第12話熱病2

 私と水羽は昼食を摂ったその脚で、駕篭を拾うと内裏へと向かった。いつものように裏から手形で入ると、行政部のある南門近くへと進む。行政部の辺りには普段は滅多に脚を運ばないので、すれ違った者が私の姿を不躾にじろじろと見て通る。




「あの顔、神久地家の息子ではないか?」


「神久地ということは、行政部の長である宗一朗殿の御子息だな」


「ああ、あの化け物の血を引くという」




 悪口というものは、本人に聞こえるように話すものらしい。




「葵………………」




 水羽が背中におぶさるようにしているが、透明な蝶のような羽を持つ彼女は軽い。白いふわふわとした膝までの服は、彼女曰くワンピースというものらしい。


 気遣わしげな声に、前を見据えて歩きながら「すまない」と小声で話しかける。




「魔を化け物とはね。水羽気にすることはない。水羽はこんなにも可愛い。化け物なんかじゃない」


「もう、そうじゃなくて葵は………………ううん、気にしてないならいいの」


「僕は言われ馴れてる」




 父上は何も言わないが、おそらく私のせいで同じような陰口を叩かれたりしているのだろう。自分はいいが、水羽や神久地家の者が悪く言われるのは不快だ。誰からも何も言われぬぐらい早く強くならなければ。




 途中、官吏用入口の敷居を跨いで宮中に上がり渡り廊下を通っていたら、前に数人の若い男が立ち塞がるようにしているのが目についた。




「神久地葵だな」


「急ぎの用がありますれば、御挨拶は後程」




 一礼して通り過ぎようとしたが防がれてしまう。ニヤニヤと意地悪い笑みを湛える男達は見覚えがあった。確か私より一つ二つ歳上で、内裏に仕えるようになって日が浅い者達だ。




「そなたまだ内裏へ上がれる歳ではなかろう?こんな所へ我が物顔でしゃしゃり出てくるとは、父親の力を嵩に思い上がっているのでは?」


「都の流行り病のことで父に相談があるだけです。通して下さいませ」




 ゲラゲラと下品な笑い声が上がり、笑うところではないだろうと半目で彼らを見る。




「生意気な。得体の知れない魔を操って、特別扱いされおって。なんでも警固部にも自由に出入りが許されて仕事も任されているそうではないか」




 中央にいるガッシリとした体つきの大柄の男は声まで大きい。この男が中心であとは取り巻きか。


 顔は覚えがあるから、名も聞いたことあると思うが忘れてしまった。




「女のような顔をして、本当に能力を買われたのか怪しいものだ




 挑発に乗るのも面倒で黙っていれば、いきなり取り巻きの一人に肩を掴まれた。




「そなた、色・を・売・っ・た・のではないのか?」




 カッと怒りが沸いて、肩を掴む手を叩き落とした。


 酷い侮辱だ。




 耳元で水羽が「痛めつける?」と聞いてくるのを首を振って制す。




「これ以上の侮辱は許しません」




 警告すれば、私が怒ったのが嬉しいらしく今度は二人がかりで腕を掴んで身動きを封じる。




「許さなかったらどうするって?ああ、そなた魔の血を引いておるのだったな。化けの皮を剥がして本性を出すのか?」


「どういうことです?」


「変な力を持つ者など、そなただけだ。そなたは人間の皮を被った化け物ではないのか?巷で広がる熱病も実はそなたが流行らせていたりしてな」




 再び嗤い出す男達に、拳にした手を爪が食い込むまで、ぎゅうっと握りしめる。呼応するかのように傍の水羽の怒りを感じるが、私が彼女の手出しを望んでいないのを理解しているようで小さく唸りながらも耐えてくれている。




「化け物……………化け物か」


「ん?何か言ったか?」




 呟く私の言葉を聞き取ろうと、大柄の男が身を屈め一歩近付いた。




「舐めるな」




 狙い済まして頭突きを喰らわせてやれば鼻に当たったらしく、そこから血がだらだらと吹き出て男が蹲った。私も無傷で済むはずもなく、驚いて解放された手で額を押さえてよろめいた。




「うぐ、貴様あっ」




 血を飛び散らせたまま男が立ち上がると、拳を振り上げた。




「何をしている!」




 大きな声が響き、男の拳が止まった。欄干に凭れかかる私の腰に手が回されて支えられ、横に目をやると腹を立てた様子の星比古がいた。




「だ、第五皇子様」


「内裏で揉め事とは何事か!」


「しかし、怪我を負わせたのは神久地の方で…………」


「一人の者に数人がかりで、よくも言ったものだな。葵に何を申したのだ?」




 男達が口ごもり、ばつの悪そうな顔をしている。


 星比古の剣幕に驚いていたら、庇うように肩を抱かれて彼の胸に引き寄せられる。


 だが腕の間から、こちらへとやって来る父の姿を捉えて、両手を突っぱねて星比古から離れた。




「葵」




 騒ぎを聞き付けたのだろう、鼻血を出す男を一瞥した父が私へと厳しい顔を向ける。




「謝罪せよ」


「しかし葵は彼等に侮辱されたのだ。謝罪するのは葵ではないぞ」


「失礼ながら、息子のことは貴方様とは関係なきこと。葵…………」




 星比古が口を挟むが、父は聞く耳を持たない。




「………………怪我をさせてしまい深くお詫び致します。申し訳ありません」




 頭を下げて、自分を抑える。


 彼等の父親はいずれも権力者だ。ここで私が謝罪せねば後々家を巻き込んで拗れるのだ。父の言うことは正しい。


 分かっている。




「分を弁わきまえるのだな!」




 言い捨てて立ち去る男達の背中を睨んでいたら、星比古が私の額に触れた。




「大丈夫か?赤くなっているぞ」


「…………………平気です」




 彼の手を拒んで俯いた私の頭を水羽が撫でてくれる。




「面倒を起こすな」




 父がこちらを見ることなく言い、私は息苦しさを覚えた。




 今日はあまり良い日ではないようだ。














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