第24話 首都オリエルと女王陛下

 ホークス達は朝食を済ませると、湖畔のロッジから再び魔法で飛び立った。

 延々と森や山の上を飛び越えて三時間弱。ようやく眼下に広がった広大な畑を抜け、和洋折衷な瓦屋根の建物が軒を連ねている郊外の住宅地を過ぎ去り、背の高い立派な建物が立ち並ぶ首都と呼ばれるオリエルへとたどり着いた。

 ひとまず目立たないよう、誰もいない塔の上に降り立つ。

「ふー、案外早めに着いたな」

「ホークスが規格外なんですよ……普通の飛行速度じゃない……」

 マルネが目を回しながらへたり込む。彼だけではない。他の皆も昨日よりスピードアップしたホークスの力に当てられてグロッキー状態だった。

「悪かったよ。ぐっすり寝て朝食食べたらやる気出ちゃって」

 すると食事を思い出したホークスの腹の虫が「ぐ~」っと鳴る。

「……ごめん、腹減っちゃったみたいだ」

「ホークス、あなたねえ……」

 呆れるウララ。そしてさすがのミリアも疲弊していた。

「そりゃそうよ。あれだけの魔力を常時放出しっぱなしなら体内のエネルギーもどんどん無くなるわ」

「昨日はそこまで空腹感は感じなかったんだけどな」

 不思議そうに首をかしげるホークスにアマスが答える。

「同じ魔力を使うとしても、八十パーセントと百パーセントではさほど変わらないわ。けど、百パーセントと百二十パーセントでは無茶する分体への負荷は全然違ってくるの。そのあたり、どうやらホークス君は無理しがちだからちゃんと覚えておいてね」

「な、なるほど。気を付けます。

 なあエマ、この辺って食堂みたいな所無いのか?

 何か皆も疲れちゃったみたいだし、一度休もう」

「私も首都へ来ることはあまり無かったのでこの辺の事は詳しくありませんが、確かあの向こう側に繁華街があったはずです」

「いいね。じゃあそこへ――ん?」

 ふと、こちらへ飛んでくる羽毛の翼の生えた人が見える。

 大きな嘴とカギ爪の足を持ったその青年は、あっという間にホークス達の前までやって来た。

「なんだ、妙な集団が猛スピードで飛んできたかと思えばエマじゃないか。久しぶりだな」

 青年はホークス達を見渡すと、エマに気が付き親し気に話しかけてくる。どうやら二人は知り合いだった。

「ファルじゃないですか! あなたも首都に来ていたんですね」

 エマにファルと呼ばれたその青年は腰から帯刀しており、ホークスは一見してエマと同じ魔法剣使いなのだと悟る。

「ああ、爺さんに呼ばれて昨日到着したばかりさ。で、そちらさんは?」

「私の学友たちです。そうだ、こんな所で立ち話でもなんですし、ファルもランチがまだならご一緒しませんか?」

「おお。再開を祝すとするか」


 一行は繁華街の中ほどにある大衆食堂へとやって来て自己紹介をしていた。ここへ来た方法を知ったファルは驚く。

「へー! そんな短時間でジュベーロからオリエルまで来たってのか。やるじゃねえかホークス」

「いやあ、それほどでも」

 素直に褒められてホークスもまんざらではない様子だった。

「ファルだってそのなんとかって師匠の一番弟子なんだろ?」

「まあな。つっても、俺なんてまだまだ。師匠の足元にも及ばねえよ」

 今一つ名前を覚えられないホークスにエマが補足する。

「ツァント師匠です。ちなみに私の師匠でもあります」

 それを聞いてニアが驚く。

「そうなの?! エマも相当強いけどファルの方が強くて師匠は更に……凄い一門なのね」

「そんな事ありませんよ。師匠が特別強いだけで」

「そうそう、あの人は別格さ」

 それを聞いて、ホークスはチラッとフローラの方を見る。それだけ強い人がいても尚、先日のように傷だらけになってしまい、エマに救援要請を出すほどの事態なのだと思い知る。

「それよりどうだエマ。少しは強くなったのか?」

「どうでしょう」

 するとミリアが。

「エマさんは先日王都が魔族の群れに襲撃された際、千体以上もの戦果を叩き出したのですよ」

「そりゃ凄い。どうだ、後で食後の運動がてら手合わせでもしてみるか?」

「いいですね」

「ふむ、弟子たちの成長ぶり。ワシも是非見学したいものよ」

 と、突如エマの背後に現れた謎の老人が気配もなく現れて声を掛けてきたので、皆がびっくりしてしまう。

「し、師匠?!」

「え……師匠? コレが?!」

 ホークスが思わず二度驚いたのも無理はない。

 師匠と呼ばれたその男。身の丈はホークスの三分の一程しかなく、腰は曲がって杖をついていた。右目は隻眼が理由で隠されており、髪も髭も地面に着く程長く伸ばしている。そしてそんな彼もまた「鳥」人間だった。だが、鳥は鳥でもファルは燕のようにシュッとして精悍な面持ちなのに対し、ツァントはつぶれたペンギンの様な感じだった。

「コレとはなんじゃ、コレとは!」

「いやだって、この二人の師匠って聞いてたからてっきりもっと強そうな人なのかとばかり」

「ふん、人を見た目で判断するようでは小僧、いつか足元をすくわれるぞ?

 それに見た目云々で言うのであればお主も中々のモノよ。

 それだけの魔力を有しておきながら飄々ひょうひょうとしておるとは……お主こそ何者じゃ?」

「え……」

 ホークスを一目見ただけで魔力量に気が付くツァント。

「お、俺はホークス・フォウ・ベリンバー。エマと同じ学校に通ってて、今回は助太刀に来たんだ」

「師匠、ホークスがいれば百人力だぜ。なんたって二日もかからずにこのメンバー引きつれてジュベールから来たんだってよ」

 エマの足元で伏せていたフローラが立ち上がる。

「私がたどり着いた翌日の昼過ぎには出発し、今に至ります」

「なんと。フローラもご苦労じゃったな。

 ホークスも事情を聞かされたのなら我らの敵は分かっておるのだろう? 何という行動力を持った若者じゃ……この魔力量もさることながら、ただの無鉄砲というわけでもあるまい――」


 しばらくの後。再度ツァントに対し自己紹介を一通り終える。

「それにしても賑やかな面子じゃのう。ホークスは言わずもがな、正体不明のドラゴンの幼体にエルフのお嬢様。更に魔族を引き連れ、名高きステイロ王立大学園の特待生と生徒会役員が二名。そして獣人の娘……」

 ツァントの視線がウララに止まる。

「な、何でしょう……?」

「……まあ良い。ふっ、エマよ。面白い友人に恵まれたようじゃな」

「はい」

 ファルがエマの肩を叩く。

「良かったな、エマ」

「ええ、毎日退屈しません」

 ツァントの言葉が引っかかったウララは、隣に座っていたホークスに小声で話しかける。

「師匠さん、私に何か言いたそうだったけどなんだったのかな?」

「さあな。

(そういや前にもレクトに何か勘づかれそうになってたっけ。

 ひょっとして、ある程度相手の気配を察知できる実力者にはウララの正体バレたりしてるんじゃないのか?)」

 ホークスはしばし考えたが、逆にウララの正体がバレた所で何か不都合があるのかと思うと、特にデメリットが思い当たる節はなかったので、そのままにしておくことにした。

「まあいいや。

 それでエマ、この後どうすれば良いんだ?」

「え、そうですね。襲撃がいつあるのか分かりませんが、それまでは普通に滞在する事になりますし、とりあえず宿を探しましょう」

「つまりしばらくは市内観光って事か」

「ふむ、であれば宿が決まり次第女王陛下に一度謁見するのはどうじゃ?

 同行してやりたい所じゃが、ファルと共にこれから軍部での作戦会議に呼ばれておってな。書状はワシが用意してやる」

 と、ツァントが提案すると、ニアが一抹の不安を抱いて質問した。

「ねえ、ここに来てからエマの知り合いって鳥さんばかりだけど、まさか女王も?」

「二、ニアさん。失礼ですわ」

「あらそう?」

 あっけらかんと返事をするニアに、エマが答える。

「鳥族の知り合いはこのお二人だけです。女王陛下は普通の人族ですよ」

 しかしそんなエマの回答に、ツァントは「一見な」と付け加えた。

「え?! 違うのですか師匠?」

「まあ、ワシが言うのも変な話じゃ。直接お会いすれば分かるじゃろう」

「?」


 いつ魔族が攻め入って来るとも分からない状況下で観光客などおらず、ホークス達の宿はすんなりと決まった。

 そしてファルの案内の元、王城へと入ったホークス一行。天井は高いが城と言っても二階以上は無く、堀の池で囲われた平屋の城だった。それでも広さはネーテの実家以上なのだが……

 しばらく待合室で待機させられた後、ようやく謁見が許される。

 広々とした謁見の間の奥に位置する天蓋付きの玉座に女王はいた。

 昼間から日の差し込まない薄暗い空間で、規則正しく床に整列しているろうそくの明かりだけが場を照らしており、幻想的な雰囲気を醸し出してた。

 玉座の左右に待機していた侍女たちが同時に紐を引くとカーテンが左右に開かれ、女王が姿を現す。

「ひぃっ」

 彼女の姿を見た瞬間、ウララは本能的に短い悲鳴を上げてしまった。

 それもそのはず、女王陛下は上半身こそ美しい女性の姿をした普通の人間だが、下半身は白い大蛇の姿をしていたのである。

「よくぞ参ったな、ツァントの弟子とその友人らよ……まあ、そう固くなるでない。取って食いはせんよ」

 そうは言われても、である。ニアですら蛇に睨まれた蛙、もとい、蜘蛛状態で固まっていた。

「わざわざ我が国の窮地に馳せ参じてくれたこと、まずは礼を言わせてくれ。

 我はこの国建国の祖から数えて丁度第百代目。アンドロ・サン・オリエルである」

 恐る恐るエマが手を挙げる。

「わ、私はツァントの弟子、エマ・プルアンドロと申します。

 その、失礼を承知でお聞きするのですが、女王陛下はその……魔族でいらっしゃるのでしょうか?」

「いかにも、と言いたいところだが、我にも良く分からん。

 ただ確かな事は、我の祖がおよそ十万年前にこの国を建国したという事だけ」

「さ、左様で。

 私は、歴史あるオリエルの危機に戦う事が出来て幸せであります」

 いきなり不躾な質問をしてしまったと、エマは片膝をつき、せめてもの忠誠心を示す。

「良い良い、今に始まった話ではない。気にしてはおらぬ。

 それよりどうじゃ、そなたら。此度の戦、戦果を挙げた物にはそれなりに褒美を出そうではないか。何でも良い、申して見よ」

「ほ、褒美でございますか?」

「うむ。先にも申した通り、我も丁度百代目という節目でこの歴史ある国を失いとうない。

 であれば、少しでもそなたらのような者たちに力になって貰いたい」

「もったいなきお言葉。私達は何も褒美目当てで――」

 褒美なんてとんでもないと、両手を振って断ろうとしたエマだったが、背後でホークスが何かぶつぶつ呟いたかと思うと前に躍り出てそれを遮った。

「何でも宜しいのですか?!」

「うむ、戦果しだいだがな。放っておけば滅ぶ事態だ。金銀財宝に豪邸、はたまた近衛に匹敵する地位だろうと、遠慮する事はない」

 ホークスは固唾をごくりと飲み込むと、いつになく真面目な顔をしていた。

「ならば女王陛下。俺はあなたが欲しい!」

「……なに?」

 女王が良そうだにしていなかった褒美に一瞬戸惑う。そしてホークスの頭を両手で押さえつけながらウララが慌てふためく。

「ちょ、いい加減にしなさいよホークス!

 あなたまたそんな事言って! さすがにTPOをわきまえなさい!」

 ホークスはウララを払いのけて懇願する。

「う、うるせえ!

 女王陛下、いや、アンドロ。俺はマジだぜ!」

「ふっ……くっくっく……あーっはっはっはっはっは!」

 真面目に、ストレートに口説いてきたホークスに、女王は笑いを堪えきれなくなってしまう。

 目じりに涙まで浮かべる始末だ。その涙を指で拭いながら。

「面白い男よ。そち、名は何と申す?」

「俺の名はホークス。ホークス・フォウ・ベリンバー。大魔王を倒し、ハーレム王を目指す男だ!」

「ほう、ホークスよ。大魔王を倒し、己は色欲の王を目指すとな? そして我をそれに加えようというのか」

 蛇の女王を前に威勢よく啖呵を切るホークスに、一同は戦々恐々と見守るしかない。ウララは、「もういっそのこと、このバカの首を跳ねてください」と心底思っていた。そんな心配事をよそにホークスは平然としている。

「何か問題でも?」

「普通、初見で我の姿を見た者は十中八九恐れるのだが、怖くは無いのか?」

「下半身が蛇だから? はっ、美女と蛇の組み合わせなんてギャップ萌え以外の何物でもないわ。そもそも今どきそんなの、ただのチャームポイントだろうが!」

 女王はハートを「ズキューン」と撃ち抜かれた気持ちにさせられた。今までそんな事を言われた事もなく、思わず頬を赤らめてしまう。

「か、可愛いと申すのか?!」

「むしろ可愛くない要素を探す方が難しいわ」

「し、しかし見た目はどうあれ我のこの尾は冷たい……それでも良いのか?」

「汗っかきなんでね。むしろ火照った体にはちょうど良いさ」

「そ、そもそも我と人間では寿命が違う!」

「長寿の魔法の一つや二つ、編み出してみせる!」

「大体身分に差が――」

「俺が王になったら同等だ!

「わ、我の種は単体生殖であり、その、そういったアレは――」

「愛し合う方法は一つじゃない!」

「ホークス……」

 元々皆に恐れられてきた女王は、これまでろくに人前に姿を現す事もなく、己の見た目にコンプレックスを感じて生きてきた。それがここに来て全肯定され逆に戸惑ってしまう。

「……分かった」

 まさかの承諾に、ウララ達は勿論、待機していた侍女らが声を揃えて「女王陛下?!」と驚く。

「良いだろう。ホークス、そちが王となった暁には検討しよう。よ、良いな?! あくまで検討であるからして!」

「ああ、良い返事を待ってるぜ」


 ――王城を後にして、宿へ向かう途中。

 ホークスは仲間たちから各々心配されていた旨を聞かされ続けていたが、まったく聞こえていないかのように往来で立ち止まると、突如笑い出した。

「くくくくく……ははははは……はーっはっはっはっはっはっはっは!!」

「ホ、ホークス様?!」

「どうしたのよホークス君! いきなり笑い出して」

「はっはっはっはー……あー、怖かったー……」

 それを聞いて全員が「え゛……」と戸惑う。

「こ、怖かったんですか?! あんなに熱心に口説いてたじゃないですか!」

 マルネも思わず声を上げた。

「うん、めっちゃ怖かった。まさか女王を落とせるとは思わなかったからさ。でもある意味ここでフラグ立てるのってお約束じゃん?」

「フラグ? お約束?」

 ホークスが何を言っているのか理解できないマルネに対し、ウララが何かピンときた。

「あなたまさか、ゲーム感覚で女王を攻略しようと……」

「いやだって、実際美人だったし。自己暗示の魔法かけて勝負してみた」

「どこで何を勝負してるのよ! 失敗してたら不敬で最悪打ち首よ?! はー、頭痛い……」

 そしてエマも思い当たる節が出てくる。

「そうか。あの時後ろで何か独り言言ってると思ったら、まさか自分に魔法掛けてたんですか?!」

「ああ、授業でもやったろ? 自分を鼓舞するのって割と魔法の中じゃ基本って話だったし」

「だとしても――そう言えば、ホークスさんは杖も詠唱も無しで魔法使えるんでしたね」

「何それ初耳」

 生徒会コンビが食いつく。

「へえ、ホークス君にそんな特技があったんですか。まるで魔法を使う為に生まれてきたような人ですね」

「いやあ、それほどでも」

 だが一連の話を聞いても、ニアはどこか納得できなかった。

「でもちょっと待って。あの女王様、無効の瞳リギ―・プィーロの能力持ちだったわよ?」

「何だそれ?」

「こっちに掛けられてる能力向上系の魔法を無効にしてくる瞳よ。それが効かなかったって言うの?」

「怖く無くなったままだったし、たぶんそうじゃないのか?」

 聞いていたネーテが推測を始める。

「鼓舞系の魔法の効力が失われなかったという事は、ホークス様の精神が能力を上回る程強靭だったのか、あるいは魔力の物量で押し切ったのか……」

 その疑問に関してはミリアが答えた。

「後者でしょうね。精神力を鍛える魔法を使っていたホークス君の素の精神で跳ねのけたとは思えないもの」

「僕もそう思います。それにしても女王クラスの能力を押し切れるだなんて、ホークスの魔力ってどうなってるんです?」

 と、マルネも同調し、提案を持ちかける。

「一度施設で検査してもらった方が良いのかもしれませんね」

「そ、そういうのは間に合ってるかなー」

 モルモットになると聞いて穏やかではなくなったホークスは一人足早に歩き出す。

 その時だった――。

 上空に巨大な魔法陣がいくつも展開されたかと思うと、次の瞬間魔族の軍勢がその中から現れ降下を始めた。ホークスが天を仰ぐ。

「魔族?!」

 だが首都全体に張り巡らされた結界が盾となり逝く手を阻む。それでも力ない人々は恐れおののきシェルターに向かって走り出し、現場はあっという間に大混乱と化す。

 エマが抜刀し、敵をにらみつける。

「しばらくは結界で塞がれて入ってはこれないはずです。

 しかし、予定より早くないですか?」

「向こうさんは待ってくれないって事だろ。

 良いじゃねえか、さっさと終わらせて帰ろうぜ!」

「はい!」


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