第6話 ドラゴンと魔法剣士の少女
王都へ向かっていたその日、海岸に面した岸壁をホークスは杖片手に全力で走っていた。
背後に迫るのは全長100メートルは優に超えている白く巨大なドラゴン。蝙蝠というよりも鳥の羽をまとった翼。牙だらけの大きな口を開き、右へ左へと青白い火球を連発。そして飛び火した小さな火の破片が尻に燃え移る。
「あっちぃぃぃぃぃ!!!」
ネーテが遠く離れた馬車の窓から身を乗り出して慌てふためく。
「たたた、大変ですわホークス様! お尻が燃えてましてよ!」
「知ってるぅぅぅぅ!!」
尻に火が付き、更に速く走れるようになったホークス。おかげで少し距離を稼ぐ事ができたが、それでも危機は変わらない。
「う、ウララさん! どうしましょうどうしましょう!」
「う~ん……どうしようも無いわね」
「そんなぁ」
時は数分前に遡る――。
前世に数々のゲームで培った冒険の話を、さも自分の話であるかのように得意げにネーテに振舞っていたホークス。
「な、なんてことですの……ご家族全員が精神汚染に……」
「ああ、最初からおかしな依頼だとは思っていたんだ。
森の奥で来る人来る人を襲っては、恐怖に怯える姿を楽しんでいたみたいでさ。
さすがの俺ももうダメかと思ったんだが、その家の娘さんだけは正気を保っていて助けてくれたんだよ。
無事依頼主の奥さんは救出できたし結果オーライと言えばオーライなんだけど、色々と後味の悪い事件だった」
心配そうに聞いているネーテをよそに、退屈そうに窓の外を眺めているウララが呟く。
「よくもまあペラペラと……それゲームの話でしょうよ」
「何か言ったか?」
「べつにー」
何のことか分からず一人だけきょとんとするネーテだったが、すぐさま目をキラキラと輝かせ前のめりになってホークスに迫る。
「ほ、他には?! 他にはどんな冒険をなさってきましたの?! わたくしもっとお話しを聞きたいですわ!!」
と、無意識に胸元を強調する姿勢になってしまい、ホークスはドギマギしてしまう。視線のやり場に困りついつい逸らすも悪い気はせず、他にも話を続けることにした。
「そ、そうだな……あれはとある城下町の橋に赤くて凶暴な飛竜がいてさ」
「まあ! ドラゴンがそんな城下町まで……」
その様子をジト目で見ながらウララはため息をつく。
「はぁ、こんな純情な子相手にいつまで続けるんだか。良心は痛まないのかしら」
ホークスはウララの声など無視して続ける。
「さすがに物陰に隠れながらだったが、それでも時には足元を潜り抜けたりしてそれはもう凄い攻防戦を繰り広げたもんで――」
得意げに身振り手振りを交えつつ解説し始めたその時だった。
「お、お嬢様方! ちょ、ちょっとあれ!!」
「ん?」
突然の馬車を運転していた御者が振り返り声を荒げてきた。指を指す方向を見ると、これまた立派なドラゴンが、こちらもまた巨大な魚を捕食していた。
「す、スタンピア・ドラコ!
何でこんなところにいますの……?!」
「はえ~、立派なドラゴンだこと」
慌てるネーテとは裏腹に、ウララはその荘厳なドラゴンの姿に見とれていた。
圧倒的な存在感に動けずにいた三人をよそに御者が言う。
「こいつはまずいですぜ。
今から道を迂回するとなると日暮れまでに目的地まで着くことはできやせん。
このあたりには村もないですし、どこかで野宿することになるかと。
いかがいたしやしょう?」
と、ネーテが人差し指を左右に振って自信満々の顔をしていた。
「ちっちっち。問題ございませんわ。
こちらには百戦錬磨のホークス様がいらっしゃいますのよ?!」
「え゛?!」
良そうだにしていなかったネーテの言動に一瞬で顔が強張るホークス。
「あ、あの、ネーテさん……?」
そして面白そうだったから、という理由だけでこれに乗っかるウララ。
「あ~ら、良かったじゃないホークス様。
あのドラゴンをどうにか出来れば、また武勇伝が増えましてよ?」
「……ちょっと来い」
「何よ?」
ちょいちょいと手招きをしてウララを誘うと、二人に背を向けて話し出す。
「いやさ、いくら何でも無理じゃね?
あれはデカすぎるって。もう大怪獣じゃん。普通に死ぬわ。秒で死ねる自信が有るわ」
「大丈夫よ。見た所お魚食べて満足してるみたいだし、そこまで気性も荒く無さそうだし」
「いやいやいやいやいや、何の説得力も無いんですけど」
「別に倒さなくったって、ちょっと囮になって遠くにやってくるぐらいなら良いんじゃない?
ほら、例の……ドラゴニックカイザー? ぶふっ。あれ試すのも悪くないんじゃない?」
「簡単に言ってくれるけどさあ……」
「ま、死んだら生き返らせてあげるし」
「……ウララさんさ、転生させられた時も思ってたけど人の命なんだと思ってるんですか?」
「あんたの命なんて安いもんじゃない。無理矢理この世界に転生させられても文句ひとつ言ってこないってことは、前世に未練なんて無かったんでしょ?」
「うっ……」
「ほらほら、ネーテちゃんが期待してるわよ~?」
そう言われて改めてネーテの方を振り返る。
「まあ、逃げ出すのもあんたの自由だけどどうする?」
「……ったく、しゃあねえなあ!
ちょっと遠くにやるだけだからな!!」
そう自分に言い聞かせると勢いよく立ち上がったホークスは、馬車を一人で降りて行った。
そして現在――。
「ちくしょー! やっぱ無理なもんは無理―!!!」
死ぬ気で走りながら必死に解決策を模索するが、何も思い浮かばない。
「出でよ炎! って、そんなんで魔法使えたら苦労しないしな!」
と、何となく杖をかざして見るもよく考えたら魔法の使い方など分からない。とっくに足は限界に来ているしいつ食われてもおかしくない状況だった。いつまでもこうした逃避行が続けられるわけもなく……
「あっ」
スタンピア・ドラコの勢いよく振り下ろした前足が足元の岩場を砕くと、そのまま崖下に真っ逆さまに落ちていく。
「……終わった……」
周囲がスローモーションに見え、自分の死を悟ったその時だった。
「
上空の一点が一瞬光ったかと思えば、次の瞬間には紫色の雷をまとったポニーテルで長身の少女がスタンピア・ドラコの頭部に一撃を食らわせ、同時にホークスを脇に抱えていた。
「?!」
凛としたまま少女はそのまま駆け抜け、少し離れた足場にまで運ぶ。
「ご無事でしたか?」
「あ、ああ……」
見ればドラゴンは完全に体制を崩し崖崩れに巻き込まれ、海中に落ちて行った。その隙を少女は逃さない。
「やはり致命傷には程遠い。
剣を掲げ、鍔にある紫の魔宝石が光る。すろと海面に向かって稲妻系の魔法を放ち感電させて見せた。手際の良さに関心するホークス。
「すっげー」
「さあ、今のうちに安全な所へ――きゃあ!」
「ん?」
少女はそれまでキリっとしていたが、何かに気が付いたようでいきなり顔を赤らめ手で覆う。同時に、完全に焼け焦げたホークスのズボンは下着ごと灰塵となってそよ風の中に消えて行った。
「……あー……なんかすみません……」
股間を隠しながら馬車に戻ったホークスは、ウララがどこからともなく着替えを出してくれたおかげで事なきを得る。
「た、助かったよ」
「あのドラゴン相手にその程度で済んで良かったわね」
「ごもっとも……」
それでもやけどは免れず、ネーテがブレスレットに埋め込まれた魔宝石を使って回復魔法をかけてくれる。
「癒しの
「ネーテもありがとうな。
そうか、回復魔法が使えるのは心強いよ」
「はい、お任せください」
「(ディ・アーブロ殴った時とか、かけて貰えば良かったな……あの時はついやせ我慢しちゃったけど)」
そして少女も共に馬車に乗り込み、再び馬車は出発した。
「でもまさか君も学園の生徒だったとは」
「ええ、世間は狭いですね。
あ、申し遅れました。
私の名はエマ・プルアンドロ。見ての通り、魔法剣士をしております。もっともまだまだ修行中の身ですが」
「へえ、魔法剣士かあ。カッコいいな!
俺は魔法使い? の、ホークス・フォウ・ベリンバー。
今回復魔法使ってくれてるお嬢様がネーテ・オルヴィート。で、そっちのがウララ」
「どーもー。って、私だけ紹介あっさりしてない?!
……まあ、いいけど」
ウララは少し考えてみたが、自分の詳細を語られても面倒なだけだな、と納得した。
「オルヴィート……あのオルヴィート家のご息女ですか?」
「は、はい。おそらくそのオルヴィート家で間違っていないかと」
「へえ、ネーテの家って有名なんだ」
「この辺りでは有名な地主ですし、ご両親はかの双頭龍を打ち倒し、ネーテさんの兄君は最年少で王宮の親衛隊隊長になったレクト・オルヴィート。剣を嗜む者なら誰もが憧れる、かの神速のレクト様ですよ。ご存じ無いんですか?」
「……いや、一宿一飯の恩になったんで知ってるけど。
(……そうか、あのシスコン兄ちゃんやっぱり人望あったんだな)」
「な、何とそれは羨ましいです。ま、まさか直接お会いしたのですか?!」
「え、ああ」
「ホークス様は昨日お兄様と決闘されて勝ちましたのよ?!」
「なん……ですって……
その割には龍相手に苦戦されていたみたいですが……?」
「け、決闘の疲れが取れなくて」
「なるほど、確かにレクト様相手となるとただでは済まないでしょうし……
しかし、ホークスさんはそこまでの実力をお持ちとは、とてもそう見えませんでした。
ひょっとしてお助けしたのも余計なお世話だったりしましたか?」
「へっ?!
ま、まあ、一応策はあって、丁度罠におびき寄せていた所だったのだよ。
わーっはっはっは」
自分でも信じられないくらい嘘八百が出てくると思った。そして例え虚栄だとしてもエマとネーテたちには輝いて見えてしまう……。
「おお! やはりそうでしたか……これはすぐに助けねばと思ったのですが、私の洞察力もまだまだですね。御見それしました」
「さすがですわ、ホークス様!」
「そうだろうそうだろう。エマ君と言ったかね、君も中々良い筋をしている。
ここで出会えたのも何かの縁だ。共に学友として切磋琢磨しようじゃあないか」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします!」
そんな三人の会話を聞きながら、ウララはやはり冷めていた。
「(よくもまあ次から次へと……お尻焼かれてたのはどこのどいつよ。
口から先に生まれたのかしら?)」
そして、そうこうしている間に馬車は深い堀と高い塀に囲まれた王都の入り口に着いて門を潜り抜ける。ネーテの家程ではないが、塔や噴水など立派な建造物がそこかしこに建っており、それを見るだけでもこれから始まる新生活に胸を躍らせるホークス。
馬車は広大な市場を抜け、一路宿舎へと向かっていった。
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