4-6
「ほらほら! また喋り方が庶民になってるよ! もっかい言ってみようか、さんはい! ——ですわ!」
「で、ですわぁ……」
まるで鬼教官のように、ビシバシと私をシゴくのは、先日護衛騎士になったばかりのメル君である。
マナーの先生とかではない。なぜか、彼なのである。
実は先程、教師陣による未来の王妃を目指しながらのお勉強が終わったところだった。
やっとのんびりできる……! と思った矢先、隣で一部始終を見ていたメル君から「全然なってない!」との指摘を受け、追加で彼から教わる事になってしまったのだ。
まあ、メル君の言うこともわかる。
病弱ながらも、私は王城で、学園と同等の勉強を受けている。 ……という事になっており、本来卒業する予定である十八歳になったと同時に、ウェル様と結婚する事が決まっているのだ。
け、結婚……! と、嬉しいような、なんとなく気恥ずかしいような気持ちで一人で照れていたけれど、急に現実を思い出して戦慄する。
いや十八歳って……後三年しかないじゃない!
しかも、しばらく怪我で寝込んでいた為、実質二年とちょいしかない……! それまでに、王妃となる為のありとあらゆる勉強を詰め込まれる事になり、教師陣からの一定の合格点がもらえない限り、外出もダメなのだった。
もちろん、家にも帰れる訳がない……ぐおおおぉ……!
貴族の淑女がするようなお勉強は、隣国で、ナナに家庭教師をつけてもらっていたのもあって、ある程度は出来るけれど、割と最近まで自由気ままに過ごしていた為、このお勉強漬の日々に精神をごっそりと削られている気がする。
心の中では、窶れて頰がこけているイメージだ。つらい。
しばらく感情が無になりながらぼーっとしていると、すかさずメル君からの叱責が飛んでくる。
「国に戻ってはい、おしまい! じゃないんだよっ! ティア様は野生化してたんだから、さっさと国母になる為の勉強しなきゃなんだからね! マナーも全っ然、なってないんだから! 休んでるヒマはないんだよ! ほらほらほら!」
「や、野生化……」
メル君の様子はとっても生き生きとしている。水を得た魚のようだ。
絶対楽しんでいる。
だって、さっきから口の端が笑っているもの……!
……メル君。きっと、いいお姑さんになれるだろう。
お舅さんではない、姑だ!
彼にバレないように、こっそりと恨みがましい目で見ていると、同じく側でその様子を見ていたもう一人の人物が、助け船を出してくれる。
「メルク……もっと、優しく言ったらどうだ? ルルティア様も努力しておられるのだし」
オレンジ色の髪に同色の瞳の彼——クロード・ホーエンが、メル君を窘めてくれたのだ。
その身には、メル君と同じく、護衛騎士に与えられる白い鎧を身に纏っている。
実はこの彼、ウェル様の新しい護衛騎士として任命されたのだ。
元々、王立学園卒業後、密偵を交代する予定になっていたらしい。
卒業までの単位は既に取得済みだったようなので、彼が気にかけていたマリアも居ない今、繰り上げで、一足先に卒業したのだ。
「ほらー! クロードさんもああ言ってくれてるんだよ? メル君、やりすぎだよー!」
「あっ! ティア様、また庶民語になってるよ!」
「ええっ!? ……メル君だってなってるじゃない」
「ボクはいいんだよ! ボクはっ!」
「な、納得いかない……」
先生役をするなら、自身も言葉遣いを貴族っぽくするべきなんじゃないだろうか。
ふいに、コンコン! と扉をノックする音が響く。
入室を許可すると、入ってきたのは私の婚約者の彼だった。
「どうだ? 順調か?」
「ウェル様!」
彼には久しぶりに会えた気がする。
近く、隣国の王女がお兄様に会いに来るとかで、いよいよ逃げ場がなくなったお兄様は、本当に侯爵家を脱走し、一人、旅に出てしまったのだ。
それを知ったウェル様は、すぐに捜索隊を組み、自ら指揮を取っている為、日々、対応に追われている。
現状、私と全然会えていないのだった。
ちなみに、街中にお兄様の似顔絵が描かれたビラが貼られているらしく、まるで指名手配されているみたいになっている。 ……らしい。
お兄様……大丈夫なんだろうか。
それに、ウェル様、王女になんて言うんだろ……?
いくら自分で蒔いた種とは言え、彼も大変そうだ。
するとメル君が、先程のウェル様の問いに対してすかさず答える。
「そうですね……ティア様、とても良く頑張っておられますよ。覚えが早いと教師陣も褒めております」
「メ、メル君……?」
さっきと、言ってる事が違うんですけど……?
その意味を込めて、クロードの方を見ると、彼もこちらをみて苦笑していた。
メル君、どうやら人によってキャラを使い分けているようだ……
表情も穏やかで、品のある利口そうな少年に見える。
さっきまでの鬼教官っぷりとは180度違う変貌っぷりだ。
もはや別人である。ちょっと酷いんじゃないかと思う。
ウェル様はメル君の答えを聞き、満足そうに頷いている。
いやこの人嘘言ってますよ! と言いたいところだけど黙っておく事にしよう。出来てないのは本当だしね。
……………はあ。頑張ろう。
ふいに、バタバタと勢いよく、廊下を走る音が聞こえてくる。
それからすぐに、バーン! と扉が開かれた。
「よう! ルルティア! 遊びにきたぜっ!」
燃えるような赤毛を揺らしながら、深緑色の瞳をした少年が勢いよく部屋に飛び込んでくる。
その後ろから、私付きの侍女さん達が慌てたように追いかけて来ているのが見えた。
たぶん……これ、止められたのを、無理矢理突破してきたんだろうなあ、と思う。
「ほう…………呼び捨てか……」
今入ってきた彼……マックスの発言に、ウェル様が即座に反応する。
その表情は、どことなく険しいような気がするけれど……なんだかまた、部屋の温度がぐっと下がったような……?
「ガ、ガイナ君!?」
クロードも、後輩が突然来ると思っていなかったようで、吃驚しているようだ。
この騎士見習い、父親に会いに来た態でこっちに来れたのだろうと思う。
彼のお父さん、王の護衛騎士をしているしね。
「なあ、聞いてくれよー! オレ、マリアに会いに屋敷に行ったのに、あのおっさん、全然会わせてくれないんだぜっ! 色々話したい事があったのに、帰れの一点張りだしよー! 彼女が穢れるだとか訳わかんない事言ってくるんだよ! ……なあ、ルルティアー! なんとかしてくれよー!!」
「……ガイナ君。せめて、ルルティア様、とお呼びしようか?」
クロードが嗜めるように声を掛けるけれど、マックスは、特に気にしたふうもなく振り向く。
「あ! 会長! ……じゃなかった! 元会長!! だってよー! マリアもだけど、元会長まで学園から居なくなっちまってさ。一人でいたってつまんねえんだよな!」
マックスはぶーぶーと言いながら不満そうだ。
確かに、彼にとって仲の良かった人物が、急に二人もいなくなってしまったのだ。寂しい気持ちも頷ける。
「それにさ、別に呼び捨てでも良くね? だって俺達、友達だもんなっ! な? ルルティア?」
「!!」
友、達……!
「……あ。なんか、嫌な予感がする……」
そう言ったメル君は、何故か顔が引きつっている。
「そうだね! 私達、友達だもんね? マックス!」
「おうっ!」
「…………ほう。クロード。確か、南方の要塞で、人員が不足しているという話があったな?」
「はい。先日負傷兵が出まして、数名補填を行う予定となっておりますが」
あれ。ウェル様、急に仕事の話なんてどうしたんだろう……? なんだか、マックスの方を見ながら言っているような気が? ……って。
……ま、まさか。
「ウェル様!? だ、ダメだよ! マックスはまだ学生なんだから! ちゃんと、今からお勉強しておかないと!」
「………………………ルルがそう言うのなら。今回は見送ろう」
今回は……という含みのある言い方に、引っかかりを覚える。これ、次はないぞ? みたいな意味だよね……?
「ガイナ君。今のうちに、呼び方を徹底しておこうか。未来の王妃様に、呼び捨ては良くないからね」
「えー! まじかよー!!」
クロードの言葉を聞いたマックスは、心外だとばかりに不満そうだ。
「……はぁ。ダリス君がいればなぁ」
溜息をついたクロードの顔を見ると、気のせいか、少し窶れているような気がする。大丈夫かな……?
「……クロード、ドンマイ」
「ははは。まあ、頑張るよ……」
割と喧嘩腰で絡みがちなメル君だったけれど、この時ばかりは憐れみを浮かべた表情で、この新しい護衛騎士に労いをかけていた。
と、まあこんなふうに、最近の私を取り巻く環境は、割と忙しなく過ぎていく。
一週間後にはテオさんと、マリアの結婚式がある。
とにかく、それまでには、この鬼のようなメル君からも、なんとか合格点が貰えるよう、頑張ろうかと思うのだ。
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