第43話女王の力3
黒い空の下では依然高位の魔達が下位の魔を払っていたが、朱明と私の姿を見ると、静かに道を開けてくれた。
「それでどうする?」
「私の声は遠くまでは届かない。でもこんなに密集しているなら、一度で命じられる方法はある」
高い位置から見下ろして、より多く集まっている辺りを私は指で示した。
「あそこへ私を降ろして」
「何を言っている?純粋な魔ならまだしも、人の血を引くおまえなら、あっという間に奴等に憑かれるか最悪喰われる」
「でも触れた方が確実だから。ほんの少しだけ触れば済む」
喰われると言われて、内心参ったなと思う。下位の魔には、ここの世は人の世よりも制約が無いのかもしれない。まして人の負の感情を喰って増えたのだ。より凶暴で強くなっているだろう。
だが危険が伴っても、この世を助けたいという思いは変わらない。
いや違う。私は、朱明を助けたいのだ。
唇に指を添える。
生まれた時に母が死に、本来なら彼女から口伝で伝え覚えさせられるはずだった力の使い方。それが失われるかと危ぶまれた時に、率先して幼い私に教えてくれたのは水羽だった。
『その力は、とても大事なものよ。きっとあなたと、あなたの大事な人達を守ってくれるわ』と、私の頭を撫でながら諭していた水羽は、今の状況を予測でもしていたのだろうか。
「朱明、私は大丈夫だ」
拍動しているかのように蠢く魔を見下ろし命じる。
「
直後一斉に固まったように動きを止めた魔に、遠くから様子を見ていた高位の魔がどよめいた。
朱明が魔力を振るい、隙間もない集合体の一角に小さな空間を作ってくれた。白っぽい地面が顔を出したそこへと私を降ろすので、離れるようにと促す。
周りは腰の辺りの高さまで下位の魔が壁のように層を為していて、良く見れば小さな顔や手がたくさん付いた魔の集合体で、おぞましさが際立つ。
「ジョウオウ」
「ジョウオウダ」
「……………ホシイ……………ウマソウ」
奇妙に高い声があちこちから湧いて、全方位から視線を感じた。私の血に反応しているのだろうか。
前方に積み重なった所にいるギョロギョロとした目の魚のような形の黒い魔と目が合って、こいつでいいかと私は手を伸ばした。
急にぞわりと悪寒がした。嫌な予感に辺りを見る時間は無かった。止まっている魔の壁の奥から染み出すように飛び出したのは、私の命令が届かない範囲にいたもの達だろう。
速い!
かなり遠くまで声は届いていたはず。更に遠い場所から私を目指して寄ってきたのか。だとしたら動きが速すぎる。
「う、あ」
手に魔がべたりと絡み付き、払う間もなく爪先から触手のような魔が這いよじ登ってくる。
冷たくて粘ついて気持ち悪い。身体全てを侵されたら私はどうなるのだろう?
するりと腿を伝う感触に嫌悪で息を呑んだ時、目の前がパッと明るくなった。
「そんな奴等に好き勝手に身体を触らせるな!」
「しゅめ……」
周りの魔を薙ぎ払い着地した朱明が、私の腕の魔を引き千切る。
「ひゃ!?」
脚に絡み付く魔に憎しみの眼差しをくれると、無遠慮に下衣の裾の中へと手を突っ込んできて、驚きで変な声を上げてしまった。
「あ!やだ、ふわっ!」
「大人しくしてろ!」
逃げようと太腿を這う魔を、屈んだ朱明の手が同じように這うのだ。じっとしていられるわけがなくばたばたしていたら、彼の片腕が両脛を固定する。
「あ、
忘れていた言霊を発すると、魔を捕まえた彼の手が出ていった。ホッとしたのも束の間、次々に押し寄せる魔を見て、何度も動きを止める命を繰り返す。
「朱明?」
そうしていたら、片膝を付いた朱明が私をそこへ乗せるようにして抱え上げた。
「埒が明かない。いいから早く別の命を下せ」
ギュウと、覆い被さるように抱き締められる。その背中へと魔がへばりつくのを見て、急いで言霊を口ずさむ。
「
「っ!」
朱明の肩に噛み付いた魔を、私は押さえつけた。私の盾となってくれている彼の為にも間違いなく遂行せねば。
襲い掛かる魔の勢いが緩やかになり目線を上げると、白麗達が払ってくれているのだと分かった。
「
魔の爪で傷付いた朱明の左頬から血が流れている。目を閉じたまま耐えている彼に、私は言霊の軌道を変えることに思い至った。
「我は王の
頬の血を指で掬い、それを唇に押し当てて言霊に血の気配を乗せる。片手で押さえつけたままの魔から視線を外さないようにして強く命じた。
「これよりそなた達は王に決して逆らわず、従い、守り、敬い、彼の為に生きよ。そなた達の王の名は、朱明」
目を開けた朱明が、私を見ている。
掴んでいた魔を手から離せば、ポトリと地面に落ちて後退して行く。するとザアッと波が引くように、周りの魔も私達から距離を取った。
「ひれ伏せ」
私の声に、魔達が身体を低くして地に沈める。だがそれらは私にではなく朱明へと為されたものだ。
空から瘴気が消えて蒼色が姿を現した。
「……………どういうことだ?」
私を抱えたまま立ち上がった朱明は、心外だと言う顔をしていた。陽光に照らされて、背中を中心に至るところに血が滲んでいる彼の痛々しさに泣きそうになり、私は彼の頭を引き寄せ胸に抱いた。
「葵?」
「……………君こそが、ふさわしい」
敵わない。
私は、この男にはどうしたって敵わない。その腕に包まれる度に感じていた。もう認めるしかない。
朱明の心は、私のものではなく彼自身のものだ。例え私の従魔であっても、彼の心は自由だ。
それが私を翻弄し、時に突き動かす。いつも心揺さぶられたのは私の方だった。だから……………
「君は支配者が良く似合う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます