二話 餃子

  二話 餃子


 本日は土曜日。いつもは外出している草薙先生が、今日はリビングでだらだらしてる。

 草薙樹里。御年三十二歳にして、奇跡の中学生のような容姿。私立九重学園高等部の寮である『三雲荘』の寮母先生。担当科目は数学。

 居酒屋は免許証なしだと取り合ってすらもらえない悲しい人。

 スーパーにも免許証が必要なその切なさは計り知れない。

 ともあれ、彼女がまた何かを言い出した。

「ビールに合う料理ですか?」

「うん、一杯やりたくて。作ってくれる?」

「もちろんオーケーっす。草薙先生にリクエスト貰うの久々ですけど、毎度リクエストが同じっすね」

「え!? そ、そうだっけ?」

「前は、日本酒に合う肴、その前は焼酎に合う肴、そのまた前はレモンサワーに合う肴でしたね」

「び、微妙に違ったりしてる……うん、お酒好きなの。ごめん」

「いや、別にいいっすけど」

 日本酒の時は鰹のたたき、焼酎の時は鰤のしゃぶしゃぶ、レモンサワーには鶏のから揚げニンニク風味。

「えへへ、この間の鰹は美味しかったなあ。生臭くなくて、ニンニクと玉ねぎがマッチしてて、ポン酢にしょうがまであって……」

 顔がとろーんとしている。

「ビールはやっぱ脂っこいものっすよね。餃子にしましょっか」

「いいねえ! 餃子、いいねえ!」

「ほんじゃ買い物してきまーす」

「いってらっしゃーい!」

 ……。

 随分慣れたよなあ。

 最初は――


「せ、生徒に作ってもらうなんて、申し訳ないよぉ!?」


 とか言ってたのに。

 ん?

「や、やめてください!」

「いいじゃん、そこのブスほっといてさ、オレらと遊ぼうよー」

「! わ、私の親友をブス呼ばわりしないでください!」

 おおう、史峰と……確か史峰の親友の権藤さん。ちょっと太めで、女子レスリング部だった気がするが。

 こんな奴ら蹴散らせばいいのに。

 いや、逆か。レスリングなどの格闘競技者が一般人に暴力をふるうのはタブーだ。

 ……しゃあない。

「なあ、いいじゃん。オレらと――」

「俺も混ぜてぇ!」

「うわぁ!? 何だお前!」

「あ……!」

 史峰は何やら驚いているが。

 とりあえずナンパ男に粘着してみる。

「やだー、か・わ・い・い顔してる~! ほらほら、飴ちゃん食べる? 美味しいよ、俺の唇と同じレモン味!」

「知らねーよ! な、なんだお前! 気色悪いな!」

「さぁ、さあさあさあ! この飴ちゃんを食べなさい!」

「いや、いらねーよ! どっかいけよマジで!」

「食べてよぉぉぉぉ! 俺の飴ちゃん食べてよぉぉぉっ!!」

「うわぁぁぁ!? も、もう知らねーよ、い、行こうぜ!」

「マジ〇チこえええ……!」

 去っていくナンパボーイ。

 しょうもないな。マ〇キチに負けないくらいの根性見せろや。

 ご近所さんから見られているが、まぁ、これも仕方ないこと。

「権藤さんも史峰も災難だったな。んじゃ」

「あ……! ま、待って!」

 史峰から服を掴まれた。

「なんぞ」

「……あ、ありがとう、瀬戸君……!」

「アホたれ。あんな連中飴ちゃん一つで充分だわ」

 二人に飴を手渡す。

「!」「……」

「口直しだ。じゃーな」

 さてさて。スマホで今日の特売情報を……

「な、何ぃ!? 豚ミンチが安い……!」

 俺はスーパーへ急いだ。



 何とかミンチを確保し、恒例となった史峰と一緒にお料理の時間。

「さーて、今日は餃子だぞー! なんと餃子の皮は買ってあるため中身を作って包むだけの簡単レシピ! いよっ、さすが俺!」

「……」

「さて、まずはニラと白ネギを微塵切り。ニンニクは皮をむいてプレスした後微塵切りだ」

「あの……」

「はいはい、おやつは三百円までですよ史峰さん」

「じゃあ、メンチカツがいいです」

「それおやつなの!? ガッツリメインじゃん!? どんだけ好きなんだよあのメンチカツ!」

 そりゃ肉屋のメンチカツは美味いけども。

 そればっか食ってると太るぞマジで。

 思いつつ、仕上げてしまう。

 まな板をもう一枚買っておいた。これで並んで作業できる。

「ゆっくりでいい。怪我しないようにな」

「は、はい」

 俺は洗ったキャベツを切り始める。

 こちらも微塵切り。フードプロセッサーがあるならそれにぶち込んだ方が速い。

「んで、キャベツ切れたら、塩を振っておく」

「何故なんですか?」

「浸透圧で水分を抜くんだよ。放っておいたら水が出るから、雑に絞って混ぜ込む。ただここで混ぜ込む塩の量が多過ぎたら、餃子がしょっぱくなるぞ」

「わかりました」

「んで、具材を切り終わったらデカいボウルに常温に戻しといたミンチを入れ、塩コショウを入れてこねる。粘りが出始めたら水気を切ったキャベツ、ニラ、ネギ、ニンニク、あれば生姜なんかもいいな。それと中華出汁を溶いた水と醤油、酒を入れておく」

「え、水を抜いたのに水を足すんですか?」

「これは中華出汁で、肉汁になるんだ。よく混ぜると水と油は溶け合うんだよ。その状態にする。ま、あんま混ぜすぎもよくないんだが」

「というと?」

「混ぜすぎると肉の繊維質が壊れて、焼いた時に肉汁を全部ばらまいてしまうんだ。まぁ皮に包まれてるし、一口で餃子を食べるなら問題ないだろうけど、この餃子の皮は少し大きい。一口ではいけないかもしれない。だから、噛んだ時に肉汁が出る、ミンチをよく捏ねないという方法を今回は使う」

「勉強になります!」

「つーわけで、タネができたら後は包むだけ」

「ど、どうするんですか?」

「まぁ、見てな」

 まず、水を張ったボウルを用意。茶碗でも何でもいいが。

 そして小さなスプーンで欲張らずに餃子の皮の真ん中に具材を落とし。

 縁の半分を水で濡らして、ひだを付けるように織り込んでいく。

 ザっと五回か四回くらい折っておけば綺麗に見える。

 そして、ラップを敷き、その上に片栗粉を引いた皿の上に乗せていく。

「おおお……!」

「さ、やってみな」

「はい!」

 この作業、嫌いな人はとことん嫌いだが、好きな人は黙々とやる。

 俺はどっちでもない。よくある料理の工程の一部だな、くらいにしか思わない。

 史峰は好きのようだ。黙々と包んでは、何となく楽しそうに置いていく。

「今度は名前つけてんの?」

「いえ。……付けた方がいいですか?」

「いや、壮絶な光景だったしやめて」

「この子はぎょざじろう」

「やめてくれ! 安直なネーミングやめて!?」

「あ、安直……!? ひ、ひどいです、ちゃんと考えてるのに!」

「え、考えてそれはドン引きだぞ史峰」

「そ、そうかな……いや、そんなことはないはず!」

 引けよ。無理だから。

 餃子のぎょざじろうとか擁護できねえから。

「な、何か可哀想な子を見る目だよ、瀬戸君」

「完全無欠の美少女にも欠点はあるのか」

「欠点呼ばわりするのやめてください! チャームポイントです!」

「いや、無理だわ。お前と結婚すると子供が人間三四郎とかになりそうだし」

「……」

「うわ、史峰さん今ありかもとか思っちゃった! 人間三四郎とか言う破滅的な人間名を肯定しちゃった!」

「うぐっ……はいはい、どうせ私にはネーミングセンスがありませんよーだ」

 うわ、拗ねてるのも可愛いとか。

 美少女は何してても美少女なんだな。思い知ったわ。

 そこに、草薙先生がやってくる。

「餃子できてるー?」

「もうちょいっす。今ある分焼くっすか?」

「おねがーい!」

「はいよー。史峰、見とけ」

 まず油を敷く。その上に餃子を乗せて、火にかける。

 強火で一気に焼いていく。

「こうしてフライパンがあったまったら、水をぶち込んで即蓋。で、水音が落ち着くまで放置」

「はい」

「……蓋を開けて。具材が透けて見えてれば大丈夫。そのまま焼いていって、水気を飛ばし、最後に香りづけのごま油を垂らして、焼いて、余計な油を捨てて、皿をかぶせて、ひっくり返す」

 茶色い焦げ目の餃子が焼きあがる。

 酢醤油が鉄板らしいが、俺的にはポン酢と柚子胡椒。それを草薙先生に押し付ける。

「どーぞ」

「ありがとー! まず餃子……んふー、美味しい! そこに、キンキンに冷えたバドちゃんを……くっはー! マーヴェラス!」

「お酒って美味しいんですか?」

「美味しいよぉ、史峰ちゃん。大人になったら一緒に飲もうね!」

「は、はぁ……」

「さて、俺らは残りの作業だぞ」

「はい!」

 黙々と作業に戻る。

「……あの、瀬戸君。お昼間、助けてくれてありがとう」

「気にすんなよ。実はあいつらのリーダー格が俺の好みだったんだ」

「ええ!?」

「冗談だって。ほれほれ、手が止まってんぞー」

「……もう」

 苦笑し、史峰は包むのに集中していったようだ。俺も改めてちゃきちゃき作っていく。

 この日は八十個餃子を作ったのだが。

 育ち盛りの俺達は一日で食い尽くしてしまった。

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