エピローグ

 教会の大きく開かれた窓からは、優しい陽の光が、神に誓いを立てる新たな夫婦を祝福するかのように降り注いでいる。


 その光を一身に浴びながら、純白の繊細なベールが翻り、陽の光を浴びた光沢のあるドレスがキラキラと眩い光を反射して、身に纏う少女をより美しく着飾る。


 水色の髪が穏やかな風にふわりと揺れ、純白のドレスを着た美しい花嫁が、新郎である壮年の男性に寄り添いながら、とても幸せそうに微笑んでいる。


 本日は、小高い丘の上にそびえ立つ小さな教会で、テオさんとマリアの結婚式が行われており、私達は二人を祝福する為に、ここへ訪れているのだ。


 この場所は、かつて、マリアがリリスだった頃、騎士になったばかりのテオさんと、よく訪れていた思い出の場所なのだそうだ。


 ステンドグラスの嵌め込まれた、小さいながらも、厳かな雰囲気のある教会の中で、神父様の立会いの元、二人は永遠の誓いを交わす。


 この先の未来も、二度と離れる事のないように。

 幸せに、健やかに暮らしてゆけるように。


 その未来の中にはきっと、彼等の子供達の姿もあるだろうと思うのだ。


 これは、式が始まる前に、こっそりとマリアが教えてくれたのだけど、実は、彼女のお腹の中には、小さな命が宿っているかもしれないらしい。


 まだ確信が持てる時期ではないそうなので、折をみて、テオさんに話して驚かせたいそうだ。

 そう言って、いたずらっぽい顔で笑う彼女は、なんだかとっても可愛らしい。


 式が終わると、軽く用意された軽食をつまみながらの、立食パーティーのような状態になる。いわゆる披露宴に近い感じなのかも。


 ここには、極僅かな気心の知れた人間しか招待されていないので、式の余韻に浸りながら、みんな、それぞれ気ままに談笑している。


 テオさんの隣で楽しそうに微笑んでいたマリアだったけれど、彼女は私を見つけると、テオさんになにか一言伝え、こちらへ歩いて来たのだ。


「ルルティアさん……ううん、ルルティア様、ちょっとこちらに来て?」

「?」


 どうしたんだろう……? 何か、秘密の話があるんだろうか。


 彼女に手を引かれて、会場から少しだけ離れた場所へ連れていかれる。ここからなら、こちらの様子も視界に入るから、テオさんも安心だろう。


 マリアは、ベールの上から留めていた髪飾りを外すと、私の手のひらにそっと置き、握らせるように、自身の両手で包み込む。


 それから彼女の手は離れていき、私はゆっくりと手を開きながら、置かれたそれをまじまじと見つめた。


 小さな花を模した、雪のように真っ白な、繊細な細工の髪飾りだった。


「これ……」

「……私の故郷の言い伝えでね、花嫁が、次の花嫁になる人に、身につけているものを渡すの。そうすると、受け取った次の花嫁は、とこしえに幸せになれるのですって。 ……私達は、前の生の記憶があるわ。それを持って生まれたのなら、きっと意味はあるのだと思うの。 ……今度は必ず、幸せにならなければいけないわ?」


 慈愛に満ちた穏やかな顔をしながら、彼女は、言葉を続ける。


「だからね……ルルティア様も、どうか、幸せになってね?  ……これは、私との約束」

「マリアさん……」

「……貴女の結婚式には、必ず見に行くわ。多分、国を挙げての事だから、近くでは見れないけれど。遠くからきっと、祝福するわね?」


 そう言って、マリアはふわりと笑う。彼女が笑うと、こちらの心まであたたかくなるから不思議だ。


「ううん! その時は、是非招待するよ! 特等席を用意するね? ……私、マリアさんの事、とっても好きみたいだから」

「ルルティア様……ありがとう」


 彼女は一瞬、目を見開く。

 それから、あの柔らかい笑顔でにっこりと笑ってくれる。


「さあ! みんなの所に行こう? マックスなんか、あれから大変だったんだよ? お城に突撃して、ウェル様に要塞に飛ばされそうになったり!」

「まあ、ガイナ君ったら。相変わらずね。そのお話、詳しく聞かせて?」

「うん! ……実はね……」


 私達は歩きながら、お互いの近況報告に花を咲かす。

 少し離れた所では、みんなが笑いながら楽しそうに話しているようだ。


 マックスがこちらに気づいて、マリアの元へ駆け寄ろうとしているのを、テオさんが殺気立った目で睨みつけながらにじり寄っている。

 どうやら襲いかかろうとしているようだ。クロードとメル君が必死で止めている。


 それを見て、私とマリアは、お互い顔を見合わせてクスクスと笑う。


 教会のベルはリンゴンと鳴りながら祝福の音を奏で、小鳥の可愛らしい鳴き声が、それに合わせて軽やかに囀る。


 視線の先にはウェル様がいる。

 愉快そうに笑う彼は、私の視線に気がつくと、更に目尻を和らげて微笑んでくれた。

 その瞳は、まるで、愛しい者を見るかのように。




 ——次は、ウェル様の戴冠式がある。





 この人に相応しい女性になれるように、私も、もっと頑張らなくっちゃ!





 ーー

 ーーー※





 それから、ある日の夜、私は不思議な夢を見た。


 周りには何もない真っ白な空間の中で、ポツン、と小さな誰かが、背中を丸めて何かをしているようだった。


 その子は薄桃色の髪をした、小さな小さな女の子だ。

 私はその子が気になって、一歩、また一歩と近づいていく。


 その子のすぐ後ろまで来て、気づかれないように、そっと、横顔を覗き込む。


 この子……


 ……“わたし”だ。


 床に膝をついた小さな“わたし”は、クレヨンを持ちながら、何かを一生懸命に描いているようだ。


『どうしたの……?』


 おもわず、私はこの子に声をかけた。

 すると、小さな“わたし”はぴたっと動きをとめ、私を見上げ、囁く。



 ——悪い夢は終わったの。 ……おねえさんのおかげ。


『え……?』


 そう言うと、その子はゆっくりと立ち上がり、振り返る。

 その手には、今まで描いていた絵が握られていた。


 絵には、ウェル様や、お兄様、お父様にお母様、マリアにテオさん、メル君、クロード、マックス、ロブにナナ、それにその子供達。 

 ……それから……シルビアちゃんの姿も。みんながニコニコと楽しそうに笑っている姿が描かれている。もちろん私の姿も一緒に。


 小さな“わたし”の足元には、真っ黒に塗り潰された絵が、ビリビリに破かれて床に散らばっている。


『この絵……』


 ……そうだ……


 この子は、前世を思い出す前の“わたし”だ。




 ——約束を守ってくれて、ありがとう。


『……ううん。貴女も一緒に頑張ったからだよ?  ……だから、最悪の未来は変わったんだと思うから』



 ——……そっか。


 そう言って、小さな“わたし”は嬉しそうに笑った。




「——っ」


 どこからか、私を呼ぶ声が聞こえる。



 ——そろそろ、起きなくっちゃ。 ……王子様が心配してるよ。


 小さな“わたし”は、眠りから目覚めるよう、そっと教えてくれる。


『そうだね。じゃあ……はい!』


 私は、この小さな“わたし”に向けて、手を差し出す。



 ——?


『一緒に行こう? 今日はウェル様の戴冠式なんだ。 ……ウェル様、すっごくカッコいいんだよ? だから、貴女も見なくっちゃ!』



 ——わたしも、行ってもいいの?


『もちろん! さあ、早く起きないと! 寝坊しちゃうよ?』


 その子はおずおずと手を伸ばしながら、ぎゅっと私の手を握る。



 ——うん。そうだね。 ……ずっと眠ったままだったら、王子様が、びっくりしちゃうかも。


 それから楽しそうに、ふふ、と小さく笑う。


 私も手を握り返して、小さな“わたし”と手を繋いだまま、一歩、また一歩、声の聞こえる方へ歩き出す。


 心地良く胸に響く、私の大好きな彼の声が、少しずつ大きくなっていく。


 きっと、そちらに向かえば大丈夫。

 目指す先は、あったかくて、まばゆい光に照らされているのだから。








 ふいに、視界いっぱいに光が溢れ、ゆっくりと瞼を開くと、心配そうに私を覗き込む綺麗な紺碧色が見えた。

 ようやく起きた私にほっとして、彼は愛しげに、瞳を細める。



「おはよう? ウェル様」

「ああ。おはよう、ルル」



 これからも、どうぞよろしくね。




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!悪役令嬢・大脱走中! ミトト @mitoto

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