学校が終わるとすぐに家に帰った私は、洗濯物を家に入れ、洗濯機を回して、掃除を終わらせた。冷蔵庫の中を確認して晩ご飯の準備に取りかかる。お味噌汁とサラダと唐揚げとだし巻き卵に和え物でいいかな。献立を決めて手際よく取りかかった。

ご飯の準備ができたところで睡魔に襲われる。今日はいつもより注目を浴びて疲れたかもしれない。睡魔に争いつつ洗濯物を畳んでいると、いつの間にか意識を手放していた。


「…おい、起きろ」

『ん…恭ちゃ…ん?』

「起きろ、こんな所で寝るな」

『私寝てた!?ご、ご飯しないと!ごめんね、急いで作るね』

恭ちゃんに起こされたことで寝落ちしたことに気がついた私は、ソファーから立ち上がり急いでキッチンに向かう。部活でお腹が空いている頃なのに、帰宅部で何もしていない私が寝てしまうなんて最悪だ。こんな時、馬鹿な自分が情けなくなる。

『あ、あれ?』

机にの上にご飯が出来上がっていて、思考停止してしまった。

まさか、恭ちゃんが?

困惑して立ち尽くしていると、恭ちゃんが隣まで来ていた。

「唐揚げ揚げるだけだからやった」

『ご、ごめんね…部活で疲れてるのに料理させてしまって…』

「…別に。冷める前に食べるぞ」

『うん、ありがとう!』

鈍臭い私に怒っていると思ったけど、恭ちゃんは特に機嫌が悪そうではなかった。逆に何故か機嫌がよさそうにも見える。

…部活で良いことあったのかな?

恭ちゃんの機嫌が良いことに安心して肩の力が緩んだ。

『いただきます』

「いただきます」

手を合わせて、2人だけでご飯を食べる。

恭ちゃんのお父さんもお母さんも忙しい人で、恭ちゃんは頻繁にうちに来ては一緒にご飯を食べることが多い。でも、いつもは必ずお姉ちゃんがいる時に来ていた。

そして、恭ちゃんがご飯を作ってくれることなんてなかったから…いつもと違うことが新鮮で嬉しくて笑みが溢れる。


「眼鏡、外せよ」

『で、でもお見せするような顔じゃないから…』

「今更お前の顔見たところで何も思わねぇよ」

『…そうだよね』

恭ちゃんに言われて眼鏡を外し、鬱陶しい前髪をピンでとめた。前髪がなくなったことで視界がはっきりして、恭ちゃんの顔も鮮明に見えるようになった。

元々口数の少ない恭ちゃんと私は特に会話をする訳でもなくご飯を食べ終わったところで、恭ちゃんが口を開いた。

「あのクッキー、なに」

『クッキー?』

「キッチンに置いてあるやつ」

『あっ、いつもお世話になっているから千枝ちゃんに作ったの』

分量を間違えて作りすぎて、千枝ちゃん分を抜いてもまだ大量にクッキーが残っている。お姉ちゃんにも食べてもらわないといけないな…と呑気にそんな事を考えていた。

黙り込んでしまった恭ちゃんを不思議に思って視線を向けると…あれ、怒っておられる。さっきまで機嫌良さそうだったのに一瞬の間に何があったんだ…血の気が引くのと同時に、背中に嫌な汗が流れた。

『きょ、恭ちゃ…ん?』

「俺にはないのか。」

『へ?』

「いつも世話してやってるだろ、俺にはないのか」

『甘い物…嫌いだよね?』

確かに嫌いと言っていたはずだ。毎年、バレンタインには甘い物が嫌いだからとチョコを誰からも一切受け取っていない記憶がある。普段からも甘い物を食べている姿を見たことがないので間違いはないと思う。

「…別に、食える。」

『あ、そうなんだ。てっきり嫌いなんだと…』

私は急いでイスから立ち上がり、ラッピングしたクッキーを1つ手に取る。確かに感謝を伝えるために作ったクッキーを千枝ちゃんだけにあげるのは不快に思うのも仕方がない、お世話になっているのは恭ちゃんもなんだから。

『いつもありがとう、これ良かったら食べて欲しいな』

恭ちゃんはそれを受け取ると、クッキーをひとつ口に放り込んだ。

…美味しくなかったらどうしよう

まさか目の前で食べるとは思っていなくて、生きた心地がしないまま感想を待つ。恭ちゃんは何も言わず、またひとつ口に放り込み、そしてまたひとつ…としていると1袋食べ終わってしまった。

…何も言えないくらい美味しくなかったのかもしれない。と、不安に襲われて恭ちゃんを見ることもできない。


「うまかった」

その感想が聞けた瞬間、張り詰めていた息を大きく吐いて呼吸ができるようになった。緊張していた心臓が煩く振動しているので、落ち着かせるように胸に手を当てる

「残りも全部くれ。」

『えっ、たくさんあるよ?』

「食べる。」

恭ちゃんってそんなに甘い物好きだったのか…幼馴染でも知らないことあるんだな。

今までお菓子を作ったとしても、苦手だと思って恭ちゃんに渡したことがなかった。なんか今日の恭ちゃんは今までと違って不思議だ。教室で話かけてくるし、お姉ちゃんがいないのに家にいるし、料理をしてくれるし、甘いお菓子も食べるし。

私は戸惑いながらも、残っていたラッピングした7袋分のクッキーを恭ちゃんに渡した。それを受け取った恭ちゃんはもう1袋開けると、また食べ始めた。


「ただいま」

『お姉ちゃん、おかえりなさい!』

バイトから帰ってきたお姉ちゃんは顔が疲れていた。リビングに入って恭ちゃんがいることにお姉ちゃんは驚き、疲れていた表情がぱっと明るく輝いた。

「恭哉がいるならもっと早く帰ってきたのに。私がいない時に来るなんて珍しくない?」

…私もそう思ってた。

でも、恭ちゃんはお姉ちゃんの言葉をどうでもよさそうに欠伸をして

「別に。」

と言った。

…変な恭ちゃん。

私はご飯を片付けて、残っていた洗濯物を畳む。その間にお姉ちゃんはお風呂から上がり、恭ちゃんと楽しそうにリビングで映画を観ていた。

2人の邪魔をしないように早く家事を終わらしてお風呂に入り、自分の部屋に閉じこもった。宿題をして、明日の授業の準備をする。今日はジャージを忘れて千枝ちゃんに迷惑かけてしまったから、明日こそは忘れ物をしないように念入りに確認をして、眠りについた。

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