第61話掴めぬ華(朱明視点)

「朱明さあ、ぶふっ、に、人間に仕えてんの?まじで?」




 翆珀に知られた。




「…………………」




 無言で手に魔力を乗せて投げたら、予測していたらしく避けたので再び魔力を捏ねる。




「え、話し合いは?!ちょい待ち、暴力より言葉を使おう!」


「言葉だと?その言葉とやらの力が一番暴力的だ!」


「それ俺じゃない、俺無害だし!」




 屋敷の中では狭くて不利だと思ったのか、庭へと飛び出した翆珀を追いかけると、花を摘んでいた白麗と出くわした。




「朱明様、また何か兄さんがしでかしましたか?」


「白麗、助けて」




 さすがに妹の前で翆珀を痛め付けることは気が引けるので一旦魔力を納めると見せかけて、油断したところを脚を引っ掛けて倒した。




「言え、どこまで知っている」


「ぐふっ、葵っていう子に無理矢理下僕にされて命令に逆らえないんだろ?それって何か特殊な力みたいだけど」




「え…………?」




 白麗が花を落として俺を信じられないといった表情で見ている。




「朱明こそ話せよ。あの子は魔の力と関係してるんだろ?」


「女王の子孫だ」




 これ以上隠し立てすることはない。俺が告げた瞬間、兄妹の顔つきが変わった。




「それって………………」


「俺を隷属させるだけの力を有する」




 翆珀が急に笑い出した。




「女王の子孫だと?本当に…………いたのか?つまり葵って子は、高位の魔すら従わせる言葉の魔力を持ってるってことだよな?なら、下位の魔程度簡単に操れるってことか」


「そうだ」


「っ、早く連れてこいよ!」




 立ち上がった翆珀が俺の胸ぐらを掴んだ。期待よりも怒りが大きいらしい。




「何十年も下位の魔を排除するのに費やしてきたんだぞ。来る日も来る日も俺達がどれだけ大変だったか…………その子を今すぐ連れてこいよ。脅してでも無理矢理でもいいから、この状況が変わるならどんな手を使ってもいいからさ」


「俺が従わされているのにか?」




 手を叩き払ってそう言えば僅かに言葉をつぐんだが、「じゃあ、頼めよ」と引き下がらない。




「……………………」


「いや、なんで黙るの?!」


「貸しは作りたくない」


「変なプライド持たな………」




「朱明様………」




 俺と翆珀の話を聞いていた白麗が、遠慮がちに口を挟んだ。




「もしや、その人間に知られたくないのですか?貴方のお母様と女王のこと」




 馬鹿げている。


 いちいち誰かの気持ちを気にするなど俺らしくもない。




 分かっているのに、俺はそう……………葵に打ち明けるのを躊躇っている。あの娘なら先祖の仇など気にしないだろう。だがもし俺を嫌悪して遠ざけるようになったら、と考えてしまう。




 答えないのを肯定と受けてられても仕方ない。そんな俺を驚いたように眺めていた翆珀だったが、顎に手を当てて「だったら俺があの子を色仕掛けで落とす」と呟いたところを羽根を一部毟り取ってやる。




「いだただ!」


「余計な手出しはするな!葵には俺から言う。だからそれまでは葵と接触することは許さない。白麗、おまえもだ」


「……………はい」




 納得がいかないようで俯いて唇を噛んでいる白麗に念を押し、「やれやれ」と背を向けてさりげなく逃げようとしていた翆珀の翼を掴む。




「ひい!毟らないでくれ!」


「なぜそこまで知っている?」


「へ?」


「さっきの言い方、葵が女だと知っているな?」




 よもや翆珀が男に色仕掛けなど冗談でも言うわけがない。




「は?当たり前だろ。どう見ても女の子だろ」


「………………」


「長い黒髪に紅くて綺麗な衣装着て化粧までして結構な美女だと思うけど?あれで女だと分かんなかったらおかしいだろ?朱明も隅に置けないな、あんな子がご主人様とかイケナイ関係、ぐぼっ」




 翆珀に脚を引っ掛けて倒す。なかなか呼びもしない主を待っていたのは、単に会う理由が見つからなかったからだ。


 翆珀に葵が女だと一目で分かるとか最初は分からなかった俺の目は節穴かと思ったが、よく聞けばどうも違うようだ。




 確かめるために人の世に渡った俺は、女に変装した葵が男と旅行しているのを見てしまった。


 とても楽しげに手を繋いでいた。




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