リベッテッドガール
砂塵。波打つ砂色が空気摩擦の静電気ノイズを立てて迫り来る。
「右舷、重力嵐観測! 揺れやがるぜ!」
突風。放たれた砂つぶての弾丸が薄汚れた耐寒ジャケットとゴーグルをばしりと叩く。
「船が持ってかれる! こりゃブッ転覆するぞ!」
怒号。捻れ立つ柱状砂丘の宙空で直方体の船が異様な角度で傾いて走る。
「いいから撃っちまえ!」
榴弾。連なる白煙は歪なカーブを幾重にも描いて獲物の頭上を飛び越えて大砂柱へ突っ込んでいく。
「もう撃つな! 弾がもったいねえ!」
爆炎。偏移重力でそそり立つ砂の柱に飲まれた榴弾が黒煙と砂粒を舞い上がらせる。
「船が軽過ぎる! 砂を食え! 転覆しやがるぜ!」
転覆。もはや曲芸飛行の域で傾いた直方体の船体が転覆ギリギリのバランスで砂の柱をすり抜ける。
「ダメだ! 修理費ケチったからタンクの穴はそのまんまだ!」
重力帆。いかに重力帆は満帆だと言えどもそれを支える船体が軽ければ意味がない。
「前方に重力溜まり! たっぷり吹き溜まってやがる! あの女はそこに隠れやがるぜ!」
鉄塊。重力均衡点には座礁して損壊した船体や廃棄された居住コンテナが流れ着き巨大な浮島を形作る。
「もう時間切れだ。月が沈む」
夜更け。吹き溜まりの浮島のさらに向こうに落花生型の大きな月が沈もうとしている。夜が来れば重力も凪いでもはや活動限界だ。
「どうせ夜の間はどこにも行けねえんだ。明朝、太陽が登ったら狩りを再開すんぞ! さあ、帰るぜ!」
墓場。重力の吹き溜まりに流れ着いた壊れた船と捨てられた住居と、そしてオートマトンの墓場へ、追われた少女はエアバイクを飛ばした。
夜に浮かぶ月は複数の岩石が繋がったような落花生型で、全天の二割を覆い隠すほど近い軌道を不規則に公転している。そのため惑星に及ぼす潮力は凄まじく、その異常な偏移重力を人々は重力嵐と呼んでいた。
重力による文明崩壊を経て『絶滅前夜』と呼ばれた時代。人々は文明復興を目指して今日もまた、重力嵐を乗りこなしていた。
水運搬船は完全にへし折れていた。上下逆さまに転覆し、ひしゃげた艦橋が多層式住居コンテナの三角屋根に突き刺さり、水タンク下部から透明な水が滝のように溢れ出ている。
ぽっかりと空いたこの空間は重力が特に偏っていた。滝の流水はぐるり巡って再び水タンク上部へと流れ落ちている。
歪んだ住居コンテナ。破損してパーツが剥き出しの大型重機。転覆座礁して傾いた船舶。それら廃棄物がパズルのように折り重なり、いかれた重力でどっしりと固着されて地面も空も見えない空間。
今、一人の少女が一筋の光で廃墟で構築された暗闇の回廊を切り開いた。
この空間は柱状砂漠の浮島において貴重な水場だ。水が常に動いていて腐ることもなくそのまま飲み水に利用できる。この浮島で資源発掘をしている彼女にとってはまさに命の水だ。
ウルリクは暗闇の水場にライトを灯して目を凝らした。
今夜の浮島はいやにざわついている。
浮島全体に、夢見る少年がワクワクするような、恋する少女がドキドキするような、そんな不確かで落ち着かない空気感が満ちていた。
「こんなふわついた夜には何かが起きるものなんだよね」
ぽつりとこぼした独り言も廃墟群に吸われて消えた。
ウルリクはハンディライトの照射範囲を拡大して水場の空間に大きな光の円を描き出した。
ぼんやりと輪郭が浮かび上がる水運搬船の折れ曲がったシルエット。三角屋根の傾斜がほぼ垂直になってしまっている居住コンテナの影。輝く黒髪が乳白色の肌に垂れた少女が横たわる古びた廃車。音もなく流れ落ちてはライトの光を反射させる円形の滝。よし、貴重な水場に異常はない。
「いやいや、待て待て」
ハンディライトの光線をぎゅっと絞る。
光輪の中に、乳白色の少女はきめ細やかな肌にライトの光を反射させ、周囲の瓦礫からより一層浮かんで見えた。
「……ファントマトン?」
思わずつぶやいてしまうウルリク。ゴーグルを上げて防砂マスクを下げて、赤銅色した素顔を晒してその少女に恐る恐る接近する。
偏移重力の作用でゆるゆると少女に近付くにつれ、その正体がさらに謎めいてくる。肌と髪の色合いからしてラバナント人ではない。ラバナント人は赤銅色の肌に二色以上のメッシュの髪色が特徴だ。その少女の髪は夜よりも黒い。そして肌は陽の光みたいに白い。
透き通った乳白色がライトを眩しく反射させるくらい近付いて、廃車のボンネットに横たわる少女の胸がかすかに上下していることにウルリクは気が付いた。
「生きてるの? この子、何処から?」
重力溜まりの浮島に行き倒れた死体が流れ着くのは珍しいことじゃない。近年の悪化する重力嵐のせいで柱状砂漠での遭難者の数は増える一方だ。
「プンブンカン盗賊団の奴らが何かを追ってたけど、この子かな」
身体のラインがわかるぴったりとしたインナースーツを身につけて、それをゆるりとした大きなサイズの砂塵防護服で覆っている少女。ウルリクが見る限り所持品は何もなさそうだ。ゴーグルもマスクも、バックパックすら持ってない。
「それにしてもきれいな子」
着崩した防護服の上から見ても手足がすらりと長いのがよくわかる。このスタイルで陶磁器のような肌の白さ。こんな少女が砂漠を彷徨っていたら、盗賊団でなくとも保護したくなるというものだ。
彼女の目の色は天空を映した砂漠の水溜りのよう。とても澄んだ空色をしている。ウルリクは少女の澄んだ瞳を覗き込んだ。って、そこではじめて少女と目が合っているのに気が付いた。
「いやいやいや、起きてたの!」
思わず跳ねるように飛び退く。
少女は慌てるウルリクをじいっと見つめて、むくり、静かに上体を起こした。ウルリクのハンディライトを眩しそうにして、はにかむように甲高い声を弾ませる。
「迷子になっちゃった」
廃棄物の浮島に隠れ住むウルリクは、重力の廃墟で迷子になった謎の少女を拾った。
「お茶、飲む?」
砂埃まみれのバッテリーユニットに繋がれた電気ポットが湯気を上らせる。
「ありがと」
迷子の少女は嬉しそうに頷いた。少しへたったクッションのソファにちょこんと座り、ウルリクが忙しなく動き回る様子を楽しげに眺める。
「部屋にお邪魔しちゃってごめん」
「全然全然。気にしないでくつろいじゃって」
くつろぐにはこのソファに座るか、衣服が脱ぎ散らかったベッドに座るかしかなさそうだ。ウルリクの小部屋は一見するとガラクタばかりだが、それはバッテリーユニットであったり、工作工具であったり、作業台であったり。これでも彼女なりの快適空間なのだろう。
「ここはあたしのおばあちゃんの部屋だったの。浮島に隠した秘密のオートマトン工房」
「おばあさんの部屋?」
「今はあたしのだけどね。あたしはウルリク・サイデンティカ。普段は近くの街に住んでんだけど、今夜は偶々仕事でこの浮島にいたよ。あんたは何処から来たの? プンブンカン盗賊団に追われてたのってあんたかな?」
ウルリクはお茶を淹れながらはしゃいだ子どもみたいに捲し立てた。一気に言葉を流し込まれて乳白色の肌の少女は目を白黒させる。
「ええっと、まずは私の名前は、ティー・オーって呼ばれてた。ずっと東の果ての国から、大事な友達を探しにここまで来た」
「ティオ? かわいい響きだね。ずいぶん遠くから来た割には荷物も何もなさそうだけど、プンブンカンの奴らに盗られちゃった? その友達ってのは誰なの? 会えそう?」
相変わらず早口で言葉の多いウルリク。湯気をまとったカップをティオに手渡す。香り立つ湯気は、ふわり、小部屋の真ん中辺りで小さな雲となった。それを不思議そうに空色の目で追うティオ。
「ここには小規模だけど重力均衡点があるみたい。だから重力も安定してる。さすがはおばあちゃん、いい場所に工房を作ったね」
「オートマトン工房って言ったよね。オートマトンってゴーレム技術のこと?」
ティオが細い首を傾げて見せる。待ってました、とばかりに身を乗り出して答えるウルリク。
「東の果ての国では自動人形をゴーレムって呼ぶよね。ラバナントの国ではオートマトンって呼んでるよ。この砂漠の浮島には壊れたり遭難したオートマトンも漂着するから、部品取りに最高の場所なの。あたしもオートマトン技術職人やってるよ。おばあちゃんから引き継いで」
「……そう、なんだ。私が探してる友達もゴーレム技術者なんだけど、もう、会えそうにないかもしれない」
不意に寂しそうに呟いたティオ。黙りこくり、視線を手元のお茶に落とす。
「よくわかんないけど、後のことは明日考えない? 今夜はもう寝ちゃおうよ。友達探し、あたしも手伝ってあげる」
「うん、そうする」
ティオはゆっくりと温かなお茶を啜った。
「そういえば、ファントマトンって何?」
ティオに構わずベッドに潜り込んだウルリクを呼び止める。ウルリクは畳んだ毛布を広げてそれに包まったまま口を止めずに喋り続ける。
「単なる噂話よ。砂漠の浮島にはオートマトンの幽霊が出る。幽霊オートマトンは無差別に襲ってきて、浮島へ引きずり込むんだって。だから夜の浮島には盗賊団すら寄り付かないの。あたしは浮島でよく寝泊まりしてるけど、そんな幽霊オートマトンなんて見たことないよ」
毛布にすっぽりと頭まで潜って、ひょいと腕だけを伸ばすウルリク。
「お茶飲んだら眠りなよ。カップは置きっ放しでいいよ。灯りのバッテリーはそこにあるから寝る時に外しといて。おやすみー」
言うだけ言って毛布に潜り込む。まるで重力嵐のようなお喋り少女だ。ティオはお茶を啜りながら思った。
少し静かになったオートマトン工房を改めて見回す。なるほど、さすがにオートマトン技術職人というだけあって、そこかしこにオートマトンのパーツや工具が置いてある。
その機械の群れの中に一際目立つパーツがあった。
ティオの身体よりも明らかに大きな右腕が、まるで眠り姫のように作業台に鎮座していた。その右腕はリベット留めの金属光沢が美しい表層で、今にも動き出しそうな輝きを放っていた。
ティオはその右腕にそっと触れる。
「……やっと会えた、と思ったのに」
「昨日の女の子に告ぐっ!」
偏移重力地帯の朝は、空気層と砂塵層とが折り重なり朝陽が屈折してほのかに赤い。
「無駄な抵抗はやめて投降しろっ!」
プンブンカン盗賊団の親分、デルピコ・プンブンカンのダミ声がスピーカーで増幅されて赤陽現象に染まる柱状砂漠にこだまする。
「何もとって喰おうってわけじゃねえっ! 君を保護してやるっ! 言わば救助活動だっ! いい子だからとっとと出てきやがれっ!」
スピーカーのうるさいダミ声は廃棄瓦礫の浮島に隠れるウルリクとティオにも十分過ぎるほど届いていた。
「うるさいおっさんね。ティオのエアバイクはどこにあるの?」
「浮島の端っこに平べったい船が突き刺さってたから、そこに括り付けておいた」
展望デッキと名付けた浮島の高台に固着した住宅ユニットに隠れて、ウルリクは単眼鏡でこっそりと盗賊団の船を観察する。
浮島から付かず離れず、バラストタンクに穴が空いた直方体の船が重力潮流に逆らって漂っている。直方船のすぐ側にティオが言う平べったい船が見えた。エアバイクもある。デルピコも当然それは見つけているだろう。
「バイクは諦めよう。あたしのボートが裏側にあるからそれで離脱するよ。おっさんのオンボロ船よりも足は速いから逃げ切れるはず」
単眼鏡を覗くウルリクの落ち着きっぷりを見て、ティオは軽く首を傾けた。
「ウルリクってあの人たちとお友達?」
「まさか! この浮島を縄張りとする顔馴染みではあるけど、あいつらはケチな小悪党であたしは資源採掘屋。友達だなんてとんでもない!」
くるりと踵を返して展望デッキから出て行こうとするウルリクを、ティオは外の様子を窺いながら小声で呼び止めた。
「じゃあさ、ボコボコにしちゃってもいい?」
くるりとウルリクに向き直り、真っ直ぐな空色の瞳を向ける。
「何言ってんの。あいつらボコるのも可哀想なくらい低レベル盗賊団だよ」
「お茶をご馳走してくれたお礼だよ。ウルリクは何処の誰かもわからない私に、あなたのおばあさんみたいに優しくしてくれた」
ティオの前を見据えた目に、ウルリクはオートマトンを整備する祖母の横顔を思い出した。
「おばあちゃん?」
「私の大切な友達。とても優秀なゴーレム技師だった」
オートマトン技術職人であったウルリクの祖母は、たしかに東の果ての国へゴーレム技術を研究するために渡ったことがある。ただそれは何十年も昔のこと。ティオのような十数年しか生きていない少女と友達だなんてあり得ない話だ。
「もう、おばあちゃんはいないよ」
「うん。ウルリクの顔を見て、声を聞いてわかったよ。あなたっておばあさんとそっくり。この浮島があなたに託されたのもよくわかるよ」
「ティオって、何者なの?」
ぐっと右腕を突き出して、ティオは太陽みたいに明るい微笑みを浮かべて見せた。初めて出会った時の不安げな曇った表情の少女はもういない。
「起動コードを言って、ウルリク」
「何それ、わかんない」
ウルリクは動揺した。祖母は死の間際に最期の言葉を遺している。ずっと意味がわからない言葉だったが、それが今、理解できた。
「大丈夫。おばあさんを信じて」
ティオは未だにここに踏み止まろうと迷っているウルリクの背中を押した。もっと先へ、まだ見ぬ未来へ向けて。
「……t、o」
言い籠るウルリクに、ティオは笑顔で先を促す。
「Type “O” , Reboot」
ウルリクが起動コードを発した瞬間、廃棄物と瓦礫の浮島が吠えた。電気を放つような振動が足元から迫り上がってくる。
「ルエメリオ・サイデンティカの遺言、たしかに受け取ったよ」
タイプ・”O”はニッコリ笑ったまま、ティオのままでいてくれた。
細かい揺れが浮島全体に拡がる。それはまるで生命の躍動のようで、脈打ち、鼓動し、立っていられないほど大きく震え出した。廃棄物の浮島の中心から、何かが這い上がって来る。
一際大きく振動した後に、ぴたり、一瞬の静寂が訪れた。
「私の腕を整備してくれてありがとう」
次の瞬間に二人のいる展望デッキが爆発した。足元から頭上へと強大な重力が持ち上がり、ウルリクの身体は瓦礫ごと太陽の光が溢れる赤い空へと吸い上げられた。
煙る砂埃と瓦礫の渦に、廃墟の中から荒々しく現れた巨大な右腕が太陽を掴み取ろうと掌を大きく開く。リベット留めの虹色を鈍く光らせる金属光沢が赤陽現象を反射させて、ティオの右肩を包み込むように彼女の躯体と融合した。
華奢な白い少女が長い黒髪を砂風に踊らせて、その右腕に自らの身体よりも大きな剛腕を従えて、左右非対称の異形のシルエットが空を舞う。
ティオは細い左腕でウルリクを抱きかかえ、異様に大きなオートマトンの右腕で偏移重力の壁をぶち抜くように打ち殴った。その反動で勢いをつけて赤い砂風の空を飛ぶ。
「あんた、オートマトンだったの?」
「うん。ゴーレム技術を駆使して造られた自動人形タイプ・オー。言わなかったっけ?」
「言ってないわっ!」
空を割る赤い砂塵層を滑るようにして飛ぶ少女の形をしたオートマトン。上空を吹き荒れる重力嵐に乗り、プンブンカン盗賊団の直方船に真っ直ぐ突き進む。巨大で力強い金属の右腕を突き出して、その甲板を殴り抜けるように鷲掴みした。
「オヤブン、女の子が二人もブッ飛んできたっ!」
直方船は大きく傾いて船体の重心が重力に持ってかれそうになった。デルピコ親分は暴れる舵輪を自慢の太腕で捻じ伏せて、慌てふためく子分たちに怒鳴り散らす。
「よく見ろっ! サイデンティカの嬢ちゃんじゃねえかっ!」
甲板の子分たちの目の前に空から降ってきた少女二人。一人は異様に大きな金属の右腕を持った異形の少女。もう一人は、たしかによく見りゃ馴染みの顔、プンブンカン盗賊団の大親分にあたるルエメリオ・サイデンティカの孫娘だ。
「ケンカ、始めちゃう?」
ティオが金属の右腕を操舵室へ向けた。傾いた直方船の甲板にはティオとウルリクの他にプンブンカン盗賊団の子分たち四人。ティオの右腕よりも小さい奴らだ。甲板もオートマトンの右腕に鷲掴みされたせいで指の形にひしゃげているが、荒くれ者四人相手に暴れるには十分な広さがある。
「待って、ティオ。まだ何か来る!」
ウルリクが廃棄物の浮島を仰ぎ見て指差した。デルピコも操舵室の出窓から身を乗り出して浮島を睨む。
「次から次へと何が起きてんだ!」
浮島は未だ振動していた。
火山の噴火のように浮島の天辺が崩壊して砂埃と瓦礫が舞い上がる。その爆煙の中に、ヒトのカタチをした何かが見えた。
「なんだ、ありゃあ」
デルピコはようやくおとなしくなった舵輪を大袈裟に回した。あのヒトのカタチをした何かは、明らかにこの船を狙っている。
「ファントマトン!」
壊れ、廃棄され、漂着したオートマトンの残骸。それらのパーツを寄せ集めて造られた自動人形は、歪んだ輪郭の影を落とし、人間の三倍はある大きな躯体で跳躍した。異様なカーブを描いて重力嵐に舞い乗り、ウルリクたちの直方船の真上にまで一気に迫る。
「来るよ!」
船足が遅い。回避できそうにない。あのサイズのオートマトンならば、こんな年代物の船なんて一撃で沈められる。
「あれもルエメリオの作品だよ」
傾いて走る直方船で一人だけ冷静に状況を見ているティオが言った。
「でも壊れてる。あの子、状況がわかってない」
「おばあちゃんのオートマトン?」
「浮島もオートマトンも、全部あなたに遺したものだよ」
廃棄されたパーツの寄せ集め、継ぎ接ぎだらけの壊れオートマトンが重力に逆らって直方船に激突する。その瞬間、ティオの巨大右腕が甲高い唸りを上げて壊れオートマトンのボディを強打した。
鋭い金属音と激しい火花がほとばしり、今まさに飛んできた方向へ弾き飛ばされる壊れオートマトン。光の矢のような火花が小さな竜巻を作り、ひっくり返る勢いでさらに傾く直方船。
「デルピコのおっさん! あのオートマトンを捕獲するよ!」
甲板手摺りにしがみついて、ウルリクは操舵室に向かって大声を張り上げた。
「バカ言ってんじゃねえっ! あんなバケモノ、返り討ちにされるっ!」
「こっちにもバケモノ級のオートマトンがいるのに?」
巨大な右腕を従えて、ティオは重力嵐の流れに乗って空に舞い上がった。壊れオートマトンを追うように飛び、すぐに太陽に向かって飛行進路をぐいっとねじ曲げる。
「さすが。重力にうまく乗ってる。デルピコのおっさん、面舵いっぱい、転進! 観測士、重力検知して! 砲撃手、射撃準備! あたしの言う通りに狙って!」
「おいおい、オヤブンは俺だっ! 勝手に指揮を取るんじゃねえっ!」
不服そうに怒鳴り散らすデルピコ。ウルリクはそんな親分にたっぷり愛を込めて言ってやる。
「オートマトンのエンジンユニットって高値で売れるのよ」
しばし見つめ合う親分と子分たち。
「おめえら、サイデンティカ嬢ちゃんの指揮通りに動けっ!」
「了解! サイデンティカ姐さん!」
プンブンカン盗賊団改め、サイデンティカ資源発掘屋の直方船は斜めに傾いたまま偏移重力に逆らって、今まさにティオと壊れオートマトンが激突しようとしている瓦礫浮島へぐるり回頭した。
「榴弾装填。狙うは二時方向、一番太い柱状砂丘、その東に5メートル。ケチんないで全弾撃つよ」
子分たちは何の躊躇もなく榴弾を全装填した。全弾発射なんて、普段ならもったいなくて出来っこない。
「方位よし、仰角よし。よーい、……撃てえっ!」
あらぬ方向を狙った砲身が白煙を噴き出し、一瞬遅れて砲撃音がティオの耳に届く。
それを横目で確認しつつ、ティオは壊れオートマトンの左拳パンチを巨大右腕で受け流した。その反動で振り回されるティオは勢いを殺さずに小柄な躯体を捻り、細い両脚で壊れオートマトンの首に蹴りを喰らわせた。
壊れオートマトンの頭部は採掘用オートマトンの骨太で頑丈なパーツだった。ティオの細脚では何のダメージも与えられない。せいぜい足の裏で視界を塞ぐ程度の攻撃だ。
「悪いけど」
しかしそれで十分だ。もとより破壊するつもりはない。
「君をもらっちゃうよ」
偏移重力に引かれるままに壊れオートマトンの頭部に斜めに仁王立ち。つぶらなアイカメラをティオの足の裏で塞がれて、壊れオートマトンは視界情報を失ってしまった。
直方船が砲撃した四発の榴弾は、薄灰色の煙で鋭い角度の軌跡を描いて柱状砂丘をぐるりと回った。偏移重力の加速スイングバイによってさらなる推進力を得た榴弾はさらなる重力を振り切ってティオを狙って一直線に突き進む。
「さすが。ちゃんと重力を読んでるね」
榴弾が直撃する瞬間にティオは壊れオートマトンから飛び立つ。壊れオートマトンはようやく視界が復旧して榴弾の接近を感知するが、時すでに遅し、もはやそれを回避する手段も時間もなかった。
着弾。榴弾が圧縮される。直撃喰らった金属頭はたわみ、歪み、震えて、へこみ、躯体がぐらり傾いた。
少し遅れて榴弾が炸裂する。その爆煙の中へもう一発、さらにまた一発、とどめの一発と硬い金属音が響き渡る。全弾命中。重作業用オートマトンの頑丈なボディ相手でも、連発直撃させてやればそれなりに効く。
「ティオ! こっちにぶん投げて!」
爆発音が柱状砂丘に反響する中で、うん、と一回だけ頷いて、ティオはすぐさまウルリクのコマンドを実行した。
「はーい!」
着弾の衝撃でまだ運動機能が回復していない金属頭を巨大右腕でがしっと鷲掴み。そこから重力の坂を転げ落ちるように回転運動を始めた。
「いっくよー!」
ウルリクが見せたスイングバイ射撃の要領でティオの華奢な躯体はぐんぐん加速する。そして回転運動の軸を自分の重心に持ってくる。一瞬で立ち位置が逆転し、今度は壊れオートマトンがぶん回される形になった。
リベット留めの金属腕がぎしぎしと唸る。機械仕掛けの右腕を大きくしならせて、空と太陽と砂とが目まぐるしく入れ替わる視界に一瞬だけ直方船が入った瞬間に、ティオは壊れオートマトンをぶん投げた。
昼間に見える流れ星のように、重力の歪んだ空間に真っ直ぐな線を描いて吹っ飛んでいく壊れオートマトン。
「デルピコのおっさん! 船首を10度上げて今すぐ! 早く急いで! ほら!」
ウルリクは甲板手摺りをバンバンと叩いてデルピコを急かした。わかってるって、とデルピコは懸命に仰角調整ハンドルを回す。
「ったく、ルエメリオばあさんにそっくりじゃねえかよ」
自分よりも三十も歳下の小娘にきゃんきゃんと吠えられて、それでも昔を思い出して悪い気はしないデルピコ元親分であった。
重力帆が角度を変えて船首が僅かに持ち上がる。するとこちらに突っ込んでくる壊れオートマトンが真正面に見えた。
「ショック来るよ!」
まるで砂漠鯨が獲物を丸呑みするみたいに、直方船は大きく空いたバラストタンクの穴で壊れオートマトンをすっぽり飲み込んだ。
ガツンと大きな衝突音が響いて船は後方へ大きく流された。手摺りにしがみついて振り回されながらもウルリクは次の指示を飛ばす。
「タンクに砂をぶち込んで! 砂で生き埋めにするよ!」
「おうよっ! たっぷり砂を食えっ!」
直方船は後方へ流される勢いそのままにぐるり回頭し、盛り上がった砂丘に頭から墜落するようにぶつかっていく。バラストタンクの穴で直接砂丘を削り取り、砂にめり込みながら着底した。
「捕獲完了!」
甲板に立つウルリクの姿は、ティオのメモリー回路に刻まれた若き日のルエメリオそのものだった。
また会えたね、とティオがふわり舞い降りてくる。
「偉いっ!」
ティオの黒髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でまくるウルリク。その笑顔に反応してオートマトンであるティオも人間みたいに笑うことができた。
「やっぱりあなたたち友達だったんでしょ。船の連携プレーも息ピッタリ」
「サイデンティカの嬢ちゃんのばあさんには昔よく世話になったんだ。あの頃を思い出すぜ」
デルピコが操舵室の窓から身を乗り出した。重い舵輪を振り回していたせいか赤銅色の顔がさらに真っ赤になっている。
「じゃあこれで資源採掘屋として再起動ね」
ティオが巨大な右腕でウルリクの両手を握りしめて言った。
「ルエメリオが作った残りのボディパーツ、一緒に探してくれる?」
「えっ。瓦礫浮島がいくつあると思ってんの?」
異常重力により人類文明は滅亡まで追いやられた。しかしその絶滅前夜から復興を遂げるべく、人類は前へ歩みを続けている。その足跡こそが廃棄物と瓦礫の浮島だ。
大きな砂の柱が幾本もそそり立つこの柱状砂漠だけでも、数え切れないほどの浮島が不規則軌道を描いて漂っている。
「いいの! 次、行こう! ウルリク!」
「まずはこいつをお金に替えて、ごはん食べて寝て休んで船の修理してあんたの腕を整備して……」
「長いっ!」
出会ったばかりの二人の少女は、まるで古くからの親友同士のようにいつまでも笑い合っていた。
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