第12話 第一回学生食堂料理バトル大会<前編>

 「それで、その杖の名前は何にしたの?」

「フッフッフ、聞いて驚け。こいつの名は幻影のブラフカイザーだ」

 ウララは校舎の渡り廊下を歩きながらホークスの新しい杖について尋ねていた。一緒にネーテとエマも歩いている。ウララは得意げに話すホークスを可哀そうな子を見るような目で見てしまう。

「うっわ、また何て言うか……可哀そうに」

「何がだよ! かっこいいだろうが!」

「ホークス様、ブラフカイザーとはどのような意味なのですか?」

「よくぞ聞いてくれたネーテ君。ブラフカイザー、それは虚構なる皇帝」

「まあ! つまりドラゴニックカイザーが本来あるべき皇帝なのに対し、あくまでそれを元に作られたブラフカイザーは虚構でしかない、と……深いですわ!」

 関心するネーテに対し、ウララはどこまでも冷静になっている。

「虚構ならブラフじゃなくてフィクションとかでしょ――って、あら? 食堂の入り口が何か騒がしいわね」

 見ればウララの言う通り食堂の入り口にはすでに人だかりが出来ており、何やら集まった生徒たちから不満の声が聞こえてくる。そんなこんなで中に入ることが出来ないばかりか前が見えない状態になっている。

「なんだなんだ? こんなに食堂から人が溢れてるなんて珍しいな」

 と、そこへ生徒会長のミリアが四つん這いになって人ごみの足元をかき分けて現れる。

「ぷはぁ! やっと出られたわ……」

「あ、会長。と、アマスさんも――」

 ミリアの後ろからアマスも匍匐前進で現れた。ただし鼻血を流しながら……ホークスは敢えて見て見ぬふりをすることにした。

 アマスは体を払いながら立ち上がると、ミリアが鼻血に気が付いた。

「あら? アマス、鼻血が――」

 はっとしたアマスは目にもとまらぬ速さでハンカチでふき取るとあくまで平静を装う。

「私の顔に何か?」

「い、いえ……見間違いだったみたい」

「そうですか。

 おや? 何だ、ホークス君たち。見ての通り今日は食堂を使えないわ」

「マ、マジかよー。ランチ食べれないとか最悪じゃん。

 これじゃあ午後からの授業に身が入らないよー」

 棒読みながらも大袈裟に天を仰いで見せるホークス。だが、実際問題として空腹な事に違いは無かった。

 ミリアも腕を組んで真剣に考え始める。

「そうね、事態は思った以上に深刻よ」

 ホークスの横に立っていたネーテが心配そうに尋ねた。

「そ、そんなに大変なことが起こっていますの?」

「いったい食堂で何が……」

 エマも空腹ではさすがにたまらなかった。ミリアが話を続ける。

「食堂のシェフたちが一斉にストライキを起こしたの」

「ストライキ?」

「今彼らに事情を聴いてきたんだけど、どうも最近の利用者の態度に不満があったみたい。ね、アマス」

「はい。せっかく腕によりをかけて作った美味しい食事を安価で提供しているにも関わらず、学生たちはそれに感謝するどころか平気で食べ物をこぼしたり、肘をつきながらどうでも良い話に花を咲かせ、冷めた料理に対して美味しくないと愚痴をこぼして残したり。他にも大小合わせて全634件の苦情が寄せられています」

 アマスはそう言うと聴取した内容の大量の用紙を差し出して見せてきた。これにはウララも驚く。彼女も他の生徒の例にもれず昼食を楽しみにしていた一人である。むしろ食堂は全生徒の生命線と言っても過言ではなく、そこが使用できないとなると死活問題だった。

「そ、そんなに?!」

 ミリアもやれやれと困った様子で言う。

「すべての不満が今年度に生まれた物ではなく、長年に渡って募り募らせた結果ではあるけれど……どうしたものか」

「そうですわ! ほとぼりが冷めるまで、我が家のシェフを派遣するというのはいかがでしょうか?」

 ネーテが提案するが、ミリアは首を横に振った。

「折角の魅力的な提案ですが、それでは問題の根本的な解決にならないんです。何よりネーテさんのご家族に多大なご迷惑をおかけしてしまいます」

 それを聞いてウララが肩を落とす。

「……ちょっと良いなって思ってしまった自分が情けない……」

「しばらくは自分で昼食を用意するしかなさそうですね」

 エマは現状致し方なしと、彼女自身も残念そうに食堂の扉の方を見ながら呟いた。そこにホークスが手を挙げたのでアマスが尋ねる。

「はい、ホークス君」

「要は、食堂のシェフたちにやる気を取り戻して貰えば良いんだよな?」

「そういう事だけど、長年積もった彼らの不満はちょっとやそっとじゃ……」

「食堂を清潔に使うなどの使用方法を周知するだけではとても……」

 と、生徒会の二人はそう簡単じゃないとばかりに口にする。だがホークスはその程度では引き下がらなかった。

「食堂の使い方とかは最低限のルールを設けて改めて周知する必要があるけど、やる気に関してはたぶん何とかなる気がするよ」


 それから三日後――。

「生徒会主催! 第一回、学生食堂料理バトル大会の火ぶたが切って落とされました!!」

 その日、大講堂の壇上には簡易的なキッチンが五つ設置され、食堂のシェフたち五人が各々得意の料理を作り対決をする事になっていた。同じく壇上の隅には実況席も設けられている。

「実況は私、ウララがお送りしたいと思います。そして解説はこちら、魔法料理学の権威でありご自身も全世界に120店舗のチェーン店を展開していらっしゃる、センペスト・ツィーダ教授にお越し頂きました。今日はよろしくお願いします」

 ウララの隣に座った初老のご婦人は喪服のような服装をしており、頭に被った黒いベールの向こうからは審美眼の確かな鋭い目が光っていた。

「ええ、よろしくお願い致します」

 そして座席側の最前列にはミリア、アマス、ホークス、フォルターの四人がメイン審査員として座っていた。もっともフォルターにはウララしか目に入っていなかったが……

「壇上のウララさん……素敵だ!」

 そんな役に立たなそうな王子を横目で見てホークスは思う。

「王子ってことで信頼も厚いし味覚も確かだろうと思って呼んだけど、失敗だったかな……」

 アマスはシェフたちの動きを追いながらホークスに語り掛けた。

「それにしても、計画を聞いた時は驚いたわ」

「いえいえ。生徒会の、主にアマスさんの尽力による賜物ですよ」

「こうして大会を開くことで彼ら各シェフにファンを作る。そしてアーティストとして昇華させ、やがて普段の料理の提供を通じて食堂の利用者たちと直に触れ合える場を提供――」

 更にミリアも入ってくる。

「そして料理を気に入ったら「いいね」カードを提示することで彼らのやる気を保ちつつ、生徒たちも次回おかずを一品おまけして貰える権利が付与される」

「ああ。元々腕に覚えのあるシェフたちがいて初めて成り立つ仕組みだ。それに俺も何となく食べていたけど、確かにあの食堂の料理はどれも甲乙つけがたい美味しさだった」

「だから、ファンをつけるにもあまり偏りは生まれないだろう、と。この大会も言わばショウ。本気で料理対決はするけど、あくまで料理人と料理が目立つことが最優先……」

 そんなホークス達の会話を聞いていたウララは思う。

「(つまり料理人たちのアイドル化。そして「いいね」システムはこの場合双方に利がある。SNSのそれよりも、料理人と生徒互いの承認欲求を満たす要素を持つ、言わばおまけと言うリアクションをして貰えるスパチャに似たような物……考えたわね、Vヲタニート!)」

 そしてチラッと見られたホークスは――。

「(フッ……ウララが今、俺になんか失礼なあだ名を思った気がする!)」

 だが隣のフォルターが……

「ああ、ウララさん……あなたは何故そんなにも可憐なのだ……常に光り輝き、その美しさはこの王子である俺様を篭絡するにふさわしい……」

 隣でぶつぶつと呟かれ、ホークスもつい口が滑ってしまう。

「……五月蠅いだけだなこいつ……」

 勿論ウララ自身もフォルターの視線に気が付いており、少々やり辛さを感じながらも進行を続けることにする。

「さ、さあ。では各シェフたちの紹介と参りましょう。

 まずは向かって一番右端のシェフ、ヴィアン・ド・カルーノ選手!

 彼は肉料理が得意との事ですが、いかがでしょう、ツィーダ教授?」

「そうですね、彼が選んだあれは恐らくダージュの肉。それも高級なダージュではなく一般的な肉屋に卸されている庶民的な物ですね。しかし先ほどから様々な香草やつけ汁を用いる事で実に複雑な、それでいて味わい深い味になると思われます」

「なるほど……ちょっとお腹が空いてきました。

 さて、お隣のシェフはフィー・フィシェート選手ですが、彼女は魚料理を得意としているようです。いかがでしょう、ツィーダ教授?」

「実に繊細な手つきで先ほどから魚を三枚に卸していますね。それもあれは旬の脂の乗ったスィル。そのままでは泥臭くとても食べられる代物ではないですが、逆に泥抜きさえしっかりすれば非常に調理しやすい魚です。味付け一つで毒にも薬にもなる、味付けの幅の広さはまさに海のごとく。料理人の腕が問われる為、どう味付けられるのか非常に楽しみです」

「ふーむ……それは興味深いですね」

 と、分かりやすい解説をするツィーダ教授に対し、うっすいリアクションしか返せないウララだったが紹介は続く。

「そしてお次は野菜料理を得意とするサラト・レ・ゴウマ選手ですね。いかがでしょう、ツィーダ教授?」

「とても豪快な方ですね。まさかブラッスィーを始めあらゆる野菜を素手で調理されるとは恐れ入りました。しかしどれも野菜本来の栄養を壊すことなく、素材の良さを百パーセント引き出す調理法でもあります。生徒たちの体の事も考えた、非常に心の籠った料理ができそうですね」

「そうですか……それは凄いですね。

 そしてヌデロ・トリティカ選手。彼は主に麺類を得意とする選手だそうですが、いかがでしょう、ツィーダ教授?」

「ええ、誰もが見とれる見事な麺裁きです。まさか湿度の管理が難しいスタージョをこんな場で生で作る所からとは、麵に対する本気度が伺えますね。用意されている粉もあの輝き様、わざわざ南のスドー地方から取り寄せた物でしょう。分かりますか? 練り込んでいるだけでこの香りたるや芳醇そのものです」

「はい……良い匂いがしてきました。

 さあ、最後に紹介するのはミルチャ・ドルチャ選手! 彼女はデザートを得意とするシェフ。いわばパティシエです。いかがでしょう、ツィーダ教授?」

「料理対決でまさかお一人だけデザートで勝負を挑むその姿勢には感服を隠しきれません。しかし何よりも用意されたあのフラーの果実。今は適した季節ではなく酸っぱい寄りの甘酸っぱさですが、それを逆手に取り合えて酸っぱさを際立たせるのに作っている生クリームはプリコのミルクが原料。フワトロとシャキシャキのハーモニーを想像しただけで今から楽しみが止まりません」

「さすがです……楽しみましょう」


「ひどい実況だ……」

 会場の誰もがそう思っていたことを、聞くに堪えなくなったホークスは遠慮なく言うのだった――。

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