十八話 冷しゃぶサラダ

  十八話 冷しゃぶサラダ


「……ん?」

 史峰からだ。

 ナプフォンでメールを見る。

 最近この特殊なフリックも慣れてきた。

『ゴマダレの賞味期限が近いので、何か消費できるものをお願いします』

「ゴマダレねえ」

 パッと思い当たるのは、もうサラダに掛けてしまうことだ。

 そうだな、ここんとこ魚料理が続いたし。肉にしよう。

 豚の冷しゃぶサラダなんか、サッパリしててよさそうだな。

 パスタなんかにしても面白そうだが、甘木がご飯大好きなのでパスタのことは忘れることにした。

 さて。

 今俺はスーパーに来ている。

 福引はもうやってないみたいだ。思ったより人がこぞっていたので、商品が全滅したんだろう。

 ハワイ旅行を当てたらしい人物がポップに名前が書かれていた。金城さんに乾杯。

 とりあえずサニーレタス、レタス、スプラウトなどなど。

 野菜類を集める。

 冷たいものだけだとあれだから味噌汁もいいな。

 お、舞茸安い。八十一円。

 舞茸だからお吸い物でもいいな。うーん……どうしようか。とりあえずかごに入れる。

 豚のしゃぶしゃぶ、ロース肉でもいいんだが脂っぽさがないので食感がパスパスしがちだ。

 こま切れの方がよく合う気がする。

 オーケー。こま切れもいつもの価格だ。

 豚こまはホント万能選手なので、多めに買う。冷凍庫にこれがあると安心する代表格。

「んなもんかな」

「ん? ケイじゃない」

「あれ、穂希さん? こりゃまた奇遇っすね。どうしたんすか?」

「お菓子を買いに来たの。抹茶立てるのにチョコ菓子をと思って」

 そういう穂希さんのカゴには、クッキーとチョコが一体となった例のチョコが。

「ケイは夕飯の買い出しかしら?」

「そうっすよー。豚の冷しゃぶサラダ」

「今度よろしくね、美味しそうだし」

「オーライっす」

「お父さんも楽しみにしてるわよ」

「うっ、すげえプレッシャー……」

「感じてないくせに」

「いやいやいや! メッチャ緊張するって!」

「ま、いいけど。今度、ワタシのバイト先に遊びに来なさいな」

「え、穂希さんバイトしてたんすか?」

「そりゃするわよ。蕎麦処、悠遊庵ってところ」

「ってそりゃ行かされてますよ。俺たまにピンチヒッターで呼ばれます。夜はお酒も出すでしょ?」

「え!? ……そういえば、甘夏うどんから一人不定期バイトがいるって聞いてたけど、ケイなの?」

「そうそう。俺、普段は甘夏うどんでバイトしてるんっす」

 甘夏うどんと悠遊庵は店長同士が親友で、色々とつながりがある。

 まさか穂希さんがそこで働いているとは思わなかったが。

「ワタシは蕎麦派よ」

「俺はうどん派だ」

「好みが違うの、初めてじゃない?」

「そういやそうですね。ラーメンは?」

「「醤油」」

「フライドポテトは?」

「「シューストリング」」

「牛、豚、鶏は?」

「「鶏肉」」

 無言で握手を交わす。

「せんぱーい! 荷物持ちに……わー、可愛い! 先輩、どこの子ですか、この子! 物凄く可愛いです!」

「……千佳。この人は嘉数穂希。人生の先達だぞ」

「せんだつ?」

「要は年上だ。俺よりもな」

「……。…………?」

 意味を咀嚼できてないらしく、千佳は首を傾げた。

「……嘉数穂希よ。二十歳」

「うええええ!? せ、成人済み!? うそ、え、ホントに!?」

「そうよ」

「……先輩、ロリコンだったんですね」

「とんでもねえ疑惑炸裂させんなテメェ」

「そうかもしれないわね」

「アンタも性質悪いな!?」

「まぁ、ダイジョブですよ、先輩。愛があれば。あ、でも逮捕されるのやですから近寄らないでくださいね!」

「千佳、お前には教育が必要らしいなぁ。今日豚しゃぶサラダだけどお前だけ豚抜きだ」

「先輩、信じてました。ロリコンじゃなくて神だってことを!」

「うむ善きかな」

「ほどほどにしなさい。じゃ、ワタシはこれで」

 穂希さんは去っていった。

 小さいのに堂々と歩くなぁ。

「本当に二十歳なんですか、あの人」

「運転免許を見た。マジだぞ。今度、モトコンポ買うらしい」

「何ですかそれ」

「パッと見おもちゃな原付。小さいんだ」

「ああ……納得です」

 人体の神秘を見送って。

 俺達も寮に戻るのだった。



 冷しゃぶサラダというのはごく簡単にできる。

 野菜を手でちぎって水洗いし、水気を切って盛っていく。

 サニーレタス、レタス、トマト、キュウリ、スプラウトの順で盛ると綺麗。

 そして肝心のしゃぶしゃぶの方だが。

 とりあえず、鍋に少量の塩と昆布だしの顆粒を入れる。

 そしてガンガン沸騰させるのではなく、ふつふつさせた状態で豚肉を入れていく。

 完全に色が変わるまで待ち、ザルにでもあげていく。

 鍋の灰汁は順次取り除く。

 作業が終わり、仄かに湯気を放つそれを常温で冷まして、冷蔵庫へ。

 冷えたら肉を盛って、終わり。

 後はポン酢やらゴマダレやらドレッシングやらで食べる。

 味噌汁はほぐした舞茸と油抜きした薄揚げ、わかめ。今回、油っ気がそんなにないので、油揚げのコクが引き立つ。

 なんてことはない。去年もよく出した代物。

 けど、甘木は今回初めて食べるものだろう。

 全員がめいめい好きなものを掛けていく。

 史峰はゴマダレ。藤堂先輩はポン酢。草薙先生はゴマダレ。純一はドレッシング。

 甘木はポン酢を選んだようだった。

「ん、美味しいです、景先輩!」

「そりゃよかった」

 というか、これは料理と呼ぶのだろうか。

 ほぼ素材の味だしなあ。

 けれども、やはり安定の人気で。

 お代わりの分も、程なくなくなるのだった。

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