第14話熱病4

 目覚めると、見慣れた天井が霞んで見えた。




「気が付いたか」




 寒いのに目蓋が熱くて、意識がふわふわとする。熱があるのだろう。横になる私の傍には父と鈴音がいて私を見ていた。手を握っているのは鈴音か。




「父、上。申し訳、ありません」


「……………魔を倒し損ねたか」


「は、い」




 声は何とか出せるが、喉がひりついて痛んだ。




「水羽は、どうした?おまえの従魔は何をしている?」


「みず、は」




 おそらく乗っ取られた。逃げることもできたろうに、彼女は私を庇ったのだ。二体もの魔に襲われたのだ、もう元には戻れないだろう。




「母の、大事な従魔を…………失いました」


「葵!」




 父上が怒りとも悲しみともつかない声を上げて立ち上がった。




「申し訳、ありません」




 父上から、母だけでなく母の分身のようだった水羽まで私が奪った。


 力が入らず起き上がることもできない私は、父上の刺すような眼差しを受けることしかできない。




「…………………女御様は倒れられて意識が戻らない。今回の一件で私はこれから内裏に説明に行かねばならない。おまえは自分の始末をつけるのだ。できるな?」


「はい」




 しばらく私を見下ろしていた父上が、やがて背を向け引き戸を開けて一度立ち止まった。




「おまえは神久地家の後継だ。その命はおまえのものだけではない。肝に銘じよ」


「……………………………」




 私の返事を待たずに引き戸が閉まり、鈴音が緊張を解いて息を吐いた。




「御父上なりに葵様のこと御心配なされていたのですよ」


「そう……………星比古様、は?」


「ここまで葵様を手ずからお運びされて、今は女御様についているかと。葵様を大変心配されておりました」


「そ、うか」




 手が細かく震えるのを布団を掴んで逃そうとするが、限界が近い。




「葵様、大丈夫なのですか?熱があって苦しそうですし……………その…………魔はどうなったのです?」


「大丈夫。じきに、良くなる。でもやらなきゃならない、ことがあるから、行って………………皆に、この部屋から、離れるように………伝えて」


「いいえ、私はお傍に」




 涙ぐんでいる鈴音に笑ってみせる。




「鈴音、心配しなくて、いい。さあ…………」


「…………………はい」




 力を振り絞り少し語気を強めると、今度は彼女は渋々ながらも立ち上がった。


 鈴音が戸を閉めるのを見送ると、俯せになって歯を食い縛る。




「う、くっうう」




 私の身体の奥底には、魔が憑いたままだ。それが眠っている間に毒のように染み広がり、私の意識までも乗っ取ろうとしていた。


 あのまま眠っていたら、知らない内に魔に自分を渡してしまっていただろう。


 意識を強く持つように耐えているが、僅かでも気を抜けば魔に持っていかれる。なんとか抵抗できているのは、私に流れる特殊な血のお陰かもしれない。




 意識がある間にするべきことがある。




「……………そこに、いるんだろう。出てこい、朱明」




 舌打ちと共に蝋燭の灯りの元へと姿を現した朱明は、足元にいる私を不快そうに見下ろした。




「やっと呼んだか。葵、今日は日だったようだな」




 彼の人差し指が見上げる私の赤くなったままの額を指し示す。


 いつもの尊大な態度の朱明に、私はなぜか安心して笑うことができた。




「ずっと、覗いていた癖に。僕のことが、気になるのだろう」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る