第19話 連携
その日、ホークス達生徒は朝から学園のグラウンドに出ていた。
ウェーブがかった黒い長髪の男、レイニス・タロバが教員を務める実戦の授業の真っ最中である。
お立ち台の上に立ち、生徒たち一人ひとりを見渡す形で立っていた。
「よーし、皆集まったな。まずは中途試験お疲れ。そして初めましてだな。第一期の後期授業からお前らに実戦授業を教えるタロバだ、よろしく。
今年は誰も補習が無かったと聞いている。優秀な生徒たちを教えることが出来て俺も嬉しいよ」
そう言いながらタロバは指を弾いて鳴らした。
すると背後の地面に描かれた大きな魔法陣が光り、地響きと共に盛り上がったかと思えばみるみるうちに石の巨人となり、三体の巨人がタロバに膝まづく。それぞれ手には石でできた長剣、槍、弓を持っている。初めて見る光景にホークスを始めほとんどの生徒が目を丸く見開いていた。
「な、なんだあれ……」
「皆が来る前に校庭にちょいと細工をさせて貰った。まあ、トラップ魔法の応用だな。今回は俺の指の音で発動するように仕込んだってわけだ。
んで、こいつらは見ての通り戦闘特化の人型魔道具、
ちなみに、その辺の魔獣や魔族は勿論、親衛隊の鎧なんかに使われている特殊鋼なんかよりずっと固い素材で出来ている」
皆、口々に「そんな物があるのか」「凄い…・・」と驚いていた。
ホークスも感心しながら「(へえ、ゴーレムみたいなもんか)」と一人納得している。
「でだ、今日はこいつらを使って何をするかと言うと、まずはお前らに「連携して戦う」というのを学んでもらう」
エマが手を上げる。
「えーっと、エマ・プルアンドロだったな。何だ?」
「実践ならば、まずは一対一での戦い方を学ぶのが基本ではないでしょうか?」
「お! 良いねえ。最もな質問だ。
だが、現代戦に於いて一人で戦う事など殆どない。この学園を卒業して、皆様々な所に就職するだろう。王宮に仕える者。私設軍隊に入隊する者。はたまたギルドに所属する者。
そうした所で何よりも大切なのは互いに仲間同士で協力し合う事だ。個々の戦力が高いに越したことは無いが、個人プレーに走って輪を乱す者ほど邪魔な奴はいない。だからそうした足手まといな奴が出ないよう、きっちりとここで学んで欲しいというわけだ。良いかな?」
「はい、ありがとうございます」
「おう」
タロバはそう軽快に返事をすると、どこからともなく人の手が一つ入りそうな穴の開いた箱を取り出した。
「よーし、じゃあここにくじ引きがある。中には数字の書かれたボールが入っているので、これを引いて同じ番号が出た三人で一組となってこいつらと戦ってもらう。勝利条件は頭に刻まれた文字を削り取り、三体全部の動きを止める事。ちなみに、お前らのような学生がちょっとやそっと本気出した所で倒せないので、思いっきりやってくれてかまわんぞ?」
するとホークスの横にいたウララが小声で忠告する。
「分かってると思うけど、本気でやらないでね? 大騒ぎになっちゃうもの」
「あ、ああ。気を付けるよ。
(力をセーブするやり方も考えないとな……)」
そしてくじ引きを引いた結果、ホークスは五番を引き、エマとニアと組むことになった。
「二人とも宜しくな」
「ええ、よろしくお願いします」
「まさかホークスと同じチームになるなんて。
これってやっぱり運命?!」
一人でときめいているニアにエマが忠告する。
「どうでも良いですけど、戦ってる最中にイチャイチャしてたりしたら味方といえど容赦しませんからね?」
「あら~、妬いてるの? そりゃそうよねー。私たちラブラブカップルの間に挟まれてたら、居場所無くて困っちゃうもんねー、うんうん」
「は? 私は、私の邪魔をするなと言っているんです。年中盛ってる淫乱と一緒にしないでください」
「だ、誰が淫乱よ! これでもまだ純潔は――」
ヒートアップしそうになる二人を前に、ホークスはアタフタしながら止めに入る。
「ちょ、ちょっと待てよ二人とも! 今大事なのは連携する事だろ?
せっかく二人とも強いのに、こんなんじゃ勝てる戦いも勝てなくなるわ!」
「ホークスぅ。聞いてよ、この子が私の事淫乱とか言ってくるのー」
「淫乱を淫乱と言って何が悪いんですか。そうか、
どうぞ好きな方を選んで良いですよ」
「あんですってぇ?! 良いわ、上等じゃない!
あんな土くれの木偶人形の前にあんたをギッタギタにしてやるんだから!」
「ほほう、面白い。我が魔法剣エレクトラ弐式を相手に、出来るものならやってもらいましょうか!」
止められなかった――。
女子二人の喧騒が続く中、ふと視線に気が付いた。フォルターがにまーっと笑みを浮かべてこちらを見ている。
手には一番のボールが握られており、ウララ、ネーテと組んだようだった。
「くっくっく、どうだホークス。俺様はウララさんと組んだぞ? さぞ羨ましかろう。羨望の眼差しで見てくれてかまわんのだぞ?! ほら、ほらほら!」
当のウララはやれやれ、困った人と組んでしまったぞとため息を吐きまくっており、ネーテも「ははは……」と乾いた愛想笑いをするしか出来なかった。
「うぜえ……相変わらずうぜえ……やっぱバカ王子はバカ王子なんだな」
タロバが場を鎮めるために手を二度ほど叩いて自分に注目を集める。
「じゃあ今から十分やるから、その間に作戦を考えてみろ。
一応言っておくが、他の二人を差し置いて一人で勝利しても点数はやらんのでそのつもりで」
ホークスはタロバの言葉通り、少しでも連携する方法を模索しようと二人に声を掛けようとする。だが、十分という時間はあまりにも短く――。
「け、結局二人ともまともに俺の話聞いてくれなかった……」
泣きながら二人の喧嘩を止めるのに十分を要して終わった……
そしてまずは、一番を引き当てたフォルター達のチームが
両者向かい合い、タロバの合図を待つ間、フォルターがウララとネーテに声をかける。
「よし、二人とも。さっき言った作戦通り」
「まかせて!」
「分かりましたわ」
「う、ウララさん。無事この戦いが終わったら、今度俺様と、その、ででで、デート――」
と、フォルターが言い終わる前だった。
彼が言い終えるのを待つことなく、グラウンドに一陣の風が吹くと同時にタロバが合図をだした。
「では、第一チーム。始め!!」
開幕早々、猛然と走り出すウララ。
「へへーん。こう見えて意外と体力には自信があるんですよ私」
それもそのはず、彼女も彼女で日々考えていた。
時空管理局にお願いして動きやすくなる特別な靴を用意して貰っており、更には炎のようなビームの出る杖も新調していた。
フォルターたちから距離を取り、走りながら杖をかざしてそれっぽく振る舞う。
「えーっと……炎の何とかかんとかで、それのあれが我に力を示さん! 炎ビーム!」
呪文っぽい事を口走り、手元のスイッチを押して振り下ろす。すると先端から「新入生」が出せるであろう、そこそこの威力の攻撃魔法っぽい赤いビームが放たれ剣を持った
少し離れた観客席側にいた生徒たちは口々に「おぉ~」と驚く。ホークスを除いて……
「あいつ、ビーム出しやがった……
魔法使えないからどう戦うのかと思えば、またヘンテコな杖っぽい道具持ってきたな……」
しかしそんな道具の存在を知らないこの世界の人々は素直に受け止めていた。
タロバも感心する。
「ほう、あの娘。まだまだ未熟ながら
横で聞いていたホークスはぼやく。
「……どんなに鍛えても、元々ゼロの魔力は増えないんだよなあ。
てか、そんな魔法もあるんだ……」
そして感心したのはフォルターも例外ではない。
「おおお! 流石ですウララさん!」
誉められてウララ本人も悪い気はしていない。
「さあ、次々行くわよ!」
今攻撃された
「それそれそれー!」
ウララの宣言通り、次々と放たれるビームはたちまち二体の
「ふふーん。どんなもんよ――って、ちょっと!」
しかし舞い上がった煙の向こうから一体が姿を現したと思えば、標的はウララに絞られる。思わずホークスも声を上げた。
「ウララ、逃げろ!」
「言われなくったって!」
あさっての方向に走り出すウララ。しかしもう一体が煙の向こうから引いた弓矢が一瞬にしてウララの進行方向に先回りして着弾する。更には発射の衝撃で煙もほぼ晴れていた。
「げっ?! ちょっとフォルター、まだなの?!」
見ればフォルターは未だスタート地点から動いておらず、同じくその場にとどまっていたネーテに強化魔法をかけて貰っている真っ最中だった。フォルターを中心として風が舞い上がっている。
二人には槍を持った
「今終わった所です! そして俺様の魔法の詠唱も同時に終わっている!」
フォルターの周囲の大気が光となって収束し、構えた杖の先端ただ一点に集まる。
そして槍のように突き出しながら魔法を唱えた。
「
観客席にまで届く凄まじい衝撃波と共に繰り出されたそれは、一瞬にして槍の
「ほぉー。ネーテのバフがあったとは言え、さっすが王子だな」
自分の予想以上だった威力にフォルター自身も驚いており、自分の杖をまじまじと見つめる。
「な、なんとここまで強化されるとは。でかしたぞ、ネーテくん」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。(ウフフ。今の活躍を見て、ホークス様もこのわたくしに惚れ直したはず! ですわ!)」
「見てくれましたか、ウララさん! (フハハ。今の活躍を見て、ウララさんもこの俺様に惚れ直したはず! つまりこの力さえあれば、こんな模擬戦楽勝で――)」
と、心の中で邪な勝利宣言しようと油断した矢先だった。吹き飛ばされていた
「ぐはっ」
そのまま押しつぶされるかのように倒れ込み、気を失ってしまう。
「え……」
作戦が違う、とばかりに固まるウララ。
「きゃー! フォルター王子!」
駆け寄るネーテは必死に彼を起こそうと治癒魔法を唱えようとするも、突然の事で頭の中が真っ白になってしまいどうすれば良いのか分からなくなってしまう。
そうこうしている間に、気が付けばウララは二体の
「あ、あははー……」
以上のやり取りを冷静に見ていたタロバが、何やら手にした書類にメモをし始める。
「陽動で二体をおびき出し、自身を強化させた所で一体ずつ確実に撃破、という作戦は良かった。しかし詰めが甘すぎたな。第一チーム、50点マイナス……と」
そして戦場ではウララが泣きじゃくりながら猛ダッシュしていた。
「こ゛め゛ん゛な゛さ゛ーい゛!
調子に乗って打ちまくってすみませんでしたー!
だから許してえぇぇぇぇ―!!」
剣の巨人からは追いかけられながら何度もたたき切られそうになり、そして矢も同時に飛来して襲い掛かって来る。とても生きた心地がしていなかった。呆れ顔でホークスは言った。
「何やってんだか……」
その後タロバによって制された
やがてホークス達の番となる。
「良いかお前ら、今回の授業のテーマは「連携」なんだからな。
ちゃんと皆で強力するんだぞ?」
ニアとエマの二人は未だにつんけんしたままだった。互いに顔を見合わせようものなら、すぐに「ぷいっ」とそっぽを向いてしまう。
「私パス。むしろ私一人でも全部片づけてやるわよ。流れ弾が当たったらごめんなさいね~?」
言いながら手のひらに何やら黒い電撃を帯電させつつエマに挑発を試みる。しかしエマも負けておらず、白い電撃を発生させながら魔法剣の鯉口を切る。
「奇遇ですね、私も同じことを考えていました。良いですね? ホークスさん」
「いやだから――」
どうやってこの二人をまとめれば良いのかオロオロしてしまうホークスをよそに、タロバは開始の合図を告げる。
「第七チーム、始め!」
と、言い終えたのと同時にホークスの目の前で「ガキィン!!」と固い物同士がぶつかり合う音がした。
ニアは長く伸ばした爪で、エマは剣で互いを斬ろうとして鍔迫り合っている。
「あら、人間の小娘にしてはやるじゃない」
「あなたも、魔族の小娘にしてはやります――ね!」
エマは切り払うと同時に距離を取り、ニアも同時に退いたかと思えば再び目にも止まらぬ速さでお互い斬り合いの応酬を始めてしまう。
「そりゃどうも! ていうか、人の恋路の邪魔しないでくれる?!」
「私がいつしたって言うんです! というか、この程度で邪魔と思うような恋路なら大した事ないのでは?!」
「言ってくれるじゃない! どうせ修行修行の毎日で、ろくに男とデートの一つもした事ないくせに!」
「純潔を謳う魔族が何を! あなたこそ、今までデートはおろか、他に男の一人もいたこと無さそうですけどね!」
「私は自分を安売りしないの! ホークスはそんな私が初めて認めた男なんだから!」
戦場のどこかでキンキンキンキン音がして、ホークスは完全に取り残されてしまっていた。
「ああもう……どうしよう……」
どうしようもなかった。模擬戦前までに二人を仲直りさせられなかった時点で勝負は見えていたのかもしれない。
観客席でタロバが書類にメモを取り出したのが気になる。
「ふむ、協力して連携を行うどころか仲間割れか……これは大幅減点だなあ。とか思っているに違いないな、あの顔は。
……ん?」
冷や汗がダラダラ流れ始めるホークス。しかしあることに気が付く。戸惑っているのは自分だけではなく、
「しょ、しょうがない……この手で行ってみるか。
――ふ、ふははははははは!!」
突如不気味な笑い声を上げたホークスに、観客席の誰もがついに彼は気でも触れたのかと疑わなかった。しかし彼は杖をまっすぐ巨人たちに向けると大袈裟にこう叫んだ。
「まんまと俺たちの術中にはまったな! その二人は言わばお前らをかく乱する為の囮!
この俺、神焔のゴッドバルトの前で一瞬でも隙を見せた時点で、勝敗は決しているのだ!」
「な、何だって?! どういう事だ!」
タロバをはじめ、そこの誰もが思った。
「ふっ、こういう事さ!」
そう言うとさっと身をかがめて地に手を這わせる。
「
次の瞬間、ホークスが手を着いた地点から這うようにして
ハッとしたタロバが片手を高々と掲げて試合終了の宣言を出した。
「バ、
勝負あり。勝者、第七チーム!」
その言葉と共に沸き上がる歓声。ホッとして立ち上がるホークス。
ニアとエマも場の空気が変わったことを感じ取り、取っ組み合いをやめる。
「あ、あら? 終わった……の――?」
「そ、そのようですね……」
いつの間にやら斬り合いではなく、互いの髪や衣服を引っ張り合うだけの醜い争いになってしまっていた。掴んだ手をほぼ同時に緩める。どこもかしこもボロボロになっている。
「……そ、その、ごめんなさい。あなたの事、少し誤解していたのかもしれません」
最初に誤ったのはエマの方だった。
「わ、私の方こそ、ごめん……ホークスの事は本気なの。だから、彼絡みとなるとカッとなりやすくなっちゃってて……」
「良いんです。おかげで少し分かり合えた気がしますし」
「そう、かな。うん、そうかも! 改めてよろしくね、エマ」
「はい。よろしくお願いします、ニア」
「あ、でもホークスは私のだから。そこは誰であろうと譲らないわ」
「どうぞどうぞ」
笑顔で握手をする二人。そんな彼女たちを遠巻きに見て、ホークスは訳が分からない状態だった。
「え……気持ち悪。この一瞬で何があったんだ? やっぱ女の子って分からないな……」
そしてエマは客席に戻りがてら、知らない間に生えてきていた岩の剣と、それに高々と串刺しにされている巨人らを見上げる。
「ホークス、か……」
その日の夜、食堂では夕食を食べながらホークスがマルネに今日の武勇伝に尾ひれはひれを着けて語っていた。
「まあそんな感じで、俺がやつらの一瞬の隙をも見逃さず、ズバババーン! とやっつけたってわけだな」
「さすがホークスですね。
そこに何故かネーテも得意げになって語り始める。
「当然ですわ。だってホークス様なのですよ?! マルネにも見せて差し上げたかったですわ。
わたくし忘れません。ホークス様が高々と拳を振り上げて敵を指さし、「この俺、神焔のゴッドバルトの前で一瞬でも隙を見せた時点で、勝敗は決しているのだ! わーっはっはっはっは!」と声高らかに勝利宣言!
その後に見事な魔法で一気に形勢逆転。ああ、なんて華麗かつ計算しつくされた勝利だったことでしょう!」
「あ、あはは……改めて言われると恥ずかしいから何かやめて……」
ウララが全部食べ終えるとホークスのおかずにも手を出しつつ言う。
「まあ今日に関しては間違ってはいないわね」
しかしネーテは止まらない。
「そしてそして! 戦いが終わったホークス様は愛するわたくしの元へ駆け寄って手を取り、「この勝利、君にささげよう」とか言っちゃってー! そんな、皆さまがご覧になっていますのに! ホークス様ったら大胆なお方なんですからー。もー!」
止まらないどころか暴走だった。そしてホークスが止めるより早く、ニアが割って入る。
「いつホークスがそんな事したのよ!」
「あら? しませんでしたっけ?」
「してないわよ! ったく、エマなんかよりやっぱりネーテが一番油断ならないわね」
そのエマはため息をつきながら静かに食事をしている。
マルネは「ははは……」と、若干ひきつつ様子を見守っていながらも、楽しい食事をとっていた。
と、そこへネブロがやってくる。
「おーい、もうちょっと静かに食えねえのかお前たちは」
「あ、ネブロさん」
「おうホークス。お前宛に手紙が届いてたぞ」
「俺宛て……?」
珍しいこともあるもんだと、手紙を受け取った。
「どなたからですの?」
覗き込むネーテとニアが身を乗り出して来る。
「ま、まさか人間界の噂に聞くラブレターとかいうやつ?!」
「な、なんですって? 本当ですの?! ホークス様!」
「ちょ、ちょっと待てって。えーっと差出人は……不明?」
手紙を裏表見てみるが、ホークス様へ、と記され蝋で押印が押されている他は何も書かれていなかった――。
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