五話 梅ゼリー
五話 梅ゼリー
物事には大小がある。
お茶の間の空気をぶっ壊すような重い話があれば、緊張している空気を限りなく弛緩させるくだらない話もあるだろう。
何事にも優先順位というものがあり、大小は少なからずある。
で。
「……」
「あ、あはは……母が梅シロップを大量に作ったから、押し付けられて……」
久々に実家に一時帰宅する、と草薙先生が帰ったのはつい先日。
帰ってくると、デカくて分厚いガラスの容器――本来ならリカーで梅酒を作るやつ――に入った梅のシロップを持って帰ってきたのだった。
「ど、どうかな。やっぱ邪魔?」
「……まぁ、突っ返せませんしね。何とか消費しましょっか」
「ありがとう!」
というわけで、第一弾。
炭酸水で割って飲む。梅ソーダだ。
ひねりも発想も貧困過ぎるが、間違いはないだろう。
「あ、美味しい!」
「……飲みやすいな。うめえ」
甘木と純一は美味しそうに飲んでいた。
他三人は今いないので渡せてないが。
「他には何にする予定なんですか?」
「うーん、何がいいと思う?」
「オレらに聞くか? それ」
「同感です」
何で偉そうなんだよ。
「ゼリーにでもするか?」
「おおおお! 美味しそう! 冷たいし、暑くなってきた今にぴったりですね!」
「ゼリーって響きが清涼感あるよな。ま、頼む」
「おうよ。ちょいゼリーの元買ってくる。ついでに買い物」
「あ、先輩、待って待って! わたしも行きます!」
「? そうか。じゃあ来てくれ、甘木。これでコンソメが二個買える」
「たまには家計に貢献しないと!」
赤のミニスカートにスパッツ、レモン色のシャツに青いパーカーといった彼女は、スポーツスニーカーを履いて俺の後を付いてくる。
俺の服装はといえば、特に面白味もない。
ピンクの七分袖の襟付きシャツに黒のTシャツ、濃い色のジーンズにショートブーツ、という変わったところもない平凡な服装。
「先輩ってオシャレですよね」
「えええ……」
だから、その言動はマジでビビるのだった。
「どこがオシャレなんだよ、メッチャ無難な格好だわ」
「えー、オシャレですよー。わたしよりは!」
「甘木の格好は元気でいいと思うぞ。色使いも綺麗だし」
明るいカラーが多くてガーリッシュ。スパッツが元気の良さを助長している。
「わたし、いつも子供っぽいって言われるんです。だから、大人な服を着たいんです!」
「多分動きづらいぞ」
「……それはいやです」
「なら、自分の好みで買ってるそれが一番自分が着たい服ってこった。誰に見られようが、どう思われようが、胸張ってりゃいいんだよ」
「……」
目を丸くしているが、何を驚くのやら。
こんなのは普通の考え方だ。
「そ、そういえば、ピンクなんですね、服!」
「ん、ああ。黒との対比で綺麗に見えるだろ? 白いシャツなら茶色いジャケット着るし。つか、もうジャケットもしまわないとなあ。暑いったらねえや」
「ですねえ。パーカーも夏用の物出しとかなきゃ」
「やっぱお前みたいなスポーツまっしぐらな奴でも冬服とか春服とかあんだな」
「そりゃありますよー。いくらわたしとはいえ……いえ、女子らしくないのは分かってるんですけどね」
「いや、甘木は充分かわいいぞ」
「ふぁああ!?」
あ、しまった。
俺ったらなんてド直球な。
しかし撤回するようなことでもない。可愛いのは事実だし。
「そ、そうですかね……? 汗とか嫌じゃないですか?」
「何言ってんだ、そいつの頑張った証拠だろ」
「先輩に、前にシャワー浴びて来いって言われた気がしてたんですけど」
「そりゃお前が匂いとか気にするかなーと思ったからだ。俺ぁ頑張るやつらが好きだ。純一もそうだが、お前も頑張ってる。そうだろ、女子陸上短距離期待の星」
「……! せ、先輩、そういうとこ無頓着そうなのに!」
「アホたれ、俺にだって世間話するやつらくらいいる。それに、夕方の部活時間終わって、更に走って戻ってきてんのも知ってる。朝は欠かさず走ってんのも知ってるさ。俺にはこれと胸を張れる夢はない。だから、俺は頑張ってるやつの助けになりたい。そんだけだ」
「……せ、先輩、意外と熱いですね」
「馬鹿野郎、俺はいつだって熱いわ」
「じゃあ、応援してくださいね?」
「お前がお前でいたら、な。……腐るなよ。お前の今の体は、一朝一夕じゃない、積み重ねによるもんだからな」
「! はい!」
「よし。んじゃ今日はお前のリクエストを聞くぞ」
「つくね丼!」
「ほほう、中々渋いな。よっしゃ、任せろ」
「え、作れるんですか!?」
「お前はつくねを何だと思ってるんだ……」
ありゃ鶏団子の進化系だし。
作るのに何ら問題はない。
「あれには山椒と温泉卵が合うんだよなあ……」
「……ごくっ」
「ははっ、んじゃ買いに行くか。鶏ミンチはなかったから買わなきゃな」
「す、すみません」
「いいって。この一年やってきて余裕も随分できてるしな」
去年の五月から作り始め、余った食費を貯蓄すること約一年。
今や、数十万のたくわえがあった。
無論、卒業の時に草薙先生に返すつもりでいる。
「よしよし、俺らは梅ソーダで乾杯だな!」
「はい!」
ゼリーの元も忘れないようにしないと。
つくねというのは、ごくごく簡単な料理だった。
鶏ひき肉に塩と酒と油と生姜と長ネギの白い部分の微塵切りとつなぎの片栗粉。それらを混ぜて固めて焼くだけのお手軽料理。
たれにこだわりがあるやつがいるけど、こういうのはシンプルなほど美味い。
とりあえず材料を全て使って作ったつくねを焼いていく。
両面に火が通ったら、醤油1、酒1、みりん1、砂糖少しを入れて焼いて、煮詰めていく。
少しとろみがつくくらいまで煮詰め、弱火でつくねにたれを絡ませていく。
後、鶏から引くほど油が出るので、キッチンペーパーなどでたれを入れる直前に取れると上出来。
丼、ということなので、底にご飯、オン・ザ・千切りキャベツのフォーメーション。
「お前ら、好きなだけご飯よそってきてくれ」
「「「「はーい(おう)」」」」
史峰は結構盛ってきた。
「キャベツの上にマヨビームは?」
「し、します。たっぷりめで」
「あいよー。藤堂先輩は?」
「ほどほどで」
「はいっす。甘木は?」
「少な目で!」
「はいはい。純一は?」
「普通」
「おうよ」
俺も自分のものにかけて、つくねを乗せていく。
そして、水から卵を入れ、沸騰させて十五分放置で作る温泉卵を割る。
「うお、美味そう……!」
「お好みで山椒だな。それか追いマヨ」
史峰は追いマヨをしていた。取り過ぎだと思うが、まぁたまにならいいか。
他は山椒を掛けている。俺も小瓶を振ってみる。ふわっとスパイシーな香りが鼻腔を抜けていく。
味噌汁も用意した。にんじんと薄揚げ、ほうれん草の味噌汁。ほうれん草は別の鍋でシャキシャキが残る程度に火を通して、あくを抜いている。
そして、今日は梅シロップジュースを作ろうと思ったが。
デザートがあるので、いつもの麦茶に。
「んじゃ、いっただっきまーす」
各々、つくね丼と味噌汁を頬張っている。
「! 先輩、うまいれふ!」
「食いながら喋んな」
「いや、うめえマジで。お前こういう居酒屋メニューもできたんだな」
「これはごくごく単純なレシピだぞ」
「そうとはおもえないよ、これ。うめー」
「これ、草薙先生が食べれないの悲しいね。ビールのおつまみなのに」
「種はまだあるから、明日作るぞ、草薙先生には。庭の大葉が良い感じだから、それで巻くかな」
「お、美味しそう! 先輩、それ作ってくださいよー!」
「大葉は人数分ねーの」
「ぶー。まぁいいけど。これすっごく美味しいし……!」
ご期待に添えて何よりだ。
全員が食べ終わるのを見て、中央にどどんと透明な器を置く。
その中には、透明な物体がプルンと揺れる。
「ゼリー?」
「史峰正解。梅ゼリーだ。みんな、食べてくれ。今なら、なんと!」
買ってきた、四ツ谷サイダー。少し崩してから注ぐと、しゅわしゅわと言えもしれぬ清涼感のある物体に。
「うわぁぁぁ! 先輩天才! 凄いです!」
「というわけで、各々入れたら注ぐぞ」
これは梅のシロップを少し濃い目に割ってから、ゼリーの元を注ぎ、固めたもの。
味は間違いない。
そして、炭酸ジュースでより爽やかになる。
「美味しいです!」
「こりゃ、いいな。ジュースもよかったが」
「んまーい! でも、もうちょっと味に変化欲しかったかなー」
「じゅ、充分美味しいですけど……」
「ま、覚えとく。味変か……梅と合うもの……これか?」
ハチミツを取り出す。
それを少しかけてみたら……うん、いいな。
「食ってみ、藤堂先輩」
「どれ。……うん、美味しい! ありきたりな発想だけどね」
「この野郎、余計な事しか言わんのか」
「あはは、ジョーダン。美味しいってば」
「ったく……」
全員がゼリーを完食し、お代わりする。
そして、結局、残らなかった。
翌朝、こっそり頂こうと思っていたんだが、まぁいいや。
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