第5話 いざ、王立大学園へ

「どうした若造、恐れをなして腰でも抜けたか?!

がーっはっはっはっはっは!」

 朝っぱらから玄関先で大声を張り上げるユースティクことネーテらの父。

だがその背後の馬車の中から、清らかながらドスの聞いた声が聞こえた。

「邪魔よあなた。ネーテもそろそろ年頃なんだから、そっとしておきなさいな」

 ビクッと肩を震わせるユースティクを蹴り飛ばし、声の主が馬車から現れる。ユースティクの妻、オルドー・オルヴィート。彼には勿体ないほど、ネーテに負けず劣らずの美貌の持ち主がそこにはいた。

「お、お前……もう少し手加減をだな」

「もっと鍛えなさい」

「……」

 その女性の登場により、さっきまでの威勢はどこへやら。まるで借りてきた猫のように大人しくなってしまった。

「お母様! おかえりなさいまし!」

「ネーテ、ただいま戻りましたよ。

そちらの方はどなた? 随分親し気のようですけど」

 相手がしっかりした人だとこちらも背筋が伸びるというものだ。ホークスは直立不動で深々と頭を下げながら自己紹介をした。

「は、初めまして。私はホークス・フォウ・ベリンバーと申します。

娘さんとは街道にて魔獣から助けたのをきっかけに、一宿一飯のご相伴に預かっておりました」

 これまでに無い誠実な態度を心掛けたつもりだったが、逆にこれがネーテにとっては素っ気ない素振りに感じてしまう。

「そんな言い方切ないですわ。わたくしとホークス様の仲ではございませんか」

「え、あ、いや、そういうわけでは……ちゃんとした方が良いかなって」

「お母様でしたら大丈夫ですわ! ね、お母様!」

「ええ。あなたが幸せそうで何よりよ。ね? あなた」

「う、うむ……そう、だな……」

 煮え切らない様子のユースティクを尻目にオルドーが続けた。

「さて、長旅でお尻がゴワゴワだわ。フォルト」

「は、こちらに」

 どこからともなく瞬時に現れたフォルトが二度「パンパン!」と手を叩くと、これまたどこからともなく数名のメイドたちが現れ、実にシステマチックに全自動のロボットのようにオルドーたちの上着を脱がし、大小様々な荷物などを運び出す。

「奥方様、朝食のご用意ができてございます。

中庭のテラス席などいかがでしょう」

「良いわね。小川でも見ながら少し食べて、そのあと仮眠するとします」

「かしこまりました。

では、寝つきの良いハーブティを厳選するといたしましょう」

「頼みましたよ」

 そして会釈をし、またフォルトは消えた。

一連の動作を見ていたホークスは思う。

「(執事っていうか、もう忍者だよな、あれ……

それにしても昨日は情報量多すぎてあまり意識できてなかったけど、ここにいるの本物のメイドさんなんだよな!? さすが金持ちは違うよなあ)」

「ホークス様、いかがなさいましたの? 何やらお顔がにやけていらっしゃるみたいですけど」

 慌てて身震いをするとホークスは両手と首を振って全力で否定する。

「ちちち違うって! 決してメイドさんたちに見とれてなんていないから! 違いますから!」

「もうっ」

 そう言うとさっさと中へ入ってしまった。

「うーん、まずったかなあ……」

 そしてユースティクはこれを見逃さない。

「やーいやーい、フラれてやーんの」

「うぐっ……なんてガキっぽい親父さんなんだ……」

 しかしそんな親父さんも奥さんにはやはり弱く――。

「あーなーたー! あなたもさっさと家に入りなさいな!」

「は、はいぃぃぃ! 今入ります!」

 ビシッと体の姿勢を正して返事をすると、一目散に家の中に駆け込んで行った。

「やれやれ、平和だねえ。ったく、ウララはこんな平和な世界に何だってまた俺を転生させたんだろ?」

 その問いに答えるように、今度は眠い目をこすりながらウララがやってくる。

「何よ朝っぱらからー。うるさいわねぇ……ふあ~あ」

「ネーテたちの両親が帰ってきたんだよ。遠征に行ってたんだと。

それはそうと、この世界って平和そのものだぞ?

何でわざわざ俺を殺してまで転生させたんだよ?」

 そんなことを言うホークスの顔をまじまじと覗き込むウララ。

「な、なんだよ……」

「あー、そう言えばまだこの世界に転生させた理由って説明してなかったっけ?

ごめんごめん。有り体に言うと魔王討伐ってやつね」

「え、魔王いるの?」

「いるわよ、魔王の中の王、大魔王が。

魔界とこの世界を融合させようと日々頑張ってるみたいだけど、それを打ち砕いてねって話」

「だ、大魔王?!」

「あ、それから平和なのはこの地が比較的南半球に属しているからよ。北半球の三分の一は既に魔界に飲み込まれて多くの人や動物たちが死んだわ。

それだけじゃない、無理やり別次元を繋げようとするもんだから放っておくと宇宙の崩壊にも繋がりかねないのよ。そして大魔王はそれすらも楽しんでやってるみたい。

どう、神焔のゴッドバロンさん? 少しは理解できたかな」

「……つまり大ピンチって事じゃねえか。

レクトはもちろん、あの親父さんだって相当の手練れに見える。あんな歴戦の戦士たちがゴロゴロいるのがこの世界なんだろ?

それでも侵略をし続けてくる魔王軍って……」

「うん、めっちゃ強い」

「それを俺に何とかしろって? バカも休み休み言えよこのやろう!

ニート舐めんなよ!」

「舐めてなんかいないわよ。あなたの魔力だけは本物だもの。

だから最悪、核ミサイルみたいに超々遠距離砲弾の先端に括り付けてぶっ飛ばす使い道も有るかなって」

「無ぇよ! 何なんだよそれ! むしろウララが悪魔だわ! 魔族のそれだわ!」

「それが嫌なら、何としてでも止めなさい。

幸い今日明日に魔界に染まるわけじゃない。学校に通えるのも良い機会よ。しっかり準備をして、来るべき日に備えましょう」

「……嫌だ……」

「……は?」

「ご褒美とか無いと嫌だ……」

「甘えたこと言ってんじゃないわよ糞ニートの分際で!

むしろ活躍の場を与えられた事に感謝しなさいっての!」

「嫌なものは嫌なんだー!

だって怖いもん! 負担も責任もでかすぎるもん! おかしいだろこんなのどう考えたって!」

「……仕方ないわね……じゃあ、何がご褒美なら魔王討伐に前向きになれるってのよ?」

「え、良いの?! なんでも良いの?!」

「私に叶えられる範囲だったらね。さすがに今回の件は特級事項なので上層部に掛け合えば多少の無茶は聞いてくれると思うし」

「……じゃあ、王様になりたい……」

「え、王様? そんなのでいいの?」

「うん、そんでハーレム作ってアニメやゲームに囲まれて一生不自由なく面白おかしく暮らしたい」

「うっわー、ひくわー……さすが糞ニート」

「何だよ! 聞いてきたのそっちじゃないかよ!」

「……分かったわ。

まあ、魔王討伐なんて武勲もたてれば国の一つや二つ持つことも問題ないでしょうし、女の子からもそこそこモテるだろうし。良いんじゃない?」

「マジで?! いやったー!!」

「その代わり、魔王倒したらだからね!」

「ふっ、俺を誰だと思ってるんだい?

神焔のゴッドバロン様だぜ!」

「はいはい」

「……そういえば、そういうウララこそいったい何者なんだよ?

一介のVtuberってわけじゃないんだろ?」

「え、わたし? わたしはただの時空捜査官よ。

Vtuberだったのは、何となく一番あなたとコンタクトが取りやすそうだったから。

どう、面白かったでしょ?」

「……ま、まあ、見た目はすっごい好みだったし……

ていうか、時空捜査官……って何?」

 聞きなれない役職に、つい聞き返してしまう。

「そう、この世界には数多の時空、次元が存在しているんだけど、たまにそれらが干渉し合って悪影響を及ぼす事があるの。だからそれを見張ってるってわけ。

もっとも、あなたのような知的生命体の概念で語れば限りなく神に等しい高次元の存在って事になるんだろうけど」

「いやいやいやいやいやいや。ないわー、それはないわー」

「ないって何よ!」

「だってお前ポンコツじゃん」

「ムキー! 取り消しなさい! 今すぐポンコツ呼ばわりは取り消しなさーい!」

「はいはい。なら無事、俺を大魔王討伐に導いてくれよ。そうしたらお前さんが望む呼び名で呼んで崇め奉ってやるからさ」

「……何よそれ。良いわ、見てなさい!

学校の卒論が魔王討伐の項目で埋まるくらい、卒業前に完了させてみせるんだから!」

「おう、頼りにしてるぜ?」

「任せなさいって!」


 それからすぐの後、ホークスとネーテ、ウララはレクトをはじめとしてオルヴィート家の皆に見送られながら一路、ステイロ王立大学園へと馬車で旅立った。

「親父さんもレクトも泣いてたな」

「ええ……ほんと、いつまでたっても子離れ、妹離れができない人たちですわ」

「でも、良い家族だと思うよ」

「ホークス様……」

 うっとりとするネーテを他所にウララが口を挟む。

「あ、これは私の友達の話なんだけどね。とある家族のお葬式で、お坊さん……ていうか僧侶? の人がまじめに進行してたらしいんだけど、その亡くなった人って家族の中でも腫物扱いされててお葬式の間中、参列者の人たちはずっと嬉しそうだったんだって。けど仮にもお葬式だから皆堪えてたの。

 でもね、僧侶の人が立ち上がると同時にオナラしちゃって。そしたら皆大爆笑よ!

 おかげで華やかなお葬式になったんだけどさ、まあ何が言いたいかって言うと、いろんな家族の形が有るものよねってことよ」

「まあ。それは何というか……何だか可笑しいですわね。フフフ」

「ねー」

「……あの、ウララさん、そのお友達のお葬式って……」

「さあ、誰の事だったかなぁ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(俺のことかぁぁぁぁぁぁ!!)」

 ホークス、いや、たかしはそれだけ聞くと両手で顔を覆って泣き始めてしまった。

心配したネーテがおずおずと尋ねる。

「まあ、どうなさいましたの?!」

「大丈夫大丈夫。ちょっと親友のこと思い出しちゃっただけみたいだから」

「あらあら……それはお悔やみ申し上げますわ」

「(畜生……幸せになってやるぅ!

絶対魔王倒して、誰よりも幸せになってやるんだあぁぁ!!)」

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