十一話 石狩鍋

  十一話 石狩鍋


 時に、息抜きも必要だ。

 穂希さんも言っていたが、抜くときに抜かないと何事も続かない。

 特に仕事なんかはそうだ。毎日張り詰めていては、いつか壊れてしまう。

 毎日のプレッシャーが圧となる。水圧が徐々に大きな岩を砂にするように、長い月日と共に体が朽ちるだろう。

 だからその前に休もう、という考えは理解できる。

「お酒飲みたいの……」

「はぁ……」

 草薙先生は目をウルウルさせてたけど。

 飲みたいならのみゃいいじゃん、という乱暴な感想しか浮かばない。

 休息を酒に頼るのは悪手だと思うが、好きなものは好きだから仕方ないのだろう。

「んで、つまみっすか」

「うん、最近冷えるでしょ? お鍋なんかどうかなって」

「鍋ねえ」

「うわっ!?」

 甘木があからさまにマイナスなリアクションをした。

 実家から届いた荷物を開けていたはずなのだが。

「もう、鮭なんか送ってきて……! どうしろっていうの、パパ……!」

「千佳、見せてもらっても?」

「あ、景先輩! 見てくださいよ、これ!」

 真空パックにぶつ切りで放り込まれているそれは。

「……鮭だ。しかもこの時期にこのサイズでこの脂の乗り……時しらずか!?」

「時しらず?」

「……千佳、お前道民だったのか?」

「え? ええ、まぁ。言ってませんでしたっけ」

「まぁいいけど。ていうかこれ超高級食材だぞ! すげえ、お目に掛かれるとは……!」

「いくらくらいするんですか?」

「一匹八千円くらい? 安くて」

「ひょええええ……!?」

 甘木もビビっていた。

 学生の五千円以上は大金だ。基本千円でも出し渋るというのに。

「うーん、鮭と言えば塩焼き!」

「いやいや、もっと豪勢に行きたくない、甘木ちゃん。鮭だよ鮭!」

「……んじゃ、先生リクエストの鍋物しますか」

「鍋?」

「お前の家じゃくわなかったか、千佳。肌寒い時、味噌とバターと鮭とじゃがいも」

「あ!」

「そう――石狩鍋だ」



 レシピはごくごく簡単。

 昆布&かつお出汁に濃い目に味噌を溶く。

 じゃがいも、キャベツ(白菜でもいい)、キノコ類をぶち込み。

 煮えたぎったところに、水気をよく拭いた鮭を投入。

 鮭に火が通ったらデカいバターを落とし、更に蓋。

 バターが溶けきったら……!

「石狩鍋じゃぁぁぁッ!」

「やったぁ!」

「い、石狩鍋。食べたことないです」

「オレもねえわ」

「あたしも」

「先生はあるのです! 北海道の居酒屋で……うう、日本酒日本酒~!」

 寒いっつってたのに冷酒で飲む気だ、この人。

 まぁいいけど。

 各々によそっていく。

「ほら」

「頂きまーす! はふ、はふ……んー、家のと味が違うけど、こっちの方が好きです!」

「そうか。よかったな、千佳」

「はい!」

「じゃがいもが……ほくほくで……!」

 史峰もほんにゃりと幸せそうな顔をしていた。

「むっ、この鮭うっま!」

「あ、マジだ。これすげえ脂の甘みが……!」

「純一、藤堂先輩、時しらずですよ時しらず!」

「そういえば景先輩、時しらずってなんでしたっけ」

「まぁ、春夏くらいに北海道で採れる鮭だ。だいたい若い個体で、脂がのって美味い。時に鮭って書いて、時鮭(ときしらず)って読みもあるが、まぁ普通に呼べばいい」

「おいしーからいいや」

 ざっくりだな千佳よ。

 俺も鍋を食べる。

 野菜の甘み、鮭の脂、バターと味噌のコクが混然一体となる。

 美味いな、鮭のグレードが違うとご馳走過ぎる、これ。

「……ちと食い足りないか」

「これからが本番だぜ、純一」

 俺は鍋をいったん回収。

 そこに中華麺を五玉入れて、更にコーンの缶詰をぶち込んだ。

 煮て、完成。

 北海道味噌ラーメン。

「うおおお、美味そう! ラーメンだぁ!」

「ふっふっふ、藤堂先輩も乗り気でしょう、これは。あ、ほれ。七味」

「いやぁ、何か用意してるだろうと思ったけどラーメンとは! えらいぞー、瀬戸!」

「あざっす」

「先輩、盛ってください!」

「おうよ」

 煮溶けたじゃがいも、コーン、鮭のほぐれ身などもかき集めて六人分を形成。

「美味い……! 瀬戸くん、いいお嫁さんになるわぁ!」

「いや草薙先生、嫁にはならないっす」

「でも先輩、そういう道に進まないんですか?」

「今はまだ自信がない。だから、こうやって俺に修行させてくれ。今は、三年間、これをやりきることしか考えてねえよ」

「はい、先輩のご飯、楽しみにしてます!」

 千佳の頭を撫でる。

「……。せ、瀬戸君。私も、楽しみに、して……その……」

「おう、サンキュー史峰!」

「…………。わ、私は、撫でてくれないんだ」

「? どした、ぼそぼそと」

「な、何でもありません!」

 ラーメンをすすり始める史峰。

 横腹を、何故か藤堂先輩が突く。

「隅に置けないじゃないかー、このこのー!」

「???」

「まぁまぁ、本人同士じゃねえと野暮だろ、藤堂先輩」

「ま、そだね、古住」

「どういうことだ、純一」

「そのままのお前でいろってこった」

「もう少し、色々しっかりしてください、瀬戸君」

「? 気を付けるが。何で史峰は不機嫌なんだ?」

「上機嫌ですっ!」

「お、おう。そうか」

 何故か迫真の史峰を余所に。

 石狩鍋はスープまできっちりなくなるのだった。

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