第2話 炸裂、必殺の拳!

「はぁ。し、神焔の、ゴッドバロン……様……」

「(ま、まずい。

 咄嗟に名乗ったが、ひいている?!)」

 たかしは言ってから後悔していた。さすがにいい歳して中二病全開な名前を名乗るのもどうかと思う。かと言ってこの場で「鈴木たかし」という本名を名乗るのも気恥ずかしい。

 しかし、彼の心配とは裏腹にネーテの表情は憧れのスイーツに出会ったかのような、期待と興奮が入り混じった満面の笑顔を向けていた。

「か、かっこいいですわ!!」

「え……? そ、そそそ、そうだろぉ!

 いやあ、この名前の良さが分かるとは、お嬢さんは中々良いセンスをしていらっしゃる!

 はーっはっはっは!」

「フフフ。ちなみにつかぬ事をお伺いしますが、それって本名ですの?」

「え、いや、その、通り名……みたいなもので――」

 と、たかしが少し言い淀んだその時だった。背後から聞き覚えのある声がした。

「あれ、そうだったの?

 てっきりスパチャ用の名前だとばかり……」

「そ、その声は……!」

 振り返ると、あの黒髪の少女がそこには立っていた。

 見間違えるはずもないケモ耳をぴょこぴょことさせた、あのスマホの画面とうり二つの少女、トキソラ・ウララの姿が。

「ウ、ウララ……さん?

 実在してる……?!

 こ、これが異世界ファンタジーの力なのか!」

「すぱちゃ?」

 きょとんとするネーテにウララが答える。

「あ、スパチャというのはですね、動画サイトで――」

「あーあーあー! 説明しよう!

 スパチャとは、スーパーチャンピオンの略である!」

「え、何それダサっ……」

 間髪入れずウララにボソッと突っ込まれたものの、自分でもどうかと思いながら無理やり取り繕う。だが、それでもネーテの信頼に揺らぎは無かった。

「まあ! どこか武闘大会で優勝されたのですね!

 どうりでお強いと思いましたわ」

「いいい、いかにも!」

 と、精いっぱいの虚勢で胸を張るたかしを尻目にウララが割って入る。

「え、武闘大会? 争い一つない島国でぬくぬくとニート生活満喫して――ふがっ」

 たかしは不穏な事を口走りそうになったウララの口を手で掴み、そそくさとネーテから距離を取って背を向ける。肝心のネーテは訳も分からず首を傾げ、不思議そうに二人を見守っていた。

「ちょっとウララさん、やめてくれません?

 今良いところなんですよ!」

「良いところもなにも、嘘は良くないでしょ?

 あんなピュアなエルフのお嬢様に対して、胸は痛まないの?」

「痛いですよ! もう自分の言動とか全部痛いなって思いながらお話してるんです!

 こう見えてもウララさんも含めてこんな可愛い子と生まれてこの方話したこと無いから、内心テンパってて仕方ないのを必死に隠してるんですよ!」

「あ、それは手に取るように分かってる」

「分かってるんかい!」

「でも、可愛いなんて言われたの初めてかも。へへっ、ありがと」

 一気に早口でまくし立てたたかしだったが、そう言ってほほ笑んだウララの笑顔に一瞬ドギマギして言葉を詰まらせてしまう。

「……というか、どうやったか分かりませんけど人の事勝手に殺しましたよね?」

「痛みは感じ無かったでしょ?」

「で、この世界に転生させたのウララさんですよね?!」

「理解が早くて助かります。さすがオタクニートさん」

「誰がオタクニートさんだ……

 ったく、あなたはいったい何者なんですか?

 殺人罪って知ってますか?」

「まあその話は追々」

「追々って――」

「そんなことより彼女、そろそろこっちを怪しんでるよ?

 とりあえずこの世界の一般的な服を持ってきたから、いつまでもスウェットに裸足でなんかいないで着替えちゃいなよ」

 そう言いながら肩からかけた鞄の中から、男物の服を取り出して手渡す。

「……あ、ありがとうございます……ちょっと、足の裏痛かった……」


 木陰で着替え終わったたかしは、見張りで立っていたウララと共にネーテの元へと戻る。

「待たせたな」

「とんでもございませんわ!

 なるほど、従者の方にお召し物を持ってきていただいたんですね。よくお似合いですわ!」

「じゅっ……」

 従者呼ばわりされたことに少し引っかかったウララだったが、ここはぐっと堪えることにした。

「わたくし、ネーテ・オルヴィートと申します」

「う、ウララです……」

「ウララさん、お家までの短い間ですが、よろしくお願い致しますわ!」

「こ、こちらこそ」

「でも確かに、ゴッドバロン様。ずっとお聞きしたかったのですが、どうして寝巻のような恰好で裸足でしたの?」

「え、あ……む、夢遊病なんだ」

「まあ、それは大変ですわね。宜しければ腕の良いお医者様を紹介いたしますけど」

「だ、大丈夫。すぐに治る」

「そうですの?」

「そ、そんなことより先を急ごう。ネーテの家までどのくらいかかりそうなんだ?」

「そうでしたわ。ここからですと徒歩で半日といったところでしょうか」

 徒歩で半日と聞いて少し動揺するたかしだったが、あまり顔に出さないようにした。

「……み、道案内を頼むよ」

「お任せくださいまし!」


 鼻歌交じりのネーテを先頭に街道を進みながら、たかしがヒソヒソとウララに話しかける。

「あの、ウララさん」

「なに?」

「その、転生の「特典」みたいなのって無いんですか?」

「特典?」

「転生物で良くあるでしょ?

 実はこう見えてレベル99だったとか、実は凄い武器を持ってるとか。

 もしまたあんな化け猪にでも襲われようもんなら、ひとたまりも無さそうで」

「ああ、それなら魔力は桁違いになってるはずだよ」

「え?!

 ま、魔力って、つまり魔法が使えるってことですか?!」

「君は元々素質はあったけど、あっちの世界じゃ魔法なんて存在しないし無用の長物だったからね。

 更に一度「死」を経過して再度受肉したことによって、鈴木たか……ゴッドバロンさんの魔力はこちらに現存しているトップクラスの魔法使いを遥かに上回る力を得ているはずなのよね」

 たかしは未だ実感のない自身の力に手の震えが止まらなくなる。そんな両手をまじまじと見つめ。

「なん……だと……

 こ、この俺にそんな力が……」

「あ、でも魔宝石が無いと結局使えないんだけど」

「なん……だと……

 ちなみにその魔宝石というのはどこに」

「魔法の杖買えば? 子供用でも付いてるわ。

 大丈夫だって。この世界じゃどんな辺境の村の道具屋さんでも扱ってる一般的な商品なんだから」

「……道具屋さん、ねえ。こんな街道のど真ん中にあるとは到底思えませんが?

 それにこの世界来たばっかりでアイハブノーマネーなんですよね。分かります?

 俺は今、NOWで襲われたらまずいという話をしているんですけど」

「……ですよね……」

「……ウララさんひょっとして、ポンコツ?」

「にゃっ?!

 ポポポ、ポンコツじゃないわよ!」

 と、楽しそうに話し込んでいると思ったネーテが振り返って後ろ向きに歩き出す。

「フフフ。お二人だけで何を楽しそうにお話なさってるんです?

 わたくしも入れて欲しいですわ!」

「いやあ、この辺は不慣れなもので強力な魔獣に出くわすと厄介かな、と」

「それでしたら大丈夫ですわ!

 この街道には滅多に魔獣も魔物も出ませんし、護衛はしていただいていますが、本当に「いざ」という時の為の物ですのよ?

 何よりこちらにはスパチャのゴッドバロン様がいらっしゃるんですもの。怖いものなんてございませんわ!」

「ふふ、その呼び方はやめてほしいかな。

 あとそんなフラグが立ちそうなことを言ったら――」


 そうたかしが言いかけた時だった。ネーテが背中で「何か」にドンッとぶつかる。

 鼻を突くような獣の匂いと首筋を刺すような固い毛の塊が、一瞬にして対象の正体をネーテに伝える。笑顔のまま固まる彼女の目にも、青ざめていくたかしとウララの顔がはっきりと見て取れた。

 状況を理解し、冷や汗がダラダラと溢れた次の瞬間。

 さっき倒した魔獣よりも一回りも大きな猪の雄たけびと共に、鋭い爪がネーテに襲い掛かる!

「危ない!!」

 寸での所でたかしが彼女を抱き寄せる形で庇い、勢いで一緒に地面に転がった。

「ゴッドバロン様!」

「逃げろ!」

 そう言うが否や、たかしはネーテを突き飛ばす。

「きゃぁっ」

 魔獣の更なる攻撃が視界に入り、体制を立て直そうとするが足がすくんで起き上がれないまま素早い攻撃に誰も対応できず吹っ飛ばされてしまう。

 しかし、ウララだけは冷静に事体を見守っていた。

「へえ、やるじゃない」

 そのウララの視線の先にいたたかしは、無意識に腕を顔の前でクロスさせて魔力による「防壁」を張り、完全に攻撃を防いでいたのである。

 着地こそ地面に叩きつけられる形になってしまったが、鋭い爪に切り裂かれることもなくほぼ無傷で済んでいた。

「いってぇ……」

 魔獣も本能で何か察したのか、そんな彼の様子を少し伺っている。

「何だ今の……なんかこう、力が流れたような……これが魔力ってやつなのか?」

 しかしどんなに魔力が高くても、長年のニート生活で培った隙だらけの現状は易々と魔獣に見透かされてしまう。

 再び襲い掛かろうとする魔獣が今度はかがみ、足で二度地面を蹴ったかと思えばたかし目掛けてもの凄い勢いで頭から突進し始める。

 ウララもその勢いには流石に危険を察知し。

「いけない、避けて!!」

「分かった!」

 だが、たかしのそれは了解の合図ではなく、理解への返事だった。

 後は体が勝手に動く。

灼熱の大螺旋拳バニシング・ドリルナックル!!」

 掛け声と共に繰り出した右の拳を中心として、瞬時に巨大な炎の渦が発生。突進してきた魔獣の頭部に触れると同時にそこから下半身を突き抜けるようにして鋭く収束、凝縮された炎のエネルギーがまるでドリルのように回転し轟音と共に突き抜けていった。

 そして少し遅れて魔獣の体内に奔流した魔力の欠片が暴れだし、全身を吹き飛ばすかのように膨張し弾け飛ぶ。

 結果、後に残ったのは若干のクレーターと文字通り粉々となった魔獣の消し炭。そして行き場を失って自然と霧散する炎だけだった。ほんの数秒前までピンピンとしていた魔獣の姿などどこにも存在していない。

 目の前で展開された衝撃の出来事に呆然とするネーテとウララ。

「す、凄い……いえ、凄すぎますわ。

 これが、灼熱のゴッドバロン様のお力……」

「まさか杖無しでこんな強力な魔法を使えるなんてね。

 いきなり世界の摂理超えてんじゃないわよ、まったく……」

 一方、当の本人は二人に顔見せできない程焦っていた。散り逝く魔獣だった何かを涙目で見ながら唇をブルブルと震わせ、微動だにできずにいる。

「(ききき、聞いてないんですけどー?!

 確かに何か掴めた気がして、それっぽく拳突き出しただけなんですけど?!

 魔法使えるやったー! とか、安易な気持ちを持っていた少し前の自分を殴りたい!

 懲らしめてやりたい!

 自分でやっといて何ですが、無茶苦茶怖いんですけど!

 明らかにオーバーキルじゃん! 怖っ! 何これ怖っ!

 お母さーん! たかしは泣きそうですよー!!)」


 やがて数分の後、何とか少女二人には悟られまいと平静を取り戻したたかしは、今度こそ魔獣と出会わないことを祈りつつネーテの家に急ぐのであった――。

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