第62話掴めぬ華2(朱明視点)

 見開いた瞳に、怒りに顔を歪めた自分が映っていた。




「なぜそんなに不快なんだ?」




 不思議だといった表情の葵を見て苛立つばかりだ。




「分からないか?そうだな、俺を従魔だとしか思っていない傲慢なおまえが分かるはずがない。だが」




 のぼせて頭に手を添えているが、俺は更に強く肩を押さえつけ湯に浸けた。主を害する行為はできないと聞いていたから、これが俺ができるギリギリの範囲の彼女への罰だろう。


 こんなにも腹が立って仕方ないのに、いっそ葵をこの世から消し去ればこんなざわめく感情に翻弄されないとも考えるのに、傷付けることができないのだ。


 雫の滴る滑らかな肌に傷一つでも付けるのが惜しいのだ。


 それが歯痒くておかしくなりそうだった。




「俺にも感情があることを知っているか?」


「……………な、に?」




 はあ、と辛そうに呼吸をしながらも、弱音を吐かないのだ。




「そろそろか……………いい気味だ」


「朱明……………何を」




 助けも許しも求めない葵が、生意気で憎たらしくてどうにかしたくなる。




「僕がいいというまで…………目を、閉じろ。着物を僕に、被せるんだ」


「それだけでいいのか?」




 苦しい癖に命令ばかりして、弱い姿を見せればいいのに。




「助けろ」




 紅く染まっているだろう肌に服を掛けてやる。今更ばれていないと思っているのだろうか。




「なあ葵、仕える俺にも見返りは必要だと思うのだが」




 湯船から抱き上げれば目蓋を閉じている分、葵の肌の感触が良く伝わった。服で隠しきれなかった肩や腿に指が触れて、その柔らかさを蹂躙したいと狂暴な衝動が沸き上がる。




「水を、くれ」




 当たり前のように要求する葵に、水を含んで口移しに飲ませてやったらビクリと驚いていた。




「ふ………………んぅ」




 喉の渇きに抗うことはできなかったようで、こくりと嚥下した。唇を離せば「ふ、あ」と物足りなさそうに洩れた呻きに秘やかに嗤う。




「まだ欲しいか?」




 息を弾ませている唇を指で摘まんでも、だるそうで抵抗もしない。




「物欲しそうな顔をしているな?」


「ん」




 命令通り目を開けることは叶わないが、床に横たえた身体に悔しげに力が入っているのが腕の間で感じられた。




「ならば契約術を解け。殺しはしないし、必要なら今まで通りおまえを守ってやる」


「んん、いやだ」




 あくまで拒む声に、屈服させたいと思った。カッとなって服を引けば、悲鳴のように命じられる。




「やめろ、私に触れるなっ」




 本当に邪魔な契約術だ。




「こんなことをして、どうなるか分かっているのか!?」


「罰を与えれば言うことを聞くとでも思っているのなら思い違いだ。俺は行動を制限されても、心から屈することはない!」




 吐き捨てるように言えば、葵が小さく息を呑む気配がした。




「…………………そうか」


「従順な下僕でなくて失望したか?俺はおまえの従魔でいる間は、これからも気に入らなければ可能な限り抗うし、おまえに逆らい続けてやる」




「望むところだ」


「傲慢で主を気取るおまえが、無様に泣いて俺に縋りついてくるようにして……………」




 ふふ、と笑う声に気を削がれて、言いかけた言葉を忘れてしまった。




「実に君らしい。僕はそんな君だから好きだ」


「な、何だと?」




 この娘は!




「目を開けていいよ」




 余裕だとばかりに頬を手の甲で撫でられる。


 目蓋を開ければ、感心したように微笑んだ葵が見上げていた。




 彼女の言葉で少しだけ頭が冷えたからだろうか。


 ようやく葵の姿態を改めてじっくりと目に入れたら、身体の内に熱が急速に籠っていく。




 濡れて着乱れて、おまけに気怠げに色香を放つ女の姿に眩暈がした。










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