第16話 死刑執行

「くそ……ろくな取り調べもしないで翌日死刑執行ってどんな判断だよ……しかもこの断頭台? 古いせいか何か変な匂いするし……」

 断頭台でもがくホークスの目にウララたちがいるのが分かった。必死になんとかしろとアイコンタクトを送るが、ウララは天を仰ぐように両手を肩までかかげて首を横に振った。

「何でだよ助けろよ! おかしいだろこんなのー!! ネーテ、エマ、アルマ、何とかしてくれよ!」

「ホークス様あぁぁぁ!」

 と、三人に助けを乞うが事実どうにもならない。皆これまで以上に心配そうな顔をしており、ネーテなどはもう泣きじゃくっている。

 すると間に割って入るようにして長身のエルフが立ちふさがる。

「やれやれ。まったくもって私の目も曇ったものだ。このような男を信用した自分自身を呪いたい」

「レクト!」

「分かっているなホークス。例えどんな形であれ我が妹を悲しませ泣かせた者は万死に値するという事を」

「ちょ、ちょっと待てよ。何かの間違いなんだよ! 俺がそんな事するわけ――ひっ!」

 あがき続けるホークスの喉元に、素早く引き抜いたレイピアの切っ先が付きつけられる。

「黙れ、万死に値すると言ったはずだ。本来は私の剣で直接その首を切り落としてやりたいくらいなのだぞ」

「は、ははは……じょ、冗談だよな?」

 乾いた笑いとどっと噴き出した冷や汗が焦燥感を一気に加速させる。

 そしてまた別の男が近づいてきて声をかけてくる。

「これが冗談ならどれ程良かったか」

「フォルター! 頼む、お前なら分かってくれるだろ? なあ、今すぐこんな馬鹿げた真似やめさせてくれよ!」

「国家転覆を目論む者となればそうはいかん。不穏分子の芽は早めに摘まなければどうなるか……

 それに済まないが、これは王の決定でもある。一介の王子に過ぎん俺様にはどうにもならない。お前とは良きライバルになれると思っていたが、残念だ」

「……昨日と言ってる事違うじゃねえかよ……ちくしょう……」

 徐々にホークスの中の元気も消えていく。

「んだよ……剣と魔法の世界って言っても所詮は中世か……」

「ちゅうせい?」

「こっちの話。そういえばミルさんは? あの人はただただ、魔法薬を作って皆の助けになればって……」

「彼女ならば現在、取り調べと称される拷問を夜通し受けている最中だ」

「――っ?! ふ、ふざけるな! あの人をどうこうしたって何も出やしないんだ! くそっ、俺が本気になればこんな枷の一つや二つ!

 灼熱の《バニシング》……」

 と、魔法を発動させて脱走を試みるが何の力も感じない。

「な、何でだ?! 何で何も発動しない?!」

 するとレクトが教えてくれる。

「昔、体内に杖を隠し持った魔法使いが暴れて以来、魔法への対策など常識だ。この断頭台も古い物ではあるが、その枷も含めてただの枷ではない。全体的に魔力を封じる特別な魔道具になっている。ましてやお前は魔宝石無しでも使う事が出来る。警戒は怠らんさ」

「そ、そんな……」

 そうこうしている間に聴衆がざわざわと騒がしくなった。レクトがフォルターに一礼して騒ぎの元へと向かう。

「何だ?」

「グランツォ・グロー・ジュヴェーロ王のお出ましだ」

 聴衆の海が開かれ、槍や旗を掲げた多くの親衛隊や付き人に囲まれ国王と王妃が現れる。

「国王陛下の、おなーりー!」


 国王は高台に登りホークスの目の前に立つ。大柄な体格に立派な髭、その威厳たるやホークス程度の人間では目を合わせただけでも恐れてしまいそうになる。しかしそれは何もホークスだけの問題ではなく、張り詰めた空気がこの場にいる全員をそうさせていた。

「ふむ、貴公が神焔のゴッドバルトこと、ホークス・フォウ・ベリンバーであるな?」

「二つ名までご存じとは、恐れ入ります……」

 精一杯の声を振り絞って言った。

「我が息子、フォルターから話は聞いている。随分と暴れまわってくれたようだな」

「お、王都の危機でしたので」

「それは分かっておる」

「では……では何故俺が、いや、私が?!」

「決まっておろう? 国家転覆を目論む魔族のスパイだからじゃ。

 大学園に入学したばかりの新人とは名ばかりに高等魔法を使いこなし、あまつさえ魔宝石無しでも魔法を使えるなど普通の人間にはとても無理なこと。そんな事が出来るのは魔族を置いて他にいまい?」

「スパイって――」

 そこまで言って言葉に詰まった。ホークスが思っている以上に状況証拠が揃っているようだった。だが今が弁明をする最後のチャンスでもある。必死に考えを巡らせて何とか糸口を掴みたかった。

「では……では、同じ魔族であるとするなら、なぜ先日の襲撃時に二百を超える同族を討ったのですか!」

「見苦しい弁明はよさんか。そんなものカモフラージュに決まっておろう? その程度の事が見抜けぬ王だと思うたか」

「カモフラージュって……フォルター、お前なら、一緒に戦ったお前なら分かってくれるだろ? カモフラージュであんな戦いできるかよ!」

「すまん、ホークス。正直、思い返してみるとお前には不可解な点が多すぎる」

「……そんな……」

 打ちひしがれるホークスに、王は最後の言葉をかける。

「さて、これでも私は忙しい人間なのでな。逆賊にこれ以上時間を割いてもいられんのだ。よって、最後に何か言いたいことはあるか?」

「……ありま……せん……」

 と、ホークスが力なく言い残すと死刑執行人が断頭台の傍へ巨大な斧を担いでやってくる。断頭台上部に備え付けられた巨大な刃は地面に繋がる縄と結ばれており、これを断ち切って刃を落とすのが彼の役目だ。

「それでは、これより魔族の死刑を執行する……刃を落とせ!」

 執行人の振り上げた斧が、一泊置いた後に勢いよく振り下ろされた。そして、台の下部に設けられた木の桶にホークスの首が落ちる――そのように聴衆には見せかけられた。

「……あれ?」

 死刑執行の瞬間、思わず目を瞑ったホークスが恐る恐る開けると、先ほどと何も視界は変わっていない。それどころか落ちてきたはずの刃などどこにも無く、ただ縄がぶらーんと垂れ下がっているだけだった。

「どう……なってるんだ?」

「静かにしておけ」

 そう言ったのは傍に立っていたフォルター王子だった。王子は何かを探すように聴衆を見渡している。

「?」

 王子は腰に帯刀していた剣に手を掛けると、引き抜きざまに叫んだ。

「そこの貴様、何者だ!!」

 剣の切っ先が向いたその先には大勢の聴衆に交じって、薄汚いローブを頭から羽織った女が立ち、薄っすらと笑っていた。

「ふっ、バレちゃ仕方ないわね」

 女はジャンプすると、瞬く間に王子に向かって突進した。両手から一瞬で爪を鎌のように伸ばして襲い掛かってくる。そしてホークスは見た。はだけたローブの中から、全体的な黒い目に赤い眼光が光ったのを。普通の人間にはまずない面持ちをしていたのが分かる。そう、魔族だ。

「人間同士で血を流させるつもりだったけど、こうなったら私が直接あなたを殺してあげる!」

「な?!」

 驚き戸惑うホークスの前に、フォルターが立ちはだかる。

「させるか!!」

 剣を振るい、一旦退かせる。

「おおっと、王子様。あんたに用は無いんだけどね」

「俺様はある」

 ホークスには何がなにやらさっぱりだった。

 それは聴衆も同じで、死んだと思ったホークスが生きていたかと思えば目の前で魔族が暴れている。

「どどど、どういう事ですの?!」

 狼狽えるネーテにウララが説明した。

「何か知らないけど、あいつ魔族に目付けられてたみたいでね。いろいろと手回して一芝居打ってあぶり出させて貰ったってわけ。上手くいったみたいで良かったけど、さすがに演技もし続けて今回は疲れたわ」

「え、ウララさんそんな事してたんですか?! いったいいつから魔族の気配なんて……しかもホークス様を狙っていると良く気が付きましたね」

「一応心配だったから、昨日生徒会長に頼んで闇夜の監視者マルーノ・ク・ザーヴァントを貸して貰ってね。ちょっと監視してたの。そしたら見つけちゃったんだ(本当は組織の方から警告されてたんだけど……)。

 まあ、何で狙ってきたのかまでは分からなかったけど、王子とか生徒会長に話したら皆乗り気になっちゃって。

 なのでミルさんに幻覚剤を貰って、あの断頭台を中心にして皆にはホークスが斬首される幻覚を見てもらったの。で、こんなイベント開けば怪しい奴が見に来てるだろうと思って罠を張って待ち構えてたら案の定って寸法よ。ホークスはあの通り捉えられてるけど、王子にあなたのお兄さんと親衛隊。それに王様も結構強いらしいじゃない? 魔族の一人や二人、簡単に捕らえられると思ってね」

「はえ~……けど、そこまでホークス様を心配されて……やっぱりウララさんもホークス様をお慕いいしていらっしゃるのですわね」

「は? いやいやいや、だからそうじゃなくって――」

 などと二人で話している時だった。周囲の人々が一斉に逃げ出し、視界が何か巨大な陰で覆われていくのを感じた。そしてウララは思い出す。この世界の魔族は、魔力の強さに応じて体も大きくなるという事に。

 見れば先ほどまでローブを被っていた女魔族は下半身が蜘蛛の化け物へと変貌を遂げており、軽く頭のてっぺんまで十メートルは有ると思われた。

「なんてこったい」

「まままマズイですわ!」

「そうね、逃げましょう」

「でもホークス様が!」

「あいつなら大丈夫よ!」

「ウララさん、そんなにホークス様を信頼されて……」

「だーかーらー! その件はもういいっつーの!」

 と、ネーテの腕を掴んでこの場から一目散に逃げ出すウララだった。

「ホークス、後は頼んだわ」


 しかし件のホークスは未だに四肢を固定されており、自分の周辺で繰り広げられる戦闘を前に泣き叫ぶしかできる事は無かった。

「ぎゃー! やめてー! 俺の廻りで争わないでー! やるなら他でやってきてー!」

 フォルターの剣と魔法が唸りを上げ、レクトが、親衛隊が、その他エマや兵士、そして広場に集まっていた街の勇敢なる戦士や魔法使いたちが、巨大な蜘蛛の魔族相手に戦いを繰り広げていたのである。

「うわーん! お母さー……あ」

 そしてついには戦闘の余波で断頭台は壊されてしまい、放り出されたホークス。更には魔法使いたちの放った魔法の影響で少し遠くまで弾き飛ばされてしまう。おかげで完全に枷は壊れて四肢は開放されるも地べたに無残にも顔から着地。だが逆にそれが良かったのか、急に冷静さを取り戻す事ができた。

 やがて沸々と良く分からない怒りが込み上げてくる。

「いててて、ったく何なんだ昨日から……扱い悪すぎるんじゃないの?」

 鼻血を垂らした顔をゆっくりと持ち上げて立ち上がる。

「ほんとに、どいつもこいつも好き勝手してくれたもんだよ。大方その魔族をおびき寄せる為に俺を皆で寄ってたかって騙してたって事なんだろ? 良いよ? 元ニートなんだしこんな俺でも役に立ったんなら。けどさ、それならもうちょっと大切にしてくれても良いんじゃないの? なあ、神様」

 そういうホークスの目の前では相も変わらず激しい戦闘が繰り広げられており、誰も彼の言う事を聞く余裕なんてない。一匹を除いては。

「キュイ―」

 そう鳴きながら飛んできたシロは、ホークスの頭の上に着地する。

「お前だけだよな、俺を心配してくれてるの……ありがとうなシロ」

「キュイキュイ!」


 こうしてしばらく傍観を決め込んでいたホークスだったが、徐々に人間側が押されているのが分かった。広場とは言え強力な魔法をぶっ放せるほどの余裕は無く、こんな街中でそんな事をしようものならば被害を出す事は必至。エマもフォルターもレクトも、そして恐らくあの王も満足には戦えていないのだろう。彼らが次々と地面に叩きつけられ、膝をつく。

「……仕方ない、主役ってのは遅れてやってくるって相場は決まってるもんな。古典的だけどさあ!

 反動推進飛翔術レアクツィ・アディーロ!」

 意を決して飛翔し、争いの場に駆け出したホークスが叫んだ。

「来い、ドラゴニックカイザー!」

 そんな彼の様子に気が付いたフォルター。

「ほ、ホークス?! ダメだ、いくらお前でも勝てる相手じゃ……」

 しかし制そうとするフォルターの意志に反し、ホークスはどこからともなく飛んできた杖をがっちりと握りしめ、今まさに敵の頭上から襲い掛かろうとする。そしてその魔族も異様な魔力量をチャージして参入してきたホークスを察知する。

「っ?!

 ホークス・フォウ・ベリンバー!」

「食らえ、必殺の灼熱の大螺旋槍バニシング・ドリルランス!!」

「まずい!」

 ホークスの渾身の一撃が放たれる。巨大な燃え盛る槍だったが、標的の魔族には一歩のところで避けられてしまい、代わりに広場に大きな穴を開ける。しかしすぐさま体制を立て直して穴から飛び上がってきた。

「命乞いをするなら今のうちだぜ!? もっとも、俺の女になるって言うなら助けてやらないことも無いけどなあ!」

 先の魔法は完全に沈黙したわけではなく、未だ煌々とホークスの手に存在していた。相手に対して脅しをかけるホークスだが、この程度で引く相手とも思えない――。が、返ってきたのは予想外の言葉だった。

「え、ほんと?」

「バニシング・ドリ……え……あれ?」

 戦闘態勢を解いた魔族は、見る見る人型へと形を変えていく。

「じゃあ私、あんたの女になるわ」

 拍子抜けしたホークスがバランスを崩して再び顔から着地する。

「ぶべっ」

 この展開には周囲の誰もが呆気に取られていたが、かと言って警戒を緩めたりはしない。

 ホークスが起き上がりながら訪ねる。

「……ちょ、ちょ待てよ。あれだろ? 「なんちゃってー」とか言って襲ってくるパターンのやつ」

 しかし魔族には敵意は完全に消えていた。

「そんな古典的なダサい事しないわよ。私だって命は惜しいもの。ていうか、あなた恋人や奥さんとかいないわけ?」

「ふっ、俺はハーレム王になる男だ。人間だろうとエルフだろうと、そして例え魔族であろうと、女の子は俺の財産なんだぜ?」

「何それ、惚れちゃう」

 ホークスは突然の事ながらも「決まった」と思っていたのも束の間。フォルターが厳しい目を向けてくる。

「ホークス、貴様やはり魔族側のスパイなんじゃ……」

「いや、違――」

「えっと、ホークスだったわね。私はニア。よろしくね」

「よ、よろしく……?」

 戸惑いを隠せないホークスだったが、差し出された手を自然と握り返してしまった。

 そして握ったその手は、その辺の女の子と大差ない普通の手だとも――。

「あ、あのさ。どうして俺何かを狙ってきたんだよ?」

「決まってるじゃない。きみ、強いもん。この場の誰よりもずっとね。このドラコに懐かれてるのもちょっと厄介そうだったし。だから魔王軍の侵攻に邪魔になると思って、いの一番に消しとこうと思ったの」

「ええー……でもそうか、なるほどなーって……あ、あのー皆さん? 何か視線が冷たい気が……」

 みんなの方を振り返って顔色を伺うが、その場の誰もがホークスの信じられない言動と行動に疑惑のまなざしを「じとーっ」と向けているのだった……

「良いから良いから、行こ、ホークス!」

「え、あの……ニアさん? えっと……あ、腕が何か幸せな……」

 ニアはそう言いながらホークスの腕にしがみつくと、わざと胸を押し当てるようにしてその場を去って行ってしまった。

 残された一同を代表してレクトが王に進言する。

「王よ。ホークスの斬首の件ですが、次回は本当に進めてしまって宜しいですね?」

「構わん許可する。存分にやりたまえ」

「承知致しました」

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