第23話 いざ極東へ

「ったく、本当なら私も一緒に行ってやりたい所だよ。

 ほら、せめてこいつでも持って行きな」

「ありがとうございます」

 昼下がりの宿舎の屋上で、ネブロはこれからエクスレントへ向かおうとするホークス達に各々弁当の包みを渡していた。

「私にできるのはせいぜいこのくらいだ。皆、ちゃんと生きて帰って来るんだよ。死んだら承知しないからね」

「はい! 神焔のゴッドバルトの名に懸けて、誰も死なせはしません」

「そう願いたいね。敵は魔王クラスも出てくるって話だろ?」

 胸の前で拳をにって約束をするホークス。と、横に立ったエマが言う。

「エクスレントは魔法剣の栄えた国です。民の一人一人が戦士と言っても過言ではありません。そう易々とやつらの侵攻は許しはしません」

「……ふん、まあ良いさ」

 改まってホークスがまじめな顔をする。

「ネブロさん」

「何だ?」

「仮に、仮にですよ? その……俺が魔王倒して帰ってきたらデートしてくれるってのはどうですか?」

「はぁ?!!

 何なんだオマエってやつは……良いだろう。デートでも膝枕でも何でもしてやるよ。これまで誰も成し遂げられなかった魔王討伐だ。むしろそんな奴の相手を出来るなんて光栄だね」

「ですよね、やっぱりそう簡単には――って、え?

 し、してくれるんですか?!」

 だが、そんな会話を放っておくネーテとニアではなかった。

「どういう事ですの?! ホークス様、わたくしともデートなんて一度もした事ございませんのに!」

「そうだそうだ。あ、なら私が魔王倒したら私とデートしてよ」

「それですわ! ……って、ちょっと待ってください。後方支援のわたくしにそのようなチャンスが在るとは思えないのですが」

「じゃあいっそのこと、誰が倒しても皆各々デートしてもらうって事でどう?」

「いいですわね!」

 と、今度はミリアがそこに入って来る。

「それ面白そう! 私も一度デートという物を経験してみたいと思っていたの! ね、アマス」

「そうですねえ。ホークス君、それで構わないわよね? 誰にとってのご褒美になっているか分からないけど……私も一度あなたとちゃんとお話ししてみたいと思っていたし」

「え、あの……まあ……俺としても願ったりかなったりというか……ただ、身が持つか分からないですけど……」

 これまで女性経験は勿論、彼女どころか女友達もいなかったホークスにとっては、いきなりこんな現実味を帯びた提案をされると逆に困ってしまう。

 そんなホークスの様子が面白かったのか、ネブロが背中を叩いてからかう。

「あっはっは。どうしたどうした、歯切れ悪いじゃねえか。

 こんなチャンス滅多にないぞ? というか、私を誘った時の態度はどこに行ったよ?

 ここはひとつ、ドーンと構えてみやがれっての」

「は、はあ」

 そんな彼らのやり取りを見ていたマルネがウララに苦笑しながら呟いた。

「これは負けて帰ってこれなくなりましたね」

「そうね。まあ、私もネーテと一緒に後方支援頑張るつもりだし、何かあっても――」

 何かあっても時空管理局の方で生命の保証はする、と言いかけてウララは黙った。

「?」

「ううん、何でもない。今はただ、勝って帰ることだけを考えよ?」

「はい!」

 そしてやいのやいのと盛り上がる皆を尻目に、フローラがエマに語り掛ける。

「やれやれ、これから魔王の軍勢と戦うというのに。緊張感の無い者たちだ」

「ええ。でも逆に緊張でガッチガチになられるより良いとは思いませんか?」

「ふむ、それは確かに。それもこれもホークスという男の成せる技、いや、才能かもしれないな」

「そうですね」

 そんな時だった。超特急で馬車が宿舎の前に横づけされたかと思うと、センヴェントが制するのも聞く耳持たず、一人の男が猛スピードで中へ侵入。「うぉぉぉぉぉぉぉ!」と、階段を駆け上って屋上のドアを蹴破ってきた。

「ネーテェェェェェェ!!!」

「お、お兄様?!」

 それは親衛隊隊長とは思えぬ程取り乱したレクトの姿だった。ネブロが呆れ顔で。

「何だ馬鹿兄貴か。うちの守護獣蔑ろにするなよな?」

「だれが馬鹿だ! ネブロ、相変わらずの態度だな! というか、お前がいながらなぜ止めようとしない!」

「なぜって、行くって言うから」

「危ないだろうが! ネーテに何かあってからでは遅いのだぞ!?」

「相っ変わらずキャンキャン五月蠅いやつだなあ」

 ふと、呆気にとられているエマに気が付くフローラ。

「エマ? そんなにポカンとしてどうした」

「え……いや、あの……あの人が本当に親衛隊隊長のレクトなのか?」

 するとホークスが肩をすくめながら言う。

「ああ、間違いない。あのシスコン隊長こそがレクト本来の姿だよ」

「そ、そんな……」

 エマの中で長年思い描いていた精悍なレクトのイメージが、音を立てて崩れ去っていく。

 そしてレクトの怒りの矛先はホークスに向いた。

「誰がシスコンだ、誰が! 私は断じてシスコンなどという低俗なモノではない!」

「いやあ、誰がどう見てもシスコンですよ?」

 見ていたミリアがアマスに言う。

「あれはシスコンよね?」

「はい、会長。あれがシスコンです」

 それは当然レクトの耳にも入る。

「なっ……」

 客観的に観られて事実を突きつけられ、硬直してしまう。

 そんな彼にネブロは続けた。

「そもそも、そんなに自分の妹が信用できないのか?」

「そ、そういう話をしているのではない!」

「そんなに心配なら、あんたがエクスレントまで出向いて魔王軍と戦って来ればいいだろ」

「私の立場でそのような事をしては内政干渉になってしまう。ましてや私は王の側近だ。国を離れるわけにはいかん!」

「あれこれ理由付けて何も出来ないんなら黙ってろよ」

「そうですわ、お兄様」

「なっ……ネ、ネーテまで……」

「さあ、ホークス様。これ以上邪魔が入る前に参りましょう」

「い、良いのかな……」

 困惑するホークス。少し考えた後、ショックを受けて再び固まってしまったレクトの肩に手を乗せる。

「?」

「安心しろ、レクト。あんたの愛しの妹には俺が指一本触れさせない。約束するよ」

「ホークス様……」

 それを聞いて、レクトも苦渋の決断を下す。

「……ホークス・フォウ・ベリンバー……私もこれから王を説得し、出来る限りの部隊を率いて応援に向かおう」

「へへっ、そいつは心強い。期待しないで待ってるよ」

「ああ」

 態勢を整え直した二人は、互いに手を差し出して固い握手をするのだった……


「よし、そんじゃ気を取り直して。マルネ、頼むよ」

「はい、ホークス!」

 マルネは元気よく答えると、杖を片手に屋上に引いた大きな魔法陣のきわに立つ。

「ではホークスは中心に。他の皆さんは僕と同じように彼を囲むようにして立ってください。あ、ネブロさんとレクト隊長は魔法陣の外で待機お願いします」

 と、マルネの言った通りに全員が行動して所定の位置に着いた。

「ではホークス。事前に説明した通り、僕が全員にホークスに対してバインドの魔法を掛けます。それが確認できたら、ホークスの飛翔魔法で飛んでください。ありったけの魔法力で飛べば、今日中に全体の三分の一くらい、恐らくドゥムの街辺りまでは進めるはずです」

「オッケー」

「ただ、僕を含めてエマさん、ネーテさん、ウララさん、ニアさん。そして生徒会のお二人に加えてシロ、フローラの。計九体分をも牽引することになります。無理だと思ったら無茶せず、いつでも休んでください」

「いきなり飛ばしても後が持たないからな」

「そういう事です。では、行きますね」

 言い終えると同時にマルネは目を瞑ると大きく深呼吸して杖を構えた。

「世界に揺蕩たゆたいし無数の残滓よ。未だ囚われし無垢なる意思よ。我が聖域を侵せしかの者を捉え、掴みたまえ。捕縛する腕エカテナード・ブラーコ!」

 と、魔法を唱えると、ホークス以外の者は光に包まれ、そこから伸びるようにして現れた光る鞭が腕のようにホークスの腰辺りを掴んだ。それは死んだ者たちの魂の残りを利用して使用する魔法。

 見守っていたレクトが感心する。

「ほう、精霊魔法か。まだ子供だろうによく使いこなしている」

「伊達にあの年で入学して、特別授業を受けているわけじゃないってことさ」

「頼もしい後輩を持てて嬉しいね」

「まったくだ」

 魔法が全員とホークスを繋いだことを確認するようにマルネが目を開いた。

「ホークス、今です!」

「おう! いっくぜー。これが俺の全力の……反動推進飛翔術レアクツィ・アディーロだ!!!」

 例のごとく詠唱も無くそう叫ぶと同時に飛び上がったホークス。しかし、その勢いは全員の予想を超えていた。

 ネブロとレクトが一瞬遅れてきた轟音と共に簡単に吹き飛ばされると、宿舎を中心として半径百メートル以内の建物が震え窓ガラスはことごとく粉々に砕け散る。

 なんとか両足と片手を着いて着地したネブロが、ホークスが飛び去ったであろう方向を見て呟く。

「あのバカ野郎が……帰ってきたらお仕置きだな」


 ホークスの飛翔魔法は音速を超え、留まることを知らず、発動とほぼ同時にホークス以外の者の意識は飛んでいたにも関わらず7時間半もの間続いた――。

 結果、三日はかかると言われた道中の道のりを、半日もかからずに目的地一歩手前にまで到達する。

 日も落ち、夕食時を逃した彼らはエクスレントの国境を越えた先の湖畔にある、無人のロッジにたどり着いていた。もっとも、たどり着いたと言うか墜落したと言うか……

「へっくしょい!!」

 ウララがロッジの前に焚かれた火に当たりながら、毛布に包まって豪快なくしゃみをする。全員びしょ濡れだった。

「ったく、降りるならもっと静かに降りなさいよ! 湖に落ちておぼれ死ぬところだったじゃないの――ぶえっくしゅ!!」

「わ、悪かったよ……」

 さすがにホークスも謝るしか出来なかった。そんなホークスに、ネーテが作りたてのスープを差し出す。

「はい、ホークス様。温まりますわ」

「ありがとうネーテ」

「けど驚きましたわ。まさかもうエクスレント領内にまで入ってしまわれたなんて」

 先に貰っていたスープを飲みながら、エマも頷く。

「ええ。ここまで来れば首都はもう目と鼻の先です。今日はここで一泊して、明日の朝出発すれば昼前には着くでしょう」

 ニアが髪を搾りながら言う。

「にしても、あなたどれだけ魔力強いのよ。ギルドで魔宝石壊したけど、あれってやっぱりホークスの魔力が強すぎて測定しきれていなかったのね」

「あ、あはは……そうかも」

 笑って誤魔化そうとするホークスを、ミリアが鋭い眼差しで見つめる。

「ホークス君、何か隠してるわね?」

「……え?」

「まあ良いけど。でも確信しました。ひょっとしたら、キミなら魔王を倒せるんじゃないかって。ね、アマス」

「はい。実のところ、今回の討伐はあまりにも危険すぎるので、何かあった場合、私たちは途中で何があっても皆さんを引き返させるつもりでもいたんです。生徒の安全を守るのも我々生徒会の仕事ですから」

「そ、そうだったの?!」

 純粋に驚くマルネ。ミリアが続ける。

「けど、ただ飛翔しただけでこの力。ちょっと考えを改める事にしました」

「そりゃどうも」

「ホークス君。絶対に勝って帰りましょう。むしろ勝たなきゃいけないんです。

 あなたならきっとやれる。長きに渡って苦しめられてきた生きとし生ける者たちに、希望の光を見せてあげてください!」


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