第25話 魔王幹部降臨
「何とか戦いたいところだが、はてさてどうしたもんか……ていうか虫の魔族ばっかりだな」
結界の向こうから執拗にそれを破らんと攻撃をしてくる魔族たち。しかしホークスの言う通り、どの魔族も皆虫を模した姿をしていた。ニアがホークスの疑問に答えた。
「あれは……間違いないわ。ベイトル軍ね」
「ベイトル軍?」
「ええ、魔王ベイトル・イヴァイルが率いる軍勢よ。
見ての通り虫系の魔族で構成されてて、私も何度か誘われたわ」
やがて遅めの警報が街中に響き渡る。
「現在、オリエルを中心に多数の魔族による襲撃を確認しています。
非戦闘員の方々は誘導に従い、大至急シェルターへ避難してください。繰り返します――」
ホークスは周囲を見渡すと、ふとマルネが震えているのが目に入る。
「マルネ、お前はシェルターに入ってろ」
「そ、そうしたいのは山々なんですが、その、足が震えちゃって……」
無理もない。天才少年と言えどまだ十歳の子供である。比較的年の近いミリアがマルネの手を取る。
「ここにいてもやられるだけです。アマス、ここから一番近いシェルターの位置は?」
「王城と言いたいところですが、恐らく魔族の目的も王城にあるかと。王女がやられることだけは絶対に死守しなければいけません。
なのでホークス君は王城周辺で魔族を迎撃してください。そして、あそこの大きな橋の下が比較的一番近いですね」
それを聞いていたホークスが提案する。
「よし、じゃあ生徒会のお二人さんはマルネの避難を手伝ってやってくれ」
「そのつもりです」
ミリアは軽快に返事を返すと杖を取り出し魔法を唱え始める。
「我が手に邂逅せしなるモノよ。今こそ地の縛りより開放せん。
すると見る見るマルネの体は上に上がり、足が地面に着けなくなる。
「さあ、行きましょう」
「ありがとうございます、会長」
小走りに駆け出すミリアは、マルネをまるで風船のように引っ張っていく。後からアマスが続く。
「シェルターまで援護します」
三人を見送るホークスはネーテとウララに声を掛ける。
「二人も一緒に避難しててくれ」
「ホークス様……」
「ケガしたらすぐ行くからさ、いつでも回復魔法使えるようにしておいてくれよな!」
「はい! おまかせくださいまし!」
そしてウララが珍しくホークスに真面目に向かい合う。
「ホークスも気を付けてね。絶対に無茶はしないで」
「ああ。やっと巡ってきた魔王討伐のチャンスだ。確実にこのクエストはこなしてみせるよ」
「お願い……」
先へ行こうとするネーテが振り返る。
「ウララさん、急ぎましょう」
「ええ! じゃあね、ホークス」
「おう――?!」
と、ホークスが返事をしたのと同時だった。
上空の結界が破られ、バッタの姿をした魔族が一体、橋への道を塞ぐように落下してくる。
「危ない!」
そう叫んだホークスが駆け出そうとしたその時だった。
アマスが杖を持った右手で空を切るように振り上げたかと思うと、そのワンモーションで落下途中だった魔族は真っ二つに切り裂かれる。切り落とされた体は地面に落ちるや否やはじけ飛ぶようにして黒い霧となって消える。無駄のないその動きはあまりにも見事だった。
ニアが「ヒュ~」と口笛を吹いて驚き、感心する。
「あれがアマス・クレダント。ただの風の刃の魔法じゃない。一緒に浄化の効果が上乗せされてる……やるじゃないの」
「それって、魔法の重ね掛けってこと?」
「そ。かなり高度な事を平然とやってのけてるのは流石ね」
「へー、やっぱりなんだかんだ凄い人なんだな……」
だが落ち着いている暇はない。空を見つめながらエマが言う。
「あちらはアマスさんにお任せして行きましょう。我々も手分けして対処を」
ホークスもエマの視線の先を見る。先ほどの魔族が開けた結界の穴を起点に見る見るひび割れて瓦解していき、次々と魔族が落下し始めた。目視出来るだけでもゆうに百体を超えている。
「一瞬で破られたな」
「しかし、その一瞬で救える命も多い。エマ、乗れ!」
「はい!」
フローラはエマに声を掛けると同時に体を虎くらいの大きさにまで大きくし、勇ましくエマが跨ると駆け出していった。
エマが駆け出した方向の空には、ファルとツァントが彼女と同じ方向に向かって飛んでいくのが見えた。
ホークスは改めて周囲を見渡す。遠くでは炎と煙が早くも上がっている所もあれば、どこかで悲鳴も聞こえてくる。
「さて、どうるするニア。同族を討ちたくないって話なら、お前もどこかに隠れててくれて良いんだぜ?」
「冗談言わないで。あなたと一緒に行くって決めたんだもの。それがたとえ魔王が相手でもね」
「なら背中は預ける」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」
そう言いながら互いに背中合わせになる二人。気が付けば彼らを取り囲むようにして無数の魔族たちが集まってにじり寄って来る。
「こんな街中で派手な魔法を使うわけにはいかないか……ニア、奴らに糸張れたりする?」
「任せて!」
数体の魔族が飛び掛からんとしてくる中、ニアは力強く叫ぶと、彼女は本来の姿へと変身し瞬く間に糸を四方八方に張り巡らせる。当然、飛び掛かろうとしていた者たちも絡め捕ってしまった。
そしてホークスも叫び、魔法を唱える。
「ナイスだぜニア! くらえ、
と、両手を体の前に突き出すと手の平から火炎放射を発してそのまま腕を左右に広げる。ホークスの行動を読んだニアは高々とジャンプをし、糸を使って近くの塔の屋上へと向かった。
それを見届け、体をゆっくりと回転させるホークス。次々と炎が燃え移り、見る見る燃えて灰になっていく魔族たち。
やがて糸を伝って居りてきたニアはホークスとハイタッチをする。
「やるじゃない。さすがホークス」
「ニアが俺の行動を読んでくれたおかげだよ」
「そりゃあ、好きな人の考えてる事くらいわかるわよ」
「良いコンビだな、俺たち」
「当然でしょ?」
一方その頃、エマたちも次々と敵を撃破していた。
「
エマは一閃で三体同時に倒し、塔の上に着地する。開戦からさほど時間は経っていないが、全力で戦い続けたのだろう。周囲の敵は粗方倒したものの既に息が上がっている。
塔の影に隠れて飛び上がってきたバッタタイプの魔族の気配に気が付くのに一瞬遅れる。
「しまった!」
やられると思った瞬間、体感時間が何倍にも引き延ばされ世界がスローモーションに見えた。
回避も迎撃も間に合わないと悟り目を見開いたそこへ、ツァントとファルの二人が目にも止まらぬ速さで飛翔して現れ、挟撃する形で敵を切り捨てる。
「はっはっは。随分とやるようになったようじゃな、エマよ」
「しかし油断は大敵。ペース配分も考えなくてはな」
「あ、ありがとうございます。お二人とも……」
「そういえばフローラはどうしたんだ? 姿が見えないな」
「今は救助者をシェルターに運んでいます。ここへ来る途中に襲われているところを助けました」
「そうか。しかし予見していたとは言え突然の襲撃に避難は遅れ、街中で人々が襲われている。あいつは真面目だから、今頃目についた人全員助けてるんじゃないか?」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
戦いの中、ふと訪れた安息に笑みをこぼすエマ。しかし誰の顔からも緊張感が消える事はなかった。
「……さて、談笑する暇は無さそうじゃ」
ツァントがそう言いながら空を仰ぎ見ると、またもやいくつもの魔法陣が展開されて魔族が現れる。ファンが呟いた。
「やれやれ、このエリアの敵は倒したと言っても、他にはまだまだ残存しているってのに。こうも短時間で次から次へと……これが魔王軍本隊の侵攻……」
遠くの方では弓矢や大砲、そして火や氷などによる魔法の攻撃が上空に飛び交っており、どこも戦闘の激しさを物語っている。
「さすがにこのペースで来られると体力が持たんのう。じゃが――」
「ええ、やるしかありません。剣よ、その身を空へと預け飛翔せよ! 飛剣の
エマは体制を立て直すと塔の上から飛び立ち、細身の魔法剣を器用にサーフボードのように乗りこなして飛んで行く。
「師匠、俺たちも向かいましょう」
「無論じゃ。弟子に良いところを渡す程ワシも甘くはないぞ!」
こうしてファルとツァントも敵に向かって行った。
同じころ、市街地ではエクスレントの兵士たちが賢明に魔族と戦いつつ、避難誘導を行っていた。剣や弓矢で戦う者がいれば、魔法を使う者もいる。ただ大火力を誇るような魔法や大砲は使えず、どうしても数で対抗する他ない。
ホークスとニアもそんな市街地での戦い辛さを痛感していた。それでも何とか魔法で蹴散らしながら敵の数を減らしていく。
「くっそー、ほんっとに次から次へと湧いて来やがる。一匹見かけたら四十匹ってのを実感し続けて麻痺してきた気がする……なあニア、このベイトル軍って数はどのくらいいるんだよ?!」
「はい? 確か百二十万くらいだった気がするけど、それが何か?」
「ひゃ、百二十……それをチマチマチマチマ倒さないといけないのかよ! 別の意味で死ねるわ!」
そうこう言っている間にも敵は押し寄せ、対応に迫られる。
「魔王軍なんてどこもそんなものよ。大魔王様がわざと拮抗するように調整してるくらいだし」
「つまり、どこも互いに手出し出来ないようにってことか。そりゃ周到なことで!」
周囲の敵を倒したと思えばひっきりなしに上空に展開され続ける魔法陣に徐々に嫌気がさして来る。
「だぁー! もう! ああもう! くそ、こうなったら本気の特大魔法であの魔法陣ごと一気にフッ飛ばしてやる!」
「ちょ、ちょっとホークス?!」
「止めるなニア! 俺はやると言ったらやる男だ!」
やけっぱちになってきたホークスは、魔法の杖ブラフカイザーを握る手に力を籠めると高々と天に掲げた。
――その時だった。
「危ない!」
ニアが叫ぶのと同時に飛び出すとホークスを抱えて地面に転げる。衝撃でホークスの持っていた杖はホークスの手を離れて遠くに落ちた。
「二、ニア……さん? あ、あの、胸が当たって気持ちい……ニア?」
ホークスは一瞬何が起こったのか分かっていなかった。彼を抱いて横たわったまま微動だにしないニアの顔を覗き込むと、苦痛に顔をゆがめながらもホークスの無事を喜ぶ健気な彼女が見て取れる。
「そ、それだけ軽口が叩けるなら、大丈夫、ね……」
「!!」
ふと、彼女の背中に触れた手が温かい液体に浸されたのが分かる。その液体はぬめっており、金属のような匂いが鼻をついた。ニアの血だ。さっき彼を庇った際、背中に致命傷を負っていた。
「くっ!」
ホークスはニアの腕の中から這い出て転げ落ちた杖を取ろうとするも、何者かが踏みつけて破壊してしまった。
「ブ、ブラフカイザーが!」
恐る恐る杖を破壊した者を見上げる。そこには十名弱の配下を引きつれた巨大なサソリのような魔族がいた。雰囲気だけで今まで戦ってきた魔族とは格が違うと分かる。
「やれやれ、特にこのエリアの消耗率が激しいと聞いたから来てみれば、頭の悪そうな魔法使いの男と裏切り者の蜘蛛女がいるだけか。わざわざ来る必要も無さそうなもんだが……」
「な、何だ、お前……」
ホークスはこの世界で初めて命の危機を感じ「怖い」と思っていた。
ニアがやっとの思いで声を絞り出す。
「べ、ベイトル軍幹部が一人、ギアピオン……」
「幹部……」
「ほう、俺を知っているか。誉めてやりたいところだが、裏切り者には死を。それが魔王軍の掟だ」
ギアピオンと呼ばれた魔族は、尾の先にある毒針を振り上げるとニアに狙いを定める。
「せめてもの手向けだ。一瞬で殺してやろう」
容赦なく尾が振り下ろされ、ニアは思わず目を瞑った。
だが、次に来るはずの痛みも何も感じない。恐れつつもゆっくりと目を開くと、そこには素手で魔法による障壁を展開し、ギアピオンの一撃を受け止めているホークスの背中が見えた。
「ホークス?!」
これにはニアだけではなく敵の一団も驚いていた。
「き、貴様! 魔法など唱えている暇は無かったはずだ! しかも杖は先ほど粉々にしたというのに! 何故だ?!」
「ごちゃごちゃうるせえ奴だな。虫けら風情が、俺の女に手ぇ出してんじゃねえ!」
ホークスは尾を払いのけると一気に間合いを詰めて次の一撃を腹部にお見舞いする。
「
「なっ?!」
炎を纏った鋭利な衝撃が襲いかかり、その巨体が軽々とフッ飛ばされるギアピオン。背中から地面に落下する。
「悪いな、俺は寝取られNGなんだよ。ましてや今時ヒロイン失っての泣きシナリオなんてはやんないっつーの」
と、ホークスは魔法を繰り出した拳から親指を立て、そのまま地面を指さした。
「な、何を訳の分からんことを……」
ギアピオンは体を起こし、配下たち魔族に指示を飛ばす。
「お前ら、あの男をやれ! 四肢をもぎ、
その言葉を合図に、一斉に飛び掛かる魔族たち。しかしニアの事で吹っ切れたホークスの中からは、もう「怖い」という感情は消えていた。
「悪く思うなよ。見様見真似……
かつてエマが使っていた魔法をホークスが放つ。前方に突き出した手の平から迸る電撃が、次々と襲い掛かる魔族たちを討ち貫いて行く。
しかしさすが幹部の配下なだけあって、一撃では倒せない。それぞれ傷を負い吹き飛ばされこそするが、すぐさま這い上がってまた襲い掛かって来る。だがホークスもそのくらいは想定していた。
「しつっこいんだよ!
稲妻と炎の波状攻撃。これにはたまらず魔族たちものたうち回る。
「からの……
そして炎が鎮火する間もなく、大地から氷の大剣が次々と生えて襲い掛かり、霧散させられていく。
ギアピオンの表情が徐々に青ざめていく。
「た、立て続けに違う属性の魔法を?! そしてやはりどれも詠唱をしていない……本当に、何者なのだ貴様は!!」
「……良いだろう、ベイトル軍魔王幹部ギアピオンよ。冥途の土産に教えてやろう。
俺はホークス・フォウ・ベリンバー。またの名を、神焔のゴッドバルトだ!!
(き、決まったー……やっば、俺今最高にカッコいいんじゃ?!
冥途の土産、一度言って見たかったんだよなあ!)」
と、悦に浸っていたホークス。しかし――。
「何だなんだ、ギアピオンの旦那がフッ飛ばされたと聞いて来てみりゃ丸腰の魔法使い、それも学生なんかに手こずってんのかよ?」
無数の羽音を響かせて、今度は飄々としたカマキリを模した魔族がやって来た。彼もギアピオン同様、複数の配下を引きつれている。ということは――。
「……また幹部のお出ましか?」
「お、察しが良いね」
「ビガンティス、この男は俺の獲物だ。手を出さないで貰おうか」
「やなこった。旦那をここまで焦らせるなんてかなりの使い手なんだろ? 面白そうじゃねえか。俺にもやらせろよ」
「……お前が素直に聞くはずも無いか。好きにしろ。ただし、俺の邪魔はするな」
「その言葉、そっくり返すぜ……おや?」
ビガンティスが戦闘態勢に入ろうとした時、ホークス越しに何かの気配に気が付く。その刹那、ホークスの足元に鋼鉄のように固い杭のような巨大な「針」が掠め、打ち込まれる。
「な、何だ?!」
ホークスが振り返ると、エマが魔法剣片手に針を弾き飛ばしながら背を向けて飛んできて着地する。
「すみません、ホークス。敵の侵攻を食い止められませんでした」
「何だって?」
すると、彼女に続いてツァントとファルもやってくる。
「寄る年波には勝てんのかのう。あんな奴ら、ワシがあと五十年若ければ瞬く間に蹴散らしてくれるものの」
「師匠、それは盛りすぎなんじゃ」
そして、彼らを王城付近まで追い込んできた張本人が姿を現す。
「五十年若ければ、私の兵隊に加えてあげても良かったけどねー。ざんねん」
それはまさに女王蜂。無数の蜂型魔族を引きつれた女が降下してくる。彼女を見て最初にビガンティスが口を開いた。
「ロウネット、もうお前まで来ちゃったのかよ」
「だって魔王様からのご褒美欲しいし、三人衆で前線出るのがあなた達だけなんておかしいじゃん」
「いや、おかしくはないだろ」
「うむ、ビガンティスの言う通りだ」
結託するギアピオンとビガンティスに対し、ロウネットが駄々をこね始める。
「私だって活躍しーたーいー!! というわけで、あんたら一網打尽にして女王の首も貰ってあげるんだから!」
指をさされ、ホークスは少し焦っていた。
「(あ、あれー? 三人衆って事はあの子も幹部なの?
ていうか、蜂多っ! 気持ち悪っ!
エマの方は師匠までいたのに押されてたみたいだし、ニアを庇いながらこれ全部相手にするとか、ぶっちゃけ難易度高すぎ……?)」
しかし敵は待ってはくれそうもない。ギアピオンがこれまでと打って変わり真剣な目つきになる。
「さて、では俺も手柄をかっさらわれ無いように、とっとと片付けるとするか。
ホークス、いや、ゴッドバルトとやら。お遊びはここまでだ。
ベイトル軍幹部の力、とくと味わうが良い!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます