第18話 海、それはバカンス

「海だー!!」

「キュイ―!!」

 中途試験も無事終わり、ホークスはネブロが勉強を見てくれた甲斐もあってそこそこ良い点数で終えることが出来た。そして今は海に遊びにやって来ている。街道から砂浜を見つけるや否やシロと共に走り出す。女性陣は普段着で来ていたが、ホークスは既に水着を下に着ていた。

「おーい、ちゃんと準備運動してから入るんだぞー……って、聞こえて無いなあれは」

 ネブロが呼びかけたがホークスは知る由もなく海に入っていってしまい、ウララは呆れていた。

「ほんっと、精神年齢は子供なんだもの。あんなのでハーレム王になるとか良く言ったわね」

 そんなウララをエマがなだめる。

「まあまあ。せっかく試験も無事終わった事ですし、今日は大目に見てあげましょ――あ。足つって溺れてるみたいですね」

 そして流石にマルネも呆れてしまう。

「言ってる傍から……」

「キャー! たたた、大変ですわ! ホークス様、今行きますので耐えてくださいましー!」

 続いてネーテも駆け出し、ホークス救出に向かって行った。

「にしても、わざわざ海に休暇に来るなんて人間って変わってるのね」

 そしてニアは魔族に無い風習に不思議がっている。

「まあ、普段王都みたいなゴミゴミした所にいると、こうした自然豊かな所に憧れたりするもんだ」

「そういうものなのねー……って、何でネブロも来てるの? 学生じゃないんだし、試験関係ないじゃない」

「お前なあ……ここまで一緒に来たのに今更それ言うのか? 私だってたまには休みもしたいさ。それでなくてもここ最近は普段の仕事に加えて連日ホークスの勉強を見てやったし、まったくの無関係ってわけじゃないぞ? それにお前だって今回の試験は受けてないじゃないか」

「私は良いのよー。だってホークスの傍にいないといけないんだもの。あー、大変だわー」

「はいはい、そうですねえ」

 砂浜までやって来ると既にちらほらと他の観光客達も来ており、適当に空いているスペースを見つけて立ち止まるとエマが尋ねた。

「この辺りに荷物置いておくので良いですかね?」

「ああ、そうだな。

 おーい、ネーテー! そのバカの治療が終わったらここに来い! 荷物置いたら着替えに行くぞー!」

「はーい! ですわー!」

 そしてネブロたちの背後から呼ぶ声が聞こえた。

「ま、待ってくださーい!」

 ミルである。大きな籠を魔法で軽々と担いだ彼女も一緒に来ていたのだが、ここに来る道中で薬草を見つけて採取してから来ていたのである。

 その中身を見てマルネが驚く。

「うわー、また随分採りましたね。まだこれからが本番なのに」

「籠は魔法でまだまだ増やせますから大丈夫です。それより今日はありがとうございます。まさか皆さんにも採取を手伝っていただけるなんて」

「いえいえ、普段なかなか来れない場所ですし、海辺の生き物の研究もやってみたいと思っていたので」

 ホークスは完全に遊びに来ているテンションなのに対し、マルネはどこに行っても勉強を忘れない。ウララはその姿勢に関心し、ホークスと見比べた。

「さっすがマルネね。あいつも少しは見習えば良いのに……あら?」

 ふと横を見ると、既に水着に着替えて大きなサングラスをし、浮き輪を構えたミリアが立っていた。そして彼女がいるという事は、当然アマスもいる。

「おや? これはこれは。皆さんも海水浴に?」

「ええ、生徒会のお二人も?」

 するとミリアが「ふふん」と胸を張って答える。

「そうなの! 試験も無事終わったし、生徒会の仕事もひと段落したから!」

「今回は特に頑張りましたからねー。偉かったですよ、会長」

 そう言いながらアマスはミリアの頭を撫でる。

「もっと褒めて良いわよ?」

「後でつめた~いジュースも飲みましょうね」

「ほんと? やったー!」

 一通りミリアの機嫌を取ったアマスはネブロたちを見てほほ笑む。

「ウフフ。会長って可愛いでしょ? じゃあ、私たちはこれで」

「はいはーい。お互い楽しみましょうね」

 ウララが手を振って見送った。

「あれが今の生徒会なのか……何て言うかその、幼稚園じゃないよな?

 大丈夫なのか?」

 心配そうにするネブロに荷物の整理を終えたエマが言う。

「ええ、中々良いコンビですよ。まあ、アマスさんでもっているような所も大きいかもしれませんけど」

「だろうねえ。何かそんな気はするよ」  

「ふふ。元生徒会長としては気になりましたか?」

「え?! ネブロさんも生徒会長だったんですか?!

 文武両道で主席卒業の上、生徒会長まで……」

 驚くマルネにミルが更なる情報を教える。

「凄いよね。でもこの性格でしょ? わりと問題は力業で解決しがちだったし、自分から首突っ込んで騒ぎを更に大きくしたこともしばしば。会長に就任したその日に生徒会室フッ飛ばしたり、ほら、あれはいつだったかしら? 不良生徒たちを粛清するとか言って校庭に大穴あけて半殺しに――」

 次々と昔話を披露していくミルだったが、ネブロが指をパキパキと鳴らしながら睨んでいることに気が付いた。 

「ミル? 随分と昔が恋しいみたいだねえ」

「ひぃっ」

 そこへネーテがシロと共にホークスをかついで帰って来る。

「お待たせしましたわ」

「わ、悪かったなネーテ。ありがと……もう大丈夫だから」

「しばらく安静にしていてくださいまし」

 そう言われると、ホークスは浜に敷かれたシートの上に腰を下ろした。

「はあ……」

 いきなりネーテに迷惑をかけてしまったと反省するホークスにウララがそっと声をかける。

「まったく、引きこもりの陰キャが急に無茶して陽キャのふりなんてするから」

「ほっとけ……」

「キュィー」

 シロも心配そうに顔を覗き込んだ。

 やがて一同を見渡してネブロが言う。

「さて、それじゃあ揃った所で着替えに行くぞ。マルネも行くか?」

「あ、僕もホークスと一緒で下に水着を着てきましたから大丈夫ですよ」

「じゃあ、二人で荷物番よろしくな」

「はい、お任せください」

 こうしてホークスとマルネは、更衣室となっている小屋に向かって行く女性陣を見送った。

「ホークス、本当に大丈夫ですか? ちょっと溺れかけてましたよね」

「あ、ああ。少し海水飲んだけどネーテが治療してくれたからな」

「なら良かったです。あ、さっき生徒会のお二人ともお会いしましたよ」

「へー、あいつらも来てるのか……アマスさんの水着姿とかちょっと見てみたいな。エヘヘへへ……」

 鼻の下を伸ばしながら何を考えているのか丸わかりになるホークス。だが、それは元気さをアピールする為の少し大げさな演技なのだとマルネには分かった。

「まったく、本当に大丈夫そうで安心しました」

「へへ、心配かけて済まなかったな」


 それからしばらくして水着に着替えた女性陣が戻ってくる。すると、つい先ほどまで生死の境をさ迷いかけた人間とは思えない程、ホークスの表情に活力がみなぎって行く。

「……おおおお!」

 ウララは少し布地の多い上下セパレート。ネーテはレースのようなヒラヒラした装飾の着いた可愛らしい物。エマは短めのパレオを巻いてはいるが機能性を重視したワンピース。対してニアはスタイルの良さを強調するかのような露出度高めのほぼ紐のような上下の繋がったビキニ。ミルは大人っぽいドレスタイプ。そしてネブロは前面からこそ普通のワンピースの様だが背中はしっかりと空いた水着だった。各々が好きな恰好を楽しんでいる。

 すると跪いたホークスが、すかさず日焼け止めのオイルを取り出して構えた。

「さあ、皆さんここに並んで寝てください! 不肖、このホークスめが誠心誠意全身隈なくオイルを塗ってさしあげ――」

「もういっぺん溺れてこい」

 と、ネブロは反射的にホークスの頭を足蹴にして砂の中にめり込ませてしまう……

「ご、ご褒美ありがとうございます――」


 最初こそ色々とあったが、その後は皆で海に潜って海藻を採取したり、岩場では水生生物を観察してみたり。砂浜で砂遊びをしつつスイカのような果物を割ったりして大いに楽しんだ。


 やがて少し遅めの昼食に海の幸のバーベキューを行い、一同は一休みしていた時。

 ホークスは一人、獲物の無くなったバーベキュー串片手に黄昏ていた。

「おかしい……」

 そこへマルネがおかわりの串を持ってきて差し出してくる。

「そんなに黄昏て、どうしたんですかホークスさん?」

「なあマルネ、おかしいと思わないか?」

「そうですね、バーベキュー美味しいです」

「美味しいじゃなくて、おかしい、だよ!」

「はい?」

 まったく要領を得ないマルネに憤る。

「だってそうだろ?! あれだけ見た目は良いスペックの女性陣が揃ってるってのに、何が悲しくて真面目に海藻採って、岩場の甲殻類見て喜んで、呑気にバーベキュー食べてるだけなんだよ?!」

「そう言われても……」

「もっとこう、ほら、あるだろ?! 上下セパレートの水着着てる子の上の布地が、ふとした拍子に波に流されちゃったり?! なんかの手違いで肌(俺の手)と肌(女の子の胸)が触れ合っちゃったり!」

 本当に、そう言われても困ってしまうマルネ。そこへウララが食べながらやってくる。

「またバカなこと言って。ほんとこれだから拗らせた人は……一緒にいるのが恥ずかしくなるんだからやめてよね」

「こじ……おとこの浪漫だよ!」

「そんなのが浪漫だって言うなら、魔獣の鼻くそだって浪漫の塊になってるわよ」

「なっ?! ウララ、お前えぇぇ!」

「なーによ? 何か間違ってましたー? どーもすみませーん」

「ゆ、許せん……今日ばっかりは到底許せ……ん……?」

 ホークスが今にもウララに襲い掛かろうとしたその時だった。何やら海の方が騒がしい気がして動きを止める。

「ん?」

 そしてウララもつられてホークスの見ている先を振り返った。同時に海の方から他の観光客達が悲鳴を上げながら慌ただしく駆けてきて物凄い勢いで通り過ぎてゆく。なぎ倒される荷物やら料理やら。だが誰一人としてそれを気にしている様子は無かった。シロも珍しく声を荒げている。

「な、なんだ?!」

「ホークス、あれ!」

 ウララが指をさしたその先には、今にも波打ち際から上陸せんとする、高さにして二十メートルは有ろうかと言う巨大なカタツムリのような魔獣が、多数の触手を携えてにじり寄ってくるのが見えた。触手からは何やら透明の液体が滴っており、その粘度の具合は遠目からでも良く分かる。

「あ、あいつ教科書で見た事があるぞ?!」

 マルネが目を輝かせながらすかさず説明を始めた。

「す、すごい。本物のテンタリーユですよ! しかもあんなに巨大なのは未だかつて無いサイズです! 固い殻は武器は勿論魔法も弾き、それ以外のぬめぬめした部分も同じく武器は通らず、魔法は吸収される。別名、海の悪夢とも呼ばれているだけの事はある魔獣ですよ!」

「う、嬉しそうだな、この勉強大好きっ子め。

 ……ていうか、それって無敵じゃん!」

「ええ、それ故に希少種でもあります。そしてあの触手に捉えられたら逃げることも困難に」

「……つまり?」

「捕まる前に逃げましょう!」

「それが良いわ。ここは我々生徒会が避難誘導をするから逃げるのよ!」

「ちびっこ生徒会長! アマスさんも!」

「ホークス君は皆を守ってください!」

 いつの間にかやってきたミリアとアマス。だが、そこでミルが前に出る。

「いえ、貴重な特効薬の材料にできます。なので倒して採取したいので手伝ってください!」

 しかし周囲を見渡すまでもなくそこかしこで触手が暴れまわっており、それどころではないのは明白だった。

「ミルさん。そうは言うけどどうやって――危ないっ!」

「きゃあ!」

 突如テンタリーユから放たれた触手の魔の手から、咄嗟にミルを庇ったホークス。二人は砂浜にもつれ込むようにして転がる。そしてホークスがミルの上に覆い被さる形となった。

「ててて……だ、大丈夫かミルさん?」

「え、ええ。ありがとう……!」

「?! あ、あの……俺……」

 二人して意図せず距離が縮まり、お互い顔を赤らめてしまう。

 だがロマンスを感じている場合ではなかった。

 そうこうしている間にもテンタリーユから次々と伸びた無数の触手は、ウララを、ネーテを、ニアを、エマを、そしてアマスやネブロさえも見事に捕らえて高々と持ち上げてしまった。当然全員水着姿だったので杖など持っておらず魔宝石の着いた装飾品も取り外しており対抗できる手段が無い。

「ウララー! 皆も……アルスさんまで?! くそっ、何とかしないと……」

「あああ、アマス―!」

「申し訳ありません会長―!」

 引き裂かれてしまう生徒会コンビをよそに、ホークスは現状確認をしようと囚われた全員を見回す。そこには囚われた誰もかれもが全身を触手でしっかり縛られ、更には粘液でぬめぬめしつつ艶々した状態だったわけで……

「あ、いや、これはこれで僥倖というか何と言うか。むしろ有り寄りの有り――」

 などとホークスが良からぬ考えに思いを馳せ始めて一瞬の隙が生まれ――。

「ぶべっ!」

 横から薙ぎ払うようにして一本の触手がホークスを弾き飛ばした。

「ホークスさーん! って、きゃあああ!!」

 そしてミルも見事に捕まってしまう。

 飛ばされたホークスの元へマルネとシロ、そしてどうすれば分からなくなったミリアも駆け寄ってくる。

「ホークス! 大丈夫ですか? 怪我は!」

「キュイーン……」

「あ、ああ。まだちょっと頭がくらくらするけど何とか大丈夫そうだ。

 ていうか、何であいつ女の子ばかり狙って……」

「テンタリーユは繁殖期になると、女性を宿主として触手から卵を産み付け繁殖するという研究結果があったので。恐らくそのせいかと」

「なっ!? 何だって?! ごくり……」

「目、鼻、口、耳といった頭部のありとあらゆる穴から細い触手を無数に差し込まれ――」

「って、そっちかい! 想像しちゃったじゃねえか、グロ方面はノーサンキューなんだよ! 少しでも期待した自分が悲しいわ!」

「何を期待したんですか?」

「子供にゃまだ早え。大きくなったら教えてやる!」

「はあ」

 ふと、ホークスとマルネ、そしてシロの視線がミリアに集まる。

「な、何よ?」

「何で生徒会長は無事だったんだ?」

「おそらく適齢期に達していないからかと」

「ああ、ロリだもんな」

「キュイー」

 口々に勝手な事を言う彼らに対し、ミリアはわなわなと震え始める。

「な、何故だろう……助かってる事は喜ぶべきなのに、何かとーってもバカにされてる気がする……」

 ホークスはこの子は放っておいても大丈夫そうだと判断し、テンタリーユの方を伺う事にする。

「にしても、それならさっさと倒さないとだよな……」

 テンタリーユを見上げるホークスだったが、武器も魔法も効かないとなると思い止まってしまう。そして……

「いやぁぁぁぁ!」

 ウララを始めとして悲鳴を上げ始める囚われの人々。それもそのはず、粘液によって衣服を溶かされ始めていた。

「!! お、お約束の神イベントキターーーー! ありがとうテンタリーユ! ありがとう本当にありがとうございます!」

 思わず顔を背けるマルネに対し、ガッツポーズで立ち上がるホークス。

「ホ、ホークス! こっち見るなー! 見ないで―! くっそー、無事に帰ったら覚えておくことねー!」

 と、ウララも必死に抗議するが締め付けの力が思ったより強く、もがけばもがく程絡み着いて来てしまい、強がってはいるものの焦っていた。

「うーん、さすがにちょっとヤバいのか? なあマルネ、奴の弱点って何か無いのか?」

「そうですね、魔力の貯蔵量も無限ではないので、それを越える魔力を叩き込めればあるいは……けどあのサイズ、魔王ほどの魔力量の持ち主でも出来るかどうか」

「でも、可能性はゼロってわけじゃ無いんだろ? ちょっと待ってな、今俺が何とかしてやるから」

 珍しくカッコつけてやる気を出すホークスに、マルネだけではなくミリアも止めに入る。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 確かにアマス達も助けなきゃいけないけど、そんなの無茶だわ!」

「その通りです。いくらホークスが凄い人とは言え、恐らくこの砂浜に来た人たちが合わさっても可能かどうか分からないんですよ?! それに皆とっくに逃げ出してしまいましたし!」

 心配するマルネの前に後ろ向きに立ちはだかり、テンタリーユと向き合うホークス。

「……ふっ、なら可能な方にしてやる。どの道このままじゃ、皆のグロ死体で海岸が埋め尽くされる。そんなの見たくないだろ? ならさ、もっといい物見せてやるよ。本当の、俺の力ってやつをな!!」

「ホークス――」

「来い! 幻影の……ブラフカイザーあぁぁぁ!!!」

 ホークスが天高く右手を掲げると、騒動で砂に埋もれてしまっていた杖が勢いよく飛び出し、手に収まる。その姿を見てネーテが精いっぱい声を振り絞る。

「ホークス様?! いけませんわ。逃げてくださいま……きゃあ!」

「そうよ、いくらあなたでもこいつ相手じゃ――くっ……」

 魔族であるニアは既にダイレクトに魔力を吸収されてしまっており、力が全く出せない状態にまで陥っている。しかし彼女たちに絡みつく触手は更に締まり、いよいよ猶予が無くなってくる。他の者も口々にホークスの名を言うも状況は皆同じような感じだった。

「ネーテ! ニア! くそ、皆……今助けてやるからな! 反動推進飛翔術レアクツィ・アディーロ

 からの……霊光マイス・ティラーモ!!」

 みんなの意識が薄れようとしている中、ホークスは飛翔しつつテンタリーユの触手の猛攻を搔い潜って、更に閃光を放ち目を眩ませる。そして一番手薄だった頭頂部にたどり着いた。

「よう。ちょっとオイタが過ぎたみたいだな。けど、おかげで良いもん見させてもらったぜ!」

 目標を視認できなくなったテンタリーユが一瞬動きを止めた。せっかく作った機会、ホークスもその隙は逃さない。既に体中の魔力は充填されており、紅い炎のような揺らめきとスパークする電撃が周囲に溢れ始めていた。

「だからせめて一撃で葬ってやる。

 灼熱雷光バーンライトぉぉぉ……断罪拳パニッシャーーーっ!!!」

 拳と言いながら杖の先をテンタリーユの頭に突き刺し、ありったけの魔力を使って魔法を解き放つ。すると、やはりマルネの話通り魔力は吸収されていく。溢れんばかりの炎も稲妻も霧となって吸い込まれてしまう。

「やっぱり無理なんだわ!」

「ぼ、僕らも少しでも加勢を――って、うわぁあっ」

 力を蓄えたテンタリーユが「グオォォォォ!」と大きな声で吠えると、それだけで砂浜が隆起してミリアとマルネが立っていられずにバランスを崩す。更にホークスの魔力を逆流させ、大地から流されたそれは天に登る赤い稲妻となって周囲一面から立ち上る。

 つい数分前まで大勢の人間が楽しんでいた穏やかな海岸は、あっという間に地獄絵図へと変貌してしまった。

「こ、こいつ、人の魔力を攻撃に転じて……やっぱ新作の魔法じゃ衝撃足りなかったか?」

 だが、ホークスはまだ諦めていない。テンタリーユの触手が総出で彼を取り払おうとするが彼自身から放たれる魔力の奔流によって阻まれている。

「なら、放出されるより早くお前の中に流し込んでやるだけだ!」

 そう言うと杖に更なる力を込めて次なる魔法を放つ。

「喰らえ、大盤振る舞いだ!

 灼熱の大螺旋槍バニシング・ドリルランス!!! アンド……」

 魔法の威力で魔獣の体内の奥深くに潜り込む。しかし完全に侵入したわけではなく、あくまでも体表を凹ませる形で入ったに過ぎない。だが、ホークスの考えによればそれでも十分な筈だった。杖から手を放して腕を左右に広げ体表に押しあてて続けざまに全身全霊を捧げて特大の魔法を炸裂させる――。

魔龍衝撃波ドラゴニック・クラッシャーーー!!!」

 するとホークスを中心として、球を描くように龍の如く唸りを上げた魔力の渦が形成される。やがてテンタリーユの体を押し出すかのように広がると、瞬時に極小サイズにまで収束。そして一瞬光が漏れたかと思った次の瞬間、何もかもを吹き飛ばすように強大な魔力が解放され、魔獣を内部から圧し潰すかのようにして爆発した――。

 辺り一面を暴風が吹き荒れ、テンタリーユの体だけではなく半径百メートル範囲内の物は全て吹き飛ばされていった。これにはさすがに触手の力も緩んで、いや、それどころかホークスの魔力に蝕まれる形となり粒子となって消えて逝く。次々と枷から解き放たれるかのように飛ばされるウララ達は、何とか無事に浜や海の上に着地していった。

 見上げれば、まるで空を駆ける龍の様に魔法の残滓が立ち上っていくのが見える。やがてすべてを見届けたホークスも、杖を取り戻し大地に降り立つのだった――。

 

 ネブロの魔法で女性陣の各々が服を取り戻して、未だ海の方を見て思いを馳せていたホークスの前に集まる。ウララが少し照れながら礼を言った。

「あ、ありがとうねホークス。今回ばかりは助かったわ」

「ん? 魔王倒すんだろ? なら魔獣相手に負けてられないっての」

「まったく、無茶をする奴だなお前は」

「ネブロさん。皆も、無事で良かった」

 と、そんな中ミルだけは泣き崩れていた。

「あーん! せっかくの素材がー……」

 もうテンタリーユの体は粘液の一つも残さず消滅してしまっていた。

「わ、悪かったよミルさん。今度またアルバイトして、いつも以上に薬草採ってくるからさ、それで許してくれないかな」

「仕方ないですね……でも、本当に今回は助かりま――きゃあ!」

「ん? なんだろう、何だか下半身がスース―して……って、ああぁっ!」

 粘液でホークスの水着もとっくにボロボロになっており、風と共に去って行った……

 ミルを始め、皆が顔を赤らめたり覆ったり明後日の方を向いたり。中にはニア何かはまじまじと観察している者も――。そしてウララが苦情を叫ぶ。

「粗末なモノを見せるんじゃなーい!!」

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