第11話  ホークス、失踪す

 魔族の軍団を追い払い、歓声で湧く王都。その様子を一人静かに見つめる者がいた。

 薄暗い研究室の中に「何か」が着陸すると透明になっていたそれは姿を現す。闇夜の監視者マルーノ・ク・ザーヴァントとは違う形のドローン型魔道具。そしてこれの使用者が被るのは兜ではなく、ゴーグルのように小型化されたヘッドマウント。これを静かに外すとため息をつきながら乱雑に散らかった机の上に置いた。

 それらの魔道具は既存の物より数世代先を行くような、言わばハイテクで溢れた技術力の結晶と言って差支えのない物でもある。そんな物を使用していた白衣の人物はよっこらせと立ち上がると、魔法で常に熱々になっているポットからコーヒーのような飲み物をカップに注ぎ、大量の砂糖を入れて口を潤す。

「やっと……やっとだ。吾輩の研究は最終段階へと進む糸口が見えた……」

 やがて、壁に掛けられた配管やら魔宝石やらが所狭しとはめ込まれた大層な機械から、一枚の羊皮紙が出てくる。そこにはドローンが撮影したであろう戦場の写真のようなものが印刷されており、それは杖を振るうホークスの姿だった――。

「ホークス・フォウ・ベリンバー、古の杖を操りし者。逃しはせんぞ……」


 数日後の休日。ホークスはと言えば、宿舎の食堂で朝食を食べには来たものの机の上に突っ伏して「う~」だの「あ~」だのと唸っていた。周囲には大勢の生徒たちが各々朝食を食べている。その中にはウララたちの姿もあった。

「ったく、ホークスってば朝からうっとうしいわねえ。さっさとシャキッと起きて朝食食べちゃいなさいよ。じゃないと私がこの果物食べちゃうわよ?」

 ウララはそう言うと、ホークスの返事を待つことなくデザートに添えられた果物を取り上げて食べてしまう。当のホークス自身も今はウララの素行を咎める気力も無かった。

「うるせえ……こちとら生徒会の丁稚奉公で連日遅くまで手伝いやらされてんだよ……あー、眠い……お気楽なお前が羨ましいぜ」

 何とか顔を上げるも、その顔には全くと言っていいほど気力が無かった。

「ホークス様、ひどいクマですわ。心なしか頬もお痩せになって……わたくしに出来ることはございまして?」

「ネーテ、お前は本当に良い子だなあ。きっと良い奥さんになれるよ……」

「い、嫌ですわホークス様ったら! そそそそんな、ホークス様の奥様にだなんて!」

 顔を赤らめて勝手に照れて悶えているネーテに対し、エマが冷静に突っ込む。

「ネーテ、それは飛躍しすぎかと思いますが……」

 しかしネーテの耳には聞こえていないようで、彼女の中で妄想が肥大し益々恥ずかしい事を考えたのか両手で顔を覆ってしまった。

「こ、子供は何人になってしまうのでしょう? わたくし体がもつか心配ですわ……やだ、はしたないですわよネーテ!」

 傍らで聞いていたマルネも若干引き気味で「あ、あはは……」と顔を引きつらせている。と、そこへ見回りにネブロがやって来た。

「どうしたんだホークスの奴は。朝食もデザートしか食べてないじゃねえか」

 ウララがそのデザートを頬張ったまま答える。

「あ、ほれはわらひがいははひまひは!(訳:あ、それは私がいただきました!)」

「……何て言ってんのか分かんねえが、何言ってんのかは大体分かった。

 ったく、どうせこいつの事だ。毎日帰ってくるのも遅いみたいだし、学校で早々に何か問題起こして妙な事にでも巻き込まれたとか、そんなところだろ」

 正気に戻ったネーテが答える。

「さ、流石ネブロさん。遠からずそんな感じですわ。

 ホークス様は現在、生徒会の丁稚奉公に明け暮れる毎日なのですわ」

「生徒会……あのお嬢ちゃんか。そりゃあまた、随分と気に入られたもんだな」

 今にも寝落ちしそうな声でホークスがぼやく。

「冗談じゃないっすよ。来る日も来る日も用事押し付けて来やがって。

 丁稚奉公は一週間って話だったのにあれこれ理由付けて延長されてて。昨日なんて近所のお婆さんが飼ってる小鳥の捜索ですよ? 結局見つかったのは深夜に時計台の上で寝てたところを確保しましたけど……」

「やれやれ、律儀な奴だなお前も。それが気に入られてるって話だよ。

 まあいい、ちょっと待ってな」

 そう言うとネブロは厨房の方に引っ込んでいった。


 しばらくの後ネブロは一杯の大ジョッキを手に戻ってくる。ジョッキの中には七色に光る得体のしれない液体が、熱いわけでも炭酸が入っているわけでもないのにボコボコと音を立てて泡立っている。そんな物をドンとホークスの目の前に置いた。

「飲め」

「……な、なんだこれ……絶対ヤバいもん入ってるやつだ……

 そ、そう言えばなんか元気が出てきた気がするなあ。体調悪いのはむしろ気のせいだったのかもー」

 液体からただならぬ気配を察したホークスは立ち上がって体操を始める。しかしネブロに頭を掴まれ、目の前にジョッキを突き付けられた。

「良いから、騙されたと思って飲んでみろ」

 ホークスだけではなく、その場の全員が引いていた。

「大丈夫だって、どんな体調不良でも一発で回復する私の特製ドリンクだ」

 マルネが恐る恐る手を挙げて質問する。

「あ、あの、ちなみにそれの中身って何が入ってるんでしょうか……?」

「んー? 聞きたいか?」

「だだだ大丈夫です!」

「そうか。ほらホークス飲め!」

「い、嫌だ……絶対……飲んだら死ぬ……」

「そうか……なら、私が口移しでもしてやろうか?」

「?!

 それはぜひお願いしま――?!!」

 ホークスが最後まで言い終える前だった。ネブロは彼の口に思いっきりジョッキを宛がうと、そのまま一気に流し込んでしまう。

「ちょろいちょろい」

 と、ホークスを掴んでいた手を放すとホークスはその場にドサリと崩れ落ちた。

「ほ、ホークス様?!」

 駆け寄り抱き寄せるネーテに笑ってみせるネブロ。

「そんなに心配しなくても、大丈夫だって言ってるだろ?」

 ネブロの言葉に呼応するかのように目をカッと見開くホークス。そして一瞬で立ち上がると。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 と、雄たけびを上げながらあっという間に食堂から走り去ってしまう。

「す、凄い効き目ですわ」

「言うだけの事はあるのね」

 ネーテとウララが感心しているも、ネブロは先ほどまでの自信満々な表情から一転し、ポリポリと頭を掻きながら呟いた。

「あれぇ? 分量間違えたかな……」

「え……」


 そして今、白衣を着た不審者が宿舎の前に訪れ扉の前を行ったり来たりしていた。

「ふむ、吾輩の調査が正しければ確かこの学生用宿舎にいるはずなのだが……」

 扉にステンドグラスで描かれた聖獣、センヴェントの目が開く。

「これはこれは、リーノ・ド・クレーネズ教授ではありませんか。いかがなさいましたかな?」

「そうそう、君は確かセンヴェントと言ったな。

 少し尋ねたい事があるのだが、この宿舎にこのような生徒はいるかね?」

 と、例のホークスが描かれた羊皮紙を見せる。

「普段であればその手の質問には生徒のプライバシーからお断りすることろですが、他でもないリーノ教授の頼みとあれば断る道理はございません。

 いかにも、その生徒であれば確かに先日ここに入室した――」

 センヴェントが最後まで言い終える前に扉の奥から「ドタドタドタ!」とけたたましい足音が聞こえてきた。かと思えば「バターン!」と勢いよく扉は開かれ叫ぶホークスが飛び出してきた。そればかりかリーノ教授にぶつかり、二人はもつれあうようにして大通りのど真ん中に転がって行ってしまった。

「ぶわっ」

 突然の事に心配したセンヴェントだが、自力では体制を整えることが叶わず教授を横目に声をかける。

「だ、大丈夫ですかリーノ教授?!」

「ああ。吾輩は何とかこの者が下敷きになってくれたおかげで……」

 と、リーノ教授は特に気にした素振りもなく、覆いかぶさったホークスの上から身を起して立ち上がる。

「あ、ちなみに教授。その生徒がお探しの生徒、ホークス・フォウ・ベリンバーです」

「何と! それはそれは……くっくっく、吾輩はツイておる。中に入って探す手間が省けたというものだ。

 ホークス君お初にお目にかかる。吾輩、リーノ・ド・クレーネズ。一応これでも大学園で教授をやらせて貰って――」

 手を差し伸べるがホークスが起き上がる気配は無い。

「む? 気絶しておるようだな。ならばこれは好都合」

「と、申しますと?」

「管理人に伝えておくが良い。この青年の身柄はしばらく吾輩が預かることにしよう。では、いずれまた」

 一方的にそれだけ告げると、リーノ教授は胸元から腕輪くらいの大きさのリング状の魔道具を取り出す。これを頭上に放り投げると瞬時に大きくなり、落下すると同時に教授自身とホークスを円の内側に飲み込んで姿を消してしまった。

 少し遅れてネブロたちがホークスを追って出てくるが、その時にはリングすら消えた後。

 ネブロがセンヴェントに尋ねる。

「おい、今ここをホークスが通らなかったか?」

「ええ、ものすごい勢いで出て行き、つい今しがたリーノ教授に連れ去られていきました」

「り、リーノ教授う? 何だってまた……ったく、つくづく面倒ごとに首を突っ込まないと気が済まないのかあいつは」

 だが、ネーテもエマも、もちろんウララもそんな名前の教授は知らなかった。

「ネブロさん、その方はステイロの教授なのですか?」

「ああ。あまり表に姿を見せないから私も数回しか会ったことは無いが、列記としたステイロ王立大学園の名誉教授の一人だよ」

 マルネが思い当たる節があるようで説明を始める。

「僕も噂は聞いたことがあります。

 他を寄せ付けないずば抜けた天才的頭脳を持ち、普段から一人で研究室に入り浸っては怪しげな実験に興じているとか何とか。

 目的の為には手段を選ばず、己の快楽の為にありとあらゆるモノを平気で犠牲にする。やがてついたあだ名は「狂乱の変質者」……」

「へ、変質者?! ネブロさん、ホークス様は大丈夫なのでしょうか?!」

「これは助けに行った方が良いのでは?」

 変質者と聞いては、ネーテは勿論エマも内心穏やかではなかった。だがそんな二人を前にネブロは片手で頭を掻く事しかできない。

「うーん、おそらく研究室にいるんだろうが、研究の邪魔をされたくないとかで滅多に部屋の扉を見せないんだよなあ……」

「そんな! ああ、ホークス様……無力なわたくしをお許しくださいませ……」

「まあ、今の私らに出来るのはあいつの無事を祈ってやることだ。大丈夫だって、仮にも大学園の教授なんだ。ホークスの身の安全は保証するだろ。……たぶん」

 肩を落とし珍しく弱気なネブロに全員が突っ込んだ。

「「たぶんー?!」」


 ホークスがゆっくりと目を開くとそこは知らない場所だった。薄暗く、少し肌寒ささえ感じる。

「ぶぇっくしゅん!」

「おや、ようやく目を覚ましたかねホークス君。我が研究室へようこそ。歓迎するよ」

「だ、誰だ?」

「吾輩の名はリーノ・ド・クレーネズ。ステイロ王立大学園で教授をさせて貰っている者だ」

「学校の先生? ……って、体が動かないんだが??」

 聞きなれない声が聞こえたかと思うと、その主は目の前でホークスの右腕を掴んだり手のひらをひっくり返してみたりする。体はベッドのような物に拘束されていて動かすことが出来ない。

「ふーむ、ふーむ、なるほど……特に体に何かがあるわけではない、と」

 リーノ教授は淡々と水晶玉のような端末にホークスの身体的調査内容を記載する。

「いやちょっと待て。なんで俺裸なんだよ?!」

「これは失敬。いやなに、君が気絶している間に少々調べさせて貰ってね。あ、もう服を着ても構わん。そこの衝立に一通りかけてあるだろう」

 言われるがまま教授が顎で指した部屋の隅に立てかけられた衝立には、ホークスが着ていたすべての服が無造作に掛けられていた。体の拘束も難なく解かれ、起き上がって服を着に行く。特に体に何か異常があるわけでもなさそうだった。

「で、リーノ……教授……でしたっけ? 何だって俺にこんなことを?

 ……ていうか、そうだ。ネブロさんに変なドリンク飲まされて宿舎を飛び出した所で誰かにぶつかって……それが教授だったのか」

「うむ、おかげで君を探す手間が少し省けたよ。要件としては単純だ。吾輩は君と、君の持つ杖に興味がある。あれは神代の兵器であり、本来であれば一介の名もなき学生が扱える代物ではないのだよ。どこで手に入れたのだ?」

 なるほど、と思ったホークスはリーノ教授にこれまでのいきさつを、転生した事だけは伏せて話した。教授はコーヒーを自分の分とホークスの分も入れて手渡す。

「飲むと良い、少し頭がすっきりする。

 しかしなるほど……そういう事か。オルヴィート邸の宝物庫ならば杖の一つや二つ有るかもしれん」

「それで教授は俺と杖を調べてどうするつもりだったんだ?」

「無論、魔族との戦いに備えたいと思ったのだよ。君も知っての通り北の地域はほとんどが今や魔族の勢力圏内にあり、かの武装強国のグランダーロ帝国も先日落ちたと聞く」

「はあ」

 そう言われても何もピンとこないホークスは二つ返事で話を聞くしかなかった。

「この間の襲撃に見るように、ここもついにやつらに狙われ始め、陥落へのカウントダウンも大詰めを迎えたと言っても過言ではないのだよ」

「な、なるほど……あの、教授質問が」

「む、何だね?」

「その、何というか、魔族だの魔獣だの大魔王だの、何がどう違うとかあるんですか?」

「何だ君は、そんな基本的な事も知らないのかね? よほどド田舎の出身なのだな……まあ良い。

 魔獣も魔族も基本的には変わらん怪物共だが、魔族は魔獣に知識が備わったモノたちの総称だ。そして魔王の直属となっていると考えて良い。更に現在確認されているだけでも魔王は三体存在しており、これら全てを束ねているのが大魔王とされている」

「つまり……大魔王、魔王、魔族、魔獣の順で支配階層が存在してるって事か」

「ご明察。最も、魔王らも魔族と捉えて問題はない。

 そして彼らは我々とは違い魔力の大きさがそのまま体の大きさに現れているらしい。

 吾輩も聞いただけで見たことは無いが、一度だけ顕現した大魔王の体躯はスタンピア・ドラコなどより遥かに巨大だったそうだ。こんな国の一つや二つ、簡単に滅ぼせるのは想像に難くない」

「え……」

 ホークスはそれを聞いて絶句した。あの龍より遥かに大きいなどとどうやって戦えば良いのかちょっと想像がつかなかった。

 するとリーノ教授の目の色が変わる。

「しっかーし! 神は我らを見限ってはいなかったのだよ!

 君が持つ杖は唯一残された希望だと言っても過言ではないのである!

 さあ、是非吾輩に研究させてはくれないだろうか?!」

 先ほどまでの物静かな雰囲気からあまりの豹変っぷりに困惑してしまうホークス。

「きょ、教授?

 あ、あの……俺、今日は杖持ってきてないですよ?」

「なぁにを言っておるのだね君は!

 神代の杖ならば呼べば来る、そう決まっておるのだよ!

 さあさあ、呼び寄せたまえ!

 そして吾輩に是非見せたまえ!! なあに、悪いようにはせんよ」

 ホークスの不安を悟ったのか安心するように言う。

「じゃ、じゃあ……そこまで言うなら……こほん。

 神焔のゴッドバロンの名に於いて命じる!

 来い、紅蓮のドラゴニックカイザー!!」

 …………


 少しの間があった。同時刻、宿舎のホークスの部屋の片隅に置かれていた布の塊が中から赤く光り、たちまち布を粉々に引き裂いてしまう。そして「ゴトゴトッ」と動き出すと宙に浮きあがり、瞬く間に外へ向かって飛び去って行ってしまう。窓を突き破って……


 虚空に手を差し伸べたまま硬直しているホークスは恥ずかしくて死にそうだった。

「あ、あの……来ないんですけど……」

「大丈夫である」

 謎の自信に満ちたリーノ教授が言う通り、数秒もせずとも天井を貫いて杖が飛来しホークスの手に収まった。天井と言ってもこの研究室は地下に存在しているので分厚い石の壁を破ってということになるのだが……

「本当に来た……」

 呆気に取られるホークスを他所に小躍りを始める教授。

「フ、フハハハハハハハ!! ハーッハッハッハッハッハ!!

 やはりその杖は「本物」だという事だ。良い、良いぞ実に良い!

 どうだホークス君、しばらく吾輩にその杖を預けてはくれないだろうか?」

「え、この杖をですか?」

「うむ。実はもうプランもありそれを実行してみたくてたまらんのだ!

 どうだろう? 君にとっても必ずやプラスとなる事は保証する」

 ホークスは急な申し出に戸惑った。

「で、でもなあ……俺、この杖が無くなったら予備とか持ってない――」

 そう言われるのは想定内だったとばかりに、教授は妙な形の鉄の棒をホークスに握らせる。

「そんな事ならば問題はない!

 これは吾輩が心血を注いで造った神代の杖の模造品である。模造品と言っても普通に魔法を使うだけであれば性能は変わらないはずだ」

「そんなの造れるなら、今更本物を研究する必要も無いのでは?」

「今言った通り、普通に使うだけならば、という事だよ。文献で紐解いただけではどうしても解明出来ないブラックボックスがあり、是非ともそれを解明したいのだ!

 頼む、ホークス君!」

「まあ、返してくれるなら良いですけど……一応この杖使えるか試してみても良いですか?」

「ああそんな事なら構わんぞ。存分に試してくれたまえ!

「えっと、それじゃあ……霊光マイス・ティラーモ

 目を瞑ってそう呟いた瞬間、貸してもらった杖は以前と同様に強く輝き、しばらくリーノ教授の視力を奪った。うっすらと目を見開いてホークスも納得する。

「ほんとだ、こりゃ遜色ない……」

「そ、そうであろう?」

「リーノ教授って、ひょっとして凄い人……?」

「ふ、ふふん。誉めても何も出んぞ? にしても、君は魔法の名前を言っただけで唱える事が出来るのかね」

「やっぱりそうですよね? 呪文唱えないと魔法は発動しないんだ……」

「必ずしも、というわけではないが、発動しても安定せんものだ。それにただの霊光マイス・ティラーモでこの光の強さ……君が神代の杖を手にした意味が分かった気がした。いや、ひょっとしたら遠き時を超えこの杖に導かれたのかもしれんな」

「杖に、導かれる……」


 しばらくの後、教授に道案内される形で研究室を後にしたホークス。外はすっかり夕暮れとなっており、気が付けば学園の大講堂傍の脇道に出ていた。

「ここまで来れば帰り道は分かるかな? 休日にすまなかった」

「いえ、良いですよ」

「……ホークス君、君が協力してくれるというのであればこんなに嬉しいことはない。

 どうだろうか、吾輩の研究が成就した暁には何でも一つ、君が望む魔道具を造ってやろうではないか」

「え? うーん、特に欲しい魔道具とかは思いつかないけど……

 あ、そうだ!

 ならリーノ教授、いや、リーノちゃんが俺のハーレムに入るってのはどうです?

 ――なんちゃって……」

 突然「ちゃん」付けで呼ばれた教授は少し狼狽えてしまった。研究室暮らしで普段あまり日に当たらない白い肌が赤く染まっていくのが分かった。

「り、リーノちゃん? 吾輩をそんな風に呼ぶのは幼かった頃の両親くらいのものだ……

 吾輩もよく変わり者だと言われるが、君も中々だな」

 こういう事には慣れていないのか、困惑しつつも優しく微笑むその顔は二十台半ばの年相応の、どこにでもいる女性と何ら違いは無かった。

「……良いだろう、考えておいてやろうではないか。

 それが他でもない君の望みだと言うのなら。その望みを聞くときは君が大魔王討伐の英雄となった時だ」

「ま、マジで?! 約束だからな!」

「ああ、約束だ。女に二言は無い。それに君こそ忘れるんじゃないぞ?

 魔族は恐らく君が考えるよりもはるかに強大な相手だ。

 研究半ばで決して死なないように」

「お、おう……気を付けるよ。じゃあ、また学校で」

「うむ、君が来るときはいつでも研究室の鍵は開けておこう」

 こうして二人は笑顔で分かれた。将来の約束をして――。


 宿舎に戻ったホークスが、ネブロを始めとして皆にどやされたのは言うまでもない。

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