朧星に
「カクレクマノミって知ってる?」
海の雫が落ちてきた。
傘が必要かも。そんな的外れなことを考えているから、
「ね、聞いてる?」
かつては砂浜と呼ばれた砂丘に立ち、海を探す二人の少女は他愛のない会話を続ける。
「……ごめん、何て?」
「カクレクマノミってお魚」
「ううん、食べたことない」
小さく首を振る真夜に異星人の少女はケタケタと笑った。
「食べ物じゃないよ」
「ソワチナほど生き物に詳しくない」
真夜は乾き切った砂の上に直接座った。
「テレビとかで見たことあるでしょ? オレンジ色で派手派手な可愛いお魚」
ソワチナも真夜に寄り添うように砂の上に座る。魚を可愛いと思えない真夜は返答に困り、遠くに見える海の様子を眺めるだけだった。
だいぶ海の表情も変わった。こんな遠くの砂浜からでも波が荒ぶっているのがわかる。
「カクレクマノミは性別が固定されていないの」
砂を運ぶ乾いた風が真夜の長い黒髪を、ソワチナの短い白髪を、ふわりとさらう。
「群れの上位の個体がメスになって、残りは全部オス」
「逆ハーレムね」
「そのメスが死ねば、次に上位のオスがメス化して逆ハーレムを作るの」
「何その理想的なBL展開」
真夜は無邪気に笑った。それを見てソワチナも笑う。
「この惑星も同じだよ」
不意に真夜が笑うのを止めた。風が巻く空を見上げる。月よりも巨大な浮遊惑星が空の半分を覆っていた。
浮遊惑星ラディカリアが太陽系の地球軌道に接舷してもう三ヶ月が経つ。地球人の観察船への移住もいよいよ終盤だ。
「メス化した地球が育てた命ってどこに行くの?」
真夜の問いかけにソワチナはかすかに首を振った。浮遊惑星が何処へ旅立つか、ラディカリアの観察者達もそれを知らない。
はるか昔、浮遊惑星が地球に接近し、地球に生命を宿した。膨大な時を経て再びやって来た浮遊惑星は、ラディカリアの観察者と名乗る異星人による地球人の収穫をもたらした。
移住者の数は一千万人。残りの七十億人以上は、海を失って砂と岩石だらけの地球に取り残される。かつての火星がそうだったように。
「地球って女の子だったんだ」
砂浜から遠くの海岸線は重力チューブで海が吸い上げられ、竜巻のように渦巻いていた。真夜はそっと呟いた。
「行こ」
砂浜に座ったまま、ソワチナは真夜と手を繋いだ。
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