十六話 カレー(史峰、甘木、藤堂合作)

  十六話 カレー(史峰、甘木、藤堂合作)


 矢は三本束ねると折れない。

 三本の矢の教えというものがある。

 三人寄れば文殊の知恵、という言葉もあるのだ。

 何事も、三人でやってやればできないことはない。

 また複数人集まる時も、三人以上は無駄だとも言うべきか。

 組織が肥大化していけばそういう言葉に囚われないとは思う。

 しかし、トップというのは、大体一位、二位、三位、それ以下となっている。

 三人という数字は、やはり何か意味があるように思う。

「んじゃ、夜作っといてくれ」

 休日。ピンチヒッターでバイトが入って、夜ご飯を作れなくなった。

 穂希さんの飯は作ったけど、寮にいる面子の間では時間的に無理。

 頼みの草薙先生も誰もいない。純一は遠征で試合中。

 俺は、寮に残っている三人にそう告げた。

 史峰は絶望し、千佳は心底から慌てていて、藤堂先輩はぽかんと口を開けている。

 三者三様。個性があってよろしい。

「史峰、お前はできるだろ。散々やったろうが」

「だ、だって! お手伝いはしたことあっても、全部は……!? め、メニューも決まってないですし!」

「んじゃ指定しよう。カレーで」

「か、カレーですか」

「ルーを違う奴複数混ぜろよ。コンロとは反対方向の下の棚に入ってっから」

「で、でも!」

「そろそろ俺抜きでもやれるようにならんとな。んじゃな。頼むぞ史峰。千佳も史峰の言うこと聞くんだぞ。藤堂先輩もサボらないように」

「「「は、はぁ……」」」

「んではな、アディオス!」

 俺は足早にバイト先へ急いだ。



「……どう、しましょう」

「どうしましょっか……」

「寝よう」

「いえ、作りましょう……」

「えええ、マジですか……。わたし自慢じゃないですけど全然触ってないですよ、こういうの」

「あたしも」

「まぁ、何とかしなきゃです。まずじゃがいもの皮を剥きます! 甘木ちゃん!」

「は、はい!」

「これ、ピーラーっていう道具で、こうすると……」

「おお、するんって! 皮が!」

「これをお願い。藤堂先輩はお肉を解凍してください。今日は……鶏肉で。で、軽く肉に塩コショウを」

「えっと、解凍のボタンを押せばいいのかな」

「はい。私は玉ねぎを剥いて、薄切りに……」

「おー、できてるじゃないですか史峰先輩!」

「さすが、あのオカンに仕込まれただけはある!」

「包丁だけですけどね、えへへ。で、バター入れて、玉ねぎ炒めて……解凍し終わった肉を入れて……甘木ちゃん、よろしく」

「えっと、焦げ付かないように全体を回す……」

「そんな感じ。後は、剥いて乱切りにしたにんじんとじゃがいもを入れて、油を通す」

「あー、これは藤堂先輩には厳しいですね。重いですもん」

「む、失礼な。貸して。……うわ重っ、全然フライパンが回らない!?」

「でしょ。史峰先輩も無理です。ここはわたしが……!」

「……うん、いいかな。では寸胴鍋に入れて、水、コンソメ、ケチャップ、ウスターソース、インスタントコーヒーをそれぞれ少量。沸騰してきたら、この寸胴鍋なら蓋を閉めて放っておくと勝手に野菜に火が通るから」

「おお! 後はルーを入れるだけ! 凄いです、史峰先輩!」

「やるねまなちゃん。さっすが!」

「え、えへへ。そうですかねー?」

「あ、ご飯炊いてなくない!? ……あれ? しゅんしゅんしてる」

「瀬戸君、いつも研いでセットしてるんですよ」

「さすが景先輩です」



 バイトをしていても、少々連中がちゃんと作ってるか疑問に思う。

 藤堂先輩は寝ることを提案してそうだし。

「パイセンどったの? ボーっとして。アタシのおっぱい揉む?」

「揉めるほどの量になって出直してくれ」

「あ、ひっど! マジ酷い! この男、本当にアタシにメロメロになんない」

「はんっ、お前ごときにメロメロになるかよ」

「今日、夜……誰もいないんだ、家」

「分かったよ、お前がそこまで言うなら……君をシンデレラにしてあげるよ」

「うん、父さんと二人っきりで熱い夜を――」

「気色悪いわ!」

「想像するとゲーってなった」

「なら言うなや! てか想像してんじゃねえよ!」

「じゃあ、どうしたの? ボーっとして」

「いやな。寮のやつらに飯作って来れなかったから。心配で」

「は? 高校生三人もいて一人も作れないの? ありえなくない?」

「お前は作れんの?」

「簡単なものなら」

 おおう、頼もしい。

「依音、お前結構女子力高いよな」

「え、それ今言う? まー裁縫好きだし、料理は作れるしー? いつでもお嫁に行ける」

「おう、景よ。さっさと依音貰ってくれ。んでオレの後を継いでくれ」

「外堀がすべて埋まっている!? おい、大将。娘は大事でしょ?」

「大事だが、お前みたいなしっかりしたやつと一緒になってくれるんなら問題ねえ」

 いつの間にかすげえ信頼されていた。

 そりゃ仕事は真面目にやるけども。それだけでこうまでなるのか?

「よし。景、今日はもう上がりだ。賄い食ったら余ったうどんと出汁持ってけ」

「あざーっす!」

「いや瀬戸パイセン食べ過ぎじゃない?」

「アイラブウドン。ノーうどんノーライフ」

「……ごめん。英語わかんない」

「お前よくうちの高校入って来れたな……」

 まぁいいけど。

「でも、瀬戸パイセン。マジで悩んでるんだったら、言いなよ。借りが山ほどあるし、何か手伝う」

「……おう。遠慮なく頼らせてもらうよ、依音」

 差し出された拳に、握った拳を軽くぶつける。



 そして、帰ると。

 ふわん、とカレーの匂い。

 杞憂だったか、心配は。

「ただいまー」

「おかえりなさい! ご、ご飯、作れました! やりました!」

「どうどう、史峰。落ち着け。食べるよ」

「は、はい!」

 千佳、史峰、藤堂先輩が見守る中。

 大盛りに盛られたカレーを、食べる。

 ……美味い。俺の作ったやつと比べると切った形が少し不格好くらいで、問題がない。

「美味いよ。よく頑張ったな、史峰、千佳、先輩」

「はい!」

「まぁ、ほとんど史峰先輩でしたけどね」

「だねー」

 おしえてることは、無駄じゃなかったんだな。

 そう思いながら、俺はカレーをもう一口、放り込んだ。


 

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