第15話 暗躍する影

 その日は朝から食堂が大騒ぎだった。

「か、可愛いー!」

 ホークスが皆より少し遅れて姿を現すと開口一番、ウララが寄ってきてシロを抱き上げる。

「キュイ―」

「何これ何これ! ねえホークス、この子どうしたのー?!」

 他の生徒たちからも注目の的となってしまう。珍しく純粋にはしゃいでいる彼女を見て、少しドキッとした。

「き、昨日のバイト中に助けたんだ。種類は良く分からないけど、ドラゴンの幼体だそうだ」

「へえー。助けてもらったのー、そうなんだー。で、名前は?」

「ん? シロだけど」

「シロちゃんかー。わたしウララ。よろしくね!」

「キュイーン」

 可愛く振る舞うシロだが正体はよく分かっていないので皆にも見て貰ったが、やはり種類はさっぱり分からずじまいだった。

「そうか、マルネでも知らないんじゃ、いよいよ学校の先生に聞くしか無さそうだな」

「お力になれずすみません」

「とんでもない」

 ウララがエマにも抱いてみろと言って渡す。

「どう? ふわっふわでしょー」

「え、ええ。とても気持ち良いです……これは癒されますね……」

 ネーテが羨ましがる。

「わ、わたくしも抱っこしたいですわ!」

「もうちょっとだけこのままで――ところでホークスさん、この子を助けたと言っていましたが具体的に何があったんですか?」

「ああ、薬草探しに行ったらリベイロ・ペンドロとか言う虫の大群に追いかけられて大変だったぜ」

「本当ですか?!」

 そこへネブロが二百名分の朝食を魔法で浮かせて運んできた。

 難なく各々の目の前にパンを主食とした食事の乗ったプレートが置かれて行き、一通り確認するとホークスの元へ向かった。

「おいホークス。今、リベイロ・ペンドロって言ったか?」

「あ、ネブロさん。おはようございます。ええ、ミルさんがそう教えてくれました。せっかく大群を倒したのに、俺ってばまだギルド入ってないもんだからまたタダ働きでしたよ。普通に薬草の採取は終えたのでその分は貰えましたけど」

「やつらは装甲が固い上に、羽も薄いが触れれば大木ですら一瞬で真っ二つにされる相手だ。その大群を倒したってのか」

「あはは。ちょっと大変でしたけど運が良かったのかな、おかげで制服はボロボロにされましたけどミルさんに魔法で直してもらいました」

「制服って、その程度で済むなんて奇跡だぞ……お前、本当に何者だ?」

「……ふっ、惚れちゃいましたか? 神焔のゴッドバルトとは俺の事です」

「すまん、知らん。しかしミルもミルだ、そんな危険な場所に行かせるなんて聞いてないぞ」

「そう言えば、何でも魔族の襲来で生態系に異常が出てるかもしれない、とかそんなこと言ってたかなあ」

「なるほど、ありえん話ではないか。で、その珍獣はお前の使い魔のようだが、大方戦利品といった所なんだろう。しかしドラコの幼体を使い魔にするなんて普通じゃまず無理だ」

「キュイ?」

 と、シロがホークスの頭の上に戻る。

「何か助けたら懐かれちゃって」

「そうみたいだな。……ふぅ、まあいい。良くやったな。正直紹介はしたものの私も心配はしていたんだよ。無事戻ってきてくれて嬉しい」

「あ、ありがとうございます」

 まさかネブロに褒められるとは思っていなかったので、ちょっとくすぐったい気がしたホークスだったが、悪くないと思い元気に登校することにした。


「で、ありますからして、一言に「物を浮かせる」魔法と言っても、現在は十二種類もの魔法が開発されているのです。中でも実用的でありながら上級魔法に位置付けられている反動推進飛翔術レアクツィ・アディーロなどは制御が非常に難しく、皆さんも習得するのは最終学年になってからという方も多くないかと思います」

「(ふーん……一日で使えるようになったって事は、ミルさんって教え方上手かったのかな……)」

 魔法応用学の授業を受けていたホークスは、徐々に文字も読めるようになってきていた。シロは鞄の中で眠っており、小さな寝息が聞こえてくる。

 教壇には大きな円形のつばのある黒いとんがり帽子を被り、黒いローブを羽織った鼻の長い見るからに魔女な先生、チノ・ソルティスが立っていた。

「ですので、まずは部屋の片づけ程度に使う物から建物の建材を運ぶ物辺りから始める事になります」

 ホークスは先生の話を聞きながら教科書を魔法で一ページめくると、そこには箒に乗って空を飛ぶ魔法使いの絵が描かれていた。

「そっか、今はもう箒って使わないんだな」

「そうですね、ホークス・フォウ・ベリンバー。太古の昔は箒を使い魔にしていた者もおり、一般的な魔法使いであれば常に携帯していました。が、現代では魔宝石の錬成技術が発達し、魔法も制御しやすくなりました。

 結果、普段空を飛ぶのに箒は必要無くなったのです」

 と、ここで予鈴を告げる鳥が鳴いた。

「おや、もうこんな時間ですか。

 それでは皆さん、来週からの中途試験しっかり励むように。今回は中途ということもあり、普段から授業を真面目に受けているあなた達であれば何ら問題は無いでしょう。それでは」

 そう言うと教室を飛行魔法で去っていった。これに続くように生徒たちも徐々に帰り支度をし始める。

 そんな中、ホークスだけは座ったまま固まっていた。

 ウララが声をかける。

「どうしたの? そんなに箒使わなくなったのがショックだったの?」

「ちゅ、中途試験ってなんだ?」

「は? 変な事聞くわね。一年を全三期に分けて、今は第一期期間。その途中でやる試験だから中途試験。入学式で説明受けたでしょ。忘れたの?」

「……そう言えばそんな事言ってた気がする……って、まんま学校の中間試験じゃねえか。てことは学期末試験みたいなのも?」

「あるわよ。そっちは修了期試験って言ってたわね」

「……まじかよ」

 心配したネーテも声をかけてくる。

「どうしましたの? ホークス様、お顔が青いですわ」

「どうしたも何も……な、なあ、中途試験って何やるか知ってるか?」

「ええ。授業で習った内容の復習を兼ねた筆記試験ですわ。ちなみに修了期試験ではそれに実技もプラスされるとか」

 そこへ荷物をまとめ終わったエマも合流する。

「しかし今回は最初の試験ですから、そこまで難しい内容では無いはずですよ?」

「ほ、本当か?」

 その時、教室の外からホークスを呼ぶ声がした。

「ホークス君はいるかしら?」

「あ、生徒会コンビ。どうしたんだ? 丁稚奉公なら悪いけど今日から試験勉強を――」

 と、ミリアとアマスが入ってきて容赦なく言う。

「緊急事態よ。大至急学園長室に」

「そんな勝手な」

「何かございましたの?」

 急な事で心配になったネーテが尋ね、ミリアの代わりにアマスが答えた。

「現在、登校に検察官が見えています。それと言うのもホークス、あなたに密漁及び国家転覆の容疑がかけられているのです」

「……はあ?!」

 するとそこへ同じ授業を受けていたフォークスもやってくる。

「王家の人間として今の事は聞き捨てならんな。どういう事か説明して貰おう。ウララさんは今日もお美しいですね」

「あ、ありがとう……」

 何となくお礼を言ってしまうウララだったが、ホークスにとって今はそんなことはどうでも良かった。

「ちょ、ちょっと待てよ。何がどうして俺がそんな犯罪者に?」

「昨日の夕刻、プローフの谷周辺でドラコの幼体を生け捕りにし、多数のリベイロ・ペンドロを引きつれこの王都に向かっていた男がいたとの目撃情報があってね。そしてその男はこの学園の制服を着ていた、と。そこで少し聞き込みをして回ったらホークス君がそこにいたらしいと」

「そうなのかホークス」

 フォルターも乗っかってくる。

「だーかーらー! 聞き込みしたなら分かるはずだろ。俺はネブロさんに紹介されたバイト先の仕事で谷まで薬草採りに行ってて、そこでドラコの幼体を襲ってたその化け物共と戦ってたんだっつーの」

 必死の弁明も空しく、ミリアは冷徹に言い放った。

「そういう話は検察官に言ってください。無論、私たちもこれまでのあなた働きっぷりや生活態度を見て信じていますし、そう報告もしました」

 更にアマスが続ける。

「しかし先ほどミル・ブラクミさんも当局によって捕まり、今頃尋問を受けています」

「バカな……何かの間違いだ」

「これ以上ここで話し合っていても時間の無駄です。話は学園長室で」

 すると意外な人物が助け舟を出した。

「待て、俺様も同行しよう。仮にも共に魔族の手からこの国を守ってくれた男だ。そして何よりウララさんが信頼している男でもある。そんな事をするとは到底思えん」

「フォークス、お前……あり、ありがとうな……ほんと、良い奴だよなあ、お前……うぅ……ぐすっ……」

 思わぬ優しさに鼻水を垂らしながら泣いてしまうホークス。

「ふっ、泣く奴があるか」

「泣いてなんかないやい!」

 そう言いながら袖で涙と鼻水をぬぐう。

「これは国家の危機でもある。情報から推測するに、何者かがお前を嵌めようと動いている気がするのだ」

「……俺を嵌める? 何でそんな……」

「それを確かめるためにも今は情報が欲しい。ホークス、学園長室に急ぐぞ」

「わ、分かった」

 鞄を手に取り立ち上がるホークス。傍らではネーテが心配しながらオロオロしていた。

「ほ、ホークス様……」

「だ、大丈夫だって。こっちには王子様がついていてくれてるんだ!」

「そう……ですわね。フォルター様、ホークス様をよろしくお願いいたしますわ」

「ああ、任せよ」

 そしてホークス、フォルター、ミリア、アマスの四名は学園長室へと向かっていった。

 廊下の向こう側に小さくなっていく彼らの背中を見つめてエマが呟く。

「本当に大丈夫なんでしょうか?」

「き、きっと大丈夫ですわ! わたくしたちが信じないで誰が信じますの?」

 言い聞かせるようにネーテが言い、ウララもさすがにこんな事は茶番だと思っていた。

「そうね。あのホークスにそんな事できっこないのは誰もが知ってるし」


 だがその日ホークスが宿舎に帰ることは無く、翌朝大勢の聴衆が見守る中、城前の広場で手足を縛られギロチンにかけられようとしている彼の姿があった。

「って何でだー!!」

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