4-2

 目を覚ました次の日から、しばらくは絶対安静を余儀なくされる日々が続く。


 私の体力は随分と落ちきっていたようで、空っぽの胃に刺激を与えないように、初めは軽い流動食から始まり、徐々に固形の食事を摂取する、というように様子をみながらの生活だ。


 身体もまともに動かせそうにないので、食べては寝るを繰り返し、今は完治を目指している状況なのだ。


 王城付きのお医者様によると、私の怪我は、階段から落ちた事による全身の打撲と、骨折による負傷により、全治三ヶ月だろうと診断されている。


 骨は折れてはいたけれど、比較的綺麗にポッキリいっていたそうなので、完治後に後遺症は出ないだろう、と言われてほっとしているところだ。


 完全にくっついた後はリハビリが待っているので、まだまだ油断は出来ないけれど。


 一応、精神はアレだが、肉体は十代だ。回復は思っていたよりは早い。 ……ような、気だけはしている。


 ウェル様には、まだ全てを打ち明けられていない。

 話そうとしたところ、私が思い詰めているように見えたようで、怪我の状態が良くなってから話して欲しい、と彼の方から止められたのだ。


 それに少し、ほっとしてしまう。

 どう話していいか、まだ頭の中でうまく纏まっていなかったから……


 とにかく! 彼に時間をもらったのだから、今は回復に努めてようと思うのだ。健康なお子様のように、良く食べ、良く寝る事にしよう!


 ……早く、骨くっつかないかな……?




 ーー

 ーーー




 それから、静養しながらの生活が一ヶ月目に突入した頃には、ずいぶんと具合が良くなった。


 今ならば、少しふらつくけれど、起き上がる事も出来るのだ。


 私の身の回りの事は、三人程いる侍女さん達がやってくれている。

 どうやら、彼女達は私に付くようにと、ウェル様が指示を出してくれた形らしいのだ。


 彼女達は、食事を運んでくれたり、身体を清めたりしてくれるから、そんなふうに、甲斐甲斐しくお世話をしてくれている侍女さん達に、いかに私が治ったのかを見て貰いたい。 ……ベットから降りてみようかな?


 彼女達のお陰で快適に過ごさせて貰っているので、感謝の意味と、治りの早さを認めて貰えれば、お医者様に口添えしてもらえるかも? お世話になりっぱなしなのも、なんだか申し訳ないものね。


 時期的に、そろそろ本格的なリハビリが始まる頃だと思う。体力が随分と落ちているのもあるから、少しずつ身体を動かし始めてもおかしくない頃だもの。


 経過が良ければ、もしかしたら、思ったよりも早く動き回れるようになれるかも。そうすれば、メル君やクロードさん達とも話が出来るかもしれない……! 彼等のその後も気になるものね! なんて思いながらベッドから抜け出し、「みてみてー!」と声をあげて、折れてない方の手を腰に当てながらきりっとした顔を披露すると、侍女さん達に、「まだ病み上がりですから大人しくしていて下さい!」と、焦ったように言われて即座にベッドに押し戻されてしまった。


 あまりの対応の早さに呆気にとられているうちに、寝かされる体勢にされ、上から布団をかけられて、いつでもおやすみなさいの状態にもっていかれてしまう。


 そうなると、もう私に出来る事は何もなくなり、ただ為す術もなく、天井を見つめながら転がざるを得なくなるのだった。


 ダメだった……


 ……いや、もっと純粋な気持ちで彼女達に見てもらうべきだった……


 それからちょっとでも身動ぎすると、侍女さん達に一斉にバッ! と振り返られるようになってしまった……完全に警戒されている。しかも、なにやら彼女達から気迫のようなものを感じて、おもわずビクッと身体が震えた。


 侍女さん達は、時間になると定期的に、一人だけ部屋からいなくなるようだ。すぐに戻って来てくれる事から、どこかへ報告にしにいってる? のかな? なんとなくだけど、ずっと見張られているような気がするけれど……気のせい……?


 とりあえず、余計に仕事を増やしてしまいそうだから、ここは大人しく安静にする事にしよう。


 ……もう少し治ってきてから、ベットから降りてみようかな。   

 ……いや、ダメか。




 ーー

 ーーー




 更に二週間が経ち、もう随分と具合が良くなってきた。

 「経過も良好ですよ」とお医者様に言われて、嬉しくてつい、ニコニコとしてしまう。


 もう歩き回れそうな気がしてならないし、なんならもう完治してるんじゃ……? なんてふうな気持ちでいる私がいるのだ。


 身体が元気になると、それにつられるように心も元気になるような気がする。

 早く、ロブとナナに私の無事を知らせたいし、私と一緒にいた皆が、あれからどう過ごしているかも知りたい。

 だからだろうか? そんなふうに、一日中、ベッドの上で安静にしていなくちゃいけない日々が長く続いてくると、流石に飽きがくるのだ。


 一応、侍女さん達に、暇つぶし用の本を持ってきてはもらうけれど、やる事がないからかすぐに読み切ってしまうので、次の本が読みたくなる。


  ……でも、忙しい彼女達に、頻繁に新しい本を頼むのも、なんとなく悪い気がするし……!


 ちなみにこの本達、どこから持ってきてくれているのか聞いてみると、どうやら、私のいる部屋から少し離れたところに書庫があるらしく、そこから持ち出しているのだそうだ。


 そこには、国中から集められた、膨大な量の本が収められており、王宮に出入りする者であれば閲覧可能だそうで、許可を貰えれば制限付きでの貸し出しも可能……!


  ……という話を侍女さん達に聞いて、具合が良くなってきた今ならば、少し動くだけでもリハビリにもなるし、新しい本も読めて一石二鳥なのでは……?


 お医者様からも、そろそろリハビリを始めてもいい頃合いだと言ってもらっているから、後はウェル様の許可が下りるのを待っている状態だ。けれど彼は許可してくれず、直接聞いてもすぐに話を逸らされてしまう為、私は未だにベット住人なのだった。


 動かな過ぎるのは却って身体に良くないし、流石にもう、多少動いても大丈夫な筈。


 なら書庫に行く……かぁ! と、ベッドからそーっと静かに降りて、部屋の扉を開けた所で侍女さん達に一斉に振り返えられ、「勝手に動かれてはダメですわ!」と、どこか必死さを感じる勢いで止められる。


 しかもウェル様に即座に連絡がいったらしく、息を切らせながらすっ飛んで来られてしまった。


 とても心配そうに、「一人で部屋から出るのは危ないからやめてほしい」とまで言われてしまえば、お世話になっている身としては従うしかない。


 ……と、いうか考えなしに動いちゃダメだった。


 あんまりにも頭を使わなかったもんだから、配慮がどっかにいっていたようだ。

 やっぱり、暇を待て余すような生活は良くないと思う。


 ……で、でも……これだけは言わせて欲しい。


  暇過ぎる……!

 ものすごく暇すぎるっ……!!


 誰でもいい! この際、本当に誰でもいいから、私のお見舞いに来て欲しい……!


 懇切丁寧に治療やお世話をしてもらっているからか、結構いい具合に治ってきていると思うのだ。


 ウェル様からの許可が下りないのは、きっと、私を心配してくれているからなのだと思う。

 彼が言うには、「後三年は他の誰とも会うべきではない。このまま家に戻らず、ずっとここで、私と共に暮らそう」と私の手を握りながら、真剣な表情で言ってくれているけれど、でもちょっと過保護すぎじゃないだろうか?


 そんな背景もあって、現状、お医者様と、侍女さん達と、ウェル様にしか、今のところ会えていない……!

 い、いやまあ会えてる方だとは思うけど、お医者様は診察の時しか来ない訳だし、仕事中の侍女さん達に話しかけて邪魔するのも気が引ける。


 ちなみに、未だに両親と兄にも会えていないのだった。

  ……ぐおおおぉ……!


 この、ままならない状況がすごくもどかしい。


 唯一、気兼ねなく話せるウェル様も、仕事が山のように積み重なっているらしく、私ばかりに構っていられないのが現状だろうし、それに、彼は近いうちに次期王となる為、戴冠式を行う事が決まっているのだ。


 少し前に、現王シャルル様から、次代の後継者に与えられる指輪を賜ったそうで、私の怪我が治った頃合いを見計らって行う予定なのだそうだ。


 もう少しで、まとまった時間を捻出できるそうなので、その時に、私が五歳で脱走した時から、これまでの経緯を話す事になっている。


 彼は、どんなふうに思うだろうか。


 ……私は、それが少しだけ、怖くもあるのだ。

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