十三話 インスタントラーメン(塩味)

  十三話 インスタントラーメン(塩味)


「う、ううぐ……」

「無理すんな、千佳」

「か、風邪なんかで休んでいられません……! もうすぐ、大会が……!」

「出れなかったら本末転倒だろ。ほら」

「ううう……!」

 千佳が風邪を引いた。

 無理もない。季節の変わり目だからな。

 五月半ば。急激に暑くなって、半袖になる面子が一気に増えた。

 そんな中、冬服と夏服の中間がブラウスくらいしかない女子は、大変そうだった。

 男は気軽に脱いで体温を調節すればいいのだが、女子は色々あるらしい。

 それに加え、昨日の土砂降りで濡れネズミになった千佳。

「甘木ちゃん、大丈夫?」

「だ、ダイジョブですよ、史峰先輩!」

「寝ておくんだ」

「と、藤堂先輩、そんなご無体な!?」

「寝るんだ。風邪は怖いから」

 意外だ。

 藤堂先輩が押してくる。普段は暖簾に腕押しのような人なのに。

 甘木も、渋々引き下がった。

 ちょいと心配だ。



 昼休み。

 俺はパンを食いながら寮に戻る。千佳の様子が気になったからだ。

 藤堂先輩に許可はもらった。二階にも行ける。

 彼女の部屋をノックした。

「……ふぁい」

「おう、俺だ」

「景先輩……? どぞ」

 ドアを開ける。

 甘い香りが抜けていく。そして、ベッドに横になっている彼女を見た。

 布団を被っている。もこもこしてんな。

「よう、飯は食えそうか?」

「お腹ペコペコですけど……動く気力がなくて……」

「作ってきてやんよ。何がいい?」

「ああ、ラーメン食べたいです……インスタントラーメン」

「わかった」

「あれ、意外。インスタントはダメとか言いそうなのに」

「病人のリクエストを無碍にするわけにもいくまいて。んじゃ待ってろ」

 一階に降りる。

 鍋の時に残っていた具材をかき集める。

 よし、いいだろう。

 鍋に水を張る。そして余っていた冷凍鶏団子と白菜、長ネギに、スライスしたにんじんを入れて火を通していく。

 インスタントラーメンも一応ストックしてある。

 塩味のそれをとり、沸騰した鍋にぶち込む。

 ほぐれたらスープを入れて、更に少し煮込む。

 箸で持っても切れず、しかし柔らかい。

 その火通りが微妙にムズイ。

 まず麺を入れ、スープ、上に野菜と団子を置き、その上からゴマと黒コショウを少し。

 塩ラーメン、完成だ。

 それをもっていった。

「出来たぞー、甘木ー」

「わぁ……! ご、豪華ですね、インスタントラーメン!」

「たんと食え」

「はい!」

 一心不乱にそれを食べる彼女を完食するまで見届けた。

「はふ……美味しかったです……!」

「ほれ、スポドリ。ちゃんと寝とけよ」

「はい……。……あの、景先輩。学校は?」

「昼休みだ」

「もう始まってますよ?」

「五限目は草薙先生のやつだから事情を話してあるんだよ」

「意外に狡いですね」

「てめぇ、もう風邪ひいても作りに来てやんねーぞ」

「ああうそうそ、ありがとうございます、先輩!」

「はいよ。お前も早く治して、部活がんばれ」

「……頑張ります。だって、両親が送り出してくれたのに……」

「そういや、お前の成績なら東京のいい高校も行けたろ」

 成績は、当然陸上のやつ。

 噂では、勉学はからっきしらしいが。

「……一番に、なりたくて。ちょっとレベルの低いところで、ちやほやされたかったんです。そうだと思います。でも、現実はわたしよりも凄い人たちがいっぱいで……」

「……そりゃ、燃えるな」

「え?」

「思わね? 一番になりたかったんだろ? それって結局、最終的に世界と自分を比べるようになると思うんだよ。自分が成長しても、限界値がどこまでもあって。やりがいがありそうだなって」

「……」

「ま、スポーツのことは知らんけどな。一番は責任重いから俺はヤダね」

「ええ!? 今、やりがいありそうだって!」

「そりゃ思うが、一番はしんどい。負けたやつ、踏み台にしたやつ、全員の代表なんだぞ? くたびれるね。お前、それを目指すなんて……マジですごいと思うぞ」

「……慰めてるんですか? それとも、プレッシャーかけに来たんですか?」

「飯作りに来たに決まってんだろ。頑張って治せ、千佳。んでいっぱい暴れてこい」

 ぽすぽすと頭を撫で、俺は部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。

「せ、先輩!」

 振り返ると。

 そこには、真っ赤な顔の彼女がいた。

 熱のせいなのか。

 それとも別の要因があったのか。

 俺にはわからなかったが。

「……うつっちゃったら、看病します」

「そりゃねーな! 俺ぁ馬鹿だからな! ハッハッハ! じゃーな!」

 俺は食べ終わった食器を流しにつけて、学校に戻っていった。



「……美味しかったなぁ」

 わたし――甘木千佳は驚いた。

 熱の時はインスタントラーメンが多かった。

 いつも素ラーメンだったんだけど。

 今日は、豪勢なラーメンで。それがとても美味しく感じられた。

 熱だから、味なんかそんなに分かんないはずなのに。

 スポーツドリンクを飲む。

 いつもの二倍に希釈されたものではない、原液の甘さが濃密だ。

 体の奥まで染みわたる感じがする。

 また眠気が出てきたので、ベッドに寝転んで、布団を被った。

「……先輩」

 本当に作りに来てくれただけだなんて。

 お人よしだ。

 一食くらい抜いたって死にはしないし。

 けど。

 何だろう。

 それが、酷く、胸をじんわりと熱くしていく。

「馬鹿……ホント、馬鹿ですよ」

 史峰先輩や藤堂先輩みたいな可愛い人いっぱいいるのに。

 わたしなんかに構って。

 ホント、善意しかないのが、あの人のいいところであり、悪いところだ。

「……ありがとうございます、景先輩」

 その呟きは、静かに部屋に溶けていって。

 わたしは、夜までぐっすりと眠っていたのだった。


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