にしたらモテるのに」
『それはないよ。自分の顔は一番分かっているもん』
…お姉ちゃんみたいに綺麗だったら、もっと自信を持てたのかな?
視線を床に落としていると、お母さんが私の頬を抓った。
『い、痛い』
「こんな眼鏡つけてないで前髪も上げなさい、あなたは私の子なんだから不細工なわけないでしょう?」
お母さんは私のかけていた眼鏡を取ると、前髪をピンでとめた。
「そういえば、葉月はもう恭ちゃんと付き合っているの?」
『…多分、まだなのかな?』
「もう!両思いなんだからさっさと付き合っちゃえばいいのに〜!」
その言葉を聞いて、心臓が握り締められたように痛い。
「若葉?どうかした?」
『う、ううん!何でもないよ』
痛む胸を押さえていると、お母さんが心配そうに私を覗き込んできた。だけど、私は笑って誤魔化すしかなかった。
…この胸の痛みの理由に気づいてはいけないから
「最近はちゃんと起きれてる?若葉は少しお間抜けだからお母さんは心配よ」
『…お、起きれてない。いつも恭ちゃんに起こしてもらっている』
まだ起きることもできないことをお母さんに伝えると、恥ずかしくなり俯く。
「まだ恭ちゃんに起こしてもらっているの?」
『うん…髪も結んでもらってる』
「…そう」
お母さんは何か考え込むように黙ってしまった、自分の情けなさに涙が滲んでくる。…呆れられちゃったかな。
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