第21話 使者は極東より来たりて

「にしても、何だか今日は無駄に疲れた気がするよ……」

 ホークスたち一行は街の入り口に程近い酒場兼食堂で遅めの夕飯を食べていた。彼の他、ウララ、ネーテ、エマ、ニア、マルネ、そしてシロがそれぞれ大テーブルに着き食事をしている。

 人通りも多い大通りに面したこの店は深夜にも関わらず大勢で賑わっており、冒険者や働き終えた兵士らを始め、王都の様々な人種が集い大変賑わっていた。そこそこの広さを誇る店内はどこも満席である。

 山菜のパスタを、場に似つかわしくない上品な振る舞いで食べていたネーテが同意した。

「まったくですわ。ニアさん、今度おやりになる時はご自分のお洋服をお脱ぎになってくださいまし」

「悪かったわよ。でもこうして無事にホークスも元に戻ったわけだし、結果オーライでしょ?」

 ブランデーを傾けながらネーテを説得するニア。しかし「ちっともオーライじゃありませんわ!」と失敗してしまう。

 ウララとマルネは揃って焼肉定食を頬張っていたが、急いで食べすぎたのだろう。喉に詰まらせて青くなったウララをエマが必死に介抱する。

 そんな団欒を尻目に、ホークスはオレンジサワーを傾けながらまんざらでもない感じだった。

 隣に座り、物珍しそうに周囲をきょろきょろと見渡していたファンに語り掛ける。

「悪かったな、皆腹減ってたからっていきなりこんな五月蠅い所に寄って」

「だ、だいじょうぶです! 一度来てみたかったですし」

 そう言うファンの目の前には彼女用のハンバーグ定食が置かれていた。

「食べれないけど味は堪能できるってのも、変な話だよな」

「お供え物と同じで、料理に宿った霊的な力を楽しめるんです」

「成程な。そうだ、今度学園の食堂に行こう。

 この前料理バトルで競い合った料理人達の至高の料理が楽しめるんだよ」

「そ、それは是非行って見たいです!」

「おう、行こう行こう!」

 と、すっかり仲良くなったファンとの会話に花を咲かせつつ、ホークスは周囲を見渡した。

 こんな深夜に幼女が酒場にいると言うのに、誰も気に留めない。まあそれを言えばマルネもまだ十歳なのだが……

「それにしても、ファンって本当に他の人には見えてないんだな」

「はい。私が波長を合わせた人だけが見えるみたいで。ただ、聖職者の中には時折見える方もいるような――」

 そう話していた時だった。カウンターで飲んでいた一人の男が二人の前にやって来る。

「うぃ~、ヒック……んだよ、兄ちゃん。こんな夜中にそんな小さな子をこんな店に連れてくるたあ、危ない奴らに絡まれても知らないよぉ?」

 完全に酔っぱらっていた。ある程度覚悟はしていたが「面倒な奴に目を付けられたな」とホークスはお約束のような状況に疲れがドッと押し寄せてきた気がした。見たところ立派に整えられた口髭を蓄えたこの中年の男は、その身なりからさっきファンが話していた聖職者であろうことが分かる。そう、この男にはファンが見えているのだ。

「あ、あはは。い、妹なんですよ~」

「なんだ、親は居ないのか? よーし、ならおじちゃん祈っちゃうよー。

 我が名はクレーユ。」

 クレーユと名乗ったその人物は、両手を組んで祈り始めようとする。それだけでファンからうっすらと何か光の粒子のような物が少し立ち昇っていくのが見えた。

 気が付いたシロが「キュイキュイ!」と首を横に凄い勢いで振り出す。

「い、いや! いやいやいやいや、生きてるから大丈夫ですって!」

 ファンが祈られでもしたら成仏しかねないと感じ取ったホークスは慌てて立ち上がると男の手を握って制止した。

「う~ん、そぅかい?」

「はー、危なかった……」

 安堵するホークスとは対照的に残念がるクレーユ。その背後、さっき彼が来たカウンターの方から呼ぶ声がした。大剣を背に背負った戦士の青年である。

「おぉーい、クレーユのおっさん。何を学生なんかと手ぇ握り合ってんだよ?

 今日の分け前の話するぞー」

「おぉ、リスト。何じゃ妬いておるのか?」

「はぁ? 酔って訳分かんねえ事言ってると、おっさんの取り分ゼロにしちまうぜ?」

「それはたまらん。すまんすまん、今行くよ。じゃあの」

 そう言うとそそくさと席を後にして戻って行った。

「冒険者……かな?」

 するとエマが教えてくれた。

「ここを拠点に活動しているギルドパーティです。あのリストという男がリーダとなって率いており戦闘力はそれなりに有りますが、素行が悪くあまり評判は良くないですね」

「そうらしいな」

 どう見ても戦闘で役に立たなさそうな色っぽい衣装を着た”性職者”っぽい女性を数名はべらせている。

「マルネ、ああいう大人にはなるなよ?」

「僕がなるように見えますか?」

「ま、その心配は無いか……ん?」

 ふと店の入り口の方がにわかに騒がしいのが気になった。大の男たちが「何か」にぎょっとしながら道を開けていく。

 その正体は傷ついた黒い狼だった。足を引きずりながらも懸命に歩こうとする姿はとても痛々しい。そんな狼を確認したエマが走り出す。

「エマ?」

「フローラ!!」

 そう叫んだエマは、フローラと呼んだ狼を抱きしめる。同時に狼の方は安心したのかぐったりとへたり込んでしまった。


 急いでネーテに治癒魔法を掛けて貰ったフローラは力を取り戻し、ファンに出されていたハンバーグ定食を一心不乱に食べていた。店内の他の客も彼女の狼だと分かると、それ以上気にする事もなく談笑を続けに戻って行った。

「フローラ?」

 ウララがファンと共にフローラの前にしゃがみ込み、頭を撫でている。

「ええ、私の使い魔です。故郷の村を守るために置いてきたのですが……一体どうしたのですか?」

 フローラは最後の一口を食べ終えるとしっかりと飲み干す。

「いやいや、いくら何でもそんな直接聞いたって――」

 と、ホークスが呆れる中フローラはゆっくりと口を開いた。

「エマ、エクストレントが魔獣の群れに襲撃された……」

「そうか、だからあんなに傷だらけで……って、喋るの?!」

 驚くホークス。だが、驚いているのはホークスだけだった。

 ネーテが補足する。

「使い魔の多くは人語を話しますわ。シロちゃんは話せないようですけど」

「キュイキュイ!」

 と、シロは「話せない」と言われたにも関わらずなぜか胸を張る。

「いや、褒められてないぞ?」

 ホークスに冷静に突っ込まれ、シュンとしてしまうシロ。

「キュイ~ン……」

 そんなシロをよそに、ニアが尋ねた。

「エクストレントって極東の国じゃない。エマってそんな所から来てたの?」

「はい。詳しくはその中でも更に田舎の里なのですが……

 それよりもフローラ、襲撃されたとは? 皆は無事なのですか?!

 なぜあなたがここに来ているのです!」

 矢継ぎ早に質問するエマは普段の冷静な彼女とは少し違っていた。故郷が襲われているとなれば無理もないと誰もが同情する。ホークスが呼び止める。

「お、おいエマ。そんなに次々質問したってフローラだって困っちゃうだろ」

「す、すみません……」

 だが、当のフローラは毅然としていた。

「構わんよ。

 先日、突如として国の全域に魔獣が襲来した。一匹一匹は大した事は無くとも多勢に無勢でな。

 里こそ何とか俺を含め、ツァント老子と門下生達で守り抜けたが、首都は大打撃だ」

「そんな……」

「次は魔族本隊がやって来る。少なくとも半月の内に。

 というわけで、今は少しでも戦力が必要なのだ。エマ、来てくれるな?」

 突然の申し出に、エマは迷うことなく答える。

「当然です。しかしここ、ジュヴェーロ王国からエクスレントまでとなると、半月では着けませんよ? 飛行魔法を使ってもギリギリ間に合うかどうか……」

 すると大人しく聞いていたホークスが言った。

「俺も手伝うよ」

「ホークス様が行かれるなら、わたくしも」

「え、ネーテも?! じゃあ私も行かないといけないじゃない……けど魔族減らせるならそれはそれで計画も前進するし良いのかな……?」

 当然のように立ち上がるネーテに、ウララもぶつぶつ言いながら行くのを賛同する。そしてニアも。

「面白そうじゃない。一度同族相手ってのもやってみたかったのよね」

「ホークス?! 皆さんまで、いけません! これはこちらの問題です。巻き込むわけには……」

 拒否するエマに、ホークスは人差し指を振って見せた。

「ちっちっち。俺を誰だと思ってるんだ? 神焔のゴッドバルトの異名は伊達じゃないんだぜ?」

 カッコつけるホークスに対し、ウララが冷静に突っ込む。

「異名? 自称の間違えでしょ」

「う、うるさーい! それに、俺が本気出せばエクス何とかって所まで三日くらいで行けると思うんだよね! たぶん!」

 場所も距離も分からず、いい加減な概算を出した後でちょっと後悔したホークスだったが、ウララはそれを否定することはしなかった。

「そうね、たしかにそれは一理あるかも」

「だ、だろー?」

「うーん、でもホークスだけ行ってもねえ。全員をそんな高速で運べる魔法なんて――」

 一度は納得しかけたものの難色を示すウララに対し、マルネが告げた。

「ありますよ?」

「あるんだ……ほんと、何でも有りね……」

 これだから魔法の世界は、と半ばあきれるウララ。しかしフローラが続けた。

「本当に宜しいのですか? お見受けした所、エマのご友人の様だが……帰っては来られないかもしれないぞ?」

「そうなのですか?」

「ああ。偵察に出た者の話では、魔族は魔族でも、魔王率いる魔族の大隊だと聞いている」

 思わずホークスが驚いて聞き返してしまう。

「ま、魔王?!」

 突然出た単語に、酒場の連中が一瞬ホークス達の方を振り返った。まずいと思ったホークスが取り急ぎ取り繕う。

「ま、まあ、王様を目指してるわけよ、俺は。ハーレムの王様を……(て、この誤魔化し方は苦しいか?!)」

 だが場所が場所だ。深夜を回った酒場の中では、誰もが酔っぱらいの戯言としか思わなかった。

 フローラが信じられない程可哀そうな奴を見るような目で尋ねる。

「そんな物を目指しているのか……? エマ、友人は選んだ方が良いぞ」

「こういう人です。しかし悪い人ではありませんよ? 何より彼の戦力は当てになります」

 エマに言われ、フローラはホークスを品定めするかのように頭の上からつま先まで凝視した。

「ふむ……確かに、底知れぬ魔力を秘めているようだ。成程、ならば戦いようによっては魔王を退けるくらいは出来るかもしれない。明朝、直ぐにでも発とう」

「わ、分かってくれたなら良かったよ……あ、でもちょっと待って」

「どうした?」

「そのさ、明日ギルドに登録してからでも良いかな?」

 そう聞いたフローラは再び呆れる。

「なんと、それだけの魔力を持っていながらまだギルドに登録すらしていないのか?!」

「が、学生なもんで……(ギルドに入ってないの、そんなに変なのか?)」

 エマはフローラが疑惑の眼差しを向けてきているのに気が付いた。

「どうしたのですか?」

「この男、本当に大丈夫なのか……?」

 しかしそう尋ねられるもエマは微笑んで返した。

「ええ、私が保証しますよ」


 そして店内一帯がどんちゃん騒ぎで埋め尽くされる中、リストだけは厳しい眼差しでホークス達を盗み見ていた……

「魔王、ねえ――」 

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