第9話 元ニートvsガチ王子

 「おはようございます、新入生の皆さん。

 私は魔法学を教えているオルドー・サーガです。

 ある程度魔法に精通している人も多いかと思いますが、改めて今日は簡単な成り立ちと基礎的な使い方を学んでいきましょう。

 では皆さん、教科書の5ページを開いて下さい」

 教壇に立つ、オールバックの髪型に丸い眼鏡をかけた高身長でストイックそうな男。背筋はピンと伸び、教卓に並べられたペンの傾きを薄い手袋をはめた手で直すと教科書を手に取る。

 さらりと着こなすベストは勿論、シャツもズボンも一切のシワは無い。教卓に並べられた筆記具や資料はきっちりと等間隔に鎮座させられ、ちょっとした物の並べ方ですら隙が無かった。

 階段状の教室には横長の机が並び、その後方には窓側からホークス、ネーテ、ウララ、エマの順に座り、初めての授業を受けていた。オルドーは厳しそうなオーラを放っていたが、ウララは気にせずひそひそと話し始める。

「イケメンだけど厳しそうな先生ね」

「そ、そうですわね。わたくし緊張してしまいますわ」

「あれ? そういえばマルネくんは?」

 ウララはキョロキョロと周囲を見渡すが、多くの生徒でごった返す教室のどこにも彼の姿はなく、代わりにホークスが答える。

「あいつは特待生だからな。基礎的な授業じゃなくていきなり特級魔法の授業を受けに行ったよ」

「へえ。あんたと違って本当にできる男なのねー」

「一言余計だっつーの」

 その時だった。オルドーがホークスたちに向けて教鞭を掲げる。

空気の弾丸クー・グォアーロ

 彼が呟いた瞬間、軽く空気を圧縮した球が連続して放たれ、ホークス、ネーテ、ウララの三人のオデコに見事に当たる。

「いて!」

「きゃ!」

「ぐえ!」

 よく見ると、教鞭の先端に埋め込まれた魔宝石が輝いていた。

「そこ、私語は慎むように。入学式でも遅刻してきた人たちですよね?

 次はありません。私はあの生徒会長ほど甘くはありませんのでそのつもりで」

 すみませんでした、と三人は揃って素直に謝る。入学式に続き大勢の注目の的になってしまいホークスは居心地が悪かった。

 そしてふと、最前列のど真ん中に座っている青年からの視線に気がつく。

「(な、何であいつ、こっち睨んでんの……?)」

 薄紫色の気品あるオカッパ頭に、これまた端正に整った顔が歯をむき出しにして鬼の形相をしていた。

 オルドーはコホンと咳払いをすると話を続ける。

「さて、1分12秒の時間を無駄にしてしまいました。続けましょう」

 この人には逆らわないほうが良い、そう理解したホークス達はおでこを擦りながら大人しくすることにする。

「そもそも、この世界において初めて魔法を認知した者を知っていますか?」

 と、先程の青年がすっかり平静を取り戻した顔で手を挙げる。しかしどうだろう、ただ手を挙げただけだと言うのに無駄がなく、どこか威厳のある雰囲気が只者ではない空気を醸し出しているのが分かった。

「では、そこのキミ」

「はい、ターロ・ヤ・マーダです」

「その通り。今から丁度十万七千五百年前に、北のイーガ・マルヴァーマ地方にいたとされるターロ・ヤ・マーダは大気と同じように存在する魔力に気が付き、また、それは己の体内にもあると知った」

 へぇー、と、関心しているとまたもや視線を感じる。あの青年が今度はドヤ顔で満面の笑みを浮かべこちらを伺っていた。

「(なんか腹立つ顔してんな。てか、さっきから何なんだよあいつは……気持ち悪。視線合わせないでおこーっと)」

 うつむき、ホークスは教科書にも載っていたターロ・ヤ・マーダの自画像を見ながら思う。

「(この人、日本人っぽい? ターロ・ヤ・マーダ……ターロ・ヤ・マーダ……たろう……やまーだ……太郎、山田?!

 って、さすがにそんなわけないよな……)」

「言い伝えによれば、ターロ・ヤ・マーダの両親は不明で出身地すら分かっていない。ただ彼は確実に存在し、その活躍によって時の大魔王の封印は成され、この地に永き安寧が訪れることになった。もっとも、それも諸君らも知っての通り近年破られたわけだが……」

 面を上げたホークスは、今度はウララの方からただならぬ気を感じる。と、そっと彼女の方を見た。

 するとそこには、「ぐぎぎぎ!」と、もの凄い形相で親指の爪を噛みまくっているウララの姿が――。

「(あいつ絶対何か知ってるー!

 やっぱりターロ・ヤ・マーダこと山田太郎さんも転生者か何かなのか?!)」

 そんなウララの様子をオルドーが気が付かないはずもなかったが、魔王の軍勢に親でもヤられた可哀想な子、くらいの認識で流すことにした。

「彼が発見し提唱した魔法理論は今でこそ古いものとなってしまったが、原理や概念は何ら変わっていません。主に精霊や聖獣、はたまた宇宙に揺蕩たゆたうありとあらゆる物質の「流れ」から力を借り、歩調を合わせて我々魔法使いは力を行使させていただいているわけであり――」


 そして授業も終盤にさしかかり、軽い実技が始まる。

「――と、以上の事が大まかな魔法の魔法たる由縁となります。ここまでで質問のある方はいらっしゃいますか?

 ふむ、特にいらっしゃらないようですね。それでは皆さん、魔法の杖を持ってきましたね?

 もしまだ購入されたり手に入れていない方がいたら、こちらでお貸ししますので申し出てください」

 生徒の各々が杖を取り出し、ホークスもそれにならった。

 布が解かれドラゴニックカイザーが姿を現すと、一瞬オルドーの眼鏡が光る。そのフレームの端を中指でクイッと上げる仕草をすると目を少しばかり見開き、「ほう」と感心していた。そして教鞭を杖代わりに実演を始める。

「では皆さん。今は教室内ですので杖を振るうことはせず、そっと魔宝石に手をかざしてみて下さい。そして静かに、語りかけるように唱えるのです。

 杖よ、その身に仄かな光を宿し給え。│霊光マイス・ティラーモ、と」

 オルドーに言われるがまま、皆各々唱え始める。ごく簡単な呪文だが、それでも三割くらいの生徒がうまくいかない。全く光らない者、光はするが点滅する者など様々だった。

 ネーテも今日は杖を使い器用に光らせていた。エマは剣の柄の先を使って、彼女も問題なく光らせている。そしてウララもいつの間にか手に入れた杖を使って光をピカピカさせていたのだが、よく見ると杖を握った手の親指をスライド式のスイッチに乗せてカチカチやっているだけだったのを目にして、ホークスは絶句する。

「(え、あいつあんなので授業受けてんのかよ……

 ……て、そうか。こいつ魔力無いから俺に魔王討伐頼んできたんだっけ。)」

 やれやれ、と肩の力を抜くと自分の杖を向き合う。

「よーし、俺も頑張っちゃうぞ!」

 気合いを入れ、杖の宝石部分にに手をかざす。それだけでもほんのりと暖かく、自分と杖の間で力が行き来しているのが分かった。

「杖よ、その身に仄かな光を宿し給え。│霊光マイス・ティラーモ!」

 最後、ちょっとだけ力を込めた次の瞬間。仄かな光とは程遠い、教室中を眩い光に包み込むだけの強烈な光量がほとばしってしまう。

 結果、皆が正常な視力を取り戻すのには、しばらくの時間を要したのであった……


 数十分後。ようやく授業も終わり、昼休みとなったのでマルネとも中庭で合流し皆で食堂に向かう事にした。一緒に歩きながらマルネが目を丸くする。

「あの凄い光、ホークスだったんですか?!

 外まで漏れてきて、飛行訓練中だった上級生が五名ほど目を眩ませて互いや校舎に激突したりして、医務室に担ぎ込まれていましたよ?」

「あ、あははー。オルドー先生にも「君はもっと力の関係を把握すべきだ」って怒られたよ……」

 ウララがため息混じりに言う。

「ったく、魔法のセンス有るんだか無いんだか」

「ほっとけ。お前こそ杖のスイッチ便利そうだったな」

「なっ?!

 き、気づいてたの?」

「バレないとでも思ってたのかよ……

 ま、ここだけの秘密にしといてやるから安心しろよ」

 はて、なんの話だろうかとマルネ達は首を傾げる。

 その時だった。

「見つけたぞ貴様!」

 と、ホークスは背後から男に声をかけられる。

 しかし……

「可哀想になあ」

「頭を撫でるな!」

「あ、ごめんごめん。その耳見てたら昔飼ってた猫のこと思い出して」

「ムキーッ」

 しかしこの通り、無意識にウララの頭を撫でてからかうばかりで声をかけられたのに全く気づいていなかった。

「俺を無視するとは良い度胸だな……!」

 握った手をワナワナと震わせているその男は、ついにホークスの肩に手をかけ強引に振り向かせる。

「おい貴様! ここが学園でなければ死罪に値する所だぞ!」

 それはさっきまで教室でホークスに色んな顔を見せてきていた男だった。

「え……誰?」

 ホークスは本当に覚えていなかった。男を指さしてウララに聞く。が、ウララも「さあ?」としか答えられなかった。

 ところがネーテ達は彼の顔を見るや否や表情を強張らせ、ホークスの袖をチョイチョイと引っ張るとそっと告げる。

「ジュ、ジュヴェーロ王国の第一王子、フォルター・グロー・ジュヴェーロ様ですわ」

「え、王子?」

 フォルターはそれを聞くと満足したように前髪をかき上げふんぞり返った。

「いかにも!

 貴様ら愚民とは格が違うのだ。敬え、そして崇めよ!

 ふん、それにしてもこの俺を知らんとは田舎者だな貴様?」

 気がつけば彼の後ろをファンらしき女生徒たちが取り囲んでおり、黄色い歓声を上げていた。

「(テンプレみたいな嫌味なキャラが出てきたなあ。あんまり関わらない方が良さそうだ)

 えっとですね、ちょっと俺らランチ急いでるんで。あはは。じゃ、またの機会にでも――」

 と、愛想笑いをして去ろうとするホークスだったが、再び肩を掴まれてしまう。今度はかなり力が籠もっており、痣が出来るんじゃないかと言う程だった。

「まあ待て。昼休みは始まったばかりだ。

 それより、俺様は自己紹介してやったんだ。貴様も名を名乗るのが人として最低限の礼儀というものだろう?」

 紹介したのはネーテなんだけど、そこを突っ込んだらまた面倒が増えそうだなと、ホークスも渋々名乗る事にした。

「ったく……

 俺はホークス。ホークス・フォウ・ベリンバー。人呼んで神焔のゴッドバルトとは俺のことだ。覚えときな!

(き、決まったー!)」

 言い終えると同時に手を振りほどき、ちょっと自分に酔う。

「神焔のごっ……何?

 ま、まあ良い。ホークス、わざわざ貴様を呼び止めたのは他でもない。

 今ここで、決闘を申し込む!」

「……は?

 つい最近もそんな事言われた気が……この世界の人間って決闘好きすぎないか?」

 ウララがホークスの手を掴むと言った。

「ねえねえ、こんな奴ちゃちゃっと片付けて食堂行こうよ。私お腹減っちゃった」

「(あ、意外とこいつの手柔らかいな……)」

 ふと邪な考えがよぎるが、フォルターのただならぬ気配に身構える。

「?!」

「ホークス……ききき貴様! 入学式の時もさっきの授業中も、ずーっとそこの、か、かかかか可憐な女性をかどわかしおって!! うらやま、いや、けしからん! 実にけしからんぞ! 校内の風紀を乱す悪の根源めが!」

 それを聞いたウララが調子に乗り始める。

「やだあ、そんなあ……可憐な女性だなんて!

 確かに私ってば可愛いですし、ホークスくらいの男ならイチコロにしてきましたけどぉ……」

「お、お嬢さん、お名前は?」

「ウララって言います!」

「ウララ……な、何と素晴らしい響きのお名前なんだ!

 我々が出会い、こうしてお話が出来たのはもはや天啓!

 い、いかがでしょう。そちらの男から私に乗り換えて、明日にでも我が父と母にお会いしてはいただけないでしょうか?!」

「えー、そんなあ。うーん、こまっちゃーう」

 海で揺れる海藻のようにクネクネとするウララと片膝を付いてまで懇願するフォルターを見比べてホークスはピンときた。

「(あ、そういうことか。でもウララねえ……何か、仮にもあり得ないだろうけど、このままこいつが王子側に着くのは嫌だなあ。

 仕方ない、俺もちょっと恥ずかしいけどここはひとつ――!)」

 と、何かを決心したホークスはウララは勿論、ネーテ二人の肩を両手で抱き寄せる。頬を赤らめるネーテと困惑するウララ。

「きゃっ」

「ちょ、ちょっとホークス?」

「悪いな王子様。

 俺たちこれから、あま~いランチタイムなんだよ。

 決闘とやらは予定に無いんだ。また今度な」

「え、え、え?!」

「この食堂にそんなに美味しいスィーツがあるの?!」

 ドギマギするネーテに対し、食欲で頭の中が満たされているウララ。

 そしてそれを見てワナワナと怒りを顕にするフォルター。

「ホークス・フォウ・ベリンバー!!

 そ、そ……その薄汚い手をどけろぉぉぉ!!!」

「さぁ、こんな奴放っておいて、行きましょうかお二人さ――」

 無血でこの場を去ろうとするホークスだったが、フォルターは吠えながら怒りに任せて杖を構える。

「我、王にのみ注がれし光を以て、あらゆる愚者を屠る者也。王の命令は絶対である。我が前に立ちはだかりし愚かなる者に、聖なる裁きを与えたまえ!聖閃砲サンク・タル・カナーノ――!!」

「え、ちょっ――」

 フォルターの杖が眩い光を放ち、今にも強大な魔法が放たれようとしていたその時だった。


 構内に、いや、王都中に警報が鳴り響く。

「な、何だ?」

 ホークスらの心配に応えるように、全域放送が流れ始めた。

『皆様にお伝えします。只今、ジュヴェーロ王より全域に緊急事態宣言が発令されました。

 繰り返します。全域に緊急事態宣言が発令されました』

「父上直々にだと?!」

 流石のフォルターもこれには狼狽えた。

『王都の裏側、北東の森より多数の魔族の軍勢が押し寄せているとの報告あり。

 その数、現在把握されているだけでも大小合わせて三万とのこと。

 尚、現在全兵力を向かわせていますが、王都内にいる戦える者は、大至急応援に向かって下さい。そうでない方々は最寄りのシェルターに避難をお願いいたします。

 繰り返します――』

「まじかよ……」

 一気に周囲が慌ただしくなる。突然の事でどうすれば良いのか迷ってしまうホークスに対し、何ら迷うことなく駆け出すエマ。

「私も向います!」

「あ、エマさん! どうしましょうどうしましょう!」

 と慌てるネーテに、同じくオロオロしてしまうマルネ。

「と、とととととりあえず僕らは避難しましょう!」

「そうですわね。ホークス様もご一緒に!」

「ああ!」

 しかしこの場で一人動かない者がいた。

「フォルター?」

 ホークスが声をかけると向き合うと次のような事を告げた。

「ホークス、どちらがより多くの魔族を倒せるか勝負する、というのはどうだ?」

「……え?」

「そして、勝った方がそちらの、う、ウララさんと、その……け、結婚を前提にお付き合いをするのだ!

 どうだ、男ならば断わることは出来まい!」

 と、高々と杖を掲げて宣言する。ウララとホークスの声が重なった。

「「……はい?」」

 そして固まる二人をよそに、また面倒そうな人が現れる……

「話は聞かせてもらった!

 その勝負、この生徒会長こと、ミリア・ド・エイブレイツォが立ち会わせてもらおう!」

「さすがです会長! 私、アマス・クレダントもお供します!」

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