十九話 ホットミルク

  十九話 ホットミルク


 何事にも始まりがあれば、終わりがある。

 初志貫徹というのはあまりにも難しく。

 けれども、臨機応変という言葉もある。

 どちらにせよ、どういう状況においても、自分というものは大事なわけで。

 それを貫けないと、カッコ悪いのかもしれない。

「景先輩。好きです」

 飾り気も何もない、率直な言葉。

 それを告白だと受け入れるのに三十秒。真っ赤な顔をして、それでもこちらを見上げてくる千佳に向き直るのに一分を要した。

「……罰ゲームとかじゃなくて?」

「先輩、そういう罰ゲームを受けたことあるんですか?」

「一回な。……そういうんじゃないのか? 今なら、そういうことにできるぞ」

「わたしの勇気を否定して、あくまでも罰ゲームという決めつけなら……それでもいいですよ。ただ、わたしは本気です」

 学園の裏庭。大きな桜の木があり、春になると告白スポットとして人気がある。

 けれども、今は六月。すっかり木々も緑で彩られ、春の様相ではない。爽やかではあるが。

 人生最初の告白が、まさか千佳からだとは思わなかった。

「……千佳、何で俺のことが好きなんだ?」

「気づけば、目で追ってました。優しくて、みんなに気を遣って。オカンって呼ばれてるのも、世話焼きな性格のことをからかってるだけですし……何より、懐の大きさが他の人と全然違います。自分というものを、持ってる人だと思います。カッコいいです」

「……そうか」

 他に付け加える言葉もなく。

 ただむず痒い空間の中、俺は答えを出さなければならない。

 真摯な想いならば、真摯な答えを。

「……俺も、好きなのかもしれない」

「かも?」

「嬉しいけど、何だか実感がないんだ。俺はお前にそこまで惚れられることをやってるわけじゃないし。……千佳のことは、好きなんだと思うけど。俺も初めてだから、この気持ちが恋という確証が持てない」

「では、お試しします?」

「お試し?」

「はい。三日間過ごして、このままでいたいと思うなら付き合いましょう。そうじゃないなら、振ってください」

「……わかった」



 それから三日間は、千佳と一緒にいた。

 休日を挟んだので、デートも行った。

 楽しくはあった。普段見れない千佳の表情も見れて、上々の日和だったと思う。

 最終日の深夜。俺は彼女のことを考えていた。

 甘木千佳。

 後輩で陸上部。明るく、笑顔が眩しい体育会系。

 こちらを慕ってくれるのは嬉しい。部活には入っていないので、先輩後輩と縁がなかったから、新鮮だし。

 何より、可愛いから。

 でも、俺は彼女を大事にできるのか?

 他を構って、彼女をおろそかにする心配の方がデカい。

 千佳を悲しませたくない。

 何故?

 好きだから?

「……」

 好き、なんだとは思う。

 俺はキッチンに入り、牛乳と砂糖、ハチミツとシナモンの粉末、バニラエッセンスを加え、それらが入った鍋を火にかけた。

「あれ? 景先輩?」

「お、千佳。どした」

「眠れなくて。……先輩も?」

「ああ。ホットミルク呑むか?」

「頂きます」

 出来上がったそれを、二人で飲む。

 気分が落ち着いてくる……と思ったんだけど。

 目の前にいる千佳をみると、やはり気が逸る。

「……先輩。やっぱり、あの告白は、なかったことにしましょう」

「千佳……」

「やっぱり、急過ぎましたし。先輩のことを全く考えてませんでした……。先輩が、そんなに悩んでいるなんて、思ってなくて……あいた!?」

「バーカ。悩ませろ。それは告白を受けたやつの特権なんだ。俺はぜってーなしにしてやらねえ」

「……意地悪ですね」

「そうさな。だから、これもその一環」

「へ?」

 顔を固定し、唇を合わせる。

 それだけのことだ。

 それだけのことなのに、顔が熱くなる。

「……俺の答えは、これで構わんだろ?」

「……。いえ、ダメです。ちゃんと、言ってください。わたしを好きだって、安心させてください」

 注文が多い。

 かぎりなくロマンチックにやったつもりだけど。

 立ち上がり、近づいて。小柄な彼女を逃げないように抱きしめる。

「好きだ、千佳。俺の彼女になってくれるか?」

「……」

「俺はご存知の通り、世話焼きな奴だ。困ってるのをあんまり放っておけない馬鹿な男だ。だから、お前に寂しい思いをさせるかもしれない。お前に勘違いをさせてしまうことだってあると思う。けれども、三日間悩んで分かった。そんなにも長い間、一人の人間のことで悩めるのは、きっとそいつが好きだから、なんだ。意識してるんだ。だから、俺は千佳が好きなんだと思う。お前こそ、こんな俺でいいのか?」

「そんな先輩がいいんです。世話焼きで、自分がいいと思ったことを押し付けるのに躊躇いがなくて、そしてそれは、誰よりも優しい証拠で……。他の人に構ってると、拗ねると思います。でも、わたしは景先輩が好きです。それだけは、揺るぎません」

 そう微笑む彼女に。

 俺は、もう一度キスをした。



「良かったじゃない、彼女」

 穂希さんの飯を作っている時に、流れでその話になる。

「そうっすかね」

「そうよ。誰か、大切な人のために料理を作る。その経験ができるのよ? 喜ぶべきだわ」

 そして、穂希さんは特別な茶葉のお茶を淹れてくれた。



「……瀬戸君、おめでとうございます」

「史峰、ありがとな」

「でも、甘木ちゃん凄いなぁ。行動力ある……私とは、大違いだ」

「ん? どうした、史峰」

「甘木ちゃんを、大切にね?」

「おう」



「にしたって、お前に彼女ねぇ」

「いいだろ別に」

「ま、今度ダブルデート行くか?」

「ってお前も彼女いんのか、純一!?」

「あれ、言ってなかったっけか。まぁ、良い日開けとけ。紹介すんよ」

「お、おう」



 俺こと瀬戸景に彼女ができた。

 それはなぜが学年問わず噂が駆け回り。

 ほぼ公認のカップルとして、認知されることになった。

 毎朝の日課。

 それは、彼女のための弁当作り。

 今日も今日とて、手作り弁当を、彼女の分だけ制作する。

 それが、俺のできる――一番の、愛情表現だから。

 だから、俺は千佳が美味しいと言ってくれるように、日々精進する。

 千佳と。千佳を大切にしてくれる、みんなのために。

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家庭料理とオカンな男 鼈甲飴雨 @Bekkou

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