第3話 親衛隊隊長はシスコンお義兄(にい)様
「拝啓、母さん。
誰かを殴ると、しばらくずっと手が痛いわけで……
やっつけた魔獣の名前がディ・アーブロとか言うらしいけど、
この疲労感に比べればそんなことは正直どうでも良いわけで……
助けた相手のお家が、なんかもうお家というかお城の様なお屋敷だったわけで……」
やっとの事でネーテの家の玄関前に辿り着き、たかしは呆然としていた。石造りの立派な邸宅に両開きの巨大な玄関扉。四畳半の居城に居ついていた人間を圧倒するには十分だった。
ただでさえニートになってからろくな運動もしてこなかった青年に、心身ともに疲弊させるにはこれまでの道のりだけでも十分すぎる。
「話には聞いたことあるけど、門から玄関まで徒歩30分の家って本当にあるんだな……」
「馬車が無いと不便なだけですわ」
苦笑を浮かべつつネーテはそう言いながら巨大な扉を開けて入る。
その直後だった。
「ネーテェェェェェェェェ!!」
馬車の荷台より大きなシャンデリアを飾った玄関ホールの奥から、これまたネーテに負けず劣らずの美しい銀髪の長身エルフが猛ダッシュで駆け寄ってくる。
「お、お兄様!?」
「おおお、愛しの妹よ! 帰りが遅いから私はもう心配で心配で! 大丈夫だったか? けがはしていないか? もう医者を呼んだ方がいいな! おーい、誰か医者の手配をー!!」
「あの――」
ネーテが口をはさんで止めようとするが、その男は止まることは決してなかった。
「あああ、こんなに土埃に汚れて! というか野盗にでも襲われて酷いことはされなかったか? それとも魔獣か、いや魔物か!? おのれぇ! たかが下級魔族ごときが、我が世界一可愛い妹をたぶらかしに来るとはその目利きだけは誉めてやろう! だがしかし、だがしかあーし! この兄レクト・オルヴィートの剣が黙ってはいないぞ!!」
レクトと名乗ったその男はけたたましくまくし立てると、次の瞬間には虚空から取り出した細身の剣、レイピアの切っ先をたかしの眼前に突き付けていた。あと数ミリで目が串刺しになってしまう距離だ。
「あばばばばば……」
レイピアは豪華な金の装飾が施されており、この巨大な屋敷の住人に相応しい代物で素人目でもかなり高価な得物だと分かる。だが突然降って湧いた命の危機にたかしがそれを認識することなど不可能だった。慌ててネーテが間に割って入る。
「おおお、お兄様! およしになってくださいまし!
そのお方は命の恩人ですわ!
わたくしがディ・アーブロに襲われたところを二度も助けてくださいましたのよ?!」
「いーや、ネーテよ。お前は騙されているのだ!
どこの世界にこんな貧相な男が善意でお前を助けてくれると言うのだ!?
そうだ、読めたぞ俗物め。貴様がディ・アーブロをけしかけたのだ! 罠にかけたのだ!
なるほどきっとそうに違いない! なんと卑怯なことか!
騙されているんだよお前は! 可愛いから!」
「可愛いのは関係ないんじゃないかな」
ウララが突っ込むも聞いちゃいない。このレクトというエルフの青年は確かに身なりも良いしネーテの兄弟というのも納得の風貌だった。しかし困ったことに、ことネーテ絡みの事となると全く人の話を聞かない男だった。
「そんな、俺はただ――」
「ただ、何だね?
ふんっ! あわよくば、その体を使ってお礼をして貰って~とか、下劣で低俗な下心でも抱いていたのであろう!?
可愛いからな! ネーテは! 可愛いから!!
違うかね?! 違うと言うなら申してみよ、この変態詐欺師があっ!!」
たかしは百パーセント違う、とは言い切れなかった。正直、少し期待していた自分がいたのだ……が、しかし。さすがにここまで決めつけられては、たかしも黙ってはいられなかった。
「ああもうっ!
何っなんだあんた! さっきから全部勝手に決めつけで独り言喚き散らしやがってこのシスコン野郎が!
ちょーっとばかりイケメンで金持ちのボンボンで剣技も達者だからって何言っても許されると思うなよ?!
そんなに心配ならあんたが護衛すりゃ良かっただろうが!」
「私だって出来る事ならそうしたかったさ!
だがな、お前のような社会経験の乏しそうなボンクラと違ってこちらは王宮お抱えの身なんだよ!
公務で忙しいんだよ!」
「んなこと知るか! っていうか、今さらっと言っちゃいけない事言いやがったなこの野郎!
誰が社会経験の乏しい糞ニートだ! 誰が掃きだめの隅で野垂れ死にそうな蛆虫野郎だ!」
「いや、そこまでは言ってないわよ?」
たまらずウララが再び突っ込むも、もうたかしも聞いてはいない。
「良いか、良ーく聞けよ?
さっきあんたの可愛い可愛い妹が言った通り、俺は恩人なの!
俺が何とかしてなけりゃ、今頃はらわた引きずり出されて死んでたかもしれないんだぞ!
見たところ、頭が小さければ脳みそも小さそうですが、そのくらいのことも理解できないんですか?!
ひょっとしてバカなんですかぁっ?!」
「ばっ……い、言うてはならん事を口走ったな貴様あ!!
この私を誰だと思っている!? かのジュヴェーロ王国親衛隊隊長のレクト・オルヴィートであるぞ! この私への不敬は王国を敵に回したと同義! 万死に値する!!」
「お兄様!」
「止めてくれるなネーテ。騎士として、このような輩を野放しには出来んのだ。
貴様、名は何と言う?」
「神焔の……ゴッドバロンだ」
「何だそれは、通り名か?
知らん名だな」
「この地方には来たばかりなもんでね」
「本名は何と言う?」
「……」
「どうした、名乗れんのか?
やはり犯罪者の類ではないのか」
「わ、わたくしも知りたいですわ! ゴッドバロン様の本当のお名前を」
鈴木たかし、そう名乗るべきか少し躊躇していた間にウララが割って入る。
「この人は鈴木たか――むぐぅ!」
が、咄嗟に口を手で塞いでたかしは訂正した。
「ホークス……
ホークス・フォウ・ベリンバー」
「この地方では聞かん響きの名だ。なるほど、どこか遠方の国より来たというわけか」
「ホークス様……素敵なお名前ですわ」
オルヴィート兄妹は納得しているものの、ウララはちょっと可哀そうな人を見る目で見つめていた。
「……ヘタレ」
「うっさい」
当の本人が一番分かっていた。言ってみてなんだが、かなり恥ずかしくて死にたいくらいだった。
「ホークスよ、貴様に決闘を申し込む」
「け、決闘?!」
「万死に値すると言ったはずだ。
貴様の得意な武器を取れ。何なら武器庫から好きな武器を貸してやってもよい」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。
いくらお兄様でも、ホークス様がお相手ではただではすみませんわ!」
「ネーテ……分かっておくれ。
これも親衛隊隊長の務めなのだよ」
しばらくの後、一同は揃って中庭に出ていた。いつの間にか屋敷の従者たちも見学に訪れており、総勢三十名くらいに見守られている。気が付けば日も傾き始めていた。
そこは簡易のコロシアムのようになっており、レクトとたかし――、もといホークスが立っている。最もホークスは片手をズボンのポケットに入れて後ろを向いて立ちながら視線だけは首をひねってかろうじて向けているが……
「どうした、武器は持た無いのか? まさか素手でこの私を相手取ろうとは舐められたものよ」
当然レクトは例のレイピアを所持して立っていた。これ見よがしに「ヒュンヒュン」と優雅に振って見せる。
しかしホークスもここで引くものかと、外に出ている方の手で何かを握りつぶすジェスチャーを繰り出した。
「あんた相手ならこれで十分ってわけさ」
「その通りですわ!
ディ・アーブロも一撃だったんですから!」
「……どう見ても徒手空拳の使い手の体躯とは思えん。その辺の農夫の方がよほど良い体つきをしているが……
面白い。もしこの私に一撃でも入れる事ができれば今回の件は不問にしてやろう」
「へっ、ほえ面かいても知らねえからな。
ごめんなさい、私が間違ってましたって謝るなら今のうちだぜ?」
相手を挑発し続けているホークスだが、正直立っているだけでもいっぱいいっぱいだった。
後ろを向いているのは今にも泣きそうな顔を隠すためだし、ポケットに突っ込んだ手は見えないところで足をつねって震えを少しでも抑えているに過ぎない。ウララだけは分かっていた。
「あー、完全にビビってるわねあれは……
でも、この程度を何とかできないようじゃとてもじゃないけど魔王相手なんて夢のまた夢。
ここは静観させてもらうわよ」
そうこうしている間にも、ホークスはこれまでの人生で一番頭を働かせていた。
「(やばいやばいやばい! 考えろ、考えるんだたかし! おそらく待っているのは間違いなく死だ。
あのレクトとか言うエルフの兄ちゃん、ただのシスコンじゃない。親衛隊隊長とか言ってたのは伊達じゃなく、殺気がビリビリ伝わってきやがる。
どうする? 正面から真っ向勝負をしても勝てる相手じゃねえ。
かと言って小細工が通用しそうでもないし、ディ・アーブロとか言う猪の化け物みたいに猪突猛進してくるわけでもないだろう……)」
「ホークスよ、神焔と言ったな。
私にも通り名はあってな、冥途の土産に教えてやろう。
貴様が神焔なら、私は神速のレクト。
あそこの執事長、フォルテの投げたコインが地に落ちた時が決闘開始の合図だが、そのコインが一度跳ね、再度地に着く前にすでに勝負は着いていると断言する」
「フッ、言ってくれるじゃねえか……いつまでも調子に乗ってられると思うなよ?
(ってどの口が言ってんの俺の口ー! え、マジで?! そんな、嘘だろ?
20メートル以上離れてんだぞ? それを何、コインが一回バウンドし終わる前に俺の命も終わるの? いやいやいやいやいやいや。無い。無いわー。ギャグだわそんなの……
う、ウララさーん……ど、どうしょう?)」
チラッとウララの方を伺うが、当の本人はいつの間にか茶菓子の盛られたガーデンテーブルの前に座り、カップケーキをパクパクとのんきに食べていた。
「(あ、い、つぅぅぅぅ!)」
そんなホークスの怨念の籠った視線に気が付く。
「ん? 適当にがんばー!」
「(くっそぉぉぉぉ! ええい、こうなったら……!)」
と、これまで背を向けていたホークスがレクトにきちんと体を向ける。
「なあ、レクトさんよ。
さっき一撃でも入れれば不問にするって言ったけど、仮に俺が勝ったらどうする?
そうだなあ、何でも一つ言う事聞くってのはどうだ?
まあ、親衛隊隊長ともあろう騎士様が負けはしないだろうけどさあ!」
「ふっ、良いだろう。
何だその願いとやらは?
三回回ってワンとでも鳴こうか?」
「言ったな? 二言は無いな?」
「くどい!」
「なら……ネーテを嫁にする」
「なっ?!!」
「ほ、ホークス様?!」
予想だにしていなかった回答にオルヴィート兄妹が動揺したのはそうだが、ウララもコレには飲みかけた紅茶を勢いよく噴き出してしまう。
「あ、あいつ何考えてんのかしら。これだから童貞は……」
「どどどど童貞じゃねえし!」
「はいはい」
もちろんこれはホークスの仕掛けた心理戦だ。そして効果は絶大だった。
「何を言い出すかと思えば……そそそ、そんなものダメに決まっているだろう!」
「はぁ~? 二言は無いんですよねえ?! お・義(に)・兄(い)・さ・ま!」
「だ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!
貴様に義兄(あに)と呼ばれる筋合いは無い!!」
「あー、ネーテちゃん可愛いからなあ。無茶苦茶タイプだからなあ。
結婚したら何しよっかなー。夜はもちろん、昼も朝もあんなことやこんなことしてー」
「ホークス様、そんな……やだっ、どうしましょう……」
「ふ、ふふふふふざけるな!
ネーテを汚すなあ!!」
「えー、何がですかー?
何想像されたんですー?
ぼく分からないなー。
お義兄様って結構スケべなんですかー?
実の妹で何考えてたんですかー?
あーあー、親衛隊の皆も可哀そうにな―。
きっと慕われてただろうに、実際の中身がコレだと知ったら、さぞ幻滅なんだろうなあ」
「い、いい加減にしないか!
ええい、これ以上虚偽の誹謗中傷をされてたまるか。今すぐその息の根を止めてやる!
フォルト! さっさと合図を出せ!」
「は、はい、坊ちゃま」
そう言われるや、フォルトと呼ばれた初老の執事長はコインを弾き、宙を舞わせる。
だがそんな間もホークスの攻撃の手は止む事はない。
「ネーテちゃんの胸、お尻、太もも……はあ~、想像しただけでたまりませんなあ」
「やめろおぉぉぉぉ!」
「ホークス様ったら……」
そんなやり取りを、ウララだけがドン引きしながら見ている。
「マジひくわー」
そしてコインが地に着くと同時に「うぉぉぉぉ!」と声を張り上げてレクトが突っ込む。
しかし動揺は隠せず確実に速度は落ちていた。
レクトがホークスに届く前に、ホークスの右の拳が足元の地面に届く。
「(半ば賭けだったけど、あんたが俺に届く前に俺の方が先に足元に届けばそれで十分なんだ。悪く思うなよ――)
「な?!」
レクトにはホークスが少しかがんだだけにしか見えなかった。相手が何をしたのか分からない想定外の攻撃に完全に不意を突かれる。轟音と共に衝撃波が巻き起こったかと思えば、大地から跳ね返る熱波を伴った、まるで地雷のようなエネルギーの塊がレクトの全身をこれでもかと襲う。数秒遅れて地面も崩れ始めバランスを崩してしまった。「まずい!」と思ったレクスの顔をホークスの左手が「ガッ」と捉え視界を奪う。気が付いた時にはもう遅い。
「!!」
「今思いついて今命名!
そう叫んだ瞬間、ホークスの左手は強烈な閃光を放ちレクトの目を眩ませてしまった。
「ぐぁぁぁぁ……め、目が……視界が……!」
適当にレイピアを振るうが当たりはしない。
「んじゃ、そゆ事で」
ただでさえ先の攻撃で凸凹になってしまった地面に足を取られておぼつかなくなった所へ、ホークスは足をひっかけ顔面からレクトを転ばせてしまう。勝負の結果はあっけないものだった。
「そ、そこまで!」
フォルトの声が響き渡り、決闘の幕は閉じる――。
一連の攻撃でテーブルごとお菓子を吹き飛ばされ不機嫌なウララが言った。
「あーあ。気高きエルフ族にあんな約束しちゃって……どう責任とるのかしらね、あいつ」
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