教室

教室に入ってひと息をつく。

教室では私をジロジロと見てくる人はいない。初めは注目されたけど入学して5ヶ月も経てばいちいち見てくるような人はいなくなった。スクールカーストの最下層の私には興味すらないみたいだ。教室にいても隅の方で息を殺している。


そんな私にも唯一友達がいて…

「若葉〜、おはよ〜」

『おはよ!』

緩い口調が特徴的な、吉田よしだ千枝ちえちゃん。千枝ちゃんはどちらかと言うと派手な子で、いわゆるギャル。流行りに詳しくない私はあまり分からないんだけど…

入学してすぐにあった合宿で千枝ちゃんと私は同じ部屋で、そこで仲良くなった。学校にはギャルといえる人は千枝ちゃんくらいで浮いていた。私もお姉ちゃんの妹ということと、地味で不細工だから友達ができなくて浮いていた。自然とペアを組むことが多くなり、今ではかなり打ち解けている。

千枝ちゃんはメイクもネイルもファッションもお洒落。見た目はちょっと近づきにくい雰囲気だけど、話してみるとしっかり者でいつも面倒を見てもらっているんだ。

「今日体育の授業あるけど、ジャージ持ってきてるー?」

『あっ!』

千枝ちゃんに言われて顔を青くする。ど、どうしよう。朝バタバタしてたから忘れてきちゃった。私にジャージを貸してくれるような友達はいないし…今日は見学するしかないかな。

「そうだろうと思って、2つ持ってきたー」

『千枝ちゃん…いつもありがとう!』

千枝ちゃんの優しさに目に涙が浮かぶ。そんな私を見て、千枝ちゃんは笑っていた。

「泣くなよー、本当に可愛いんだからー」

そう言い、私の頭を優しく撫でてくれた。私が可愛いなんて…ありえないのに、千枝ちゃんはいつもお世辞を言ってくれる。

『あのね、千枝ちゃんにクッキー焼いてきたの。良かったら…「まじで!?ちょー嬉しいんだけどー」

受け取ってくれるか不安だったので、おどおどしていると、千枝ちゃんは嬉しそうに受け取ってくれた。目の前で美味しそうに食べてくれて安心した。

「もうこの子、嫁に欲しいんだけど〜」

『よ、嫁?』

「男だったら若葉を嫁にしたい〜」

『そ、そんな!』

こんな鈍臭くて、何もできない私は迷惑がかかるだけで…全力で首を振る。

(全く自覚がないんだから…お洒落したら姉以上に可愛いのに、もったいない)

と、千枝ちゃんが思っていたなんて私は知らなかった。


ホームルームが終わり、授業の準備をしていると

“キャー!”と甲高い声が教室に響き渡った。

何事かと驚いて悲鳴の方向を見ると女の子達がドアの前に集まっていた。集まっている女の子達の中心にいたのは、怠そうにしている恭ちゃんだった。ちなみに私は2組で、恭ちゃんは1組。わざわざ隣の教室から来るなんて珍しいな…呑気にそんなこと考えていた私は、恭ちゃんが私を睨んでいることに気づかなかった。

「若葉!」

『は、はい!?』

急に大声で呼ばれて、私は声が裏返る。恭ちゃんを見ると苛立った様子で私を見ていて、その周りにいた女の子達は私を睨んでいた。

…こ、怖い。

「数学の教科書忘れた。」

『あ、私持ってる!』

机の中から数学の教科書を急いで探すけど、鈍臭い私は急げば急ぐほど焦ってしまい教科書が見つからない。ようやく見つけて恭ちゃんに渡そうとした時には、他の子が先に渡しているところだった。

「佐野くん、私の貸してあげるよ。」

クラスのリーダー的な存在な女の子。男の子からも女の子からも人気で、私は一度も話したことがないような遠い存在の人だ。

…私が遅いからまた迷惑かけちゃった。

恭ちゃんの周りの女の子はテンションが上がって盛り上がっている。貸す必要がなくなった数学の教科書を机の中に戻して、私は大人しく席に座った。

…とてもじゃないけど、あの集団には近づけない。

前の席に座るその様子を見ていた千枝ちゃんが、頭を優しく撫でてくれた。

「若葉は偉いよ。」

『…そんなことないよ。』

千枝ちゃんにそう言われて憂鬱だった気持ちが晴れていき、恭ちゃんがいるところが気にならなくなっていると、大きな影が机の上に覆いかぶさった。

「教科書。」

『きょ、恭ちゃん?あれ、さっき他の子が…』

「知らない女の物は借りたくない。」

『えっ、あっ…』

周りを見ると、みんなが注目している。さっき貸そうとしていた女の子は教科書を握りしめて、私を睨んでいた。

どうしていいか分からなくなって私は思考も動きも固まってしまう。

「ハァ…借りるからな。」

深くため息をついた恭ちゃんは、私の机から教科書を探し出して、何事もなかったかのように教室から出て行ってしまった。私は状況について行けず、瞬きをするしかなかった。

学校では登校だけしか関わらないのが暗黙の了解となっていた。急に教室に来たことも、私に話しかけたことも入学して初めてのことだった。

…友達、みんな持っていなかったのかな。最終手段で私に頼んだのかな。と、推定した。

その日は1日中、クラスの女の子から睨まれていた。その視線が怖くて視線を合わせないように生活し、心配してくれた千枝ちゃんがずっとそばにいてくれた。

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