スパチャ転生

皇魔ガトキ

第1話 神焔のゴッドバロン

「ん? こ、これは……

 トキソラ・ウララ……知らないな、新しいVtuberか?

 ……結構好みじゃないのかこれは?

 というかむしろドストライク!

 推すしかないなこれは!」

 薄暗く狭い部屋の中。全身スウェットで身を包み、スマホ片手に動画サイトをザッピングしていた男が独り言を呟きながら、獣耳の生えた黒髪美少女のサムネをタップする。

 動画はつい数分前にライブ配信を開始したばかりだったようだが、まだ視聴者は誰もいなかった。


「あ! やったー!

 やっと一人来てくれました!

 誰も来てくれなかったらどうしようって、ちょっとドキドキしてたんです――。

 初めまして、トキソラ・ウララです!」


 画面の中の少女はそう言い、少年もコメントを返す。


『どうも、神焔のゴッドバロンです。

 俺も今日初めて見ました』


「そうなんです! 実はさっき始めたばかりで。

 来てくれてありがとうございます!」


「か、可愛い……

 それにしても他に視聴者が誰もいないな。

 宣伝も何もしてなかったのか?

 概要欄にも何も書いていない……

 はっ!!

 そうか、むしろここは俺とウララちゃんの二人っきりの空間!

 昨日貰った小遣いもあるし、スパチャして今のうちにポイントを稼がなくては」


 たかしは思ったことを全て口に出しながら、何の躊躇いもなく一万円をスパチャした。


「わー! スパチャありがとー!

 えーっと、神焔のゴッドバロン……さん、いえ、鈴木たかしさん!」

「なあに、このくらいお安い御用……って、え?」


 たかしは突然本名を呼ばれたことに焦った。こんなに焦ったのはいつ以来かというくらい、全身の毛穴から汗が噴き出したのが分かるくらいに。


「……ねえ、ちょっと”死んでくれる?”」


 その言葉を最後に彼の視界は暗くなり、意識は遠のいていった――。


「………………

 …………

 ……

 何だか、浮いてる気がする……」

 たかしの意識が徐々に回復していく。

 体のどこにも何も触れていない感覚。しかし浮いているのではなく、これは……


「……いや、ちょっと待て。

 ひょっとして俺……落ちてる?!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 真っ逆さまに落ちながら、そう悲鳴を上げたのと同時だった。

 彼の頭上、正しくは地面の方からも少女の悲鳴が聞こえる。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 たかしが現状を確認しようと声の方を向いた時にはもう遅い。

 ゴスッ!!!

 と鈍い音を立てて、巨大な二足歩行の猪のような生き物、魔獣に頭突きを食らわせていた。

「!!」


 魔獣はその場で崩れ落ち、息絶える。


「……え……」

 先ほどの悲鳴は今にも魔獣に襲われそうになっていたエルフの少女のものだった。

 少女は見るからに高そうな純白のドレスを着ており、誰が見てもどこぞの高貴な家の者だと分かる。


「た、助かりましたの……?

 あ、あの……」

 頭を抱えながらうずくまるたかし。

「いっっってぇぇぇぇぇぇ」

 エルフの少女が恐る恐る近づく。

「大丈夫ですの?

 凄く鈍い音がしましたけど……」

「ん……?」

 たかしが痛みをこらえて振り向く。

「んー????

 ……金髪の……エルフ……だと?!」

「へっ?!」

「!」

 たかしはゆっくりと何事も無かったかのように立ち上がると、エルフの少女と魔獣を交互に見つめて咳払いをする。

「ごほんごほん……んっんー。

 大丈夫、ちょっと失礼」

「はぁ」

 そう断るとそそくさと距離を取り、後ろを振り返って小さくガッツポーズをする。

「(ききききき、キターっ!!

 何か知らんが異世界転生してるー!!

 アレだろ? これもう、フラグってやつだろ?!

 状況から察するに、彼女はあのでっかい猪みたいなやつに襲われてて、そこへ颯爽と俺の頭突きがクリーンヒット!

 ちょっと頭は痛いけど……だがそんな事はどうでも良い。

 例えこれが夢でも何でも良い。

 生まれてこの方二十年目にしてようやく訪れたチャンス!

 逃してなるものか!

 数々のラブコメ漫画やアニメを見まくった俺に隙はない!)」

 たかしはまたそそくさと少女の元へ戻り、精一杯の「良い顔」をして手を取る。

「お怪我はありませんでしたか、お嬢さん」

「は、はい……あの、ありがとうございます」

「いえいえ、男としてか弱き女性のピンチを放ってはおけませんからな。

 当然の事をしたまで。

 ふむ、中々良い所の出のお嬢さんだったりするのか?

 煌びやかな中にも品の良さのあるゆったりとした服、そしてそんな服の上からでも分かるナイスなスタイル……」

「あ、あの……」

「おっと失礼。

 ただの独り言でございます。

 ああそうだ、お礼など結構ですから。

 男として当然の事をしたまでですから!」

「は、はあ」

「それにしても、高貴なお方のようですがこのような場所にお一人で何を?」

 見渡せば自然豊かな街道の片隅。草原や木々こそあれど建物も何も、人っ子一人見当たらない。

「ええ、街での買い物から馬車で帰宅する途中に見ての通り魔獣に襲われまして……

 護衛も雇っていたのですが、馬車ごと――」

「やられてしまった、と」

「いえ、一目散に引き返して行き、その時の勢いで外に投げ出されたというわけで……」

「……」

「……

 そうですわ!

 もし宜しければ、お家まで護衛してくださりませんこと?

 お礼は弾みますわ!」

「ふーむ」

「その身一つで魔獣を一撃で倒してしまわれるなんて、お強いのでしょう?」

「(……こ、これは、何か大事な選択肢な気がする……

 この子お嬢様だが、ひょっとして滅茶苦茶運が悪い子なんじゃないのか?

 道中でまたあんなのに襲われたらひとたまりもないぞ)」

 悩んでいるたかしの顔の下から、上目遣いで目をウルウルしながら少女がのぞき込む。

「ダメですの?」

「お送りしましょう!

 男として当然の事です!」

「頼もしいですわ!

 そうだ、わたくしはネーテ。ネーテ・オルヴィート。

 あなた様は?」

「俺はたか――」

「たか……?」

「ゲフンゴフン……

 ゴッドバロン……

 神焔のゴッドバロンだ」

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