第15話熱病5
「っ、減らない口だ」
忌々しげに言われて、クスクスと声を立てて笑っていたが、すぐに息を切らした。気を緩めてしまったからか頭の中が煮えるように痛くて朦朧としてきた。
「苦しそうだな」
「まあ、ね。嬉しいか?」
他のものが自分の中にいると思うと、とても気持ちが悪いものだ。
「………………取引をしたい」
揶揄することはなく囁くような声に見上げる気力はなく、膝まである彼の黒靴の先を見つめる。
「僕もだ」
グイッ、と肩を外側に押されて仰向けにさせられると、乱暴に顎を掴まれた。
「このまま体内にいる魔に意識を乗っ取られたら、おまえは我々の脅威にしかならない」
「ああ………………そうだね」
私の能力は、受け継がれた血の元に行使できる。私が私でなくなっても、魔を従わす力は失われないのだ。乗っ取った魔がそれを利用しない手はない。
「念のために聞くが、おまえは全ての魔を従わすこともできるのか?」
「多分、魔だけじゃなく……………人間も可能、かな」
まただ。こうして朱明に覆い被さられるのは何度目だ?
朱色の瞳に灯火の揺らめきが映るのを、ぼんやりと見ていた。
「…………………このまま、葵が違うものになるのは見過ごせない」
「僕の従魔である君は、そう、だろうね」
「契約術を解くなら、助けてやってもいい……………葵?おい!」
肩を揺さぶられて、閉じかけた目を再び開ける。
「早く術を解け!そうすればおまえの中の」
「い、いよ。僕を殺しても」
「な、なに?」
「従魔は…………主が命じれば、主を殺せる。そうすれば、術は解けるだろう?それとも術を解いてから、僕を殺しても構わない」
身体を明け渡すなんて、真っ平御免だ。そんなことなら自分を消し去る方がいい。
「けれど、代わりに、水羽を救ってくれ、ないか。あの子をもどせない、なら、せめて楽に」
「…………………おまえ、死にたいのか」
「僕の命、よりも、水羽が大事だ」
渾身の力を振り絞ると、朱明の襟首を掴んで引き寄せる。驚く彼を睨むようにして間近で見据える。
「僕を、殺させてあげるから、水羽を頼む」
「頼むだと…………いつものように命じたらいいだろ」
「命令、したいんじゃない。これは僕の、最後の願いだ」
くるくると表情を変える愛らしく優しい水羽。時折亡き母のことを話して聞かせてくれた。懐かしそうに語る彼女を、母の一部だと思っていた。
家族だと。
「主としてじゃない。葵としての僕の、願いだ、朱明」
「………………人の話も聞かず、よく喋る」
「僕を、君の好きにして、いいから」
「また勘違いしそうなことを、べらべらと」
襟首を掴む手を、朱明の手が払ったと思ったらそのまま握られる。
私が死んだら、父上はどんな気持ちになるのだろう。跡継ぎを無くしたからと悔しがるだろうな。それとも『葵』を亡くしたと悲しんでくれるだろうか。
そんなことを思った。
「僕を殺すなら、君がいい。従魔は、君以外いらない」
全ての魔を従えるなんて馬鹿らしい。彼が唯一の従魔で、私は満足していた。私は朱・明・がいい。
「朱明」
じわりと湧いた涙が、彼の瞳を揺れ動くように見せる。どうして彼は私を殺せることを喜ばないのか。どうして緊張した表情をしているのだろう。
「煩い口だ、塞いでやろうか」
「朱明……………願いを、きいてくれるな?約束だ」
「……………好きにしていいんだな」
少し伏せた目蓋の奥で、明るい色彩が光った。
「返事を」
「黙れ」
頬に吐息を感じた時には、唇が塞がれていた。
「んう………………っ」
驚いて目を見開いた先には、彼の閉じた目蓋があった。唇を唇で食むようにされて思考を停止した私が、その整然と並ぶ睫毛をぼうっと眺めていたら、やがて舌先で強引に私の口を抉じ開けてきた。
「ぷはっ、あ、何を」
「口を開けろ」
さすがに我に返って顔を振って抵抗したら、朱明が後頭部を腕で固定するように持ち上げて、私の言葉を吸い込むように再び口づけてきた。
どうしたらいいか分からず朱明の腕を掴んでいたら、身体の奥から何かがせり上がるのを感じた。
「ん、は…………!」
吐き気にもがく間もなく、いきなり朱明が唇を離して私を解放した。彼の口には一匹の魔が喰わえられているのが目に入り、私は唇を押さえて身を起こした状態で固まった。
ペッと畳に吐き出した魔を、たちまち彼の魔力が焼き切った。
「…………………………………」
「…………………………………」
体が嘘のように楽になったが、言葉を失って朱明を見ていたら、彼も突っ立って動かなくなった。
魔が消滅した辺りに顔を向けたままの朱明との間に、ぎこちない空気が漂う。
「………………しゅ、朱明」
「何だ」
掠れた声の私に、彼も硬い声で返す。
「助けてくれて、ありがとう」
まさか殺さずに私を助けてくれるとは思ってもみなかった。
立ち上がろうとするが、消耗した体に力が入らない。
「朱明、こっちに来て」
そう言えば、ゆっくりとこちらを向いた彼に両手を伸ばした。
「僕を連れて行け」
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