4-3

 約束の日が来て、私が滞在している部屋に訪れたウェル様に、私はこれまでの事を全て、打ち明けようとしている。


 部屋は人払いして貰っており、私はベッドのクッションに身体を預ける形をとり、ウェル様はその隣に置いてあるサイドチェアに座りながら、二人、向き合う。


 まずは簡単に話せる部分からと、お話は、実は狂言だった誘拐の事から始まり、侯爵家に出入りしていたロブを脅……じゃなくって! 友好的説得をして屋敷を脱出した事、辿り着いた隣国の地で潜伏しながら、偶々始めてみた商売が時間を掛けて軌道に乗り始め、それが今では立派な商会になり、なんと王家御用達の名前まで得られた所までを一足飛びに話す。


 その間、私の話す言葉の一言一句を聞き漏らさなようにといった感じで、ウェル様は、じっと黙ったまま聞いてくれている。


 けれど、なぜか“王家”という言葉を聞いた瞬間、引きつった顔をしながら、どこか居心地悪そうにしているような気がして、どうしたのか聞いてみたところ、彼の方で、なにやら隣国の王女と大事な約束をしていたらしいのだ。


 どんな話なのか詳しく聞きたかったけれど、「後で話す……」と、どこか後ろめたい事があるかのように目を逸らされてしまったので、微妙に気にはなるところだ。


 パール商会については、実は私がそこの養女をやっており、一番最初の石鹸は、何を隠そう私が作ったのだ、と少し誇らしげに伝えると、彼は、養女の件については知っていたようで、「ああ」と頷きながら、「実は密偵から聞いている」と言っていた。


 どうやらメル君が報告していたようだ。


 けれど、商品を作った事の方は知らなかったらしく、「ルルはそちらの才能もあるのだな」、と感心したように言ってくれて、少し、照れてしまう。

 先人の知恵を少々拝借させてもらったものなので、厳密に言うと、自分の力という訳ではないけどね。


 とりあえず、商売が軌道に乗ったのは、ロブにナナ、それに協力してくれた皆さんのお陰だと伝えておくのも忘れない。


 ……ただ出来れば! 私の渾身の作戦をウェル様に伝えたい……!


 商品価格を1円下げて、安く見えるように錯覚させたり、外に放たれたちびっこ達を使い、石鹸を無性に使いたくなるような、衛生観念についてとっても健全な意識改革をした事も、これは私がやったのだ! と強く、みんなに言いふらしたい……!


 いやでも、これだって一応は企業戦略。

 今やロブ率いる商会の販売方法であるし、実はこれ、今でもやっていたりする。

 商品の品質も大事だけれど、売り方だって大事な筈。 ……もしかしたらこの方法、中には気づいている人もいるかもしれないけど。


 とにかく、ここまで大きな商会になったのだから、私が勝手に話しちゃだめかな? と思ってたりする。


 ちなみに、パール商会の石鹸は、今ではダグラスにも普及しているらしい。 王城でも使用しているそうなので、完治したら久しぶりに是非、私も使いたいところだ。


 ……それから話は続き、シルビアちゃんと出会った事も、ウェル様に伝えた。

 ……とても、仲が良かった事も。


 無意識に声が小さくなってしまったらしく、「大丈夫か?」と、気遣いながら声をかけてくれる彼にはっとして、塞ぎ込みそうになる気持ちを無理やり振り切る。

 それから、わざと明るく話しながら、違う話題に切り替えた。

 ……ちょっと不自然だったかもしれない。


 そうだ! もう一人の友人の話をしようと、偶々……いや、今思えば仕事で来ていたんだろう。

 とにかく! 隣国に来ていたメル君と出会った事を話す。


 彼とはすぐに仲良くなり、実はしばらく一緒に暮らしていたのだ。 ……というところまで話すと、ふいに、急な寒気を感じた気がして首を捻る。


 まるで、部屋の温度がぐっと下がったような……?


 なんとなく? それがウェル様の方から発せられているような気がして、じっと表情を伺ってみると、私の視線に気づいたウェル様に、にっこりと綺麗な微笑みを返される。


 ……なんだ気のせいだったか、と話を続けようとしたところで、彼の方から質問がきた。


「一緒に暮らしていたメル君というのは、メルクリウス・バトラーの事か?」

「もちろん! すっごく仲が良いんだよ?」


 伝えた途端、なぜかウェル様の目が据わる。

 それから、口元に手を当てながら、ブツブツと、小さくなにかを呟いているようだった。


 あ、あれ……? どうやらメル君、こっちは伝えていなかったようだ。


 ウェル様の様子も、なんかおかしいような気がするけど……?

 ……どうしたんだろ? なにか、気になる部分でもあったんだろうか。


 そして……肝心の、侯爵家から脱出を決意した理由については、彼にも予知夢で見た、というふうに通している。


 あのまま侯爵家に留まっていた場合、将来、私は祖父に唆されて、たくさんの人間を不幸にしてしまう。

 私自身も聖灰を摂取してしまう事で徐々に浸食されていき、気が狂ったまま、最期は衆目の前に晒されて、処刑をされ死ぬのだ、とりあえずいう事を伝えると、彼は心底苦しそうに顔を歪めながら、私の手を自身の両手で包み込むように、そっと握ってくれたのだ。


 ……本当は、私に異能の力なんて無い。

 正直に言わない事に少し、罪悪感が募るけど、これだけは、どうか許して欲しい。


 貴方はゲームに登場する人物だ、なんて言われても意味がわからないし、やっぱり気味が悪いだけだもの。


 全てを話し終わり、ふいに沈黙が訪れる。

 しばらく、ウェル様は黙ったまま俯いていた。


 握られたままの手から、じわりと熱が伝わる。


 ……どう、思ったんだろうか。


 やっぱり、信じられない……?

 ……それとも、失望した……?


 それから、顔をあげたウェル様は、真っ直ぐに、私を見つめる。


「これは私の我儘なのだが…… 一言、相談して欲しかった」と囁き、「だが……」と続け、その当時の王城や、それを取り巻く貴族達の事について、詳しく教えてくれたのだ。


 リヴィドー家前侯爵……ううん、わたしのお爺様が投獄されるまで、王城内には魔女崇拝の者達が蔓延っていたらしく、やはり危惧していた通り、彼等は自身の娘とウェル様を婚約させ、当時の魔女の再来を思わせるカルト教団復活を企てていたらしい。


 その中には、本当の異能者は魔女の母親だと知っている者もおり、核となり得る彼女を押えた後、自分達の息のかかったいずれかの娘と婚約を整え次第、内部から王家を侵食していくつもりだったようだ。


 ただ、その頃には、魔女の母親の行方が知れなくなっていたそうで、もし実行に移されていたとしても、彼等の望みは叶わなかっただろう、とウェル様は言う。


 なんとなくだけれど、魔女の母親が当時いなかったのは、魔女崇拝者の貴族達よりも先に、まだ幼かった筈のシルビアちゃんが見つけていたからなのかも、と思う。


 彼女が生きていく為には、魔女の母親はどうしても必要な存在だった。


 ——だからこそ、大事な宝物を隠すかのように。

 決して、他の誰にも取られないよう密かに匿いながら、隣国に連れ去ったんじゃないだろうか。


 それから、私が幼い頃送った手紙の話になり、ウェル様は、届いた時はとても嬉しかったと言ってくれたのだ。今でも取っておいてくれているらしい。


 実は彼の方も、私宛に手紙の返事を送ってくれていたらしいのだけど、ウェル様の行動はその殆どが妨害されていたらしく、結局、彼が書いた手紙は、私の元に届く事はなかったのだ。


 私の住む侯爵家と、彼の住む王城は、ずいぶんと距離がある。

 その事から考えても、当時、私達が相談するのは現実的ではなかったのだ、と思う。


 彼も、それはわかっているのだろう。

 だからこそ、お互い言いはしなかったけれど、きっと、どうしようもなかったのだと、私と同じ様に思ってくれているのを感じるのだ。


 それから、今度はウェル様の方が、私が居なくなった後の事を聞かせてくれたのだ。 ……まるで二人で答え合わせをしているみたいだ。


 以前、ナナから聞いた通り、私が五歳で脱走後、狂言誘拐用に用意した書き置きが功を奏したらしく、思惑通り、無事にお爺様を捕える事に成功していたようだ。


 その事により、お爺様と裏で繋がっていた、同じく魔女崇拝者の貴族達を一掃する事が出来たらしく、城に蔓延っていたそういった人間達はいなくなったので安心して欲しい、と力強く頷かれる。


 それから、お爺様は生涯幽閉の身が決まり、地下牢に投獄される事になったのだけど、今までの優雅な暮らしから一転、慣れない牢獄での生活と、聖灰の過剰摂取による副作用から異常行動を繰り返す日々が続く。


 季節は巡り、ある日、体調を崩して肺炎を患ったお爺様は、冬の寒い日の朝、ひっそりと、儚くなってしまったらしい。


 ……今でも、どうすれば正解だったのか、私は、その答えがわからないのだ。


 もっと上手いやり方があったのかな……?


 ……でも。何もしなかったら、それこそ大勢の人間が不幸の底へと堕とされ、いずれ暴かれるであろう、祖父の数々の行いで、我が家は没落の一途を辿っていただろう。


 私がどんなに気をつけていたとしても、全てを防ぎきれはしない。

 もし、このまま放置していたら、私の代わりの誰か御し易い人間……例えば、お兄様あたりが利用されていたのではないかと思うのだ。


 お爺様は熱心な魔女崇拝者だった。

 数多くの生贄を……きっと、公になっていないだけで、彼の罪は、償いきれない程あるのだろう。


 ……今生で彼に会う事は、ついに来る事は無かったけれど、これ以上取り返しのつかない罪を増やす事もなくなり、副作用による苦しみから解放されたのなら、それが、彼にとって、一番良かったのではないか、と信じるしかないのだ。


 ……できる事なら、正気を保ったままのお爺様に会ってみたかった。

 けれど、私が前世を思い出す前から既に、彼はカルト教団に心酔していた為、上手く止める方法は無かったんじゃないか、とも思ってしまう。


 他人の考えを変えさせるのは、難しくて、とても困難だ。


 特に、自分は正しい行いをしている。 ……そんな考えに取り憑かれていたであろう当時の祖父に、私の言葉が響く事はないだろう。


 そのあたりは魔女の母親にも通ずるところがあると思う。

 娘を最期まで受け入ようとしなかった彼女も、結局は自分自身の為、自分が苦しみから解放され、他の誰よりも一番幸せになる、という信念の元に生きてきたのだから。


 それから、ウェル様は私の行方を、お兄様と一緒に探し回ってくれていたそうで、そのお陰で、二人はものすごく仲良くなったらしい。


 この二人が友人同士、という設定は無かった。 ……ような気がする。


 お兄様は本来、マックスと一番仲が良かった筈だけど、この様子だと、あの騎士見習いよりも、ウェル様との方が仲がいいのかもしれない。


 あっ! そういえば……!

 先程、ウェル様が気まずそうに反応していた隣国の王族について、詳しく聞いてみたいかも。

 そう思いながら口を開いた途端、コンコン、と扉をノックする音が響く。


 ……もう時間のようだ。

 そろそろ、ウェル様が仕事に戻らなければならない。

 彼は、名残惜しそうに私の手をゆっくりと離す。


「すまない。もう時間だ……また、こうして話そう」

「うん……ウェル様、いってらっしゃい」


 扉の向こうに消える彼を見送りながら、ベッドにゆっくりと沈み込み、身体を預けた。


 それから、肺に溜まった空気をおもいっきり外に吐き出して、天井を見上げる。


 お互いの事を話し合ったからだろうか? 今は妙にスッキリとした、澄んだ気持ちだ。


 ……よかった……

 ウェル様に、ちゃんと話せて。


 彼が信じてくれたのなら、両親や、兄もきっと。


 信じて……くれるよね……?



 ーー

 ーーー




 それから、少しだけ時間が進み、目覚めてからちょうど二ヶ月目の今日、ウェル様同席の元、お医者様に経過を見てもらっている。


 診察の結果、「この調子ならご家族との面会も大丈夫でしょう」と太鼓判をもらえ、期待を込めてウェル様を見上げると、彼は一瞬、渋るような表情をみせ、「まだ早いのではないか?」とすぐにお医者様に意見していた。


 けれど、お医者様の方もやんわりとした言い方で、「こちらに直接、リヴィドー家から嘆願書が来ておりますので」と、ウェル様の言葉を却下していた。 ……ん? 


「嘆願書……?」


 どう言う意味なのか教えてもらおうと、ウェル様をじっと見つめると、「う、」と小さく呻きながら目を逸らされてしまう。 たっぷりと間を置いた後、渋々……本当に渋々……! といった感じで、ウェル様は、遂に面会を許してくれたのだ!


 それからすぐに、両親との日程の調整をかさね、今から更に二週間後に会えるのが決まる。


 久しぶりに会える彼等に、楽しみでいる私と、少し、恐れている私がいる。


 勝手にいなくなったのだから、ものすごく叱られるかも……

 でも、もしかしたら、心配してくれているかも……


 不安と期待がせめぎ合って心が押し潰されそうだ。


 お兄様の方は、タイミングの悪い事に、ずいぶん前から公務で遠方にいるそうなので、彼と会えるのは、両親と会う日から更に一週間後になるらしい。


 ……怒られる、かな……?


 でも、ちゃんと話すって決めたのだから。


 そんな事を考えて、彼等に会える日を指折り数えながら、その日が訪れるのを、私はじっと待っているのだ。

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