第7話 宿舎の最強管理人

 「ふぅ、何とか日が変わる前に着けたか」

 ホークスたちは街の外れにある宿舎の前で馬車から降り立つ。

 横に長い四階建ての建物はそれ自体で学校として運営できるんじゃないかというくらい立派な建物だった。両開きの扉にはカラフルなステンドグラスがあしらわれており、目を閉じたフェニックスのような鳥が描かれている。

「へぇ、歴史ある学校の宿舎って聞いてたからもっとボロいのかと思ってたのに、なかなか綺麗で立派な宿舎じゃない」

 と、ウララが言った直後だった。ステンドグラスの鳥の目が見開かれ、口まで開いた。

「それはお褒めの言葉と受け取って宜しいのかな?」

「しゃ、喋った?!」

「お初にお目にかかる、新入生諸君。

 我は当カマラード宿舎の守護獣、センヴェント。以後、お見知りおきを」

 予期せぬ歓迎に戸惑う一向。

「お、おう……俺は――」

「当てて見せましょう、ホークス・フォウ・ベリンバー。

 そちらの半獣の方はウララ。

 エルフのお嬢さんがオルヴィート家のご息女ネーテ。

 そして黒髪の魔法剣士見習い、エマ・プルアンドロ。

 いかがでしょう?」

「す、すげえ……当たってやがる」

 驚くホークスたち。

「で、でもどうして分かりましたの?!」

「ふっふっふ、我は誇り高き守護獣。

 この程度、造作も無――」

 と、センヴェントが言い終わる前に扉が内側から開かれる。

「はい、うるさーい。

 毎度毎度お前さんもホント飽きないねえ」

「ネ、ネブロ殿。まだ終わってな――」

 褐色肌のネブロと呼ばれた三角巾を被り、エプロン姿の女性が現れる。しかし金色の目つきはかなり悪く、灰の落ちない魔法の煙草をくわえながら、どこか野暮ったい雰囲気を醸し出している。

「悪かったね、こいつお喋りだろ? 私はネブロ。ここの管理人をさせて貰ってる。

 さあ、こんな所で立ち話もなんだからさっさと入りな」

「あ、ちょっ――」

 センヴェントがどうこう出来る相手でもなく、ホークスたちは易々と招き入れられてしまった。

「お、お邪魔しまーす……」


 こうして入ってすぐの食堂に通されたホークスたちは促されるまま椅子に座った。

「それにしてもあの鳥、よく俺たちの名前わかりましたね」

「んー?

 そんなもん、生徒の情報なんて事前に貰ってるんだから当たり前だろ。

 もっともホークスとウララだったか。

 あんたらが来るのは今朝レクトからの手紙で知ったけどさ」

 そう聞いてホークスは少し考えを改める。

「(レクトってあのシスコンエルフだろ? 腐っても親衛隊隊長なだけあって仕事は出来るんだな……)」

「あの、ネブロさんってレクトと知り合いなんですか?」

「ああ、学園で同級生だったよ。

 いっつもチョロチョロしてて目障りだった――っと、妹ちゃんの前でする話じゃなかったね、ごめんよ」

 あっけらかんと歯に衣着せぬ物言いは逆に好感が持てた。

「い、いえ。お兄様はその、わたくしが言うのも何ですがちょっと変な所ありますから」

「ちょっとどころじゃ無かったけどな。確かに剣の腕前は凄かったけどなんて言うかこう、ネーテの事となると人との距離感バグってるって言うか」

「分かる分かる。あいつほんっと成長しないからな」

「やっぱり昔からああいう感じだったんですね」

「そうなんだよ。

 見てくれは良いし実力もあるから黙ってりゃ良い男なんだけどな」

 横で聞いていたウララは、今レクトがくしゃみでもしている気がした。

 そして一連の言動に黙ってられなかったのは生粋のレクトファン、エマ。

「ちょ、ちょっと待ってください!

 レクト様は首席でご卒業と伺っております。現に今は親衛隊隊長を務めその功績たるや諸外国にも一目置かれる程。

 しかし皆様のお話を伺っているととても同一人物とは思えません! きっと別人です!」

「まあ、エマがそう感じるのも無理は無いかー。でもな、現実ってのはそういうもんだ。一緒に風呂に入った俺が言うんだ、間違いない」

「主席ったて、この私でも取れたんだ。

 案外大したもんじゃないぜ?」

「へー……って、え。

 ね、ネブロさん首席なんですか?!」

「大学園始まって以来初めて二人同時の首席排出だったらしいけど、あんなの誰でも取れるっつーの。皆騒ぎすぎなんだよ」

 一同のネブロに対する見方が音を立てるようにして変わった。思わずホークスも心の声が漏れる。

「こんな目つきが悪くてタバコ吸ってて見るからに昼間から寝てそうな、エロそうなだけが取り柄っぽいお姉さんが首席……」

「ほーう、言ってくれるねえ」

「あ、やべ。つい癖で……」

「まあいい、四人ともこの入館確認証にサインしてくれ」

 ネブロは魔宝石の付いた指輪をはめた人差し指で円を描き、確認証の用紙と羽ペン一式を机の上に出して見せる。

「それと部屋だけど、ホークスは男子寮だから玄関から奥に向かって右側の階段。

 他の子らは左側の女子寮に。

 詳しい部屋割りはこの鍵がそれぞれ部屋の番号になってるから」

 と、再び魔法で出したのは部屋番号の形をした鍵。

「なるほど、番号がそのまま鍵の形なんですわね。分かりやすいですわ。

……あら? ホークス様、どうなさいまして?」

「あ、いや……」

 そうネーテに尋ねられたホークスは、ペンを片手に固まっていた。部屋番号はもちろん、この世界の文字なんて知らない。それどころか自分の名前すら描くことが出来ない。

「(さて、どうしたものか。簡単に名前書けって言われても、俺この世界の文字全然分からないしなあ。 あ、いやそんな事よりちょっと待て。部屋番号の形の鍵ってことはつまり……)」

「一応忠告しておくけど一応魔法でもロックはかかるから、形だけ偽装して鍵作っても開かないからな」

 ホークスの考えを見透かしたかのようにネブロが言った。

「ちぇー。女の子の部屋の鍵作れば、夜中に入り込み放題だと思ったのに!」

 ホークスはそう考えたものの、その目論見は一瞬で崩壊。そして言わなくて良いことをやはり口に出してしまう。

 可哀そうな人を見る目でネーテが。

「ホークス様……」

 情けない人を見る目でウララが。

「あんたねえ……そんな甲斐性も度胸もないくせに」

 呆れて物も言えない人を初めて見る目でエマが。

「……ご自分の欲望に正直すぎるのでは……」

 当の女の子三人にドン引きされた。

「はぁ、頭が痛くなってきたよ……ちなみにこの宿舎はトイレと風呂以外の場所は常時センヴェントの目が光っているのでそのつもりで。

曲がりなりにもあのレクトが推薦した男がどれ程かと思ったけど、私の気負いすぎだったみたいだねえ」

「なんか……ごめんなさい……」

「まったく、お前みたいな奴は初めて見るよ。

 そうだ、一応聞いておくけどこの中に文字が読めない奴はいるかい?」

「?!」

 ホークスはビクッと肩を震わせ、恐る恐る手を挙げる。チラっと他の三人を確認するが誰も挙げておらず逆に注目されていた。

「なんか……ごめんなさい……」

「ふむ、何も謝ることはない。ホークスは私が部屋の前まで案内してやるよ」

「……え?」

 予想外の普通の反応にホークスは戸惑う。もっと馬鹿にされるかと思っていた。

「今でこそ各地に学校もあるが、全員が全員識字の教育を受けられるわけではないからな。何も気にすることは無いぞ。

 そうした者の為の学園生活でもある。そうだ、何ならこの後少し教えてやるよ。

名前も書けないんじゃ不便だろう」

「ね、ネブラお姉さま……!」

 優しい心遣いに思わず様付けで呼んでしまい涙腺も緩んでしまう。

「あっはっはっは。泣くやつがあるか!」

「そうですわ!

 ホークス様は聞けばかなり遠方の田舎のご出身との事。

 そんな場所に学校があったとも思えませんし」

「なんと、そうだったのですね。

 良ければ私も少しお付き合いしましょう」

「あ、ずるいですわ!

 わたくしもやります!」

 ネーテもエマも納得する。

「良い仲間を持ったな、ホークス」

「み、皆……あり、ありがとう……うぅっ……」

「良かったわねホークス。危うく、ただのスケベでおバカな子ってだけの人間に成り下がる所だったもの」

 ウララだけは突っ込んだ。

「うっさい……」

「そういえばウララさんも同じご出身だと思いましたが、文字が読めますの?」

「もちろんよ。こんなスケベでおバカな子と一緒にされるのは心外だわ」

 自信満々のウララにネブロが感心する。

「なるほど、独学で勉強していたタイプか。

 さすがお嬢様のお目付け役でレクトが寄越しただけはあるんだな」

「ま、まあね……」

 お目付け役と称され、少し揺らいだウララのプライド。こちらの世界に来てからホークスの従者に間違われたりこんな役回りばかりである。この隙をホークスも逃さなかった。

「お目付け役、ご苦労様でーす」

「うっさい!」

 咄嗟に声を上げたウララだったが、同時にお腹が「ぐ~」と鳴ってしまい思わず赤面してしまう。しかし他の3人も思いは同じだった。馬車の食料はランチで消え、ここまで来る間にも食堂に飲み屋、屋台の前を通ってきて良い匂いを散々嗅がされてきていた。ネブロがよっこらせと立ち上がる。

「やれやれ。夜食程度のもんならすぐ作ってやる、からしばらく待ってな」


 食事を済ませ最低限の文字を教わったあと、ホークスはネブロと共に部屋の前まで来ていた。

「さあ、ここがお前さんの部屋だ」

 最上階という事もあってか天井はアーチのかかったガラス張りとなっており、綺麗な星空が見えている。そんな幻想的な雰囲気の中、ホークスは鍵と部屋の扉に記載された文字を互いに見比べて微妙な面持ちをしている。

「「4219」……死に行く……演技悪いな」

「ん、どうした?」

「いえ、何でも」

「そうか。奥の角部屋で不便も多いだろうが、まあ急遽決まって入れただけでもマシだと思って我慢してくれ」

「と、とんでもないです。むしろこんな夜遅くまで勉強教えて貰った上に部屋まで案内していただいてありがとうございました」

「へえ、ちゃんと礼は言えるんだな。

 良いってことよ、これも仕事の内だ。気にするな」

 月明かりに照らされ、優しく微笑んだネブロの顔に少し見惚れてしまう。

「あ、じゃあついでに寝付けるまで一緒に添い寝を――」

「なにが「じゃあ」なんだ? 調子に乗るなよ」

 ネブロは思いっきり眉間にしわを寄せ、片目を見開きながら睨みつける。

「すみません……(めっちゃ怖ぇ……)」

「ったく、ちょっと褒めたらこれか。

 良いからさっさと寝ちまいな。

 明日から嫌でも忙しい生活になる」

「へーい。

 それじゃ、色々ありがとうございました」

「おう」

 鍵を開け、部屋の中に入っていく。が、途中で振り返って。

「あ、逆にネブロさんが夜寂しくなったら、いつでも俺のベッドに入ってきていいですからね!

 何なら今からでも!」

「良いから風呂入って寝ろ!」

 ネブロはドアを足で蹴飛ばすように占めると、やっと訪れた静寂に頭をポリポリとかきながら来た道を戻っていく。

「ったく、とんでもねえ阿呆が入ってきたもんだぜ……

 でも、あのレクトが推薦状まで書いた男だ。少しは面白くなりそうだな」


 一方、ドアに突き飛ばされるようにして入ったホークスは頭から床に突っ伏していた。

「いててて……ちょっとはしゃぎすぎたかな……

 人との距離感バグってるのは俺も一緒なのかも……

 元ニートだし、しゃあないよたかし」

 などと自分に言い聞かせながら起き上がる。

 シンプルな間取りで掃除の行き届いている部屋を真っすぐ進み、ベランダの窓を開けると心地よい夜風が入ってきた。部屋の中は簡単なベッドと洋服ダンスに勉強机。制服も折り畳まれて置いてある。最低限の物が揃っている。

 夜の灯の灯る街が眼前に広がる。普通の家々より高い建物の最上階という事もあり眺望は悪くない。

「何だかんだ、今のところ衣食住に困らないで何とかなってる……これって地味にすごくね?

 ネーテもエマもネブロさんも皆可愛いし、ついでにウララも見た目は悪くない。これって地味にヤバくね?

 おまけに俺はハイパー魔力のチート持ち。実は運もチート級だったりして……

 うん、異世界ライフ最高かもしれない! そうだ、そうだよな。やっぱり異世界転生ってこういうことだよな! ここから始まるんだ、俺の伝説が……」

 改めて実感すると、息を大きく吸い込んで深呼吸する。そして、意を決して夜空に向かって大声で叫んだ!

「待ってろよ大魔王! ハーレム王に、俺はなる!!!!」

「うるせえ! 死ね!!!!」

 ネブロはホークスの叫び声に負けず劣らずの大声と共に、再びドアを蹴飛ばして粉々に破壊。衝撃波が部屋の中を襲い、恐る恐る振り返ると血に飢えた獣のように光る金色の瞳がそこにあった――。

「ご、ごめんなしゃい……」


 守護獣センヴェントが呟く。

「やれやれ、宿舎を壊されるのは勘弁願いたい。が、しばらくは退屈せずに済みそうで良かったですな、ネブロ殿」

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