八話 カオマンガイ

  八話 カオマンガイ


「凛、ほれ」

「は? なにこれ」

 黒髪のジト目の女の子。

 よく昼飯を一緒に食べる女の子で、国崎凛と言う。

 きっかけは学校で昼飯を食べようと思うと、必ず国崎がいたり、俺が先にいたりで。

 何だかんだ中学から続いている腐れ縁だ。

「今日は何なの?」

「カオマンガイ」

「何それ」

「チキンライスだ」

「へえ」

 容赦なくその場で開封する国崎。

 しかし、そのジト目が更に細まる。

「……赤くない。ケチャップじゃない」

「これはタイの料理でな」

「作り方を聞いていいかしら」

「おうよ」

 作り方。

 まず、骨付きの肉を圧力釜にぶち込んで、長ネギの青い部分、スライスした生姜を入れて煮込む。

 とれた出汁を冷まし、米を研いで水の代わりにその出汁を入れる。

 そこへニンニクと塩を入れて調節。んで、炊く。

 炊いている間に、鶏肉を骨から外し、更にキュウリを細長く切る。

 タレもごくごくシンプル。

 スイートチリに醤油を同量、青唐辛子(辛いの苦手な奴は種を抜く)、豆板醤、赤唐辛子、生姜を使い、味があれなら砂糖か醤油を増して調節。

 俺は酸味がそんなに得意じゃないので酢を抜いたが、入れるところもあるみたいだ。ナンプラーなんか入ってるところもあるが……。

 まぁ一通りこんなところだ。

「んで、炊きあがったご飯を敷き詰め、その上にほぐした鶏肉を乗せ、キュウリ。んでタレをかけた。そういう料理だ」

「よく知ってるわね、こういう料理」

「朝から食うもんでもねえけど」

「早弁するわ。ありがとう」

「……そ、そうか」

 早速むしゃむしゃとやり始める彼女。

「! 後を引く美味さ。シンプルな味付けだけど、それがまた……!」

「気に入ったんなら何よりだ」

「うわ、早弁……って瀬戸君が作ってたあれですよね? 凛ちゃんにまたご馳走してるんですか?」

「おう、史峰。昨日は多く作り過ぎたので消化してもらってる」

「美味いわ。オカンの名は伊達じゃないわね」

「だからやめろっつってんだろ!」

「冗談よ。お返しをしなければならないわね。アタシ、借りっぱなしは性分じゃないの」

「そういうもんか」

「ええ。にしても、手料理なんて今時珍しい。しかも男子高校生」

「それ、最近別の女の人に言われた」

「詳しく」

「……。嘉数穂希って人に飯作ってんだけどさ」

「あ」

「んだよ」

「それ従姉。ちっさい人でしょ?」

「お前も通常規格からは大分コンパクトだけどな――ごふううっ!?」

 ボディーブローまで似るな。

「アタシの方が常識的でしょ、百四十五あるんだし」

「あの人、下手したら百二十かそこらだもんなぁ」

「確か、百三十一、だったはず」

「へえ」

「何、アンタもこのボディの素晴らしさに気づいたの?」

「言ってて虚しくならない?」

「……貧乳はステータスだとほざいたあんの腐れキャラクターを博多湾の漁礁に――」

 怖っ。

「需要があることはあるのよ。変態限定」

「そいつはまいったな」

「まぁ……」

 無造作に。

「ひぅぅっ!?」

「この小柄なのにボインとかいうスケベボディ搭載の愛美なら引く手あまたよね」

「り、凛ちゃん、揉むの、やめ……!?」

「ま、また大きくなってる! この! しぼむかアタシに一割献上しなさい!」

「も、揉まないでぇぇ……!?」

 うおおお。

 善きかな、善きかな。

 絶景とは、意図しないタイミングに見れた、捉えられない瞬間を言うのだと。

 なんとなく悟る。

「景、毎度悪いわね。この子の胸揉んでいいから」

「せめて自分のにしよう!? ね!? 凛ちゃん!?」

「アタシの胸がもめるほどあると思ってんの!?」

「えええ!? 怒られた!?」

「今のは史峰が悪い。揉める胸などこの体に――おっふっ!?」

「オカン並みにデリカシーないわね」

「誰がオカンだこの貧乳チビ、俺だって反撃するぞもっちもち喰らえや!」

「ひゃめへひゃめへ」

「うわあ、すごいもっちもち……」

 ほっぺを引っ張るのをやめて、俺は自分の席についた。

「毎度賑やかだな、お前は」

 お前に言われたくない、純一。

「お前らもサッカー部の連中と騒いでるだろ?」

「いや、女子に混じっていけるって相当パねえぞ、ケイ」

「いやいや、俺多分男子だと思われてねえぞ。オカンだからな! はっはっは……は……。……。死にてえ……」

「テンションの落差で風邪ひきそうだぞマジで。英語」

「ほれ」

「サンキュ。……今日の帰り、ラーメン行くか。部活休みなんだよ、顧問が監督合宿するって言ってよ」

「んじゃ行くかぁ」

「もちろん、あれだよな」

「おう」

「「ベタ生で」」

 拳と拳をぶつける。

「やっぱ豚骨の麺は硬けりゃ硬い方がいい」

「おうともよ」

「仲がいいですねえ、二人とも」

 史峰が微笑ましくこちらを見守っていた。

「いや、待ちなよ史峰ちゃん。二人の距離、近づきすぎだと思わない?」

 出たな、ウェイ系腐女子筆頭、赤井祥子。

「そ、そういえば。男子同士にしてはやはり……」

「そう。瀬戸君と古住君はお互いの尻をほりあ――」

「朝から気色悪いこと抜かすんじゃねえよテメェ赤井殺すぞ」「妄想も大概にしねえと肖像権で訴えるぞこの野郎」

「あ、は、はい、ごめんなさい」

 俺の、というよりも純一の圧に気圧されたんだろう。

 メッチャ舐められてるからな、俺。

「よーよー、おかーん、宿題見せてー」

「圧し掛かってくんな沙月!」

 一条沙月。スキンシップ大好きなウェイ系で赤井とつるんで顔のいい男子を眺めている、くらいしか知識がない。

 いや、他に。

 俺をオカン呼ばわりし、宿題やらお菓子やらをせがむ困ったやつ。

 でも、巨乳を押し付けられては何も言えない。

 動くとセクハラになりそうだし、動けもしない。

 搾取される側の人間の気持ちなんて、このノーテンキな頭に入ってるはずもないよなあ。

「オカンさぁ、恥ずかしがるのやめたら? 何、おっぱい当たってんの気にしてるの?」

「ああそうだよ! 何だお前は! もう少し恥じらえや!」

「え? だって、オカンは揉みなれてるでしょ? まなちゃんと付き合ってるんじゃないの? 非童貞でしょ?」

「違うわ! 俺はピュアなんだよ! まだ清いんだよボケ!」「付き合ってません!」

 俺と史峰が吠える。

 意外そうに沙月が驚いていた。

「え、だってまなちゃんオカンと喋る時だけ柔らかいし、オカンも満更でもない感じに見えたけど? んで、なんかオカンは女慣れしてる感があった」

「慣れてる!? はぁ!? ドキドキで壊れそうだわ! 千パーセントだわ! つか教室の中で童貞とか言うんじゃねえよ!」

 他の男子もニヤニヤしながら俺を見てる。

 ああ、同類だよ。

 身近に女子は多いかもだがそんな青い春は巡って来ねえんだよ。

「一条さん、それ以上適当なことを言うと今から持ち物検査しますよ」

「じょ、冗談だってまなちゃん! ね? 怒んないで?」

「瀬戸君に謝ってください」

「あ、ごめんオカン」

「軽っ!」

 もう何なんだよ。



 結局。これが一番いいのかな。

「どうしたよ、ケイ」

「いや。お前とラーメン食ってるのが一番落ち着くわ」

「? まぁいいけどよ。替え玉しようぜ」

「おう。すみませーん、硬い玉二つ!」

 あいよー、とちょっと柄の悪い兄ちゃんの声が飛ぶ中。

 俺達は向かい合って、豚骨ラーメンをすするのだった。

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