九話 ナポリタン

  九話 ナポリタン


 物事には理由がある。

 食器があるのも、食物が地面に触れるのを防ぐため。

 フォークやナイフは、手が触れることにより汚れることを防ぐため。

 必ずそこにある石ころですら過去があり、理由がある。

 ともすれば。

「ケチャップ味が食べたいです!」

「は?」

 と甘木が言い出すのも、何かしら理由があるのだろう。

「何でだよ」

「食べたい。そのほかに理由が必要ですか!?」

 ……これは、本能の一種だろうか。

「選択肢をやろう。ナポリタンか、ケチャップライスか」

「ナポリタンがいいでーす!」

「オーケー。んじゃピーマンなかったから買って――」

「だだだダメですよ先輩、そんなもの買っちゃ……!」

「? お前ピーマンダメだっけ」

「……じ、実は」

「ふーん。んじゃ入れないでおいてやるよ。お前からのリクエストだし」

「先輩愛してる!」

「ふふん、せやろ。もっと愛してくれ」

「ナポリタンナポリタン~!」

 ご機嫌に去っていく。

 あいつも子供だなあ、好物一つで機嫌よくなるとは。

 ……。

 いや。

 好きなものが食えるって、いいよな。

 大人の方が食えそうだけど、こういった家庭料理とかとは縁遠い人が多いように思う。

 だからこそ。

 今のうちに、あいつらが食べたいもの。栄養のあるもの。たらふく食わせてやりたい。

 とりあえず、今日はナポリタンだ。



 恒例になってきた史峰とのクッキング。

「はい、まずちょっと塩分濃い目のたっぷりとした水でパスタを湯がく」

「は、はぁ」

「まずフライパンにオリーブオイル。で、くし切りにした玉ねぎ、スライスしたミニトマト、マッシュルーム、斜めに切ったウィンナーをもう一緒に入れちゃう。そして塩コショウして炒めちゃう」

「こう、ですか?」

「そうそう。んで、パスタはゆであがってから加えるんだが、その前に。大量のケチャップをフライパンに流し込みます」

「え、どうしてですか?」

「ケチャップの酸味を飛ばすため。そのままだと酸っぱいぞ」

「なるほど、そういうものなんですね」

「で、充分火が通ったらパスタをドーン。からめてからめて、ほいあがり」

「おお、早いです! あれ、でもこのナポリタン、ピーマンがない?」

「甘木が苦手なんでな。入れないでおいた」

「瀬戸君は苦手なものを外しますよね」

「無理して食ったって幸せにならんだろ。それに、こういうのは年齢が解決してくれるパターンが大体だ。俺も昔は生魚食えなかったんだぞ?」

「え!? お寿司とか苦手だったんですか!?」

「昔な。今は食える」

 どうもあの生臭い感じが苦手だったのだが。

 いつの間にか克服していた。

 そういうものだ。苦手意識があるだけで、それをまずいと決めつける。

 改める機会は、誰にでも少なからずやってくる。

 そこでダメならしゃあないし、克服できれば儲けもの。

「えぐっ、ぐっすっ……!」

「えええ……何故泣く、史峰よ」

「だ、だってぇ! お祝いとか、ずっとお寿司だったじゃないですか! 皆が美味しい思いをしてるのに、瀬戸君だけ苦手なものを押し付けられて……! か、可哀想です……!」

「なにもお前が泣くこたないだろ」

「しゅ、しゅみません……」

 まぁいいけど。

 そして俺達は食事を囲む。

「おいしーです! 粉チーズがよく合う……!」

「ぐっす、ひっく、美味しいです……! 塩辛いです……!」

「それは涙じゃねえのか、史峰」

「これは心の汗です!」

「お、おう。そうか」

 純一も引いていた。

 いいやつなんだよな、史峰は。

 普段はそうは思えないが、冷たく振る舞っている。

 友人には明るい顔も見せるが、基本的に表情はキリっとしてて、言動も堅い。

 けど、ちゃんと優しくて。

 情にもろくて。

 でも、やっぱ頭堅いんだよなあ。

「史峰先輩、何で泣いてるんです?」

「俺の切ない過去を聞いたら泣いちゃったよ」

「えええ……どんなことだったんです?」

「いや、ガキの頃は生魚食えなくて寿司が地獄だったって話」

「ああ……同情します、先輩。メッチャ可哀想です」

「かわいそー。寿司のおいしさが分からないなんて罪だよ」

「お前寿司苦手だったのか」

「ああ、まあな。酢飯もそんな好きくない。まぁ食えるから問題ねーよ」

「先輩!」

 甘木が笑う。

「わたしをお嫁さんにしたら、お寿司なんか出しませんよ!」

 ……。

 場が、凍った。

 しかし、溶けない氷などはなく。

 むしろ爆発した。

「えええええええ!? ち、千佳ちゃん!? え、瀬戸君のこと好きだったの!?」

「ちかちゃん、マジで!?」

「おお。大穴だ。良かったな、ケイ」

「いや、いやいやいや!?」

 ビビるわ。

 何だこの状況。

 だが、当の本人はキョトンとしている。

「いえ。わたし、苦手なピーマンを除けてもらったので、お返しに、というつもりだったんですが……」

「なんじゃそりゃああああッ! 甘木、お前紛らわしいわ!」

「でも、本当ですよ? 先輩が、わたしの一番になってくれたら。わたし、結構尽くすタイプです!」

「つまり、まぁ。憎からず思っている?」

「え、はい。男性で一番仲がいいの、瀬戸先輩ですし。あ、なんなら下の名前で呼びます? 景先輩!」

「お、おう、千佳……?」

「……!」

「いてえ! おい、誰だ俺の足蹴飛ばしたやつ!」

 今日も、食卓は賑やかだった。

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