4-4

 面会を予定していた日にちになり、私は、約十年ぶりとなる、両親との再会を果たしている。


 ウェル様が案内をしながら連れてきてくれた両親は、私の姿を見て一瞬、目を見開き、次いでくしゃりと顔を歪めながら、静かに涙をながして私を抱きしめてくれたのだ。


 されるがままに身体を預け、気づかれないように、そっと、彼等の姿を盗み見る。


 ——十年。離れるには長過ぎたのだ。


 現在の二人の姿を見て、ずいぶん心労を掛けてしまったんだな、と改めて思う。


 ……どちらも少し、窶れた印象だ。


 お父様は、昔に比べてかなり老けてしまったように思える。実年齢よりも十歳は上に見えるだろうか。

 お母様は若々しい美貌を保ってはいるけれど、目の下に、化粧では隠しきれない程の濃い隈ができている。


「ごめんなさい」と泣きながら謝る私に、両親は「無事に戻ってきてくれただけでいい」と暖かく受け入れてくれる。


 ある程度の内容は、どうやら先に、ウェル様が伝えてくれていたらしい。


 今までの事を話そうと、私が口を開くよりも先に、お母様は「なにも言わなくても大丈夫よ?」と、涙で潤む瞳を向け、優しく微笑む。


 ……ゲームのお話は終幕を迎えたのだ。


 死ぬ筈だった私は生き、お話に登場しなかった筈のシルビアちゃんは、悪行の限りを尽くし、私の前から消えてしまった。


 魔女の母親は処刑という最期を迎え、その娘の魔女リリスは、主人公マリアとなって生まれ変わり、攻略対象者達と協力をして、お話は大団円を迎える……


 まるで、ゲームの真相エンドをなぞってきたかのようだ。


 ——ただ違うのは、私が処刑されずに生き延びた事。誰からも蔑まれず、断罪をされずに過ごしている事。


 ゲームの筋書きが終わった今、私はもう、このお話しの結末を知らない。


 予知夢はもう見れなくなってしまったのだ、と両親に伝えたところ、お父様は、「それがいい。特別な力は、ルルを苦しめるだろうからね」と、深く刻まれたシワを緩めて笑い、お母様は「きっと、ルルちゃんにとって必要がなくなったから、その役目を終えたのでしょう」と、昔と変わらない穏やかな態度で、そう言ってくれたのだ。


 ……もっと、怒られるかと思っていた。

 それなのに、両親は怒るどころか、こんなにも心配をしてくれて、今の私自身を受け入れてくれる。


 ——私は、それがとても嬉しくて仕方がないのだ。


 しばらく抱き合っていた身体を、ゆっくりと離す。

 それからお父様は、静かな声音で私に語りかける。


「前侯爵の悪事を、もし、ルルから聞いていたとしても、当時の私は信じる事ができなかっただろう」


 言葉を区切り、続ける。


「私にとって、彼の存在は、長い人生に迷った時、いつも正しい道を示してくれる、なによりも大事な父だったのだよ。  ……昔からずっと、私の目標としていた人物だったからね」と、少し寂しそうに微笑みながら、私に話してくれたのだ。


 隣で話を聞いていたお母様も、とても複雑そうな顔をしている。

 きっと、この両親に対しては、お爺様は心優しい当主を演じきってみせたのだ。


 ……決して、その真っ黒に濁った本性を、見せることのないように。


 それから、実は異国の地で、ナナと、その旦那様であるロブ達と暮らしながら、表向きは養女として守ってもらっていたのだと伝えると、 両親はほっとした顔をする。


 彼等は、ナナの事も探してくれていたらしい。


 彼女は男爵家のご令嬢であり、リヴィドー家に奉公に来ていたのだ。ナナの人生も、私と同様、随分と変わったのだと思う。


 本来なら、ナナは私が処刑を迎えたその後、かつて私の暮らしていた部屋に赴き、長年一緒に過ごした日々に思いを馳せながら、後を追うように首を吊り、自害してしまう。


 それが今では家庭を持ち、もうすぐ二人目も生まれるのだ。 ……ううん、もう生まれている頃かも!


 その事も両親に話すと、お母様は「まあ!」と言いながら、とても楽しそうにニコニコとしており、お父様は、「彼女は、友人から預かっていた大事なお嬢さんだからね。 落ち着いたら彼女もこちらに呼ぼう。 ……もちろん、彼女の大事な家族も」と言ってくれたのだ。


 私達が再会を喜び合っているその様子を、ウェル様は壁にもたれながら腕を組み、静かに見守ってくれていた。

 それから、私達が落ち着いたのを見計らい、声を掛けてくれる。


 どうやら、私の両親と大事な話があるらしい。

 両親は神妙な顔をして頷き、三人は別室へと移動して行った。


 半刻ぐらいたった頃だろうか。

 帰る前に一度、部屋に戻ってきた両親に「また来るからね?」と優しく頭を撫でられる。


 それに頷きながら、私は手をひらひらと振り、両親が帰るのをベットの上から見送ったのだ。


 ……結局、三人がなんの話をしていたのかは、私に教えてもらえる事はなかった。




 ーー

 ーーー




 夕方になり、侍女さん達が夕食の準備やら、新しい本を借りてきてくれる為にめずらしく三人共出払い、私が部屋でひとりになった時だった。


 ——ふいに、私を呼ぶ、誰かの声が聞こえた気がしたのだ。


 なんだろう?

 室内には、私以外、誰も居ないのに。


 声はどんどんと大きくなっていく。

 酷く焦りながら、まるで怯えているかのようにも聞こえるその声は、私になにかを訴えかけているかのようでもあった。

 声は、徐々に緊迫感を増していく。


 ……まさか、幽霊なんじゃ……?


 私は少し怖くなり、頭から布団を被ってベッドに潜りこみながら、息を殺し、じっと聞き耳を立てる。

 ……すると、更に大きな声で、『ティア様!』と呼ぶ声が聞こえてきたのだ。


 ……どうして、私の名前……!


 なにか、恨まれるような事をしてしまったのだろうか。

 相手は私の知っている人物なのかもしれない。


 しかも、どこかで聞いた事のある声だ。

 少年特有の、妙に耳に馴染みのある……


「ちょっと、ティア様! なに隠れてんの! さっきから呼んでるんだけど!?」


 ……って。


 あれ? この声って、メル君なんじゃ……?


 声は上の方から聞こえたようだ。

 そちらを見上げると、天井の隅っこ部分にある天板が、ガタガタっと動く。

 かと思うと、横にスーッとスライドしていき、人がギリギリ通れるくらいの穴がポッカリと開き、中からメル君が、ひょっこりと顔を覗かせたのだ。


 なるほど……そこから移動できるのか。

 流石密偵。妙にこなれている……! と感心しながら、久しぶりに会えたこの友人に、私は心からの笑顔で近寄る。


「メル君! なあんだ、びっくりしたよー! あ、そうだ! あの時、助けを呼んでくれてありがとね?」

「そうだよ! っていうか、カフェで待っててって、ボク言ったよね? それを勝手に動いてさ! ……しかも死にかけてるし!」


 そうだった……彼にも余計な気苦労をさせてしまったのだ。

 偶々、彼が呼んでくれたウェル様達と、マリア率いる生徒会メンバーが来てくれたから良かったものの、一歩でも間違えば私は死に、その命はシルビアちゃんの糧となっていたのかもしれない。


「う! ……ご、ごめんね……?」

「ごめんで済んだら警備隊はいらないんだよっ! ……まあ、無事でよかったけどさ。じゃなくって! ティア様さあ、王子サマに余計な事言ったでしょっ!?」

「え?」

「え? じゃないから! 最近、王子サマの、ボクを見る目が尋常じゃないくらい殺気立ってるんだけど! これ、絶対ティア様がなんか言ったよね!」

「ええーー……」


 変なこと言ったかなぁ?

 ……うーん……?

 ………………………だめだ、身に覚えがなさすぎる。


「もし、ボクがクビになったら責任取ってもらうから!」

「わ、わかったよ……」


 今まで、なんだかんだでメル君には助けられているのだ。彼に足を向けて寝れないな、と思う。


「そういえば、メル君なんで天井から? 普通に扉から入ってくればいいのに〜」

「いやいや! そんな事したらボク、殺されちゃうから!」


 毎度お馴染みのセリフを吐きながら、メル君は床に降り立ち妙に周囲を気にしているようだ。次いで、落ち着かないように話す。


「……ティア様付きの侍女達、実は全員ボクの同僚なんだよね。ここにいるのがバレたら、すぐに王子サマに報告されて、どんな恐ろしい目にあうか……!」

「え」


 あー……じゃあ、あの侍女さん達、三人とも密偵でもあったのか……どうりで、なーんか探るように見られてるなぁ、と思ったのだ!

 ……いや嘘だ。今まで普通の侍女さんだと思ってた。


 それから、辺りを警戒したまま、メル君は、早口で自身の状況を話してくれる。


 なんでも、今は大々的な人事異動が行われているらしく、メル君も密偵じゃなくなるかもしれないそうだ。


 メル君は、私を見つけた功績よりも、目を離して危ない目に合わせたから、きっと、口に出すのも憚られるような部署へ異動させられるんだ……! と戦々恐々としながら震えている。

 いやいやそんな部署、本当にあるのか……?


 それに、メル君がさっき言っていたお馴染みのセリフ、どうやらウェル様の事を言っていたらしい。


 ……いくらなんでも、そんな事しないと思うんだけどなぁ……ウェル様、あんなに優しいんだもの。


 ある程度話きった後、メル君に「ボクの身になにかあったら……恨むからね……!」と、もう既に私を恨んでいそうな雰囲気を全身から発しながら宣言されてしまい、私はおもわずびくっと震えた。


 ……絶対に、この友人を助けなければ……!

 ウェル様にお願いしてみよう……! 最悪土下座する事にする。


 私がひとり、心の中で固く誓っていると、メル君は急にはっとして扉を振り返る。

 それから真剣な顔をして、じっと耳を澄まし、なにかの音を聞いているようだった。


「じゃあ、約束だからね! 絶対にボクの事、助けてよ? 忘れないでね!」と去り際に言いながら、鮮やかな身のこなしで家具を伝い、開きっぱなしになっていた天井の穴へ身を滑り込ませ、暗闇に消える。

 スーッと天板が移動しながら、穴は綺麗に塞がれていった。


 おおお……!  流石プロ。

 メル君、やはり泥棒の素質があるとみた……!


 ……いやいや、そんなアホな事言ってないで、メル君が変な部署に送られないように、すぐにウェル様にお願いしなくっちゃ!


 それから、入れ違いで戻ってきた侍女さんに、ウェル様に都合の良い時に来て欲しいと伝えてもらえるよう、私は若干、前のめりになりながら、必死で頼んだのだった。

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