七話 チャーハン
七話 チャーハン
人類は脂質を好む。
単に人類の味覚の進歩がないことを暗に示しているのだが、それはどうでもいい。
大事なのは、脂っこいものを、若い時は多く求めるものなのだ。
「メンチカツ二個と、後はコロッケを一つ」
「はいよー! いつもありがとねぇ!」
肉屋のおばちゃんがニコニコと揚げたてのそれを渡してくる。
それを満足そうに頬張りながら、史峰はこちらに並んで歩いていた。
「瀬戸君も食べる?」
「遠慮しとく」
俺は練乳キャンディーを舌の上で転がした。
今日は買い物の日。全体的に軽いものが多い。荷物持ちに、とやってきた史峰には少し物足りないか。
……なんだ?
ぬいぐるみが歩いてきてる。
「あれ、『ぱひゅーむ・ぽわりん』?」
「なんぞそれ」
「日曜朝のアニメなんです。女児向けですね」
「デカいぬいぐるみだな」
「ええ、多分一分の一スケールだと」
通り過ぎて、電柱にぶつかっていた。
というかあの小さな後姿は。
「穂希さん、何やってんだよ」
「あら、ケイじゃない。可愛い女の子連れてるわね」
「同じ寮生で、スーパーの特売に付き合わせてたんだよ」
「……か、可愛い……! お嬢さんはどこの小学校なの?」
「……」
「すんません、穂希さん。でもあんたロリだからしゃーないよなおぶうっ!?」
ボディーブローが決まる。
「ワタシは嘉数穂希。大学二年」
「ええ!?」
「……ケイ、お詫びにこのぬいぐるみ持ちなさい」
「へい……」
「じゃ、ケイを借りてくわよ、貴女」
「は、はぁ……」
「バターは冷蔵庫入れといてくれよ、史峰。頼んだ」
「い、いってらっしゃい?」
疑問形になる彼女を尻目に。
「つかなんだよこの馬鹿デカいぬいぐるみは」
「可愛いでしょ」
「そら可愛いけど。通販しろよ」
「プライズ限定品だったの。千二百円使ったわ」
「はぁ……、よくわかんねえなぁ……」
「いいの。大きいぬいぐるみは、まず出会いからよ。それに通販はお見合いみたいでいやだわ」
「こだわりあるんだな」
「そう。貴方は?」
「美味い飯、漫画、ゲーム。これがあれば、世は事もなし」
「男の子っぽいのね」
「ほどほどにな」
俺達は会話しながら、穂希さんの家に行くのだった。
「冷蔵庫に余り野菜しかないな」
「ああ、うん。お母さん、土曜の遅くに一気に買ってくるから」
土曜の日中。
あんまり冷蔵庫の中身はなかったが、やってみたい料理があった。
ここのガスコンロはえらく火力が強い。
「親父さん、料理人か何か?」
「え、うん。よくわかるわね」
「このコンロの火力だよ。めっちゃ火がつええ。業務用に近い」
「ふうん……?」
まぁいいや。
「チャーハンなんてどうだ? 丁度ラードも貰ってきてたし」
「チャーハンね。美味しそう。ザ・男の料理って感じ」
「任せろぃ。あ、シイタケ得意?」
「根絶を願っているわ」
「はいはい」
かまぼこを小さくし、スライス。中途半端に余っていた長ネギを微塵切り。使いさしの焼き豚も切った。
よく熱したフライパンにラードを。油が全体に広がったら、ネギとニンニクチューブと焼き豚。
馴染んだら溶いておいた卵を流し込み、すかさずご飯を入れてざっざっとかき回していく。
本来、フライパンの温度を下げないために鍋振りはしないのだが、今回は混ぜる意味合いで数回行った。
塩、胡椒、中華出汁の元、それから鍋肌に醤油を伝わせて。
お玉で丸く成形して、フライパンに乗せる。
横で作っていた、中華出汁とほんのり醤油とごま油、塩で味付けし、乾燥ワカメを入れた中華スープも完成だ。
「どうぞ」
「頂きます。……ん、美味しい。ワタシも作れるけど、この味……何が違うのかしら」
「油だ。これはラード使ってるからな。サラダ油とかじゃなし。油だけで風味も全然違ってくるから、今度やってみ」
「うん。ほふ、はふ……水、くれない?」
「ほい」
「ありがと」
そう美味しそうにされると、嬉しくなってくる。
「たっだいまー!」
「!?」
「ああ、パパよ。心配しなくていいわ」
いやするよ。心配するよ。
でも今更どうしようもない。
「ただいまー、ほ・ま・れ! 今日はぼく部下に任せて帰ってき…………た…………」
うわぁ。
すっげえ気まずい。
「……君。誰だい。穂希の恋人かい?」
「友達のケイ。ケイ、彼がワタシのお父さんの嘉数芳樹。ホテル『ラストパラダイス』の料理長」
「ってええええ!? ホテルラストパラダイスっていや、王族皇室御用達の五つ星ホテルだろ!? そこの料理長って、えええ!? どんだけすげえんだよ!」
「むっふっふ、君は年の割にはわかった反応をするねぇ」
心からビビる。
なんでそんな超級料理人がこんなふっつーの家に住んでるんだ?
いや、綺麗目だけども。ちょっと広いけれども。
「お父さん、これ」
「……穂希の作品じゃないね。お前はもっと下手だ。君かい、ケイ君?」
「あ、はい。っていやいや! これラストパラダイスの料理長が食うような料理じゃないし!」
「それは僕が決めることだ。それに、君は自信がないものを他人に食わせているのかい?」
「!」
カチンときた。
「んなわきゃないでしょう。このチャーハンもそうだが、俺はいついかなる時でも時短以外で手を抜かねえ!」
「それでいい。……」
手づかみでそれを食べる芳樹さん。
「……。美味い」
「マジすか」
「ああ。君も料理が得意なようだね。僕とは違う方向に特化している。家庭料理を極めているね?」
「な、何故それが?」
「これ、本来ならシイタケを入れる味付けだろう? シイタケの旨味を補うためか、少し塩気が尖っている」
「……よくお分かりで」
「それは、穂希のことを想ってこそ。僕なら容赦なく入れる。味が想定したとおりにならないからね。……いや、ありがとう。いい彼氏だな、穂希」
「違うって。友達」
「今時の友達はわざわざ手料理をしに来てくれるのかい?」
言われてみれば変な関係だよな。
付き合ってもいない女の人の家に、飯を作りに行く男。
噂に聞くメッシーとやらなのか、俺。
「そういうことになるっすかねえ。穂希さん、育ち盛りなのにカップ麺食べてるし」
「コラ穂希! お前はまたインスタントで済ませて!」
「チッ、バレた……」
「重ねてありがとう、ケイ君」
「いや、このチャーハンが美味しいのは、業務用のコンロありきですから」
「分かるかい? このコンロの良さが」
「普通だとこの火力でないですもん。んでオーブンレンジがすごいっすねこれ! 最新型じゃないっすか!」
「だろう!? 家庭用オーブンも最近は中々侮れなくてね! あ、ピザでも焼こう。ナポリで修行してきたピザを教えてあげよう!」
「いいんですか!? やったぁ!」
「珍しい、お父さんが誰かに教えるって」
「穂希、お父さんもお弟子さんに教えてるんだよ? まぁ、手際をよく観察するように、というだけだがね。味や分量は各々盗んでいくから」
「じゃ、お願いします!」
「うん、じゃあ、本場のピザ生地には牛乳やらを使わないのは知ってるかな?」
知識の話から、レシピの話まで。
様々な事柄を学び、実際に焼いてみたマルゲリータピザは。
「う、うめえ……!」
「うん、シンプル。サラミとか載ってた方がいい」
「何言ってんすか! モッツァレラチーズのフレッシュでいながらもコクのある味わい、トマトの酸味がありながらジューシーなくちどけ、そして下はもっちり、耳はパリッとしたこの生地の噛み心地! そして後から抜けるバジルの香り――ピザはここに完成してる……!」
「そうそう、これが本場だよ、穂希」
「本場だからっていいことはないでしょ。ワタシインドカレー苦手だし」
「いや穂希さんこれは冗談抜きでヤバいっすよ。ピザで千円オーバーしても全然余裕というかもっと出したい味だし」
「ふうん? 不思議ね。ワタシは宅配ピザの方がいいわ」
「こういう子なんだよケイ君! 僕がどれだけ苦労してるか分かるかい!?」
「メッチャ分かります! でもいいもん食いすぎてて味の濃いファーストフードが新鮮に感じるのかも」
「ああ、ザッツライトよケイ」
「うーむ……まぁ、こういう子だけど。よろしくしてやってくれ、ケイ君」
「おっす」
「人を問題児みたいに言わないで」
ぷくっと頬を膨らませる彼女は、年齢よりもやはり随分と幼く見えて。
思わず撫でていた。
「ごふうっ!?」
「撫でない。可愛がらない」
「だって、穂希さん可愛いんだもん……」
「……。あまり、撫でない」
「はい……」
拳が小さいからかボディーブローがめっちゃ痛かった。
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