十二話 鶏の水炊き
十二話 鶏の水炊き
何度もそれを求めると言うのは、それに対して無類の信頼を置いているからだろう。
しかし、時に頼られることが鬱陶しくなる時もあるだろうから。
だから、何でもほどほどが一番だ。
季節は六月に差し掛かろうとしていて。
ちょっと湿っぽい日も多くなってきていた。
そんな中――
「お鍋がいい!」
「えええ……」
藤堂先輩の突然の思い付きには驚くばかり。
「水炊き食べたーい」
「一人で居酒屋にでも行け」
「やだやだー! 白く濁った水炊きしか出てこないもん! 家庭料理風がいいのー!」
「だからってこんなエアコンが稼働する季節にそれは……」
「ははーん、それともなーに? オカンは自信ない?」
――ムカチン!
「いい度胸だな藤堂先輩、福岡の家庭風鍋奉行たる俺に物申すとは」
「いいんだよー? 自信ないならこのリクエスト受けなくても。鶏の水炊きだけに、チキンなせ・と?」
「オーケー、テメェその言葉よく覚えとけよクルルァ! 絶対に美味い言わせたるわ!」
と、半ば乗せられてしまったが。
ハウス栽培の白菜が特売をしていてよかった。立派な白菜だな、しかし。余ったら浅漬けにしよう。それでも消費しきれないなら、最悪中華丼に……。
洗った長ネギを斜めに。同じく洗った白菜をざくざくと横に切っていく。特に白菜はナメクジがいないとも限らないので念入りに。
圧力鍋の蓋を締めないまま、まず出汁を取る。
昆布だけ。表面をサッと水拭きして、沸騰直前で取り出す。
肝要なるは鶏ガラだ。
骨付きのモモ肉。ざるにとって、沸かしておいたお湯を振りかける。
湯霜、と呼ぶ。本来なら魚のぬめりや臭みを取ったり、皮つきの刺身に掛けて食感を立たせたりする方法だ。
今回は解凍品だったためか、臭みがあるだろうと判断し、血などの汚れと一緒に洗い流す意味で行った。
圧力鍋に長ネギの青い部分と酒を、一緒にぶち込む。そして蓋を締め、圧を掛けていく。
その間に、他の食材も。
糸こんにゃくは手鍋いっぱいのお湯で下茹でしてカット。
舞茸は石突を落として一口大にほぐす。今日は他にしめじも入る。こちらも同じ処理。
ちなみにだが。
水炊きは白菜でもキャベツでもいいとされる。
外で食べるときはちゃんぽん麺の〆や雑炊での〆がポピュラー。
美味いんだよなあ。
「あっつー」
けどこんな気温の時に食うもんじゃねえわやっぱ。汗が流れ落ちる。
一時間煮込んで、圧を抜いた鍋を開ける。
ふわん、と鶏出汁のいい匂い。
それを鍋用の鍋にぶち込んで、具材をセッティング。
骨はどうせむしゃぶりつくのでそのまま。取ってもいいんだけど、やっぱ骨付きの肉は美味いものだろう。
今日はそれと豚肉を用意した。水炊きとしては少々邪道ともいえるが、これでしゃぶしゃぶのようにしても美味い。
「あ」
ポン酢作らなきゃだ。
冷凍していた、ゆずとだいだいの果汁。草薙先生の実家で育った天然もの。
濃い口しょうゆ1、薄口醤油1、穀物酢1の混合液に果汁の氷を突っ込んで溶けるまで放置。
これでポン酢の完成だ。
色々レシピがあるが、我が家はこれ。
「さて」
白菜の白い部分とねぎの白い部分を入れて、蓋をして煮込む。
二十分もすればどっちもトロトロ。
そして鶏団子を入れ、更に舞茸、しめじ、糸こんにゃく、四分の一に切った木綿豆腐などを入れていき。
テーブルのカセットコンロに鍋を乗せれば。
「ふぃー……」
鶏の水炊き、完成だ。
透き通り、黄金のエキスが出ているその様は、家庭料理ならでは。
「うえー、またお父さん妙なものを……」
「またか千佳。今度は何だ?」
「何でしょう、これ。めっちゃ重いんですけど。お米?」
「……。ほう。ふっくりんこか。白米だな」
「見ただけで!?」
「書いてあるだろ」
「あ、ホントだ」
「これは甘みのある米でな。硬さと粘りのバランスがいい。よっしゃ、炊くか!」
「わーい! 美味しいんですか? 元気つくしよりも」
「好き好きだろう。けっこーなブランド米だからな」
これは普通に炊く。
元気つくし見たいに水を減らしたりはしない。
「じゃあ、炊くぞ。土鍋で」
「おお……」
文字通り、水加減を間違えなければふっくらと炊き上がる。
「ま、あんま意味ないんだけどな」
「え? どうしてです?」
「〆の雑炊用に炊こうと思ってたから。水洗いするんだよ、炊いてから」
「えええ? そのまま突っ込めばいいじゃないですか」
「米のぬめりを落とさないとどっろどろになる。おじやだな」
「おじやと雑炊って違うんです?」
「おじやは味付きおかゆみたいなもんで、雑炊はさらさらしてんの。米を水洗いしてぬめりを取るから」
「ほへー……。というか、鍋ですか。この暑い中」
「そうらしいぞ」
「いや作ったの景先輩ですよね!?」
「藤堂先輩が食いたいって。ホント、あの人はすげえよな。こんな中、鍋しようだなんて。勇者過ぎる」
そういえば、水炊きを振る舞ったのは久々だ。
去年の冬は鉄板メニューだったが、そういや千佳が来てからはやってない。
「……先輩、冷房にしましょう、これ。除湿じゃ追いつかないです」
「だな」
エアコン君頑張れ。
ぞろぞろとみんなが降りてきて、テーブルのど真ん中に鎮座する鍋を見て凍っていた。
「えええ……なんで鍋……」
「なんでだろね?」
「おい首謀者!」
「あ、藤堂先輩だったのかよ。こんなくそ暑い中よくもまあ」
「だって食べたかったし!」
「あ、あはは。水炊きには、焼酎!」
また飲むのかアンタは。
というか、草薙先生は最近連日夕食をたかりに来ている。
「先生、またお金使い過ぎたんですか?」
「うぐっ!? な、何故それを……!?」
「いいですよ。いっぱい食べていってください」
「ぐすっ、ありがとう瀬戸君……! 優しい……!」
「……ゴマダレじゃないです」
「すまん、急すぎて作ってない」
「まぁいいです。まだ期限大丈夫なものが冷蔵庫に……ああ、あった」
あったのか。使うこと皆無だから忘れてたわ。
水炊きを食べるにあたって、衝突する二大巨頭。
ポン酢派、ゴマダレ派。
史峰はゴマダレ派。純一と先生と藤堂先輩はどっちでもいい派。
「千佳はポン酢が良かったか? ゴマダレ派だったか?」
「うーん、サッパリしてそうなのでポン酢派です!」
「千佳ちゃん、ゴマダレ派に入りましょう……!」
「食えりゃいい」
「同じく」
「酒が飲めれば!」
「千佳はポン酢で食べるんだよ、史峰」
ちなみに、俺は根っからのポン酢派。
俺と史峰との間で火花が散る。
「……。えい」
「「あ」」
混ぜやがった。
「何ということを! 邪道です! 邪道です、千佳ちゃん!」
「え、そんなテンション上がることなんですか?」
「千佳よ。まぁ食えなくはないが頑張れ」
「えええ!? わたし、そんなに変なことしました!?」
まぁいいよ。
ちなみに、ほぼ全員がポン酢を使っていた。
「んじゃ、いただきまーす。ん、うめえ。鶏やーらけえ」
「ゴマダレの方が美味しいもん……」
「あ、はい、先生。柚子胡椒」
「やっぱこれがないとねえ! んー、ピリ辛で美味しい!」
「んー、これこれ。やっぱさすがだねえ、瀬戸」
「どもっす」
「景先輩、ミックス美味しいですよ!」
「お、おう。そうか。良かったな。豚肉いれるぞ」
「わーい!」
そしてうどんの後に雑炊まで楽しみ。
その日の水炊きは恙なく終了するのだった。
ちなみに。
翌日の朝食には中華丼が並ぶ。
半月に薄切りにしたにんじん、白菜、きくらげ、余った豚肉を塩コショウ、中華出汁の元を入れて炒め、水溶き片栗粉でとろみを付けた餡を、白飯に掛けた料理。
俺はしゃくしゃくした白菜はあんまり好きではない。
鍋のくったくたになった白菜が好きなのだが。
皆が美味い美味いと食べるので、しゃくしゃく派も多いのだな、と何となく知った。
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