第10話魔の守り3

 「紹介するよ、水羽だ」




 私の髪の水気を小さな手が布で拭いてくれている。幼女の姿をしているが、彼女との付き合いは生まれた時からだ。




「…………………」




 濡れた髪を拭いた布を首に掛けた朱明は、そんな私達を無視して額に手をやって何かを考えているようだった。溜め息などして疲れているようだ。




「聞いてる?」


「……………………おまえの周りをちょこまかとうろついていた魔なら最初から気付いていた。何人いる?」


「え?」


「おまえの従魔とやらは、一体何人いるのだ?」


「君一人だけど。妬いたの?」




 言葉に詰まったのか沈黙する彼を横目に水羽に手招きすれば、慣れた仕草で私の膝の上に納まるので、ぎゅう、と後ろから腕を回して抱っこする。




「この子は、僕の母の従魔だ。本来は母が亡くなって契約術は解かれたのだけど、時折僕の為に働いてくれているんだ」


「従魔ではないのか?」


「水羽は自らの意思で僕を助けてくれている」




 えへへ、と照れながら私の腕に擦り寄る彼女だが、私の生まれた時からこの姿なのだ。魔は老化とは無縁の生き物なのだそうだ。寿命も人間よりも長く、見た目の年齢を自由に変えることができるという。水羽の年齢を聞いたことはないが、相当年上であることは間違いない。




「僕の姉のような存在かな」




 予想通り朱明は意外そうな顔をしている。水羽は、朱明と目が合うと慌てて私の腕に隠れるようにしていた。水を掛けたことを彼に怒られるかと思っているようだ。だが、当の本人はだるそうにしていて怒る気力が無いらしい。




「まさか自ら人間に肩入れするような奴がいるとは」


「僕の母と水羽は主従の契約を結んではいたけど、互いに信頼し合った友人だった。だから子である僕のことまで気に掛けてくれているんだ」




 水色髪を撫でて、ついあやすようにしてしまうが、そんな時はこっちが年上の心情になってしまうのは仕方ない。水羽は見た目だけでなく行動も幼いのだ。それをあざといと思わせないぐらい、彼女の仕草は自然で可愛い。




 ハッ、と呆れたように朱明が鼻で嗤う。




「たかが人間の為に、よくやる」


「君に言う資格はない。水羽を嘲るな」




 水羽を抱き締めたまま朱明を冷たく見れば、彼は渋々嗤いを引っ込めた。




 私は魔が全て悪いものだとは思っていない。彼女のように優しい子もいるし、殆どの魔は人間に無関心で善くも悪くもないことを知っている。ただ低級な魔が、人間の欲望や憎悪の感情を弄び利用して自分の力にしようとしているか、或いは逆に人間に利用されている。




「葵は、あたしのだいじな子なの。守ってとうぜんです」




 おどおどしながらも、水羽が声を出した。




「それにこんなにかわいくて綺麗な人間めったにいないの。あなた様もそうおもうでしょ?」


「っ……………」




 反論でもしたかったのか口を開きかけた朱明だが、直ぐに諦めたように横を向いた。どこか投げ遣りな態度だ。




「皮一枚剥けば、皆ただの肉塊だよ。まあ悪い気はしないけど」


「姿だけのことじゃないよ」


「よく分からないけど、水羽は可愛いよ」


「葵、だいすき」




 二人で仲良くしていたら、力なく朱明が立ち上がった。




「朱明」


「ちいっ!もういいだろ、俺は忙しい!」




 呼び止めると、ギッと不機嫌に睨んできた。魔の都合は私の知るところではない。




「僕は君に、水羽のような関係は望んでいない」


「何?」


「一応確認だ。君は僕を殺したいんだよね?」


「……………当たり前だ」


「君をこんなふうにした僕が憎いだろ?」


「憎い」


「良かった、それでこそ君を信じられる」




 私は理由の分からない好意を期待しない。理由のある水羽は例外として、そんな感情は裏切られる危険が高すぎる。まだ最初から憎まれている方が信じられる。


 だから朱明を信頼するなら、今のままがいい。


 彼が『おかしくなりそう』でも、私達の関係を崩さないなら好きにすればいい。




「いつか僕を殺してよね、できるものなら」




 釘を刺す私に気付いているだろうか。




 こちらを見ずに、朱明は首に巻いていた布を乱暴に剥ぎ取ると私に向かって投げつけてきた。肩に当たった布は、落ちて袖に絡んだ。




「俺は本当に葵が憎い」




 そう吐き捨てるように言うと、彼は姿を消した。


 水羽が、私を心配そうに見上げる。




「いいの?」


「いいんだよ。それより水羽は、彼のことを知っているの?」


「ええ、あたしより高位のお方よ。葵、よく従わせたわ」


「ありがとう」




 袖上の布を拾い上げて、私はふと疑問に感じた。朱明が菓子の袋を投げつけた時のことが頭をよぎったのだ。




「どうしてこれは僕に当たったんだ?」






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