十五話 冷やし中華
十五話 冷やし中華
馬鹿は風邪を引かない。
いや、風邪を引いたことに気づかないから馬鹿なのか。
卵が先なのか、鶏が先なのか。
至極どうでもいいことを考えながら、俺はふと特売コーナーの一角で立ち止まった。
「……」
安い……。
夕方。スーパーに買い物に来てみれば。掘り出し物だ。
まだ早いと思うが、冷やし中華が売っている。ゴマダレとレモン風味のタレがついていた。
「……よし」
買おう。
とりあえず六食分を確保。
さて、冷蔵庫にチャーシューはないはず。ここは鶏の胸肉で代用しよう。
他には、錦糸卵にキュウリ、トマトにモヤシ。
……モヤシはなかったな。買っておくか。
「ん?」
スマホが震える。
千佳のやつだ。
「どした」
『先輩! 大会で三位取れました!』
「おお、やったな! 今日はご馳走作ってやるよ、何がいい?」
『じゃあ、冷やし中華で!』
「……お前は本当にタイミングいいな」
『え?』
「今日はそれが特売だったんだ。ついてるな、千佳よ」
『やったぁ! じゃ、お願いしますね、景先輩!』
「おう。……頑張ったな、おめでとう」
『はい!』
通話を切る。
ホント、みんなすげえわ。
俺も頑張らなければ、という気分になる。
「……うーん、少し気合入れてみるか」
買い物かごを持って、俺はレジへと急いだ。
おつまみで煮卵を作っていた。
半熟の茹で卵を作る。
俺の好みは沸騰したお湯に八分。
これは冷蔵庫から出したて、つまりは卵が冷たくなっているという条件付きでの目安。
鍋に入れる前にひびを入れておくと、剥きやすい。
そこに醤油1:ミリン1、出汁の元を少し、水をコップ半分くらい入れて、濃い目の汁を作る。火にかけて少し煮詰めたら殻を剥いた卵を入れて、冷まし、閉じられる袋か何かに煮汁ごと詰めて、一晩くらい放置。
錦糸卵は少し手間がかかるからな、これで代用しよう。見た目もゴージャスだし。何より美味そうに見える。
キュウリを斜めにスライスし、細長く切る。トマトはへたを取って縦にスライス、モヤシは水洗いして少々茹でる。パキッとなる程度が理想だ。くたくたなモヤシもあれはあれでありだが、冷やし中華はその食感が命。
別の鍋で、塩胡椒をしておいた鶏の胸肉もゆであがった。これもスライスしておく。
その出汁に中華出汁を足して、塩と胡椒で味を整え、わかめとゴマ、更にごま油を入れて中華スープに。
これ、本当はもも肉やら骨付き肉でやると美味いんだけど、胸肉だから出汁はあっさり目だ。逆を言えば鶏の臭みがでない部位でもある。
麺を茹で、それらを盛り付ける。
漬け卵は半分に。美味しそうだ。
野菜などを放射状に盛り付ければ、出来上がり。
「たっだいまー! 景先輩、できてますか!?」
「おう、丁度。ほれ、運べ」
「うおおお、煮卵美味しそーです!」
騒ぎを聞きつけたのか、みんな降りてきた。
今日は特売のサイダーも全員に配る。
「ん? 何かあったのか、ケイ」
「おう。では、甘木の大会三位入賞を祝して、乾杯!」
「「「「かんぱーい!」」」」「おう」
各々箸を伸ばす。
史峰はゴマダレをチョイスした。千佳もゴマダレ。純一もゴマダレを手に取った。
藤堂先輩と草薙先生、そして俺はレモンだれの方。
「鶏の胸肉なんですね、チャーシューではなく」
「チャーシューは言えば作っとくけどいきなりは無理だ、史峰。ほれ、マヨネーズ」
「どうもです」
「うええ、史峰先輩冷やし中華にマヨネーズなんですか……!?」
「お、美味しいよ!」
「まぁ、好きに喰ったらいい。本人が美味いと思うのが一番だ」
「ケイ、多分喰いたんねえぞ」
「そういうと思って……どどん」
昨日仕込んでおいた、唐揚げが並ぶ。
味は変わらない。だからこそ、意味がある。
わかっている味を何度も噛みしめる。外国ではそれが当たり前で、毎日メニューが変わる日本は不思議な国らしい。
「唐揚げにはビール!」
「どうぞしこたま飲んでくださいっす」
「じゅるり……」
「まなちゃん、よだれよだれ」
「にしても三位か、すげえな甘木」
「古住先輩もこの波に乗って県大会優勝行きましょう!」
「おう、今年はぜってーウチが貰うぜ」
「暑いのにがんばるよな。サポートするから、なんかあったら言えよ?」
「あ、景先輩。夜のトレーニングに付き合ってください」
「あ、甘木ちゃん!? よ、夜のトレーニングって、そんな……!?」
「いや、史峰先輩が考えてるようなやらしいことじゃないです。ランニングと柔軟です」
「いいよ、千佳。俺でいいなら。まぁ、最近物騒だしな」
「そゆことです。食べ終わったら行きましょー!」
「ぜってー横っ腹痛くなるぞ……」
その後、元気な千佳に振り回され。
十六歳にして体力の限界を感じる俺だった。
これをきっかけに体力がつくといいんだが……。
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