第42話女王の力2
「へえ、そうだったのか」
「え、それだけ?」
元の屋敷へと戻って来た翠珀と私は、最上階の窓の外にある物見場から柵越しに遠くに渦巻く黒い空を眺めていた。
「不思議な縁だとは思う」
「もっとこう……………ご先祖様によくも、朱明ぶっ殺してやるみたいなのは無いの?」
「ない」
翠珀は、何を言っているのだ。
即否定すれば、つまらなそうに床を蹴っているが、何を期待していたのだろう。
「そもそも私も朱明も当事者ではないし、私にいたっては何世代も前の先祖など実感が湧かないし、特に思い入れもない」
あるとするなら光紫に対する同情。何よりも水羽への深い感謝だ。
過去を知ることができて良かった。彼女達が護ってきた者達が自分に繋がっていった奇跡を思うと、頭を垂れずにはいられない。
「ちゃんと生きていかねばならないね…………ね、朱明?」
背後に降り立つ気配に声を掛ければ、翠珀が息を呑んだ。
「うっわ、やっべ!」
「勝手なことを」
部屋へと逃げようとする翠珀を、風のような速さで追いかけた朱明が背中を蹴飛ばした。
やはり後を追ったことは、ばれていたようだ。
「やめろ、朱明!」
床に伸びている翠珀から、舌打ちしつつ脚を下ろした朱明はフイッと顔をあさっての方向へと向けた。
「……………朱明、私の先祖のこと随分前から分かっていたよね。どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ?」
「………………………」
返事を返さない彼の代わりに、足元で転がったままの翠珀が「ぶふっ」と吹き出した。
「そりゃあねえ、そんな因縁とか話さなくちゃならなくなったら姫さんがどんな反応するか不安で、いたたたた」
踏みつけられて靴の踵でぐりぐりされている翠珀をよそに、私は片手で口元を覆った。
「………………まさか」
この強い魔が不安……………いや恐れているのか?
私が離れていくのではないかと、そんな低い可能性のことを考えて。ことの大きさの前に、私の気持ちなど取るに足らないもののはずだろうに。
「私を見ろ、朱明」
命じれば、ゆっくりとこちらへ顔を向けた彼は、私が笑っているのを見て悔しそうに唇を引き結んだ。
「私の唯一の従魔。君と出会えたことを嬉しく思う」
慈しみを込めて両手で顔を包むように触れれば、ややあって彼の手が重なった。
「………………そんな事を言って………ここに連れて来たのは、おまえを利用する為かもしれないぞ?」
「だったら、もっと早くそうしていたでしょう?それに無理矢理利用することもできたはず。でも君はしなかった」
それはなぜ?
言葉よりも明白な朱明の心が、今は良く見える。
「朱明、私は君と対等でいたい。だから従魔の契約を解こうと思う」
こめかみから頤までを親指の腹でなぞる私を見つめ、朱明は強張っていた表情を少しずつ和らげた。
「だから君に主として最後に命じる。私を下位の魔達の中心へ連れて行け」
翠珀が、ハッと身体を起こした。
「彼等を鎮める。力を貸して欲しい………………朱明、君でなければならない」
「恩に着る」
始まりが私達に縁のある者達によって起こされたなら、終いにするなら二人でなければ。私の言いたいことを正しく理解して、朱明は短くも初めて感謝を述べた。
そこへ急に脚を掴まれて驚いて下を見たら、翠珀が私を頬を染めて見上げていた。
「かっけえ…………女王様惚れちゃう。そいつよりも俺を、ぐぼあっ」
朱明によって再び床に沈められた翠珀を見て、なかなか打たれ強いんだなと感心してしまう。
「朱明」
首に両腕を巻き付ければ、ふわっと抱き上げられた。
「おまえは、そうやって誰にでも」
「何?ああ…………」
翠珀に運ばれていたのを言っているのだと気付き、彼の肩へ顔を寄せた。
「君だけだよ、全てを委ねて身を任せたくなるのは」
朱明の足元で「ちょっ、言い方…………」と消え入りそうな声が聴こえた。
何か変なことを言っただろうか。
黙っている朱明の表情を窺おうと上向いたら、彼の唇が弧を描いているのが目に入った。
「………………そうか、葵」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます